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文字数 1,861文字

「アウルさま」
 館に戻るなりセニにつかまった。
「もう! どこに行かれていたのです。何も言わずに」
 セニは心配を通り越し、本気で怒っていた。
「お体も本当ではないのに。今日は一日ゆっくりなさっているはずだったでしょう」
「ごめんなさい、セニ」
 アウルはセニをぎゅっと抱きしめた。
「わたしが悪かったわ」 
 ライもやって来た。
「なにやら神官どのが騒がしいのですが、アウル」
 ライは言った。
「あなたにお話があると」
 騒がしいならジャビの方だろう。シャアクがあのまま二三日眠らせてくれててもよかったのに。 
 ジャビはアウルの執務室に入り込んでいた。アウルの顔を見ると、嬉しげに近づいて来る。
「お出かけになられていたとは、お元気になられたようですな、領主どの」
「ええ」
「まだ詫び状を書かれていなくてなによりです。この地に神殿が建つのは、もう定まったことですからな」
 アウルは眉をよせた。
「どういうことでしょう」
「さきほど、わたしは白昼夢を見ました。クリシュラが立ち、森を指さして言ったのです。建てよ、と」
 ジャビはうっとりと目をとじた。
「その神々しさ・・・」
「ただの夢では」
 ジャビはぶるぶると首をふった。
「違いますな。わたしはこれまで居眠りなどしたこともありません。あれはクリシュラの働きかけだったのです」
 クリシュラではなく、シャアクのね。アウルは心の中でため息をついた。
「あの感激は、手紙ではとても書きしるせない。私はこれから急いで都に戻ります。王の前でクリシュラの声をお伝えしなくては」 
「お待ち下さい」 
 アウルはあわてて遮った。
「そのお話は、お断りしたはずです」
「いや」
 ジャビは断固として首を振った。
「王はクリシュラ教を国教となさいました。そのクリシュラが定めたこと。王への反逆になりますぞ」
「本当のクリシュラだと、証明できるのでしょうか」 
「むろん。ここにいる私がその証。わたしが偽りを申すとお思いか?」
「ソーン師も同じお考えですか」
「当然です。クリシュラの啓示が私の方に下りたので、いささか不満のようでしたが。たとえ大陸に行かずとも、クリシュラは信仰の深き方をお選びになったのです」
 手のつけようがなかった。
「馬をしたてて頂きましょう。供も二人ほどつけて頂かないと。私は神の啓示を受けた身、何かあると困りますからな。ソーン師は残します。わたしがいなくても、これからの打ち合わせはできるでしょう」
「とりあえず、お部屋でお待ちを」
 アウルはようやく口をはさんだ。
「こちらもすぐに準備ができるわけではありません。昼も過ぎましたし、夜の出立になってしまいますよ」
「では明日の早朝。よろしくにお願いしますぞ」
 ジャビはようやく執務室を出て行った。もう新しい神殿の大神官にでもなったような勢いだ。アウルはジャビと入れ替わりに来たライと見合って、ため息をついた。
「水でもかけて正気にもどしてやろうかしら」
「水ぐらいではだめでしょうな」
 ライはちょっと笑い、すぐに真顔にもどった。
「すこし大人しくさせてもらおうとソーン師を探したのですが、いないのです。どこにも」
  
 夜になってもソーンは現れなかった。
 ジャビは落ち着きなく館の中を歩き回っていた。
 王の手紙には、すべからく神官に従うようにと書いてある。しかしそれは、二人の神官の意思がそろった時のこと。ソーンの同意がなければ、ジャビの申し出を聞くわけにはいかないと、アウルは丁寧に説明してやったのだ。
「まったく」
 ジャビはいらいらと言った。
「ソーン師は、私だけにクリシュラの啓示が下りたことが不満なのです。わたしに対するあてつけですよ。そうだ。自分も啓示を得ようと、森に行ったのかも」
「森」
 アウルはつぶやいた。
 ソーンは森に入ったのだろうか。なんのために?
 あの様子では、和解など到底考えられない。シャアクにもっと恨みごとを言うため? それとも、なにもかも嫌になって、ダイを去ってしまったのか。
 明日の朝まで待っているよう皆に伝えて、アウルは自室に入った。
 寝台の上にぐったりと腰をおろす。
 なんて長い一日だったのだろう。
 さまざまなことが有りすぎた。明日もまた、つづいて行くわけだ。
 ひどく疲れてしまい、アウルはそのまま寝台につっぷした。
 少しうとうとして、外の騒がしさに目をさました。
「火事だ!」
 誰かが叫んでいた。
「森が燃えているぞ!」


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