第28話 見通せない視線<届かない想い1>

文字数 10,196文字

 いつも通り役員室には私と空木君だけの二人きりになる。私は議事録をまとめていた手を一度止めて、
「じゃあいつもの始めよっか」
「もうさっきまでのはまとめ終わった?」
「……」
 私が号令をかけるとニコニコしながら聞いてくる。
 さっきまでの雰囲気とは全く違う。
 それでも私の事は見通してくるから、ほんとに質が悪いよ。
「意地悪。空木君こそトイレ行ってきたの?」
「お互い様だね」
 その笑顔に私はまた顔が熱くなる。
「空木君にはこの方が良いと思っての事なのに」
「岡本さんって分かり易いよね」
 そうだよ。自分でもすぐに顔に出るの分かってるよ。
 いつもそう。二人きっりになると私の方が分が悪い。今回も議事録は完全にまとめ終わっていた事はバレてる。それにカバンの中に入れてある、少しだけ空木君の匂いのするであろうお弁当箱……私の胸の鼓動が自然上がる。
「もう良いから始めよ」
 このままだと胸のドキドキまでバレそうだからと先に話を進めてしまう。
「岡本さんまだ知っていて話してない事あるよね?」
 そして初っ端がこれだよ。もう私は空木君には隠し事が出来なくなっているのを自覚しているから、サッカー部の違反の事・大推の為に未公表も含めて特別扱いになっている事。それを踏まえて園芸部の処分を無くせるのではないかと思い、園芸部の活動場所まで行った事。さっきまとまった金髪の子が園芸部に所属しているかもしれない事を“カナ”って子の事だけを言わずに、空木君に伝える。
「岡本さんすごいね。よくそこまで集めたよ。正直僕もサッカー部の事は知らなかった」
 私の話に空木君が感心してくれる。
「話を戻して、まあサッカー部に関しては大推があるなら妥当だね。統括会としても生徒の応援はするべきだと思うし。逆にこっちは触れない方が良いかな?」
 そこは私も同じ意見なのだ。
「だから何とか園芸部の方の処分を無くす事が出来ればと思うんだけれど」
 どの部活もそうだけれど、3年であと少ししか活動できない中で、例え一週間と言えども禁止期間が付くのは辛いと思う。
「岡本さんの人を思いやる気持ち、優しさはすごく良いなって思うけど、今回はノーペナルティーは厳しいと思う。半分に短縮なら理由によっては交渉できると思うけど」
 でも最後の所はさすがに気持ちは同じでも、意見に食い違いは出て、私の気持ちが少し落ちる。
 や、空木君と意見がずれたからじゃなくて、ペナルティが残るからだからね。
「園芸部が部活停止になって人生を左右する事は無いけれど、大推の子が部活を停止させた内申が付くと大学側の印象も確実に落ちるからね。もちろん園芸部だって立派な活動だし、みんなまじめに取り組んでいるから決してないがしろに出来ないし、しない。ただ園芸部に大推や一芸入試みたいな人生に関わる話が無いのは確かではあるかな」
 確かに言葉にして述べるとそうなると思う。でも、時間だけは誰にでも平等なのもまた同じじゃないかな。これからの人生を叶えるための時間。残りの学校生活を充実させるための今と言う時間。そう考えると、どっちがどっちとも甲乙つけられないとは思う。
「空木君の言う事も分かるけれど、それでも私は生徒が楽しめるように尽くしたい」
 ――あの金髪の子がカナって子に向けていた優しさは本物だと思うから――
 それに私の推測が間違って無ければ
『いい? もし今回の事で誰かがカナに文句ゆって来たら、すぐにわたしにゆう事。わたしが全部何とかするから』
 部活と友達を守るために、自分が矢面に立つと覚悟を決めていると思うのだ。
 もちろんこれは私の想像だし、完全に的外れかもしれない。それでも生徒の為にと言うのは統括会の本分だと思う。
「分かった。テスト期間中で出来る事は少ないだろうけど、岡本さんの考えで進めて行こう」
 私の希望に対して思案顔だった空木君が表情を緩める。
「え? い、良いよ、良いよ? テスト期間だし空木君に迷惑かけられないって」
 今のこの時間だって、空木君の意見を聞き取るって言う大義名分があったとしても、テスト直前の貴重な時間を割いてもらってる事には変わりないのに。
