第29話 噛み合えない視線<親の思い・子の思い> 注意・解説あり
文字数 8,719文字
注意 この話を読んで心がしんどくなった方は無理をせず読むのを辞めるか
必ず解説に目を通してください。
翌朝お父さんも慶も寝ている間に、今の顔を出来るだけ見られたくない私は、朝ごはんと洗濯だけは済ませてしまう。
一通りを済ませて、ご飯もあらかた終わったところで、いつも通りお父さんが先に起きてくる。
「じゃあお父さん行ってくるね。明日には帰って来るから。今日の夜だけはごめん」
私が喋るつもりが無い事をもう分ったんだと思う。
「本当に慶が手を出したんじゃないんだな?」
私から顛末を聞くのを諦める代わりに
「だから、昨日から言ってる通り慶は手を上げたりはしないってば」
慶の暴力をしきりに気にしてくる。
お父さんもお母さんも当然知らないだろうけれど、慶にはその辺りの事はきつく言い聞かせているから、その心配だけは無いのに。
「なら良いけど、今日は友達の所……なんだな」
かと思えば何故かすがるような視線を送ってくるお父さん。何が言いたいのかイマイチ分からないから
「明日には帰って来るから、洗濯物は触らなくて良いからね」
念のため自分の洗濯物は自室に干してはあるけれど、念には念を入れておく。
「……分かった。気を付けてな」
何か言いたそうなお父さんが言葉を飲み込んで、私を見送る。
本当は聞きたい事、言いたい事たくさんあると思う。でも昨日から今日にかけて蒼ちゃんと私の態度で出来れば聞いて欲しくないと言うのは伝わったんだと思う。
本当はせっかく帰って来てくれたお父さんに週末家を空けてしまうのは申し訳ないなって思う一方で、今日の外泊は私にとっては渡りに船なところもある。
この顔で今の私の心では親の気持ちを揉みたくなかった私は何一つ言えないのに親に心配をかけるだけなのも、同じ部屋の中で空木君のお弁当箱を見てるのも辛いから……
「じゃあ明日には帰って来るから」
私はお父さんに見送られて、実祝さんとの待ち合わせ場所に向かう。
休日の駅の改札口での待ち合わせってどうなんだろうって思っていたのだけれど、こっちは完全に杞憂だった。私服姿の実祝さんを初めて見たけれど、私が思ってる以上に美人さんだった。これだけ背があって美人さんだったら多少の人ごみの中でも今日みたいにすぐに見つけられると思う。
「おはよ。愛美」
「実祝さんも。ひょっとして少し前から待ってた?」
私が改札口から出たらもう実祝さんが待っていた。
「客人を待たせるわけにはいかない」
心なしか実祝さんの声が固い気がする。
「実祝さん何かあったの?」
「いや違う。友達が来るのに緊張してるだけ。あ、前のカゴに荷物入れて良い」
実祝さんがぎこちなく自転車を押して歩き始める。服もカッコよくてすらっとした美人さんなのに、今日は後ろで結んだ髪がぎこちなく歩くのに合わせてひょこひょこと揺れる様が、普段学校での姿とあまりにものギャップに
「ははっ」
私の口から自然に笑いが零れる。
「愛美……あたしどっか変? 変な所あったら言って欲しい」
そんな実祝さんの表情を見て思う。
「変なところなんてないよ。学校以外での実祝さんってそう言えば初めてだなって」
同じ人間でもつくづく色んな表情や顔があるんだなって。
「愛美があたしの事、どう思ってるのか気になる」
私の歩調に合わせて左側を自転車で押していた実祝さんが私の顔を見てくる。
「いつも学校で背が高くてカッコいいなって思ってた。でも……この続きはまた後でね」
「むう……後でちゃんと聞く」
私の中途半端な回答に、でも案内してくれる実祝さんの後についていく。
「あらいらっしゃい。今日はよく来てくれたわねぇ」
「初めまして。お邪魔します」
実祝さんが玄関の戸を開けると、キッチンの方から実祝さんのお姉さんみたいな人が出てきて私たちを迎えてくれる。
「私が実祝の母です。よろしくね。えっと……」
「実祝さんのクラスメイトの岡本です」
「下のお名前は?」
「えっと、愛されるの愛に美しいの美で愛美です」
「愛美ちゃんね」
「お母さん! ここ玄関で恥ずかしい。愛美こっち」
実祝さんがお母さんを押しのけて、荷物の事もあるからだろうけれど一度実祝さんの部屋へ案内される。その後に続きながら色々と驚きを通り越して感心する。
まず実祝さんのお母さんが若い。
「祝 ちゃんちょっと待って。もうすぐでお昼出来るから」
階下からのお母さんの呼びかけに、二階から返事をする実祝さん。
「ちょっとお母さん! 友達の前で変な呼び方をしないで」
そして実祝さんのお母さんのフランクさがとても印象的だし、何より実祝さん家では“祝 ちゃん”って呼ばれてるんだ。
「実祝さんのお母さんって若いね。私お姉さんかと思った」
「まぁ! なんていい子なの? こんないい子が祝ちゃんのお友達だなんて、お母さん嬉しいわ」
その声にびっくりして後ろを振り返ると
「ちょっとお母さん?! ご飯の準備は?」
実祝さんもびっくりしたようで、実祝さんが声を張る。
「はいはい。じゃあ後10分ほどで出来るからね」
でもそんな実祝さんを意に介する事もなく下へ降りていく。
「ごめん。お母さんが騒がしくて」
