第12話

文字数 1,677文字


「連れてったんだ⁉ あの場所に……」

 結沙が、()も驚いた、というふうにその小さな円らな目を更に丸くして云った。

 日曜日の午後、茜の口から昨日のデートの話を苦労して訊き出していた結沙だったが、フリースロー勝負の(くだり)で勝ち味の薄い勝負になった浩太をかわいそうにと──たぶんそれは男の子の不純な動機の結果だったんだろーなー、と思ったところで、茜の〝お願い事〟の内容にちょっと驚いて、それから納得もしていた。

 ──あの場所は茜とコウちゃんの想い出の場所だったよね…。そこに葉山くんを連れて行ったってことは、もうコウちゃんのことは吹っ切った、ということかしら?


 結沙は隣の茜のはにかんだ笑顔を見た。

 ──あの場所で、昨日の夕焼けだったら、(さぞ)きれいだったろうな……。
 (あか)い光に長い髪を輝かせる茜を思い起こす。そんなときには女の自分ですら見惚れちゃったっけ……。

 いつもの棚田沿いの県道を、女子二人で上がっていく。

 そろそろ陽も暮れる頃で、今日も綺麗に焼けるだろうな。
 そんなふうに思った結沙は、自分の『とっておきの場所』のことを考えていた。
 明弘と一緒に──、なんて考えてみる……。
 でもすぐに心は折れてしまった。

 ──あたしじゃ、似合わないもんね……。


   *  *

 その明弘は、梅雨の合間のその日、蒼と浩太と連れ立って近くの山野を歩いていた。

「たまにこんなふうに身体を動かさないと、どうにもメンタルがね……」
 と云って浩太を誘った明弘は、時々、こんなハイキング──というかもはやトレッキングという感じだ…──をしているらしかった。
 普段と違ってメガネを着けてないその精悍な顔に、浩太はいつもと全然違う明弘を見た気がしていた。


「で、茜とはした? ──ファーストキス……」
 先頭の明弘と浩太の間を進んでいる蒼が、揶揄(からか)うような口調で云った。
 反射的に面を上げた浩太の視線の先で、立ち止った蒼がこちらを振り向いていた。

 浩太の表情が変化するよりも早く、溜息の混じるような声で蒼が言い継ぐ。
「──そんな甲斐性、コータにあるわけないか」

 浩太の方は、憮然とはしてみせたものの、何も言い返せなかった…──。
 なんというか……茜と同じ顔にそう云われてしまったのは、何とも切ないものがある……。

 ──…実は千葉にいる頃に付き合ってたコと、そんなこともなかったわけじゃない。けど、そのことは蒼にだけは絶対に云わないことに浩太は決めた。


 一方の蒼にしてみれば、昨夜、浩太に送られて帰宅してきた茜の表情で、大方のところは判っている。

 ──キスなんかした日にゃ、茜はオフクロの顔もまともに見れやしないだろうから、まだ手繋いだくらいか……。


 蒼が踵を返したので、浩太もへばった表情(かお)を繕って後に続いた。
 そんな二人を待っていた先頭の明弘も、歩みを再開させた。
 上空を流れる雲に太陽が隠れると、風が出てきて三人の頬を心地よく撫でていった。

 そうしてまたしばらく歩いていると、
「──練習でもしてみるか?」 出し抜けに蒼が浩太に訊いた。

「は?」
 意味を捉えかねた浩太が怪訝に訊き返せば、気の抜けた冗談(ジョーク)という感じで蒼が続けた。
「俺と」
「だから〝何〟を?」
「キスの練習……」

「はぁ⁉」
 今度こそ浩太がはっきりと不信な声を蒼の背中に投げつける。
 蒼は表情も変えずに言い返した。
「顔だけなら同じだけどね」

 おかしそうにクスクス笑う蒼に。浩太は、ぶすっとした声音で応じた。
「やめてくれ、気色悪い……」
 すると今度は、
「冗談だよ……あたりまえだろ」 面倒くさそうに蒼…──。
 それから、ふと、という感じに云った。
「そしたら結沙にでも頼んでみるか……」


「おまえさ…──」
 さすがにそれは言葉が過ぎるんじゃないか、と浩太の声が硬くなりかけたとき、
「…──それはダメだ」
 今まで黙っていた明弘が、冷静な声音で割って入った。
 先頭を歩く足を止めずに云う。
「──俺が許さない」

 そんな明弘に、蒼は浩太に振り返って、今の聞いたか、というふうに笑みを浮かべてみせた。
 それで浩太は、どうもこれを云わせたかったらしいと理解した。
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