第6話
文字数 1,138文字
「そういえば、酒場にいたのはリンガくんだそうだな。逃げてきた客たちを宥めてくれたおかげで、店内はすっかり落ち着いたよ。彼は酋長の器がある。人を和ませる能力に長けているな」
ウドゥンは嬉しそうに、リンガの活躍を報告した。すると、ヴァンはまるで自分の功績のように自慢げに「うむ。血筋だろうな、俺の」と胸を張る。
「まぁ……、頼りになるところは父親似かもしれんな」
それに対し、ウドゥンはどこか納得のいかない様子で、頷いた。
それは、ここぞとばかりに父親面をして後で息子たちに疎まれやしないかと、他人ながらの老婆心だ。そこまで主張するならば、放浪なんてやめて家に帰ればいいのに、とウドゥンは思う。けれども、ヴァンに旅をやめる気配はない。息子を褒められ上機嫌のヴァンは、鼻歌まじりに漆黒の剣を鞘に収め、ボロ布をぐるぐる巻いている。
「また、どこかに行くのか」
ウドゥンが聞く。
「まぁな。俺は根無し草だからなぁ。やることも山積みだし、待ってるやつもいるし」
口ぶりからすると、それは妻や息子たちのことではないらしい。ウドゥンは、どこか煮え切らない気持ちになる。リンガもレグナも本当にいい息子たちに育っているのに、なぜそばにいようとしないのか。ヴァンの旅の目的をウドゥンは知らない。もしかすると、重要な任務があるのかもしれないが、同じ子を持つ親として黙っていられなかった。つい、口が滑って本心が漏れる。責めるつもりはなかったのに、言葉は自然と鋭くなる。
「たまには、帰れよ。後悔する前にさ。待ってる家族がいるってのは、ありがたいことなんだから」
ウドゥンの言葉に、ヴァンは少し驚いた顔をしていた。そして、しばらく黙り込み、「帰るよ」と頷いた。
「ウドゥンの言うとおりだ」
染み入るように呟くと、ヴァンは酒場を背にして歩いていった。ウドゥンは余計な一言だっただろうかと心配したが、ヴァンの後ろ姿はどこか浮ついているようにもみえた。本当は、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。
また、鼻歌が聞こえた。軽快で弾むような異国のメロディー。ところどころ音程を外しているところが、彼の生き様に似ているような気がした。
ヴァンが向かうは、シスル村郊外の宿営地。ここに、ヴァン──いや、リンガの率いる一団が、冬を越すために天幕を張っている。そこで、亡き前妻と妻のリーファンが待っているはずだ。ウドゥンは優しく窘めてくれたが、妻はどうだろうか。レグナとそっくりな目で睨むだろうか。リンガと同じ優しさで迎えてくれるだろうか。
細い道のりを、顔を上げて進む。エル大山の稜線はかすかに白み、東の空にはうっすらと茜色がさしていた。流星が晩秋の暁天に瞬いて、消えた。風は、もうすでに冬の気配を告げている。