第14話

文字数 1,254文字


 (浩太)の視界の中を、明弘と蒼の背が小さく躍る。
 その一歩一歩で、飛ぶ様に風景が押し流されていく。
 周囲で鳴っている風の音の間に、悲鳴が聞こえた気がした。

「──有森! あんたこんなことして……」
「やめて……」
「茜から離れて!」
「──嫌っ!」

 次の瞬間──ガサガサッと熊笹が鳴る音と共に視界が開けた。


 目の前には、結沙の小柄な身体を組み伏せようとしている三人の生徒と、少し先の樹にへたり込んだ茜の上に覆いかぶさろうとしている二人──そのうちの一人は有森だった──の姿があった……。

 その瞬間、俺の頭の中で〝何か〟が弾け、真っ白になった…──。


 結沙の周りの三人のうちの二人は明弘が──一人を蹴り倒し、もう一人は襟首を掴んで引き剥がした。
 蹴られた方は体重の乗った重い蹴りだったから、多分、骨折くらいしたかも知れない……。

 残りの一人は蒼が力任せに引きずり倒した。数メートルも転がされ、何が何だかわからなかったろうそいつは、ビビって逃げていった。

 蒼はそいつにはもう関わらず、そのまま茜に取り付いている二人の方に駆け出していたが、その人間離れした蒼の動きよりもなお速く、俺はすでに跳びかかっていた。

 いきなり現れた明弘ら三人に驚き立ちすくんでいた有森に、俺は握ったこぶしの裏を叩きつけた。仰け反って後ろに飛んだヤツが、血で真っ赤に染まった顔を背けて蹲る。
 俺はそのまま踏み込んだ脚に力を入れると、茜を組み伏せていた奴──リーダー格──の(かたわ)らに一跳びでとび込み、その腹を思い切り蹴り上げていた。
 いちど宙に浮いたそいつの体は、もんどりうつように派手に地面を転がって、数メートル先で腹這いになり蹲って止まった。

 ……もうこの時には、俺の中でこの怒りは、収められなくなっていた…──。


 呻きを漏らす生徒に浩太はそのまま駆け寄ると、そいつの肩口を掴んで無理やり立たせ、もう一発殴った。顔から真っ赤な血を引きながら、そいつはさらに数メートル弾け飛んだ。

   *  *

 そんな浩太の様子に、蒼も明弘も流石にまずいと感じ始める。
 浩太の動きが止まらない。その右足が流れるように踏み出される──。
 血に染まったリーダー格の生徒の顔には、もう表情がない……。

「葉山! それ以上はダメだ!」
「コータ、もういい! やめろっ!」
 明弘と蒼が同時に叫ぶ。

 浩太は血の匂いを感じていた。

   *  *

 その時、(浩太)は風が巻いたように感じた。

「だめえぇっ! ──」
 声がして、それで俺は動きを止めることができた。……茜の声だ。

 茜が、首もとから腕を回して胸元に身体を滑り込ませていた。
 そして(すが)るようにして云い募る──。

「終わったよ……わたしも結沙も、もう大丈夫──、だから……、もう、やめて……」
 その涙声に、ようやく俺は正気を取り戻した。


 周囲には、陽の暮れかける夏の森の音と、茜の泣きじゃくる声と、あとは男子生徒たちの押し殺された呻き声…──。

 ──俺……、また……。

 俺は背を丸め歯を食いしばり、掌に爪が食い込むほど拳を握りしめていた……。
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