第24話 気づかれたくない視線<言いたい事、言えない事>  解説あり

文字数 7,076文字

 家に帰る途中も何度か蒼ちゃんと連絡を取ろうとするも、中々連絡がつかないまま買い物も終えて家についてしまう。
 私は一旦携帯を置いて今日もどうせ慶の帰りは遅いだろうけれど、先に弟の分と自分の分の夕食を作ってしまう。
 夕食を作り終えても、やはり帰りの遅い慶は帰って来ない。
 待っている間に試験勉強をするにも蒼ちゃんの事が気になって試験勉強が手につかない私は、メッセージを打つ。そうしていつ帰って来るかもわからない慶に夕食と共に置手紙を置いて、長期戦に備えてお弁当箱に夕食をつめて、水筒と合わせて今日こそは蒼ちゃんと絶対話をするために、いつも別れる交差点まで歩いて向かう。
 いつもの交差点に着いた私は再度携帯を見るも着信もメッセージも来ていない。
 今日で蒼ちゃんと全く会話をしなくなって3日目になる。もちろん私は咲夜さんみたいな感想は持っていない。逆に蒼ちゃんが本当に幸せになれるなら、友達として力になりたいし、協力もしたいと思ってる。
 でも、何回連絡を取ろうにも蒼ちゃんからの連絡はなく、メッセージの返信もない。
 このままズルズルと行ってしまえば、蒼ちゃんとの関係が無くなてしまうかもしれない恐怖……そう恐怖心に駆られた私はそれから逃げるようにして蒼ちゃんに追加のメッセージを送る。
 まもなく6月とは言え待っている間にだんだんと辺りは暗くなり、街灯が点灯し始めるその情景はまるで徐々に恐怖心に塗りつぶされて行く私の心の中のようだ。
 時間も遅くなり辺りに人気もなくなった頃、私は最後のメッセージを飛ばして蒼ちゃんの家に向かう事にする。

 少し遅めの時間になっていたから、迷惑かなとも思ったのだけれど、蒼ちゃんとの関係が無くなってしまう恐怖心に比べたら、迷惑に思う気持ちなんて些細なものだ。
 私がインターホンを押すと、程なくして蒼ちゃんのお母さんが対応をしてくれる。
「お久しぶりです。岡本です。蒼依さんは帰っていますか?」
 蒼ちゃんに似た綺麗なロングヘア―を後ろで結った優しそうな蒼ちゃんのお母さんが、
「久しぶりね愛美ちゃん。ちょっと待ってね。蒼依はさっき帰って来たばかりだけど」
 そう言って、二階に向けて蒼ちゃんを呼ぶ。
 お母さんに心配をかけたくなかったからなのか、お母さんの呼びかけには無視できるはずもなく渋々、足取りも重く部屋着だろうけれど、十分外を出歩けるくらい整った格好をした蒼ちゃんが姿を見せてくれる。
「蒼ちゃんちょっと時間ある?」
 蒼ちゃんの性格を考えると、家族に心配をかけたくないであろうことは容易に想像できるから用件は一切言わずに、でも私の方も今日と言うチャンスを逃したくないからと、断りにくいこの場で逃げられないように、目をそらさないで蒼ちゃんを誘う。
 蒼ちゃんのお母さんが私と蒼ちゃんの間に何かあるのを雰囲気で感じ取ったのか、
「蒼依、せっかく友達が来てくれたんだから行って来なさいな」
 いつの間にか蒼ちゃんの後ろに回っていたお母さんが、蒼ちゃんの背中をそっと私の方へ押しやる。少し遅めの時間にもかかわらず蒼ちゃんのお母さんが背中を押してくれたから
「ありがとうございます。それじゃあ蒼ちゃん少し私に付き合ってね」
 蒼ちゃんの意見を聞くことなく、手だけを繋いで外へと(いざな)う。