「ううん。優しそうでいいお母さんじゃない」
「ありがとう愛美。そしてようこそ」
そうして実祝さんお部屋に案内された私は、息をのむ。
「すごい! これ実祝さん全部読んだの?」
出入り口のドアと、その正面にある採光の為の大きめの窓以外の二面はすべて本棚で埋まっている。更にその本棚も隙間は少なく、たくさんの本が並べられていて、紙独特の匂いも少しだけ鼻腔に広がる。
「うん。大体は。一部難しすぎて途中で諦めた本もあるけど。あ、荷物は一旦あたしの机の上に置いといてくれれば良いから」
入ったすぐ左隣に実祝さんの机が目に入る。
「あれ? これって……?」
その上に置いてある本。これって少し前まで実祝さんが教室で読んでいて、でも最後までタイトルを教えてもらえなかった本……だよね。著書名の所に松下~って以前少しだけ見えた名前と同じだから、間違いなと思う。
「愛美。人のプライバシーのぞくの良くない」
その本のタイトルを見て私は嬉しくなる。
「ごめん。でも荷物を置いていいって言ってくれた机の上に置いてあったら目に入るよ」
――某電機メーカーの著書・物の見方・考え方――
それは間違いなく実祝さんなりの、クラスメイトや他人との歩み寄り方で
「謝ってる割にはなんか嬉しそう」
そんな実祝さんの気持ちと行動に嬉しくならないわけがない。
「私、実祝さんと友達になれて本当に良かったよ」
だから私は素直な気持ちを伝える。本当に今すぐクラスの真ん中で実祝さんの事を叫んで伝えたい。だって、クラスでの事、統括会での事、空木君の事・金髪の子の事……上げればきりがない位たくさんの事があるけれど、実祝さんもまた手探りでも私との事、蒼ちゃんとの事、クラスとの事を考えてくれているのだから。
「もう愛美はそれ以上国語が出来るようになったらイケナイ」
私の視線が恥ずかしいのか、ソッポを向いて後ろで髪を結っている分、耳が色づいているのがいつもよりハッキリと分かって、
「何で? 明日・明後日のテストでは文系科目も頑張るよ」
分かっていて私は笑顔で実祝さんを挑発する。
「……これ以上愛美に語学を勉強されたら、今日みたいにあたしの事がバレてしまう。テストなんてどうでも良い」
実祝さんが私の視線から逃れるように、例の本を見つめる。
「祝ちゃ~~ん。ご飯だよ~~」
「だからその呼び方! 友達の前で恥ずかしいって」
そうは言っていても、一つほっとした表情を挟んで
「愛美、勉強はお昼ご飯を挟んでからにしよう」
「ありがとう。ご馳走になるね」
そう言って三人でご飯をするために、下へ降りる。
「鍋?」
一階へ降りると実祝さんのお母さんが昼間から鍋の準備をしていた。
「やっぱりみんなが仲良くなるには、みんなで鍋を突っつくのが一番でしょ。まあ
祝ちゃんと愛美ちゃんはもう十分仲良さそうだけどね」
そう言っておばさんが……って呼ぶには若すぎるから、便宜上お姉さんって呼ぶ事にする。そのお姉さんが実祝さんを嬉しそうに見つめる。
「昼間から鍋って……他の家じゃやらないって。この家くらいじゃないの?」
実祝さんの呆れ声に対して
「何言ってるのよ。外国じゃ昼しっかり食べて夜は寝るだけだからって軽くしか食べない国もあるんだから」
そう言って取り皿に取り分けて、早く食べるように促してくる。
「あ。美味しい」
始めは何の鍋か分からなかったけれど、これは海鮮鍋みたい。珍しい気がする。
「嬉しいわ。愛美ちゃんにもそう言ってもらえて。学校での祝 ちゃんの事色々聞かせてね。この子、家では全然学校の話をしないから」
「ちょっとお母さん。お願いだから変な事言わないでよ」
私の一言に目を輝かせるお姉さん。それに普段学校では見る事の出来ない慌てた実祝さん。そんな二人を見ていると、悪戯心が湧いてくる。
「実祝さん。学校ではいつも冷静沈着なので、今日みたいな実祝さんを私は初めて見ましたよ」
「愛美?!」
実際悪意を向けられてもぱっと見は動じることなく対処するし、そのおかで“姫”なんて言う実祝さんにとっては不本意な呼称まで、一部の人からはつけられている。
「へぇ……この祝 ちゃんがねぇ」
そう言ってお姉さんが嬉しそうに実祝さんを見つめる。
「本当は今日まで心配だったのよ。祝ちゃん学校ではいつも友達と遊んでるから帰って来るのが遅いって言ってるのに、実際には一度も友達を連れて来た事が無いからどんなお友達と付き合っているのかがね」
そう言って次は安堵の眼差しで実祝さんを見つめるお姉さん……に違和感を覚える。
「だからいつもあたしは気にしなくても良いって言ってるのに」
「そんな事言って、朝も友達と一緒に登校するって言って早く行く割にはその友達も家に連れてきたこと一回も無いでしょ」
「……」
いつも実祝さんとのやり取りで、口では勝てた例のない私は実祝さんが言いくるめられているのを初めて見て、さらに違和感が強くなる。
「元々私心配だったのよ。私やパパと喋る時は明るく喋ってくれるんだけど、一人で部屋にいる時はずっと本を読んでる子だから、どういう友だちと、どこで何をしているのかって言うのが全く想像できなくて」
よくよく見ていると、お昼ご飯を頂き始めてからこのお姉さんは実祝さんから一度も視線を切っていない。正確に言うと必ず視界のどこかに実祝さんが映るように、目に入るようにしている気がする。
