第10話

文字数 1,018文字


 想定外だったろう結果にも(いさぎよ)く負けを認めてくれたコウちゃんに、わたし()は得意満面になるのを堪えなくてはならなかった。
 負けず嫌いのスポーツ少女の表情は、ふだんあまり見せないようにしていたから、思惑通りの展開にわたしはもう有頂天だったのだ。
 約束の〝勝った方の言うこと〟は、最初から決めていた。

 参りましたとばかりにわたしの言葉を待つコウちゃんに、わたしは〝とある場所で一緒に夕焼けを見て欲しい〟と伝えた。
 その場所はわたしと〝コウちゃん〟の『とっておきの場所』で──たとえ〝コウちゃん〟が覚えていなかったとしても…──葉山くんになら教えてあげたいと思う場所だ。



 駅の改札から乗り継ぎのバスまで走った。
 その甲斐もあって、いつもの棚田の前のバス停には、日没までまだ少し余裕のある時間に着くことができた。一本遅れればあとはもう最終の便だから、それを考えればホントぎりぎりだった。

 わたしはコウちゃんの先に立って、毎朝通う棚田沿いの県道を上り始める。
 その『とっておきの場所』は、わたしの家の神社の先にある。
 夕暮れせまる初夏の空気に、何となくそわそわとするコウちゃんの気配が感じられた。

「このままだと帰りは夜になっちゃうけど、ほんと大丈夫?」
 そうコウちゃんが訊いた…──誠実そうな顔立ちの通り、基本、何事にも堅いのだ。

「うん、大丈夫…──」
 わたしは頭に父の顔を思い浮かべた。
 本当は大丈夫かどうかは微妙な時間というところだった。

 でも、…──自分の〝お願い事〟の結果で葉山くんを振り回すことになって、微かな気恥しさも覚えていたけれど…──葉山くんと〝今日の映画の主人公〟が重なってしまって、どうしても今日一緒に見たかったのだ。

 そんなふうに思っているわたしは、自分を励ますように訊き返していた。
「──それより葉山くんの方こそ、晩くなって大丈夫かな?」

   *  *

「……うちは、まぁ……俺のこと心配なんて、しやしないから……」

 そんなふうに言い淀んだ(浩太)に、茜はちょっと不安そうな視線になった。
 その視線は、俺をちょっと落ち着かない状況にさせる。
 最初だけ、表情を変えずに前を向いていられたと思うが、結局、俺は口を開いていた。

「俺さ……」

 ──何だろう……こんなこと、誰にも言うつもり……なかったのに……。


 少しためらった後、俺は前の学校で起こした問題の事と、そのときから始まった両親とのぎくしゃくとした関係のことを、話し始めていた…──。
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