 蒼ちゃんと近くの公園とは呼べないくらい小さな広場のベンチに腰掛ける。当然夜も遅めの時間だから、夜の帳も完全に落ちていて所々にしかない街灯が人気のない広場を余計に寂しく感じさせてはいたけれど、全く元気が無くても今はただ私の隣に蒼ちゃんがいてくれる。そのことに安堵する。
「突然ごめんね」
 メッセージを飛ばしていたとはいえ、本来なら友だちの家に遊びに行く時間とは言い難い。
「久しぶりにちゃんと蒼ちゃんの顔を見られてよかった」
 でも、今日は多少迷惑だったとしても何とか蒼ちゃんと話がしたかった。あの月曜日の蒼ちゃんの不安そうな表情・クラスの雰囲気、ついこの間まで一緒に姦しくご飯を食べていた咲夜さん。
「愛ちゃんは蒼依の事怒らないの? 蒼依は手のひら返したみたいに愛ちゃんたちと距離を開けたのに」
 間違いなくクラスメイトや蒼ちゃんとの会話も耳に入ってるんだと思う。それか元々繊細な蒼ちゃんが、その事に自分でたどり着いたとしても不思議でも何でもない。蒼ちゃんとはそういう子なのだから。
「そもそも私は蒼ちゃんが手のひらを返したなんて思ったことないよ」
 蒼ちゃんは目に涙を浮かべて聞いてくるけれど、そもそもの前提が違う。
「だって蒼依は戸塚君とお付き合いを始めてから、今まで愛ちゃんと一言も喋らなかったんだよ?」
「蒼ちゃん戸塚君の事好きになってみるって言ってたよ? 友達が幸せになろうとしているのなら応援するだけだよ。私は」
 それに一言も喋らないと言っても言い換えれば3日間だけの事だ。
 もちろん一日中一言も喋らなかったのは、今週と言うか今回が初めてではあったけれど。
「電話も取らずに無視していたんだよ? 蒼依は」
 自分を悪者にしようとしているのか、自分で自分を責めるような言葉を口にして瞳から涙をこぼす。
「だからこうして確認しようと蒼ちゃんの家まで押しかけたんだよ」
 私はあの日、朱先輩に言われてから持ち歩いている7つ道具の入ったポーチの中からハンカチを取り出し、蒼ちゃんの涙の後が残らないようにそっと拭き取る。
 放課後に先生と喋っている時とは違い、体のだるさ・お腹の不快感は今はあんまり気にならない。
「本当、ここ一番での愛ちゃんの行動力ってすごいよね」
 嗚咽する事もなく、しゃっくりあげる事もなく静かに涙を流し続ける蒼ちゃん。
 私はそんな蒼ちゃんの泣き顔を見ていたくなくて、通りすがる人にも見せたくなくてベンチに腰掛けたまま蒼ちゃんの頭を私の胸に抱くようにして、蒼ちゃんの綺麗な髪を梳くように少しでも安心できるように優しく優しく撫でる。
「私と蒼ちゃんは友達だよ? 蒼ちゃんがもっと私と一緒に学生生活を送りたいって言ってくれたことは今でも覚えてるよ」
「……うん」
 蒼ちゃんが頷くのが、私の腕や胸を通して伝わってくる。
「そのために蒼ちゃんが一生懸命この学校に入るために勉強してくれたのも知ってる」
「……(コクン)」
 ん。大丈夫。蒼ちゃんは頷いてくれている。私の言葉に反応してくれている。
「蒼ちゃんの努力をいつも目の前で見てきたのに、今回手のひらを返したって“他の人”が言ったからって私も同じように思うと考えた?」
「……」
 蒼ちゃんの頭を梳く手は止めない。でも蒼ちゃんの動きは止まる。
「じゃあ私が蒼ちゃんと友達辞めて、もう知らない他人になると思った?」
「……(ふるふる)」
 良かった否定してもらえた。
「でも……蒼依が戸塚君と、人気の男子と付き合ったのを自慢したから……」
 続いてくぐもった声で返って来たのは、私が今回引っかかりを覚えていた一つだった。だから、これだけは絶対にはっきりとさせないといけない。
「本当に蒼ちゃんが女子から人気の高いらしい戸塚君と付き合う事を自慢したの?」
 さっきの尻すぼみになった蒼ちゃんの言葉からも真偽は明らかだけれど、ここだけは、この質問だけはどれだけしんどくても、苦しかったとしても蒼ちゃんが自分で意志を表示しないといけない。自分の言葉で言わないといけない。
 そうしないと、咲夜さんを含むクラスの同調圧力に勝てない。負けてしまう。それはつまり蒼ちゃんの意見は無くなってしまうのと同じなのだ。
 だから私はその蒼ちゃんの背中をそっとでも押す役割が出来たらと思い、質問を重ねる。
「…………(こく)」
 随分と長い時間体を止めていた蒼ちゃんがやがてどっちとも取れる程弱々しく首を縦に振る感覚が伝わる。自分の意見を殺してまで自分が言った事にしないといけないくらい今の教室は蒼ちゃんにとって辛いのか。同時にその事実は統括会に身を置く私にとっても、蒼ちゃんと友達の私にとっても、両方においてとても辛い事なのだ。
「今ここには私しかいない。私以外は誰も聞いてない。だからゆっくりで良いから蒼ちゃん自身の気持ちを聞かせてね。その上で蒼ちゃんにもう一回聞くよ? 戸塚君と付き合えたことを自慢したくなるくらい蒼ちゃんにとっては嬉しかったの?」
 月曜日のあの不安そうな表情、さっきの静かな蒼ちゃんの泣き顔……だったらこれくらいはあからさまでも良いと思う。
 蒼ちゃんが自分の意志を出すことが大切なのだから。
「……(ふるふる)」
 今度は首を横に振る感覚がはっきりと伝わる。
 じゃあ最後にもう一回。今度は蒼ちゃん自身だけで自分の意志をちゃんと表示できるように。
 今まで蒼ちゃんの頭を撫でていた手を止めて、
「私は、蒼ちゃんの気持ちも考えないで、聞かないで勝手にみんなに広めた戸塚って言う人は好きになれない。それに私に電話してきてくれた時にまで、私以外の人がいない事まで確認した蒼ちゃんが、戸塚君と付き合い始めたことをみんなに自慢したの?」
 それでも私みたいに考える子もいるんだよって伝えてから、蒼ちゃんに少しだけ聞き方を変えて、もう一度質問する。