「確かに実祝さん。学校でもよく本を読んでますね」
私はその正体を掴むために、強い違和感を覚えたまま会話を続ける。
「祝ちゃんは本が好きだから、友達と放課後も遊んでるって言ってたけど、今日の
愛美ちゃんみたいに一緒に勉強もしているのね」
そう言ってニコニコ顔で実祝さんを見つめる。
「でも私はね、勉強も大切かもしれないけれど、学生の間ってもっと色々な時間の使い方があると思うのよ。もちろん勉強も大切だし、本を読んで色んな言葉を知る事も大切だと思う。でも、たくさんの人間とまとめて行動したり、交流したり、人間の輪を広げるのは今しか出来ないのよ」
私はお姉さんの話を聞いている内に、ううん。聞き入る内に違和感の正体に気付く。
「あたし今年受験なのに、受験生に向かってこんな事言う親も他の家じゃいないって」
お姉さんの言葉に居心地悪そうにする。
「だからよ。今年受験って言う事はもう一年無いって事なんだから。大学のお友達ってもう社会の中の会社と同じで、人数自体が多くてもゼミや研究室が一緒でないと人間関係の輪は広がりにくいし、そもそも今の学校でのクラスとは行動する時間・人数も全然違う。それに、後は就職が多いから、どこに就職したとか、年収・お金が絡むから純粋な友達って思ってる以上に出来にくいのよ。だから私は祝ちゃんには少し位成績が下がっても良いからその分できるだけ多くの人と遊んだり、時に喧嘩したり……そう言う、人と共有する時間を大切にして欲しいのよ」
お姉さんの言葉に私も無言で聞き入ってしまう。
そして、実祝さんの少しちぐはぐに感じていた行動の一部に合点がいく。
「お母さんがそう言うから、今日は友達に来てもらったの」
お姉さんの話が始まってから、実祝さんがずっと居心地悪そうにしている。
「ねぇ愛美ちゃん。普段は本ばかり読んでる祝ちゃんだけど、周りの友達とバカ騒ぎしてる?」
一方でお姉さんの方は実祝さんにたくさんの友達がいる事を疑っていない。
「そうですね。実祝さんが突っ込み役での会話も多いですよ」
どうして実祝さんが私を誘うのに不安そうな瞳をしていたのか、今回咲夜さんを断ったのかその理由が見えてくる。
「そう、ありがとう愛美ちゃん。祝ちゃん、勉強も大切かもしれないけれど、大学の友達と違って今の学校の友達は一生の友達になる事も多いから、これからもううん、これから“は”もっと友達を大切にね」
「うん大切にはする。でも勉強もするけど」
実祝さんは最後まで居心地悪そうだったけれど、最後はお姉さんの顔を見て返事をする。そんな実祝さんをまぶしげに見て、
「じゃあ昼からはテスト勉強するんだよね。静かにしてるから何かあったら声かけてね」
「うん分かった。ありがとう」
「美味しいご飯をありがとうございました」
実祝さんに続いて、私も実祝さんの部屋へ再度お邪魔させてもらう。
……それにしてもケンカかぁ。
あの穏やかなお姉さんからは考えられないなと思いながら。
今度は無言で再度実祝さんの部屋へお邪魔する。
「お母さん、とっても実祝さんの事大切にしてるんだね」
畳んでいたテーブルを広げている実祝さんの背中に声をかける。
「大切にはされているって思う。なのにあたしは――」
「――実祝さんはお母さんを大切にしているの、よく分かるよ」
実祝さんの言いたい事は分かるから、その先を言わせたくない私は敢えて実祝さんの言葉を途中で引き継いでしまう。
そりゃ少なくてもこの学校に入ってからずっと隠し続けているんだから。
その気持ちが嘘なわけないし、生半可な気持ちじゃないと思う。
「あたしは大切に出来ているなんて思ってない。これはただのあたしの――」
「――実祝さんの大切に思う気持ちは嘘じゃないよ」
だから何回でも実祝さんの言葉を途中で引き継ぐ。
さっきのお昼ごはん中、実祝さんのお母さんは最後まで一瞬たりとも実祝さんを視界の外には出していないのが何よりの証拠だと思う。本当に実祝さんの事を目に入れても痛く無いんだろうなって思うから。分かるから。そんなお姉さんの気持ちまで否定して欲しくなくて。
それは実祝さん自身をも不用意に傷つけてしまいかねないから。
「愛美なら気付いているでしょ? あたしがお母さんに嘘――『嘘じゃないよ』――」
実祝さんの言いたい事、言わせちゃいけない事。ちゃんと止められたかな。
それとも遅かったかな……広げた折り畳みのテーブルの前に腰を下ろす。
実祝さんが自分で自分を傷つけてしまわないように、頑張って朱先輩の真似をしてみる。
「実祝さんは私が友達のお母さんに嘘をついたって思ってるの?」
「少なくても本当の事は言ってない」
私の質問に対して、無意識だろうとは思うけれど実祝さんの視線が机の上に向かう。
そんな実祝さんを見ながら、どうしたら朱先輩のように会話ができるのかを考える。
「実祝さんはさ。今日私の事を友達として誘ってくれたんだよね」
「愛美はあたしと……あたしの事友達と思ってないの?」
実祝さんの瞳が、一つ石を投げ入れた水面のように大きく揺れる。
その不安そうに揺れる瞳が、何よりの証拠だと気づかずに。