「大丈夫。僕の方で知り合いに当たってみるだけだから。それに僕は岡本さんの考え方を迷惑だなんて思ってないって」
 そう言って空木君が席を立って、炊事場へ向かう。
「でも無理はしないでね。元々これは私の考えだし」
 背中に声をかけると、空木君が少し考える仕草をして、やかんからしゅんしゅんと鳴り出した頃合い、
「男の僕にも華を持たせて欲しいって事で納得してくれないかな?」
 やかんにかけていたガスコンロの火を止めて、空木君がこっちを振り返る。
「ありがとう」
 空木君の方からお願いする形で言われてしまえば、私には断れない。
 こういう気遣いって本当に嬉しいって思う。もちろん昼間みたいなドキドキも嫌な気はしないけれど、こういう気遣いは逆に落ち着くと言うか、安心する。
 そんな事を考えながら空木君を目で追っていると、鞄の中から茶色い粉の入った小瓶を取り出す。その粉をお湯の入ったカップの中に少量振りかけて、軽くかき混ぜて私の目の前にソーサーごと差しだしてくれるこれは……コーヒーに見える。
「インスタントなんだけれど、コーヒーにも消炎効果があるから」
 私の視線を受けて少し微笑みながら説明する空木君。お昼のサンドイッチと言い、今のコーヒーと言い、私のためにそこまで準備をしてくれたのが無性に嬉しい。
 なんか最近は色んな空木君を見ている気がする。普段の統括会の空木君、二人だけの時にからかってくる空木君。かと思えば今日みたいに女の子の気持ちが分かってるかのような気遣いをしてくれる空木君。
 そんな空木君がコーヒー豆をしまう時、ふと目に入る。
 そう言えば服装チェックの時にもついていたっけ。
「空木君のそのピンク色の花のアクセサリ、可愛いね」
 てっきり自分のカバンと分かるような目印代わりだと思ってたのだけれど、
「ああ……これはね。とても大切なものなんだ」
 今まで見た事もない位、優しく慈しむ表情で、そのアクセサリを見つめる。
 私は内心の動揺を隠すように
「大切なものって……女の子からもらったの?」
 少しの勇気をもって空木君に聞く。その空木君の表情は切ないような、守りたいのに守り切れないような、そんな自責をも含んだ表情をしながら
「……そうだね。大切な女の子と交換しているかな」
 それでもその一言の瞬間だけは、とてもとても優しい表情で言葉を紡ぐ。
 私は口の中を強く噛んで、自分の感情が表に出ないように努める。大きく腫れた頬の痛みが私の心をごまかしてくれる。
「そっか……そう……なんだ……」
 本当はもっとうまく喋らないといけないのに、うまく言葉にならない。だからさっきまでの心地よい無言とは全く別の空気になってしまう。
 私は今の自分の表情に自信が無くて、議事録のノートに逃げるようにしてうつむく。結局私はそれを誰と交換しているのか、雪野さんとなのかも聞けないまま、
「ごめんね空木君。今日も夕飯作らないといけないから先に帰るね」
 いたたまれなくなった私は、逃げるようにして役員室を後にする。

 下駄箱まで来た所で噛んでいた口の中を楽にする。
 さっきの空木君の話を聞いて、どうして私はこんな気持ちになるんだろう。今もどうして私の中に行き場のない気持ち駆け巡っているんだろう。どうしてこの感情を出さないようにしないといけなかったのだろう――
「アンタ、何コソコソ嗅ぎまわってんの?」
「――っ?! ちょっと痛い! 離して」
 振り向きざま金髪の子に、胸ぐらをつかまれて前にも感じたけれど、どこにそんな力があるのか下駄箱に押さえつけられる。
 私には悲しむ時間も、落ち込む時間も、気持ちを整理する時間も無いのか。
「……へぇ良い顔になったナァ」
 私の顔を見た金髪の子が悪辣な表情を浮かべる。
「私の顔をこうしたのはあなたでしょう」
 名前を呼ぶとまた平手打ちが来そうだから、名前は呼べない。
「……わたし、近づくなって警告したよな?」
 再び敵意むき出しで胸ぐらをつかんだまま下駄箱に更に強い力で押さえつけられる。
 なんで私がこんな目に合わないといけないのか。空木君の事は私が勝手に勘違いしていただけかもしれない。でも、この子にはここまでされるいわれはない。
「警告って言うけれど、何が駄目なのか私ちゃんと聞いてない」
 私の話に歯を食いしばって怒りに耐えているのか