 ほとんどの人が甘いって言うか、私が答えを言わせてるって言うと思う。それでも知っていて欲しいと私は思う。こうやって“場”や一つ一つ自分の余分な感情を手折って行って、他人に左右されない自分だけの感情や気持ちを整える事で、初めて自分の意志を相手に伝えることが出来るようになる人間もいるって事を。
 もちろん誘導にならないように細心の注意を払う必要はあるけれども、同調圧力下に置かれた状況なら大切に、丁寧に扱い過ぎると言う事は無いと断言できる。

「蒼依からは言わない。そんな恥ずかしい事言えるわけないよ」
 蒼ちゃんが自分から私の顔を見て自分の意志で私に教えてくれる。やっと蒼ちゃんの意志・気持ちが聞けた。本当の意味で蒼ちゃんと会話出来た気がする。
 だったらたった三日かも知れないけれど、私たち学生から三日って言うのは大きすぎる時間なのだ。『男子三日合わざれば刮目してみよ』って言う慣用句もあるくらいだ。もちろん蒼ちゃんは女の子だけれど、それでも三日間で変わってしまった部分は埋めたいって私は思う。
「蒼ちゃん。新作のお菓子はもう完成した?」
 だから、三日以前の約束と話題を持ってきて
「うん完成したよ。愛ちゃんにも慶久君にも喜んでもらえると思う」
 三日分の変化を埋めるのに使わせてもらう。
「じゃあ金曜日の日に統括会で遅くなるかもだけれど、一緒に約束してたテスト勉強もしようよ」
 私の提案に蒼ちゃんが迷うそぶりを見せたから
「もし戸塚君が何か言ってきたら、私の名前を出していいから。こっちも戸塚君に言いたい事あるし」
 私が戸塚君に宣戦布告を伝えたら
「や、ケンカは駄目だよ。それに戸塚君、サッカーだけは本当にすごい集中力で取り組んでるから」
 蒼ちゃんらしく私を止めるのを見て、そっか、蒼ちゃんは蒼ちゃんでちゃんと戸塚君のいいとこ探しは出来たんだ。
「分かった。蒼ちゃんがそう言うなら止めておくけれど」
 やっぱりそこにいるのは私の知ってる、優しくて努力を続ける蒼ちゃんだった。
「分かったよ。金曜日の日は必ず新作のお菓子を持って行くからね」
 その後久しぶりに喋った蒼ちゃんとの会話はとても楽しくて、
「明日からは周りがなんて言っても、私と蒼ちゃんの仲は変わらないからね。だから戸塚君と会う時は仕方なくても、私と距離を取るのは駄目だよ」
 明日以降は距離を開けたくないって事だけを伝えた
「ありがとう愛ちゃん。明日からもよろしくね」
 蒼ちゃんの表情はとても嬉しそうだった。


 結局持って行ったお弁当を食べる事もなく家に持って帰ると、やっぱり今日も帰るのが遅かったのか
「ねーちゃん今帰りかよ」
 ちょうど作り置きの夕食を食べている最中だった。
「ちょっと人と会ってただけだよ」
 こんな話を慶にする必要はない。ただ慶の方も前の事があるからだろう
「ふーん。まあ別に良いけどな」
 かなり不満そうではあるけれど、それ以上突っ込んでくる事は無かったから
「そう言えば金曜日に蒼ちゃんが新作のお菓子を持ってきてくれるから、蒼ちゃんに恥かかないように勉強しときなよ」
 蒼ちゃんが来ることを慶に伝えておいてやる。
「金曜だな! 分かった」
 蒼ちゃんの話を出すと、さっきの不機嫌さが嘘のように話に食いついてくる。
「後、金曜日でいくらゆっくり出来るからと言っても、今週も金曜日に帰って来るだろうから、早く帰って来るようにしなよ」
 せっかく作ってくれる蒼ちゃんの新作のお菓子を無駄にしないためにもしっかり伝えておく。
「分かってるって」
 そんな私の注意に適当に返事をした慶を横目に、持って行ったお弁当を夕食代わりとして中間テストの勉強をするために自分の部屋へ向かった。