「私実祝さんに言ったよ? 友達の家に遊びにいくのに理由、いる? って。今日は
“友達”が誘ってくれたから“友達”の家にお邪魔させてもらった。ただ本当にそれだけなんだよ」
さっきお姉さんも言ってくれていたけれど“今”の学校の友達は私もやっぱり大切にしたい。どこまで朱先輩みたいにうまく出来るかは分からないけれどもうひと頑張りする。
「私、実祝さんがその本を読んでいる時声をかけたし、雑談もしたよね」
実祝さんがあの日クラスの雰囲気が悪い中で、一人本を読んでいた時バカげていると思いながらもあの雰囲気に負けたくないっ。って思いながら普段通りに声をかけたからよく覚えてる。
「……」
賢い実祝さんの事だから、私が何を言おうとしているのか薄々分かってきたのだと思う。
実祝さんからの返事が無くなる。そう、まるで朱先輩を前にした時の私のように。
「私はあの時から友達“仲良し”だって思ってるんだけれど違ったのかな?」
もし“また”私だけが勘違いしていたとしたらと思うと、空木君の事も重なって言いようのない悲しさ、寂しさが襲ってくる。
「違う。そんな事ない。あたしは……あたしは愛美とずっと友達でいたい。あたしはあの日より前から愛美の事、友達と思ってる」
そう言えばほんの始めの頃だけ“さん”付けだったけれど、すぐに無くなったな。
無意識で始めの頃、テストの話だけしかしていなかった時の事を思い出す。
それは言い換えると、私が“また”一人で勘違いしているわけじゃなかった事と同じ事で私は心からそのことに安堵する。
だったら後一言。
「あの日、友達だと思っていてくれたのなら、あの日も実祝さんは友達と喋って雑談もしてる。だったら私も嘘はついていないし本当の事しか言ってないよね?」
実祝さんに嘘はつかせない。その嘘は必ず巡り巡って実祝さん自身を傷つけてしまうから。
「……」
何かを言いかけては辞めると言うのを何回か繰り返した後、やがて無言になる実祝さん。朱先輩のようにうまく出来たのか、それともやっぱりまだ足りないのか……。
たくさんの本に囲まれた実祝さんの部屋の中、私が朱先輩との事に想いを馳せて、本の匂いが混じり始めた頃合い、
「あの日も実祝さんは朝早くに学校に来て友達と雑談してる。お母さんにも嘘はついていないし実祝さんもまたお母さんを大切にしてる。どこもおかしい所は無いよね」
私は念を押す。
やっぱり朱先輩みたいにはうまくは行かない……実際隠し事をして本当の事すら言えない私が何を厚顔無恥に友達面をしているのかって思う。
それでも。あの優しくて明るいお母さんを心配させたくない、大切に思い続ける気持ちは十分すぎるくらいに伝わってくるから、その思いだけは大切にしたかった。
「……ありがとう愛美」
そう言った実祝さんの表情には、一切の照れは無く、ただただ純粋に感謝しているだけの他意も底意もない表情を浮かべた実祝さんの表情だけがあった。
しばらくの間、この満ちた空間の中でノートと参考書を広げていたけれど体がだるくなって4日目。
「実祝さんごめん。お手洗い借りて良い?」
「うん。一階奥の右手」
実祝さんの言葉に頷いて、ポーチを手に少し失礼させてもらう。その帰り
「愛美ちゃん。実祝の事ありがとう」
お姉さんがキッチンから出てきて少し赤い目で私に頭を下げる。
「あの子、ああは言っても学校ではあんまり人付き合い上手くないでしょ。いくら何でも友達の話題が全く出ないと気付いてしまうから」
それだけで合点がいく。文字通り我が子を目に入れても痛くないと行動に移している人が全部じゃなくても聞いていなわけがない。実祝さんのちょっとした事に気が付かないわけがない。
「私は自分が胸を張れる人間じゃない事は分かってますけれど、たくさんの友達がいるのが理想かもしれませんが、人数が少なくても一生大切に出来る友だちがいる、人がいる。知り合いを作れるって言うのも、宝物だと思いますよ」
上手く言葉に出来たとは思えない。それでも、私の言いたい事伝えたい事が少しでも伝わればなって思う。
私は自然朱先輩の事が浮かぶ。まだまた力不足だけれど私にとっての朱先輩のように実祝さんにとっても、私がそうあれれば良いなと思うと同時に……空木君の事もどうしても一緒に浮かんでしまう。
「私の娘を、私たちの娘をこれからもよろしくね。祝 ちゃんとこの先喧嘩をする事があってもずっと友達でいて欲しいわ」
「私は実祝さんと友達をやめるなんて考えた事無いですよ」
私のお母さんも毎日家にいてくれたら、こんな風なのかな……そんな事を考えながら実祝さんのいる部屋へと戻る。
(解説) https://novel.daysneo.com/author/blue_water/active_reports/8a7e038512044ad0fefa7684e55ef330.html
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「これは前も言った通り、自分で打ったんだって」
どうしても口を割らない愛ちゃん
「愛さん?! その顔どうしたの?!」
朱先輩の前では……
サブタイトル
☆ わたしの大切な女の子 ☆
わたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。