「園芸部の事に口出しすんな! 嗅ぎ回んな!」
 時折歯の隙間から嗚咽のようなものを漏らしながら、私に再度の警告をしてくる。
 でも今の言葉で私の推理が正しかったことが分かる。この子は間違いなく園芸部の子だ。
「園芸部はあなた一人の活動じゃない! 他の部員も同じ意見なの?」
 それでも負けない。持って行きようのない感情は私の中で駆け巡ってるけれど、空木君が協力してくれるって言うのは信じられるから。
「オマエ、ほんっとめでたい奴だな……部外者が知った口きいてんじゃねーよっ!」
 そういって今度は至近距離で外しようもなく、唾を私の頬に吐きつける。
 その目に涙を浮かべながら。
「だったらそれを教えてくれれば良いじゃない!」
 泣くくらいの何かがあるのなら、話してくれれば動くのに。
「オマエ、わたしの言った話覚えてねーのかよ」
 途端にその視線が軽蔑の視線に変わる。
「オマエみたいなやつがわたしは一番嫌いで、信用できないんだよ。始めはそうやって良い顔して何か自分に不都合があれば、手のひらを返しやがる。特にオマエみたいな綺麗事しか見ないやつは特にそうなんだよっ!」
「私を、そう言う風に、決めつけないでっ」
 私だって相応の覚悟を持って統括会のメンバーをやってる。
 もちろん至らない所もあるのは否定できないけれど、ここまで決めつけられたくない。
「オマエ……調子乗んなってゆってんのが分かんないの? その役目はアンタじゃないの。お呼びじゃないの。邪魔者」
 そう言って再び金髪の子がわたしに凄んで来た時、
 金髪の子の髪留めが目に留ま――っ?!
 私の視線の先に気付いた金髪の子が、この世の全てを憎むような表情を浮かべて右手にこぶしを作って思いっきり振りかぶる。私は反射的にそれに合わせて目を瞑ってしまう。その直後に耳の鼓膜を痛めるほどの打叩音(だこうおん)が私のすぐ左耳を襲う。
「そんな汚らわしい視線で、わたしたちを視るんじゃねえよ」
 私が目を開けると、私の顔面のすぐ左の下駄箱に作った拳を打ち付けたまま何があっても立ち入る事は許さない。
 言い換えれば完全拒絶の意志を言葉と共に私にぶつけてくる。
「良いか? 次調子に乗ったら全力で腹パン行くからな。オンナならこの意味分かるよな?」
 最後にそれだけを言い残して髪、いや髪留めに大切にいたわるように手を当て、金髪の子が立ち去っていく。
 私はのろのろと立ちあがり、さっきのやり取りでボタンの取れたブラウスを整えて、吐かれた唾を拭き取り、統括会からの事も相まって、完全に意気消沈して……
 でも今はしんどいであろう蒼ちゃんに心配をかけるわけにもいかなくて、
「蒼ちゃん遅くなってごめんね。今統括会終わったから、今からなら大丈夫だよ」
「じゃあこれから蒼依も準備して向かうね」
 蒼ちゃんに連絡をして、耳鳴りを残したまま、意気消沈のまま私も自分の家に向かう。

 統括会なんかもあって慶が帰って来ていたらどうしようかとも思ったけれど、今日だけは杞憂に終わって、本当に誰も帰っていなくて良かった。
 ただし、間もなく蒼ちゃんも慶も帰って来ると思うけれど、ボタンの取れたブラウスを見られるわけにはいかないからと先に私服に着替えてしまう。
 今日はお父さんが帰って来るから、極力誰にもこの顔は見られたくないし、誰もいないうちに少しでも夜ご飯の下ごしらえをしてしまう。
「ただいまー」
「愛ちゃんお邪魔するね」
 下ごしらえがあらかた終わった段階で慶と蒼ちゃんが同時に姿を見せる。
「二人一緒だったんだ」
「うん。さっき慶久君と途中で会ったよ。ねー」
「は、はい。ありがとうございます」
 普段緊張しない慶が緊張しているのを見ると、なんだか微笑ましく見える。
「それにしてもやっぱ一日じゃ治んねーか」
 蒼ちゃんに対する口調とはまた別の、いつも通りの口調で私の顔を見てくる慶。
「分かったからあんまこっち見るな。それより早くカバン置いて手を洗って来なよ。蒼ちゃんのお菓子一緒に食べるんでしょ」
 私の言葉に何故か慶が蒼ちゃんと視線を交わす。
「俺、先に蒼依さんからお菓子貰ってるから、部屋で食ってるわ」
「慶久君ありがとう。それからまた改めて味の感想をどうだったか聞かせてね」
