第1話
文字数 414文字
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白い月が煌々と輝く夜、星たちは息をひそめるようにして地平線の端っこで小さな光を灯していた。空は静謐な蒼。夜のウィステリア高原は、まるで海のようだ。螢草が風に揺れると、そのたびに萌木色の燐光が夜空に淡く散っていく。それは、白く泡立つ波が繰り返し岸に打ちつけられる様をどことなく連想させた。目を閉じると、耳にさざ波の音が聞こえてくるようだ。
『あなたが、あたしを海に連れて行ってくれるのね』
ふと、ヴァンの脳裏に、在りし日の幼い前妻の姿が蘇った。白く透きとおる肌に、薄紅色に近い栗毛、黄金色の瞳。異国の神話にでてきそうな、幻想的な佇まい。どれをとっても、どこか現実離れした容姿は、いまだ鮮明にヴァンの記憶に刻まれている。それなのに、彼女の声色はまるで思い出せない。たぶん、鈴を転がしたような可愛らしい声──だったはずだ。けれど、形のよい唇がヴァンの頭の中で動くたび、その認識も揺らいでおぼろげになっていった。
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白い月が煌々と輝く夜、星たちは息をひそめるようにして地平線の端っこで小さな光を灯していた。空は静謐な蒼。夜のウィステリア高原は、まるで海のようだ。螢草が風に揺れると、そのたびに萌木色の燐光が夜空に淡く散っていく。それは、白く泡立つ波が繰り返し岸に打ちつけられる様をどことなく連想させた。目を閉じると、耳にさざ波の音が聞こえてくるようだ。
『あなたが、あたしを海に連れて行ってくれるのね』
ふと、ヴァンの脳裏に、在りし日の幼い前妻の姿が蘇った。白く透きとおる肌に、薄紅色に近い栗毛、黄金色の瞳。異国の神話にでてきそうな、幻想的な佇まい。どれをとっても、どこか現実離れした容姿は、いまだ鮮明にヴァンの記憶に刻まれている。それなのに、彼女の声色はまるで思い出せない。たぶん、鈴を転がしたような可愛らしい声──だったはずだ。けれど、形のよい唇がヴァンの頭の中で動くたび、その認識も揺らいでおぼろげになっていった。
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