だから愛さんはもう少しワガママになっても良いんだよ
同じ言葉でも時や場所で捉え方、重さの変わる言葉……
そう言うのもあります……
色々詰め込みました
30話 温かな視線<理解者と涙>
必ず解説に目を通してください。
翌朝お父さんも慶も寝ている間に、今の顔を出来るだけ見られたくない私は、朝ごはんと洗濯だけは済ませてしまう。
一通りを済ませて、ご飯もあらかた終わったところで、いつも通りお父さんが先に起きてくる。
「じゃあお父さん行ってくるね。明日には帰って来るから。今日の夜だけはごめん」
私が喋るつもりが無い事をもう分ったんだと思う。
「本当に慶が手を出したんじゃないんだな?」
私から顛末を聞くのを諦める代わりに
「だから、昨日から言ってる通り慶は手を上げたりはしないってば」
慶の暴力をしきりに気にしてくる。
お父さんもお母さんも当然知らないだろうけれど、慶にはその辺りの事はきつく言い聞かせているから、その心配だけは無いのに。
「なら良いけど、今日は友達の所……なんだな」
かと思えば何故かすがるような視線を送ってくるお父さん。何が言いたいのかイマイチ分からないから
「明日には帰って来るから、洗濯物は触らなくて良いからね」
念のため自分の洗濯物は自室に干してはあるけれど、念には念を入れておく。
「……分かった。気を付けてな」
何か言いたそうなお父さんが言葉を飲み込んで、私を見送る。
本当は聞きたい事、言いたい事たくさんあると思う。でも昨日から今日にかけて蒼ちゃんと私の態度で出来れば聞いて欲しくないと言うのは伝わったんだと思う。
本当はせっかく帰って来てくれたお父さんに週末家を空けてしまうのは申し訳ないなって思う一方で、今日の外泊は私にとっては渡りに船なところもある。
この顔で今の私の心では親の気持ちを揉みたくなかった私は何一つ言えないのに親に心配をかけるだけなのも、同じ部屋の中で空木君のお弁当箱を見てるのも辛いから……
「じゃあ明日には帰って来るから」
私はお父さんに見送られて、実祝さんとの待ち合わせ場所に向かう。
休日の駅の改札口での待ち合わせってどうなんだろうって思っていたのだけれど、こっちは完全に杞憂だった。私服姿の実祝さんを初めて見たけれど、私が思ってる以上に美人さんだった。これだけ背があって美人さんだったら多少の人ごみの中でも今日みたいにすぐに見つけられると思う。
「おはよ。愛美」
「実祝さんも。ひょっとして少し前から待ってた?」
私が改札口から出たらもう実祝さんが待っていた。
「客人を待たせるわけにはいかない」
心なしか実祝さんの声が固い気がする。
「実祝さん何かあったの?」
「いや違う。友達が来るのに緊張してるだけ。あ、前のカゴに荷物入れて良い」
実祝さんがぎこちなく自転車を押して歩き始める。服もカッコよくてすらっとした美人さんなのに、今日は後ろで結んだ髪がぎこちなく歩くのに合わせてひょこひょこと揺れる様が、普段学校での姿とあまりにものギャップに
「ははっ」
私の口から自然に笑いが零れる。
「愛美……あたしどっか変? 変な所あったら言って欲しい」
そんな実祝さんの表情を見て思う。
「変なところなんてないよ。学校以外での実祝さんってそう言えば初めてだなって」
同じ人間でもつくづく色んな表情や顔があるんだなって。
「愛美があたしの事、どう思ってるのか気になる」
私の歩調に合わせて左側を自転車で押していた実祝さんが私の顔を見てくる。
「いつも学校で背が高くてカッコいいなって思ってた。でも……この続きはまた後でね」
「むう……後でちゃんと聞く」
私の中途半端な回答に、でも案内してくれる実祝さんの後についていく。
「あらいらっしゃい。今日はよく来てくれたわねぇ」
「初めまして。お邪魔します」
実祝さんが玄関の戸を開けると、キッチンの方から実祝さんのお姉さんみたいな人が出てきて私たちを迎えてくれる。
「私が実祝の母です。よろしくね。えっと……」
「実祝さんのクラスメイトの岡本です」
「下のお名前は?」
「えっと、愛されるの愛に美しいの美で愛美です」
「愛美ちゃんね」
「お母さん! ここ玄関で恥ずかしい。愛美こっち」
実祝さんがお母さんを押しのけて、荷物の事もあるからだろうけれど一度実祝さんの部屋へ案内される。その後に続きながら色々と驚きを通り越して感心する。
まず実祝さんのお母さんが若い。
「
階下からのお母さんの呼びかけに、二階から返事をする実祝さん。
「ちょっとお母さん! 友達の前で変な呼び方をしないで」
そして実祝さんのお母さんのフランクさがとても印象的だし、何より実祝さん家では“
「実祝さんのお母さんって若いね。私お姉さんかと思った」
「まぁ! なんていい子なの? こんないい子が祝ちゃんのお友達だなんて、お母さん嬉しいわ」
その声にびっくりして後ろを振り返ると
「ちょっとお母さん?! ご飯の準備は?」
実祝さんもびっくりしたようで、実祝さんが声を張る。
「はいはい。じゃあ後10分ほどで出来るからね」
でもそんな実祝さんを意に介する事もなく下へ降りていく。
「ごめん。お母さんが騒がしくて」
「ううん。優しそうでいいお母さんじゃない」