「はい、もちろんです」
 私の時とは違い、蒼ちゃんには丁寧な言葉で返事をする慶。
 そんな慶の背中に蒼ちゃんがさらに声をかける。
「その前に慶久君。お姉ちゃんの言う通りちゃんと手を洗わないとね」
 蒼ちゃんの言葉に素直に自分の部屋から洗面台へと行き先を変える慶。私より蒼ちゃんに対する方が言葉遣いも丁寧だし、言う事も聞く。もう姉を交代した方が良いんじゃないか。その方がお父さんとお母さんの受けも絶対いいだろうし。
 二人のやり取りを見てるとどうしてもそう思えてくる。
「で、愛ちゃん。今日の夜ご飯何作るの? 蒼依も手伝うよ」
 慶が自分の部屋へ入るのを見届けてから、私の方に申し出てくれる。
「良いよ。蒼ちゃんはお客さんなんだし」
「おじさんたち帰ってくるまでに済ませよう?」
 私の遠慮に対して蒼ちゃんの視線が私の頬に向かう。
「気を遣わせてごめんね。今日は春巻きと八宝菜」
 申し訳ないなと思いつつ、出来ればお父さんに顔を見られる前に一通り済ませてしまいたかった私は蒼ちゃんの言葉に甘える。
 蒼ちゃん自身も私の頬を痛々しそうに見ながら。

―――――――――――――――――――スピンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ごはん中、お風呂を待っている間、終始お父さんが何かを言いたそうな聞きたそうな素振りをずっと見せていたけれど、近くにずっと蒼ちゃんがいたせいで、中々言われるタイミングも聞かれるタイミングもなく一通りごはんも、蒼ちゃんからのお菓子である、シュークリームも頂いた後、今は私の部屋で蒼ちゃんと勉強している……と言うか学校で話せなかった事を話している。
 ちなみに今日は遅くなるって事でお父さんが蒼ちゃんの家まで送って行くって事と、蒼ちゃんのお菓子のお礼って言う事で、夕飯を私の家で済ませる事は蒼ちゃんの家には伝えてある。
「愛ちゃんはおじさんに何も言わなくて良いの?」
 終始お父さんの何でも良いから聞きたそうな態度と表情を見ていたからだろう。
 もっともな事を蒼ちゃんが聞いてくる。
「うん。今は言わなくて良いかな? だって自分で打ったとしか言いようがないし」
「愛ちゃんはそう言ってくれているけど、本当は(よし)君とケンカしたんじゃ」
 そっか……蒼ちゃんの方はなんだかんだうまく行ってるのかな……蒼ちゃんも戸塚君の良いとこ探しもちゃんとできたみたいだし、何より名前で呼び合う仲にもなったみたいだし。
「確かに前にそんな話もしたけれど、今回は全然関係ないよ」
 だったら蒼ちゃんにも余計な心配はかけられない。蒼ちゃんには云われの無い嫉妬を一身に受けている分、やっぱり幸せになって欲しい。
 ……私は自分で勝手に勘違いして……統括会も空回りして……一人で落ち込んで……
「でも本当に気を付けてね。(よし)君体育会系の男の子だから」
 私の返答にもう一度念を押す蒼ちゃん。
 その上、友達やお父さんにも心配かけて。
「うんありがとう。でも、蒼ちゃんはクラスの事も、他の女子の事もあるから幸せにならないとね」
 せめて私のためにこの学校を選んでくれた蒼ちゃんには、笑顔でいて欲しい。
「だとしたらそれ、本当に打っただけ? 打っただけにしてはすっごい腫れてるよね?」
 そう言って蒼ちゃんが“ちょっとごめんね”と断りを入れてから、私の頬をじっと見つめてくる。
「慶久君に聞いても“知らない・ねーちゃんは自分で打ったって言ってる”としか言ってなかったし」
 慶に言わなくて良かったと思う。万一慶に話していたら確実に蒼ちゃんには話していただろうし。
「本当に顔を打っただけだし、特に慶に説明する必要も無いから」
 心配してくれる蒼ちゃんには悪いけれど、うっかり口を滑らしそうで怖いって言うのもあって、勉強に集中させてもらう。

 いくらか集中してた所へ
「愛美、何時頃帰ってもらう?」
 ノックしたお父さんが開けても良いのに、ドア越しに声をかける。
「あと少ししたら声かけるね」
 時刻は21時を回っていたから、キリの良い所で切り上げる事にする。
「今日はありがとうね」
「蒼ちゃんと話出来て良かった。でも心配かけてごめんね」
