第17話

文字数 1,332文字

色をしてる。
「──諦めちゃうのか?」
「…………」

 結沙は(うつむ)くと、居ずまいを正して立ち上がった。
「──帰る……」

 後も見ずにその場から立ち去る。
 ──蒼が優しいのは知っていて、そんな蒼に自分は甘えるばかりで、……それがいまの結沙には恥ずかしかった。



 後に残された蒼は、苦笑気味に足元の土を蹴ると、まだ雨足の柔らかい灰色の空を見上げて首を振った。

 ──ったく……。俺は一体、何のキューピットなんだよ……。
..17

 翌日から結沙は学校に出てくるようになったが、茜の方は出ては来なかった。だから(浩太)は茜に会えていない……。

 彼女の家──神社にも何度か行ってみてはいるものの、いざ境内まで上がると社務所の玄関を叩く勇気が出ず、広くない境内からそっと家の方を窺うだけで、彼女の気配は感じられなかった。
 あの夕映えの場所──茜のとっておきの場所にはあれから毎日のように通っているが、不思議なことにあの小路を見つけることができず、辿りつけないでいる──まるでそんな場所なんて初めから存在していなかったようだった。

 昼間学校では、蒼は、目を合わせてもくれない。

 ──避けられてるのか……俺……。

 俺の中に、『もう、しかたないのかな』──そう思い始めている自分がいた……。


   *  *

 結局、浩太が蒼に切り出したのは、二日ほど経った日の午後の、結沙と明弘とで帰りのバスを待つ待合所の屋根の下だった。

「葛葉──茜に会わしてくれないか……頼む」
 あれ以来、へんに身構えるようになった蒼に、浩太は真剣な眼差しを向けた。
「…………」
 その真剣さに、何か気圧されるように蒼が目線を臥せる。

 ──正直になれなくなったときの(あお)ちゃんの表情だ……と、傍に居た結沙は思った。

 浩太は、ちょっと視線を逸らせたが、苦しそうな胸の内を晒すように続けた。

「──茜やお前たちが、いったい何を気に入らないのか、俺……正直わかんないけど……茜とはちゃんと会って話したい」

 ちょっと間があってから、蒼が応じた。
「会って、何話すんだよ」

 ──お前のおやじに頭下げられて茜はそうしたのに、お前はいったい何を云うんだよ!

 そう詰め寄ってやりたい自分を抑えて、蒼は機械的に訊き返した。

「わかんないよ……。でも、会って、話せたら……きっと、気持ちの整理は、できると思うんだ……」
 ふいと横を向いた浩太の表情は、相当に苦しそうだ。それは蒼の心をざわつかせた。

「あ、あのね……違うの、葉山くん──あ、茜はね……」
 見兼ねて結沙が声を上げるのを、明弘が肩に手を置いて止めた。
 その明弘に目で問われて、蒼は内心で一つ溜息を吐く……。

「──…うちの神社の裏から延びる道の先に、奥宮がある。茜……そこに居るよ」
 ついに蒼が、ぶっきらぼうに云った。
 ──もうどうとでもなれ。
 そういうふうな感情が読み取れる表情(かお)だった。

「ありがとう」
 浩太は、複雑な感情を飲み込むようにそう云って、それから笑顔を作って蒼に向けた。

 ちょうどバスが到着したタイミングで、浩太が発した礼の言葉に、蒼はわざと無視を決め込んでバスに乗り込んだ。
 ──これで今日も〝結沙を送って〟いかねばならなくなった。
 今日はもう、浩太に付き合うのはどうにも体裁が悪いじゃないか……。
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