「ありがとう愛美。そしてようこそ」
そうして実祝さんお部屋に案内された私は、息をのむ。
「すごい! これ実祝さん全部読んだの?」
出入り口のドアと、その正面にある採光の為の大きめの窓以外の二面はすべて本棚で埋まっている。更にその本棚も隙間は少なく、たくさんの本が並べられていて、紙独特の匂いも少しだけ鼻腔に広がる。
「うん。大体は。一部難しすぎて途中で諦めた本もあるけど。あ、荷物は一旦あたしの机の上に置いといてくれれば良いから」
入ったすぐ左隣に実祝さんの机が目に入る。
「あれ? これって……?」
その上に置いてある本。これって少し前まで実祝さんが教室で読んでいて、でも最後までタイトルを教えてもらえなかった本……だよね。著書名の所に松下~って以前少しだけ見えた名前と同じだから、間違いなと思う。
「愛美。人のプライバシーのぞくの良くない」
その本のタイトルを見て私は嬉しくなる。
「ごめん。でも荷物を置いていいって言ってくれた机の上に置いてあったら目に入るよ」
――某電機メーカーの著書・物の見方・考え方――
それは間違いなく実祝さんなりの、クラスメイトや他人との歩み寄り方で
「謝ってる割にはなんか嬉しそう」
そんな実祝さんの気持ちと行動に嬉しくならないわけがない。
「私、実祝さんと友達になれて本当に良かったよ」
だから私は素直な気持ちを伝える。本当に今すぐクラスの真ん中で実祝さんの事を叫んで伝えたい。だって、クラスでの事、統括会での事、空木君の事・金髪の子の事……上げればきりがない位たくさんの事があるけれど、実祝さんもまた手探りでも私との事、蒼ちゃんとの事、クラスとの事を考えてくれているのだから。
「もう愛美はそれ以上国語が出来るようになったらイケナイ」
私の視線が恥ずかしいのか、ソッポを向いて後ろで髪を結っている分、耳が色づいているのがいつもよりハッキリと分かって、
「何で? 明日・明後日のテストでは文系科目も頑張るよ」
分かっていて私は笑顔で実祝さんを挑発する。
「……これ以上愛美に語学を勉強されたら、今日みたいにあたしの事がバレてしまう。テストなんてどうでも良い」
実祝さんが私の視線から逃れるように、例の本を見つめる。
「祝ちゃ~~ん。ご飯だよ~~」
「だからその呼び方! 友達の前で恥ずかしいって」
そうは言っていても、一つほっとした表情を挟んで
「愛美、勉強はお昼ご飯を挟んでからにしよう」
「ありがとう。ご馳走になるね」
そう言って三人でご飯をするために、下へ降りる。
「鍋?」
一階へ降りると実祝さんのお母さんが昼間から鍋の準備をしていた。
「やっぱりみんなが仲良くなるには、みんなで鍋を突っつくのが一番でしょ。まあ
祝ちゃんと愛美ちゃんはもう十分仲良さそうだけどね」
そう言っておばさんが……って呼ぶには若すぎるから、便宜上お姉さんって呼ぶ事にする。そのお姉さんが実祝さんを嬉しそうに見つめる。
「昼間から鍋って……他の家じゃやらないって。この家くらいじゃないの?」
実祝さんの呆れ声に対して
「何言ってるのよ。外国じゃ昼しっかり食べて夜は寝るだけだからって軽くしか食べない国もあるんだから」
そう言って取り皿に取り分けて、早く食べるように促してくる。
「あ。美味しい」
始めは何の鍋か分からなかったけれど、これは海鮮鍋みたい。珍しい気がする。
「嬉しいわ。愛美ちゃんにもそう言ってもらえて。学校での
「ちょっとお母さん。お願いだから変な事言わないでよ」
私の一言に目を輝かせるお姉さん。それに普段学校では見る事の出来ない慌てた実祝さん。そんな二人を見ていると、悪戯心が湧いてくる。
「実祝さん。学校ではいつも冷静沈着なので、今日みたいな実祝さんを私は初めて見ましたよ」
「愛美?!」
実際悪意を向けられてもぱっと見は動じることなく対処するし、そのおかで“姫”なんて言う実祝さんにとっては不本意な呼称まで、一部の人からはつけられている。
「へぇ……この
そう言ってお姉さんが嬉しそうに実祝さんを見つめる。
「本当は今日まで心配だったのよ。祝ちゃん学校ではいつも友達と遊んでるから帰って来るのが遅いって言ってるのに、実際には一度も友達を連れて来た事が無いからどんなお友達と付き合っているのかがね」
そう言って次は安堵の眼差しで実祝さんを見つめるお姉さん……に違和感を覚える。
「だからいつもあたしは気にしなくても良いって言ってるのに」
「そんな事言って、朝も友達と一緒に登校するって言って早く行く割にはその友達も家に連れてきたこと一回も無いでしょ」
「……」
いつも実祝さんとのやり取りで、口では勝てた例のない私は実祝さんが言いくるめられているのを初めて見て、さらに違和感が強くなる。
「元々私心配だったのよ。私やパパと喋る時は明るく喋ってくれるんだけど、一人で部屋にいる時はずっと本を読んでる子だから、どういう友だちと、どこで何をしているのかって言うのが全く想像できなくて」
よくよく見ていると、お昼ご飯を頂き始めてからこのお姉さんは実祝さんから一度も視線を切っていない。正確に言うと必ず視界のどこかに実祝さんが映るように、目に入るようにしている気がする。