「そのケガ(よし)君じゃなくて良かった。教室では声かけられなくてごめんね」
 蒼ちゃんの教室でしんどい思いをしているのは知ってる。
 実祝さんや咲夜さんとも少し壁が出来ているのも知ってる。
 だから蒼ちゃんが謝るような事じゃない。
「ううん。気にしないで良いから。また何かあったら私にはちゃんと相談してね」
 人には隠し事をしている自分が、どの面を持って言うのか。
「ありがとう。その時はよろしくね」
 そんな外面だけの自分に自己嫌悪が襲う。
「お父さんお待たせ」
 でも、そんな気持ち、表情はおくびにも出せない。自分が勝手に嘘をついているだけなのだから……
「もう良いのか?」
 1階で待っていたお父さんが立ちあがる。
「うん。明日が休みとは言え時間も時間だし。お父さんお願いできる?」
「すいません。ご迷惑おかけします」
 私に続くように頭を下げる蒼ちゃん。
「いやいやこちらこそ。美味しいお菓子をありがとう。こっちこそ愛美をよろしく」
 なんか蒼ちゃんとお父さんの会話を聞いていると、むず痒くなる。
 結局今日は最後まで聞きたそうにしていたお父さんには応えずに、蒼ちゃんを送ってもらった後、逃げるようにしてお風呂の後、自室へと籠る。


 明日はテスト直前と言う事と、実祝さんの家でテスト勉強をすると言う事で
『明日はテスト直前と言う事で、試験対策と友達の家で勉強をするので、参加出来ません。ごめんなさい』
 断りのメッセージだけを送って、洗い終わった空木君からのお弁当箱を置いておく
わけにもいかずに、仕方なく部屋に持って入り、お母さんに言われている事もあって念のため部屋のカギもかけ、改めて今日の事を振り返る。
 私の勝手な勘違いで舞い上がったり、アクセサリ1つでここまで落ち込んで。
 挙句の果てには訳も分からないまま金髪の子に敵意をむき出しにされ、統括会絡みでも空回って……私は一人で何をしてるのかなって思う。
 おまけにあれだけ親の前では心配かけたくなくて笑顔でいようって決めていたのにこんな顔にして、お父さん・友達・慶にも心配かけて……私は一体何がしたいんだろう。
 それに、怒りをぶつけるにしても金髪の子――ユズ――って子も泣いていたし。
 もう本当に訳が分からない。金髪の子と言えばブラウスの事もそうだ。あれだけの力で敵意を持って押さえつけられたら、そりゃボタンだって取れる。
 そのボタンもどこに行ったのか分からないから、取れたブラウスのボタンも直すに治せない。こんなの心配の上塗りになるだけだから、誰にも相談できるわけがない。
 その一方で蒼ちゃんはちゃんと努力をして戸塚君の良いところを見つけて、名前呼びにも変わって……良い事のはずなのに、私自身が望んでいた事のはずなのに自分がどうしても惨めにしか思えない。
「……」
 着信が入るけれど、今は電話には出られない。出る気にもならない。
 そんな自分勝手な私の瞼に自然涙がたまる……自分の醜い部分を晒されているようで自己嫌悪が進む。私は涙がこぼれないように、ベッドに仰向けになって寝転がる。
 そりゃ空木君だって、こんな私じゃ何とも思ってないわけだ。
 あの時の空木君の表情が、どうしようもなく、私の胸をどうしてだか締め付ける。
「……」
 一度着信が鳴りやんで、再び着信が鳴り始める。
 明日が休みで良かったと思う。明日も学校だったら普段通りの振る舞いは、特に空木君や雪野さんの前では出来なかったと思う。
 このままだと鳴りやまない着信で寝られなさそうだったから、瞼から涙が溢れないように仰向けのまま
『はい、もしもし』
『良かったんだよ! やっと繋がった』
 取った電話は何と朱先輩からだった。
『どうか、したんですか?』
 まさか朱先輩からだったとは思わなかったから
『その言葉はわたしの言葉なんだよ』
 間違いなく涙声を聞かれてしまったと思う。迂闊だった。
『朱先輩が私に電話してくるって初めてじゃないですか?』
 朱先輩は自分からかける電話がとても苦手だと聞いていて、いつもやり取りはメッセージか私からの電話が今まで全てだったのに。
『わたしが愛さんの声をどうしても今聞きたくなったから。じゃ駄目かな?』
 朱先輩の声を聴いて何とか普段通りの声を出そうとする。
