第4話
文字数 1,338文字
ヴァンが外に出ると、馬車ほどの大きさもある黒い獣が大きな口を開いて唸っていた。狼にとてもよく似ているが、牛のような顔面とつるりとした毛並み、横に裂けた黄金色の瞳。それは、普段目にする生き物とは明らかに種族が違った。異形であることはもちろん、その身体から立ち上る禍々しい黒い瘴気を見れば、誰もがそれを魔獣だと認識するだろう。
通常ならば、魔獣がエル大山を取り囲む樹海から出てくることはないのだが、どういうわけか人里に降りてきたらしい。魔獣は魔性の生き物だが、神の力を宿している。用心してことに当たらねば、手練の者でも命が危うい。ヴァンは、鋤を掲げ魔獣を牽制している村人たちを下がらせ、エル大山の山頂を眺めた。
「なるほど」
ヴァンは意味深に呟き、魔獣を見据えた。
「父さん、加勢する」
程なくして、そこにレグナがやってきた。ヴァンは思わぬできことに、口元を緩める。
「父ちゃんの手伝いしてくれるのか。うれしいなぁ〜」
「そういうの、いいから。望 を呼ぶ。下がって」
レグナが優美な動きで腕を横に広げると、影がぬらり、と揺れた。影が膨れ、そこから何かが飛び出した。それを見た村人が背後で悲鳴をあげた。なぜなら、闇を纏って現れたそれもまた、黒い狼だったからだ。烏羽色の毛並みは月光に照らされ、ほのかに青く光っているようにも見える。瞳はレグナと同じ鮮やかな躑躅色だ。レグナは村人の動揺を気にすることなく狼に命じる。
『望、放て』
狼が甲高く遠吠えをした。
すると、大気が震え、魔獣の周りに小さな霜が浮かんだ。次の瞬間、空気を舞う霜が月明かりに反射して光ったとかと思うと、たちまちに魔獣の四肢は氷に覆われ、地面に縫いとめられた。一瞬のできごとに魔獣もなす術がなかったのか、上半身を大きくうねらせながらただひたすらに怒っていた。
「派手だなぁ」
ニヤリと呟いて、ヴァンは手に持っていた棒状のものに巻かれたぼろ布を解いた。そこに現れたのは、年代物の剣だった。鞘からゆっくりと抜かれ満を持して姿を現した刃もまた、望の毛並みと同じ烏羽色をしていた。刃は暗い偏光をまとい、鋼でも鉄でもない質感をたたえていた。その剣に、魔獣がびくりと反応する。
「さすが魔獣。わかるもんなんだな。けど、悪く思うなよ」
ヴァンが勢いよく跳躍する。軽々と魔獣に飛び乗って、首筋に深々と剣を刺した。望が足止めをしてくれているおかげで、なんのことはない。ヴァンは振り落とそうとする魔獣の鬣を掴みながら、ブツリ、ブツリと硬い皮膚を切り裂いていく。大量の鮮血が吹き出し、断末魔の咆哮が空に響き渡る。あともう一歩のところで、魔獣が最後のあがきと言わんばかりの渾身の力で身を揺すった。四肢を覆っていた氷に亀裂が入る。あと一振り。
「あ」
ヴァンは最後の一撃を与えようとしたものの、宙に投げ出されてしまった。
すかさず、レグナが宙に魔法陣を描き、呪文を唱える。
『"星の子"エルよ、我ら"星砂"を導き示せ。鳴れ、雷』
一閃の雷。鋭い閃光が周辺を照らすのと同時に地面を揺るがすような轟音が響き渡った。
ヴァンがゆっくりと目を開けると、そこにはもう魔獣の姿はなかった。あるのは、消し炭となった魔獣の残骸だった。
通常ならば、魔獣がエル大山を取り囲む樹海から出てくることはないのだが、どういうわけか人里に降りてきたらしい。魔獣は魔性の生き物だが、神の力を宿している。用心してことに当たらねば、手練の者でも命が危うい。ヴァンは、鋤を掲げ魔獣を牽制している村人たちを下がらせ、エル大山の山頂を眺めた。
「なるほど」
ヴァンは意味深に呟き、魔獣を見据えた。
「父さん、加勢する」
程なくして、そこにレグナがやってきた。ヴァンは思わぬできことに、口元を緩める。
「父ちゃんの手伝いしてくれるのか。うれしいなぁ〜」
「そういうの、いいから。
レグナが優美な動きで腕を横に広げると、影がぬらり、と揺れた。影が膨れ、そこから何かが飛び出した。それを見た村人が背後で悲鳴をあげた。なぜなら、闇を纏って現れたそれもまた、黒い狼だったからだ。烏羽色の毛並みは月光に照らされ、ほのかに青く光っているようにも見える。瞳はレグナと同じ鮮やかな躑躅色だ。レグナは村人の動揺を気にすることなく狼に命じる。
『望、放て』
狼が甲高く遠吠えをした。
すると、大気が震え、魔獣の周りに小さな霜が浮かんだ。次の瞬間、空気を舞う霜が月明かりに反射して光ったとかと思うと、たちまちに魔獣の四肢は氷に覆われ、地面に縫いとめられた。一瞬のできごとに魔獣もなす術がなかったのか、上半身を大きくうねらせながらただひたすらに怒っていた。
「派手だなぁ」
ニヤリと呟いて、ヴァンは手に持っていた棒状のものに巻かれたぼろ布を解いた。そこに現れたのは、年代物の剣だった。鞘からゆっくりと抜かれ満を持して姿を現した刃もまた、望の毛並みと同じ烏羽色をしていた。刃は暗い偏光をまとい、鋼でも鉄でもない質感をたたえていた。その剣に、魔獣がびくりと反応する。
「さすが魔獣。わかるもんなんだな。けど、悪く思うなよ」
ヴァンが勢いよく跳躍する。軽々と魔獣に飛び乗って、首筋に深々と剣を刺した。望が足止めをしてくれているおかげで、なんのことはない。ヴァンは振り落とそうとする魔獣の鬣を掴みながら、ブツリ、ブツリと硬い皮膚を切り裂いていく。大量の鮮血が吹き出し、断末魔の咆哮が空に響き渡る。あともう一歩のところで、魔獣が最後のあがきと言わんばかりの渾身の力で身を揺すった。四肢を覆っていた氷に亀裂が入る。あと一振り。
「あ」
ヴァンは最後の一撃を与えようとしたものの、宙に投げ出されてしまった。
すかさず、レグナが宙に魔法陣を描き、呪文を唱える。
『"星の子"エルよ、我ら"星砂"を導き示せ。鳴れ、雷』
一閃の雷。鋭い閃光が周辺を照らすのと同時に地面を揺るがすような轟音が響き渡った。
ヴァンがゆっくりと目を開けると、そこにはもう魔獣の姿はなかった。あるのは、消し炭となった魔獣の残骸だった。