第1話

文字数 414文字

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 白い月が煌々と輝く夜、星たちは息をひそめるようにして地平線の端っこで小さな光を灯していた。空は静謐な蒼。夜のウィステリア高原は、まるで海のようだ。螢草が風に揺れると、そのたびに萌木色の燐光が夜空に淡く散っていく。それは、白く泡立つ波が繰り返し岸に打ちつけられる様をどことなく連想させた。目を閉じると、耳にさざ波の音が聞こえてくるようだ。

 『あなたが、あたしを海に連れて行ってくれるのね』
 
 ふと、ヴァンの脳裏に、在りし日の幼い前妻の姿が蘇った。白く透きとおる肌に、薄紅色に近い栗毛、黄金色の瞳。異国の神話にでてきそうな、幻想的な佇まい。どれをとっても、どこか現実離れした容姿は、いまだ鮮明にヴァンの記憶に刻まれている。それなのに、彼女の声色はまるで思い出せない。たぶん、鈴を転がしたような可愛らしい声──だったはずだ。けれど、形のよい唇がヴァンの頭の中で動くたび、その認識も揺らいでおぼろげになっていった。
  
 
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登場人物紹介

ヴァン


薄い金髪に藤色の目をしている。

飄々とした性格をしていて、掴みどころがない。

薄汚い格好をしているが、実は美丈夫だという噂がある。推定36歳。


亡き妻とのあいだにリンガ、現在の妻とのあいだにレグナをもうけている。

仲間のディーマとは幼馴染。


本名を嫌っており、通称の「ヴァン」を名乗っている。

元王族の末裔。代々伝わる宝刀を携えて旅をしている。


本人には旅の目的があるようだが……。

リアン


"星詠みの巫女" 最後の少女

リンガの母


明るくお転婆な少女。

リーファンを姉のように慕い、尊敬している。

海に憧れ、外に連れ出してくれる人を待っていたところ、ヴァンと出会った。


リンガを産み、数日後に他界。

リーファン


"星詠みの巫女"の侍女

レグナの母


冷静で毒舌だが、優しい性格をしている。

リアン亡き後、リンガの強い要望によりヴァンと結婚した。

そのことを、ときどき後悔している。


ディーマ


商人の息子


恰幅のいい、大男。

ヴァンとは幼なじみで、今は旅の仲間として一緒に行動している。

商人のくせに、計算は苦手。


サーリヤ


復讐を誓う呪術師

ヴァンの仲間


故郷を焼かれ、生き残った少年。

ヴァンに保護されてからは、彼の従者となった。

ヴァンに心酔している節がある。

頭には常に包帯が巻かれているため、素顔を見たものはいない。

ネージュ



聖ルブス公国出身の女性剣士。

元貴族の令嬢。


男装の麗人で、性格もさっぱりしている。

男装は動きやすさを重視しているためであるが、本人の好みでもある。

ヴァンの剣の師匠。

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