「確かに実祝さん。学校でもよく本を読んでますね」
私はその正体を掴むために、強い違和感を覚えたまま会話を続ける。
「祝ちゃんは本が好きだから、友達と放課後も遊んでるって言ってたけど、今日の
愛美ちゃんみたいに一緒に勉強もしているのね」
そう言ってニコニコ顔で実祝さんを見つめる。
「でも私はね、勉強も大切かもしれないけれど、学生の間ってもっと色々な時間の使い方があると思うのよ。もちろん勉強も大切だし、本を読んで色んな言葉を知る事も大切だと思う。でも、たくさんの人間とまとめて行動したり、交流したり、人間の輪を広げるのは今しか出来ないのよ」
私はお姉さんの話を聞いている内に、ううん。聞き入る内に違和感の正体に気付く。
「あたし今年受験なのに、受験生に向かってこんな事言う親も他の家じゃいないって」
お姉さんの言葉に居心地悪そうにする。
「だからよ。今年受験って言う事はもう一年無いって事なんだから。大学のお友達ってもう社会の中の会社と同じで、人数自体が多くてもゼミや研究室が一緒でないと人間関係の輪は広がりにくいし、そもそも今の学校でのクラスとは行動する時間・人数も全然違う。それに、後は就職が多いから、どこに就職したとか、年収・お金が絡むから純粋な友達って思ってる以上に出来にくいのよ。だから私は祝ちゃんには少し位成績が下がっても良いからその分できるだけ多くの人と遊んだり、時に喧嘩したり……そう言う、人と共有する時間を大切にして欲しいのよ」
お姉さんの言葉に私も無言で聞き入ってしまう。
そして、実祝さんの少しちぐはぐに感じていた行動の一部に合点がいく。
「お母さんがそう言うから、今日は友達に来てもらったの」
お姉さんの話が始まってから、実祝さんがずっと居心地悪そうにしている。
「ねぇ愛美ちゃん。普段は本ばかり読んでる祝ちゃんだけど、周りの友達とバカ騒ぎしてる?」
一方でお姉さんの方は実祝さんにたくさんの友達がいる事を疑っていない。
「そうですね。実祝さんが突っ込み役での会話も多いですよ」
どうして実祝さんが私を誘うのに不安そうな瞳をしていたのか、今回咲夜さんを断ったのかその理由が見えてくる。
「そう、ありがとう愛美ちゃん。祝ちゃん、勉強も大切かもしれないけれど、大学の友達と違って今の学校の友達は一生の友達になる事も多いから、これからもううん、これから“は”もっと友達を大切にね」
「うん大切にはする。でも勉強もするけど」
実祝さんは最後まで居心地悪そうだったけれど、最後はお姉さんの顔を見て返事をする。そんな実祝さんをまぶしげに見て、
「じゃあ昼からはテスト勉強するんだよね。静かにしてるから何かあったら声かけてね」
「うん分かった。ありがとう」
「美味しいご飯をありがとうございました」
実祝さんに続いて、私も実祝さんの部屋へ再度お邪魔させてもらう。
……それにしてもケンカかぁ。
あの穏やかなお姉さんからは考えられないなと思いながら。
今度は無言で再度実祝さんの部屋へお邪魔する。
「お母さん、とっても実祝さんの事大切にしてるんだね」
畳んでいたテーブルを広げている実祝さんの背中に声をかける。
「大切にはされているって思う。なのにあたしは――」
「――実祝さんはお母さんを大切にしているの、よく分かるよ」
実祝さんの言いたい事は分かるから、その先を言わせたくない私は敢えて実祝さんの言葉を途中で引き継いでしまう。
そりゃ少なくてもこの学校に入ってからずっと隠し続けているんだから。
その気持ちが嘘なわけないし、生半可な気持ちじゃないと思う。
「あたしは大切に出来ているなんて思ってない。これはただのあたしの――」
「――実祝さんの大切に思う気持ちは嘘じゃないよ」
だから何回でも実祝さんの言葉を途中で引き継ぐ。
さっきのお昼ごはん中、実祝さんのお母さんは最後まで一瞬たりとも実祝さんを視界の外には出していないのが何よりの証拠だと思う。本当に実祝さんの事を目に入れても痛く無いんだろうなって思うから。分かるから。そんなお姉さんの気持ちまで否定して欲しくなくて。
それは実祝さん自身をも不用意に傷つけてしまいかねないから。
「愛美なら気付いているでしょ? あたしがお母さんに嘘――『嘘じゃないよ』――」
実祝さんの言いたい事、言わせちゃいけない事。ちゃんと止められたかな。
それとも遅かったかな……広げた折り畳みのテーブルの前に腰を下ろす。
実祝さんが自分で自分を傷つけてしまわないように、頑張って朱先輩の真似をしてみる。
「実祝さんは私が友達のお母さんに嘘をついたって思ってるの?」
「少なくても本当の事は言ってない」
私の質問に対して、無意識だろうとは思うけれど実祝さんの視線が机の上に向かう。
そんな実祝さんを見ながら、どうしたら朱先輩のように会話ができるのかを考える。
「実祝さんはさ。今日私の事を友達として誘ってくれたんだよね」
「愛美はあたしと……あたしの事友達と思ってないの?」
実祝さんの瞳が、一つ石を投げ入れた水面のように大きく揺れる。
その不安そうに揺れる瞳が、何よりの証拠だと気づかずに。
「私実祝さんに言ったよ? 友達の家に遊びにいくのに理由、いる? って。今日は
“友達”が誘ってくれたから“友達”の家にお邪魔させてもらった。ただ本当にそれだけなんだよ」