 翌日昨日久しぶりに蒼ちゃんと話した事も手伝って、昨日よりも体はだるくてお腹の不快感も強いけれど、気持ちは軽く教室の中に入る。
「ちょっと愛美さん聞いた?」
 ところが私が自分の机にカバンを置くや否や、咲夜さんが私の所に駆け寄ってきて
“奥さん聞きました?”なんてノリで話しかけてきたから、また蒼ちゃんの事で何かあったのかと身構えたのだけれど、
「園芸部が部活して、部活停止になったらしいよ? で、顧問の先生も指導力不足を責められてるって話なんだけれど、愛美さんなら統括会関係で何か話知ってる?」
 思いも寄らなかった話に、一瞬頭が真っ白になるも
「何の話? それっていつ分かったの?」
 蒼ちゃんの時と同じように噂の出どころだけは確かめようと聞きたかったのだけれど
「部活やっている人同志で分かったらしくてみんな知ってるよ」
 出所がどこなのか分からない状態みたいだ。
 時間を確認した所、朝礼までにはもう少し時間がありそうだったから、昨日の先生との話も含めて直接聞こうと思い、時間も時間だったし少し急ぎ足で職員室へと向かう。

 職員室を覗くと私のクラスの担任がいたからちょっと廊下に出てきてもらうように呼ぶ。そして朝から少し急ぎ足で職員室まで来たから、涼を取るために職員室の前ではあるけれど、誰もいない、見ていない事を確認してブラウスの第一ボタンを失礼する。
 ホントは咲夜さんみたいにボタンを外さずに、服をつまんで風を送れば良かったのかもだけれど、やっぱりそれはそれで胸部が目立ちそうだったから、色々と慎ましい私は、結局第一ボタンを失礼する方を選択してしまう。
 間違いなく昨日の事があるからだろうけれど、私を見たとたん良薬を飲んだような表情をする担任。一応それでも視線が合った手前、気付かないふりをするわけにもいかなかったのか渋々と言った感じで廊下へ出て、私のところまで来て、
「なんだよ? 朝から何かあったか?」
 恐らくはまだ事情を知らないのか、のんきそうに聞いてきたから
「時間が無いので今は確認だけです」
 そう断りを入れて、誰もいないのは分かってはいたのだけれど事が事だからと小声で話すために、廊下へ出てもらった先生の耳元に顔を少しだけ近づけて、
「どうして園芸部だけが広まって部活停止なんですか? サッカー部はどうなったんですか?」
 事実確認だけをする。
「は?」
 先生は私の質問に対して寝耳に水だったのか、驚いた顔をして私を――いや私の首元を
「――っ!」
 見ていた先生の視線に気づいた私は慌ててブラウスの第一ボタンを留める。
「いや待て岡本。またお前は何か誤解をしてるだろ? 今先生は驚いただけだからな?」
 だったら慌てずに堂々としていればいいと思うのだけれど
「先生。さっきの部活の件で放課後に話を聞かせてもらっても良いですか?」
 やっぱりボタンを外すと言うのは駄目なのかもしれない。昨日の視線と言い、やっぱりこれが男の人の前だと、たとえ相手が先生だったとしても隙になってしまうのか、そう考えると昨日の先生もちょっと怪しく思えてくる。
「いや、先生岡本から今聞くまで知らなかったんだぞ?!」
 昨日と違って本気で訴えてきているを見て、嘘ではない事は分かるけれど、
「昨日教頭先生・生活指導の先生に聞いてみるって仰ってましたよね?」
 昨日の今日で忘れたとはさすがに言わせない。統括会メンバーとして、生徒間で処遇の差があるのは、さすがに黙っていられない。
「はぁ……分かったよ。ったく。生徒から呼びつけられるなんて二回目だよ」
 そう言って職員室へと戻っていく先生。
 もうそろそろ時間なので、私も教室へと早足で戻る。


(解説)
 https://novel.daysneo.com/author/blue_water/active_reports/2141951813e18db835ce9a9a911fcec0.html
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

        「ホント、今からでも愛ちゃんの彼女になりたいよ」
               切実な蒼ちゃんの一言
            「またか。またあのグループか!」
             また新たなトラブルが襲うのか
           「……先生サッカー部の方の話は?」
                 「……」
             放課後の先生へのお伺い
         明らかになる処遇の差は何を意味するのか

            25話 2方向の視線<敵意と優しさと>
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