第22話

文字数 1,356文字


 石積みの階段を、二段飛ばしで駆け上がった。
 経年で曇ったガラスの(はま)った木戸を開けると、古い家の匂いがする。
 (浩太)は、狭い廊下を進んで奥の部屋へと向かった。

「浩太?」
 廊下の右手にある、台所の方からおふくろの声がした。
 おふくろの糸目の柔和な顔に、俺は申し訳程度に顔を向けて云う。

「──ただいま……」
 そしてそのまま、父のいる奥の間へ真っ直ぐに歩いていく。
 おふくろは成り行きを察したように前掛けを外すと、台所から出てきて俺の後を付いてきた。

 俺は部屋に入ると、ちゃぶ台を前に新聞を広げて正座する親父に口を開いた。
「──おやじ……!」 強い口調になっていた。

 静かに視線を向けてきた親父に、俺は自分も正座して対峙した。
 親父は丁寧に新聞を畳むと、真っ直ぐに俺を向いて居住まいを正した。
 おふくろは、その親父の側に静かに着座した。


 俺は唾を呑んでから、言葉を切り出した。
「──俺、思い出したよ……全部。
 山のことや神社のこと……蒼や茜のこと──狐の姿も見てる……」

 親父もおふくろも黙って聞いている。
 俺は膝の上の拳を解いて、膝を握り直す。

「だから、俺が人間じゃないことも、もう解ってる……」
 語尾には、ため息のような自分の息が重なった。

 自分の未熟さで両親に迷惑を掛けたことを、今さらに気付いて気が重くなった。
 だけど、これはしっかりと云わなければいけないと、俺は自分を励まして云った。

「いろいろなこと起こしちまって、人でない能力(ちから)、使ってたこと──、
 ちゃんと訓練が必要な能力なんだってこと、身に染みた……。

 おやじや母さんが、人間(ひと)の世界に溶け込むのは大変だったろうことも、
 俺のこと想ってこんな選択したってことも、今は解かるつもりなんだ。

 ──能力(ちから)、うまく制御(コントロール)できないと、危ないし……。いっそ山の記憶なんて、無かった方が楽なんだろうけど……」 膝を掴む手の力が増す。

「──でもさ! コレって、俺の記憶なんだ。──忘れたくないものは忘れたくないんだよ!
 俺……これからは気をつけるし、人間を傷つけないよう能力(ちから)抑えることも学ぶよ!
 ……だから……頼むよ……、俺から……、俺の居場所……、消さないでくれよ……」

 ようやく云えた。
 もっと早く言えたはずなんだろうけど、結局、云えたのは今日だった。


 親父の答えは、最初から判ってた。
 しばらくして、親父は静かにその一言を口にした…──。
「わかった」、と……。


 俺は微笑む母に目をやってから、親父と話を着けたこの部屋を後にした。


    *  *


 父は、息子が飛び出ていった部屋から裏庭へと視線をやった。

「何だ──。浩太のやつ、しっかりと割り切ってるじゃないか……」
「そうですね──」
 母が柔らかい笑顔で応える。そして可笑しげに断言した。
「あれは恋ですね、うん」

 父が母を見る。
「葛葉のお嬢さん、──茜ちゃんか?」
「ええ。珠緒に似た、良いお嬢さんですよ」

 その妻の表情で思い当たったように父は質した。

「なんだ。お前たちは通じてたか」
「はい。──すっかり悪役になっちゃいましたね、あなた」

 云われた父は、少しむくれたようにしてみせたあと、はにかむように微笑んでいる。

「まー、仕方あるまい。これから先は浩太の人生だ」
「はい」

 母は満足気に頷くと、夕げの支度に戻るため立ち上がった。
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