さっきお姉さんも言ってくれていたけれど“今”の学校の友達は私もやっぱり大切にしたい。どこまで朱先輩みたいにうまく出来るかは分からないけれどもうひと頑張りする。
「私、実祝さんがその本を読んでいる時声をかけたし、雑談もしたよね」
実祝さんがあの日クラスの雰囲気が悪い中で、一人本を読んでいた時バカげていると思いながらもあの雰囲気に負けたくないっ。って思いながら普段通りに声をかけたからよく覚えてる。
「……」
賢い実祝さんの事だから、私が何を言おうとしているのか薄々分かってきたのだと思う。
実祝さんからの返事が無くなる。そう、まるで朱先輩を前にした時の私のように。
「私はあの時から友達“仲良し”だって思ってるんだけれど違ったのかな?」
もし“また”私だけが勘違いしていたとしたらと思うと、空木君の事も重なって言いようのない悲しさ、寂しさが襲ってくる。
「違う。そんな事ない。あたしは……あたしは愛美とずっと友達でいたい。あたしはあの日より前から愛美の事、友達と思ってる」
そう言えばほんの始めの頃だけ“さん”付けだったけれど、すぐに無くなったな。
無意識で始めの頃、テストの話だけしかしていなかった時の事を思い出す。
それは言い換えると、私が“また”一人で勘違いしているわけじゃなかった事と同じ事で私は心からそのことに安堵する。
だったら後一言。
「あの日、友達だと思っていてくれたのなら、あの日も実祝さんは友達と喋って雑談もしてる。だったら私も嘘はついていないし本当の事しか言ってないよね?」
実祝さんに嘘はつかせない。その嘘は必ず巡り巡って実祝さん自身を傷つけてしまうから。
「……」
何かを言いかけては辞めると言うのを何回か繰り返した後、やがて無言になる実祝さん。朱先輩のようにうまく出来たのか、それともやっぱりまだ足りないのか……。
たくさんの本に囲まれた実祝さんの部屋の中、私が朱先輩との事に想いを馳せて、本の匂いが混じり始めた頃合い、
「あの日も実祝さんは朝早くに学校に来て友達と雑談してる。お母さんにも嘘はついていないし実祝さんもまたお母さんを大切にしてる。どこもおかしい所は無いよね」
私は念を押す。
やっぱり朱先輩みたいにはうまくは行かない……実際隠し事をして本当の事すら言えない私が何を厚顔無恥に友達面をしているのかって思う。
それでも。あの優しくて明るいお母さんを心配させたくない、大切に思い続ける気持ちは十分すぎるくらいに伝わってくるから、その思いだけは大切にしたかった。
「……ありがとう愛美」
そう言った実祝さんの表情には、一切の照れは無く、ただただ純粋に感謝しているだけの他意も底意もない表情を浮かべた実祝さんの表情だけがあった。
しばらくの間、この満ちた空間の中でノートと参考書を広げていたけれど体がだるくなって4日目。
「実祝さんごめん。お手洗い借りて良い?」
「うん。一階奥の右手」
実祝さんの言葉に頷いて、ポーチを手に少し失礼させてもらう。その帰り
「愛美ちゃん。実祝の事ありがとう」
お姉さんがキッチンから出てきて少し赤い目で私に頭を下げる。
「あの子、ああは言っても学校ではあんまり人付き合い上手くないでしょ。いくら何でも友達の話題が全く出ないと気付いてしまうから」
それだけで合点がいく。文字通り我が子を目に入れても痛くないと行動に移している人が全部じゃなくても聞いていなわけがない。実祝さんのちょっとした事に気が付かないわけがない。
「私は自分が胸を張れる人間じゃない事は分かってますけれど、たくさんの友達がいるのが理想かもしれませんが、人数が少なくても一生大切に出来る友だちがいる、人がいる。知り合いを作れるって言うのも、宝物だと思いますよ」
上手く言葉に出来たとは思えない。それでも、私の言いたい事伝えたい事が少しでも伝わればなって思う。
私は自然朱先輩の事が浮かぶ。まだまた力不足だけれど私にとっての朱先輩のように実祝さんにとっても、私がそうあれれば良いなと思うと同時に……空木君の事もどうしても一緒に浮かんでしまう。
「私の娘を、私たちの娘をこれからもよろしくね。
「私は実祝さんと友達をやめるなんて考えた事無いですよ」
私のお母さんも毎日家にいてくれたら、こんな風なのかな……そんな事を考えながら実祝さんのいる部屋へと戻る。
(解説) https://novel.daysneo.com/author/blue_water/active_reports/8a7e038512044ad0fefa7684e55ef330.html
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「これは前も言った通り、自分で打ったんだって」
どうしても口を割らない愛ちゃん
「愛さん?! その顔どうしたの?!」
朱先輩の前では……
サブタイトル
☆ わたしの大切な女の子 ☆
わたしはどんな事があっても愛さんの味方だから。
だから愛さんはもう少しワガママになっても良いんだよ
同じ言葉でも時や場所で捉え方、重さの変わる言葉……
そう言うのもあります……
色々詰め込みました
30話 温かな視線<理解者と涙>