エピローグ
文字数 1,000文字
折り返しの駐車場でバスを降りると、先ほどまでパラパラと窓に当たって砕けていた雨はなく、空はもう晴れていた。
道を挟んだ正面の棚田は、あの日よりも青々としていて、つい一月ほど前の記憶の中のそれよりも背が高くなっている気がした。くすの木の先の山々の色は変わらない。
一足先を明弘に連れられた結沙が茜に小さく手を振って歩いていった。──少し前から結沙を送るのは明弘の役になっている。
俺たちは県道を棚田に沿って歩いていく。
俺の隣で茜はよく笑って、よくしゃべる。
学校のことや進路のこと、それに映画や音楽、好きな食べ物──。
それに応える自分もまたよく笑う。……そんなやり取りには、しあわせを感じられた。
「茜──それじゃ~」
結沙が分かれ道で片方を上げていた。隣の明弘の大きな背中が何とも頼もしい。
「──
蒼に向けてそう云うときには、彼女の表情にちょっと複雑なものが混じる。
……それには蒼が上手く応じた。
「へーいへい…… あー、コータ、明弘が解放されたら、あの話、詰めるから。明弘ん
いきなり話題を振られて俺は明弘を見た。明弘が頷いて了解の意を返してきた。
──夏休みに入ったら、男三人だけで二、三日、山に入ろうという計画のことだ。二日ほど蒼と明弘の三人で、獣の姿で山野を駆けてみたかった──。
俺は明弘は肯き合うと「わかった」というジェスチャーを蒼に返した。
「──?」「……何?」
話に置き去りにされた女子二人が、それぞれに怪訝な顔になって側らの相方を仰ぎ見る。俺は、とりあえず曖昧な顔して茜を見た。
「ナイショ」
こんな小さな隠し事にむくれる茜も見て見たい。そんなふうに思って、わざと云う。
「なぁに?」
茜が、微笑を含んだ探るような目で、じゃれるようにまとわりついてくる。
「だから、ナイショだって」 俺もおどけて繰り返して、自然に笑顔になる。
するとパラパラと降ってきた雫が頬に当たった。空は青く、お日様も照っている。
茜が、足を止めて空を見上げた。
「狐日和だね、今日も」
──ああ……。
俺たちは、狐日和の日に再会して、狐日和のこの日にこうしてる。
この里山はいつも通りで……
これからもずっとこんなふうだ──と、俺は思った。
おしまい。