第13話 魔女狩りの弟王(ていおう)

文字数 2,527文字

 このような仕組みの世界であるから、王家にあっては優秀な跡継ぎを得るためにと一夫多妻制を認める。
 それが母を、どれほど苦しめたか、わかるか?
 悋気多しと愛想尽かされた女の、その苦悩や憎悪がどこにぶつけられるか、あなたは知っていたか?
 人間でなく、たかが蛇ごときに寵愛奪われたと知ったときの怒り狂った姿を。
 親も、妻子も、兄弟も要らぬ。
 ただ一人、不死の王になると決めた。

   ◇ ◇ ◇

「他には見つからないか?」
 玉座に座る青年は、三段下の床に設置された大きな円卓を眺め下ろした。
「はい。もうしわけ、」
「おそれながら。手がかりがないも同然で、発見は難しいかと」
 クロイツ王兵師団国、総長というのがレイチャードの肩書きである。その名称は、彼の年齢よりも二倍、三倍は年上の男たちを萎縮させた。
「手がかりか。あいかわらず、黒髪の女、の一点だ」
 就寝時すら手放さない、古びた鞭をいじりながら、レイチャード総長は鼻を慣らす。
「訊けば、答えるのが霊宮だろうに……あの強情な蛇女めが!」
 一部かけて、いびつになった円卓に十数人の廷臣が着席しているが、彼らは往年よりも痩せて、顔色が悪い。自身が治める領地から、黒髪の女を見つけては、レイチャードに差し出しているためだ。領民からの怨恨は、まず彼らに向けられている。
「……あまり鞭打っても、のちのち響くかと。ただでさえ、我が国の霊宮は、レ――」
「あの男の名は言うなよ、今は聞きたくない」
 レイチャードに禁句を吐きかけた廷臣は、円卓の下、他の者に足を踏まれていた。
 思い描いた権力の図式は、こうではなかった、と全員の表情に嘆き声が現れている。
「朝議は、ここまで」
 吐き捨て、立ち去る背後に、十数人分のひそやかな溜息を聞いた。
 レイチャードは、それは不問とし、亡父の寝室にある地下への階段をたんたんと降りた。
「――いつもの口上を吐く気も失せたか。『我が背、我が君の許しなく』と」
 霊宮に入れば、前日とおなじく、井戸から引きずり出された半人半蛇の女が、縄と鎖で固定されたまま、ぐったりとしている。
「その沈黙で、無辜の赤子や老人まで死んでいくぞ。黒髪で、女に生まれたばかりに」
「……あなたのせいでしょう。玄女でないと、かってに怒り狂って、手にかけた」
 ぴしゃりと鞭が鳴り、霊宮クロイツは悲鳴をあげた。
 赤い柄の鞭は、打擲の瞬間に雷光を発して、霊宮の石室を一瞬だけ白くする。
「貴様のせいだ! 貴様の、貴様が、貴様が貴様が貴様が貴様が貴様が、!」
 レイチャードが絶叫後、すぐに口をつぐむ。鞭を取り落として、目に涙を浮かべた。
「ああ! すみません。霊宮に手を上げるなんて! あなたたち霊宮のおかげで、すべての井戸は清浄で、豊饒の地は約束されるのに……。すぐに医官を呼びます!」
 態度を急変させたレイチャードは、鞭を拾って、帯につるすと、霊宮を走り出ていった。
「――これは、レイチャード総長。このようにひなびたところへ、わざわざ、」
 霊宮を出て、向かった先は、医官の私室だ。
 そこに入った瞬間、レイチャードはすぐに表情と口調を醜くする。
「おい、地下の蛇が死にかけているぞ。カーダ、口がきける程度に、治療してこい」
 医療や環境を整える医官、そして霊宮につかえる神官でもある老人に命じる。
「ついでだ。あの自白剤とやらも飲ませてみろ。ものは試しだ」
「お待ちください! 霊宮に薬を盛れば、国土すべての水が汚染されます。ただでさえ、土地が痩せ始めたというのに、これ以上、クロイツの国土を汚染する気ですか!」
「汚染? ふん、霊宮も民も、毒されたとて、ほんの少し頭が回らなくなるだけだろう。なんの問題がある? むしろ、馬鹿者だらけで、御しやすいではないか」


 総長が城内を歩く姿を見れば、付近の廷臣や官僚たちは緊張のあまり硬直した。遠目に見て、足早に逃げる者もいる。
 その気まぐれと横暴に、昔からの武官(きし)の大半が辞職や休職を申し出た。
 過度の人手不足により、これまで度外視されていた従騎士どまりの女武者や、一般人が正騎士として叙勲されるという事態も起こる。狂気をはらんだ人徳と言うのだろうか。レイチャードの所業を我慢できる者は、逆に、家柄や性別にこだわらない点を評価している。
 ――レイチャードは回廊を一人、無防備に歩いていた。
 物思いにふけるような沈痛の表情を浮かべたかと思えば、いらだちを靴裏にこめて、だんだん、と絨毯を蹴るように歩く。
 眼前を、すっと、若い女官が横切った。
「レイチャード、」
 語気強く名を呼ばれ、レイチャードは我に返って、女を見た。
「死ね!」
 甲高い声とともに白刃が閃いた。レイチャードの喉が浅く切られ、一滴だけ血が流れる。
「黒髪の女は、魔女だと、誰が決めた! なぜ魔女裁判にかけた!」
 女官――に化けた少年が、たたらを踏みつつ、身をよじって、ふたたびレイチャードに短刀を向ける。
「そうやって、拷問して! 死んだから無罪、まちがいだっただと!?
 女官の頭をおおっていた頭巾から、黒い短髪があらわになる。まだ幼いせいか少女のようにも見える。
「てめえのせいで、かあちゃんが死んだんだ!」
『あなたの出来が悪いせいで、かあさまを愛してくれないのよ!』
 少年の悲痛な叫びが、なぜか実母の嘆きと重なった。
 レイチャードは、がちがちと歯を打ち鳴らす。
「あ……ごめっ、……ごめんなさい、ぶた……ぼく……ぜんぶ、わるっ、」
 やがて全身まで震わせ、身をかがませた瞬間、
「痴れ者が!」
 腰に巻いた鞭をつかみ、これを振るった。
 細い鞭だ、命取りになるような威力のものにも、見えない。だが、
「あっ、」
 鞭が、少年に触れた瞬間、轟音とともに放電した。体表を、小さな蛇が這うように、光がはしる。電撃が全身の筋肉を硬直させ、その口は悲鳴すら、あげられなかった。
「…丸腰と、あなどったか」
 レイチャードは、黒く焦げて、朽ちた少年を蹴り転がした。
「古代の英雄が玄女を叩きのめし、その血肉がしみ込んだ霊宝武具だ。たかが鞭でも、人間一人を殺すことは、たやすい」
 くつくつと、のどを鳴らして、レイチャードは笑い出した。
「無論、鞭そのものの扱いもな。――十年来の、母仕込みだぞ」
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