『それはもちろん構いませんが、本当にどうしたんですか?』
 電話をかけてくるって事は、相当な何かがあったんだと思う。でないと朱先輩が自ら電話をかけてくるなんて有り得ない。
『明日何とか愛さんに会えないかなって思ってるんだよ』
『明日は友達と中間テストの勉強をするんですよ』
 朱先輩の事だから、私の今の顔を見せてしまうと、間違い無くある程度推測だけで真実を言い当てられてしまうか、真実を洗いざらい喋らされてしまうと思う。
『明日、その勉強会終わってからでも良いんだよ』
 先輩が強い誘いをかけてくるときは、何か言いたい事がある時と言うのはもう間違いないと思って良い。だから私は必然身構えてしまう。
『でも、それだと夜遅くにお邪魔してしまう事になりますし』
 間違いなく今朱先輩の優しさに触れてしまうと泣いてしまうと分かるから。だから甘える事は出来ないと、反射的に遠慮する言葉が口をつく。
『愛さんが一人で泣いてるのに、悩んでるのにわたしには何も言ってくれないなんてひどいと思うんだよ』
 それでも朱先輩の優しさが、言葉が私の心を少しずつ侵食してくる。
『愛さん。電話での第一声。泣いてたよね』
『……泣いてはいませんよ』
 泣いてはいない。でも涙がこぼれそうだったことは間違いなくて、語尾は弱々しくなる。
『愛さん。今泣き声を隠そうとしてるんだよ』
 朱先輩の優しい言葉は、容赦なく私の涙腺を緩めてくるから、少しだけお腹に力を入れて
『大丈夫ですよ』
 朱先輩に返す。そうしないと本当に泣いてしまいそうだったから。
 本当に電話口で良かったと思う。対面だったら間違いなく全部バレていたと思う。
『愛さん、愛さん。愛さんに問題です。いつも言ってる言葉で、わたしの前では……何だったっけ?』
『……いつでも、何時でも連絡くれて良いから……』
 もちろん忘れたわけじゃない。今の私には思い当たる事があって言葉には出来ない。もちろんそんな事もお見通しの朱先輩は優しく、柔らかく
『ゆっくり、ゆっくりで良いからね。心が落ち着くまで待つからね』
 私の心を溶かしに来るから、さっきよりもお腹に力を入れて
『わたしには取り繕う必要はないからね』
 一息で言い切ってしまう。
 でも朱先輩の優しは、私を楽にはしてくれない。
『じゃあ愛さんに質問です。さっき涙声を取り繕うために声に張りを持たせたでしょう』
『……』
 その問いに嘘をつくことも出来ず、かといって肯定するとさっきまでの会話が嘘だって言ってしまうようなものだから、私は言葉を発することが出来ない。
 そんな私を確認してから改めて。
『明日、愛さんとお話ししたいから、いくら遅くなっても良いからわたしの家に来れるかな?』
『……分かりました。お邪魔します』
 もう私の返事は肯定しか残されて無かった。
『じゃあ明日はお泊りセットを持ってきてね。着替えの服はこっちで用意しておくかんだよ』
『ありがとうございます』
 声だけ聴いていたら電話口の向こうで飛び跳ねていても不思議じゃないくらいの喜びが伝わってくる。
『あ、ちゃんとテスト対策もするから大丈夫なんだよ』
 そう言えば朱先輩も同じ学校出身の上、統括会もやっていたくらいだから
『そっちもよろしくお願いします』
 私からすると願ってもない話だった。
『じゃあ明日連絡待ってるから、絶対なんだよ』
 そう言って半ば強制で、明日は朱先輩の家に泊めてもらう事になった。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――

         「なら良いけど、今日は友達の所……なんだな」
      少しのニアンスの違い、言うタイミングで変わるもろ刃の言葉
        「お母さん! ここ玄関で恥ずかしい。愛美こっち」
             優しそうな実祝さんのお母さん
                 「鍋?」
                昼間からの鍋

   時に喧嘩したり……そう言う人と共有する時間を大切にして欲しいのよ

        29話 噛み合えない視点<親の思い・子の思い>
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み