15
文字数 1,944文字
アウルは両こぶしをにぎり、しばらく無言でソーンを見つめた。
「これで満足?」
怒りをこめてアウルは言った。
「ごらんなさい。森はあなたの心のようにすさんでしまった」
ソーンは顔をそむけた。
苦しげに歪んだ表情で、アウルは彼が自分がしてしまったことを後悔しているのだと知った。
もう遅いのに。
火をつける直前まで、ソーンはシャアクが止めに来るのを待っていたのだろうか。だがシャアクは現れなかった。息子の怒りをそのまま受け入れたのか。
子供にとって一番辛いのは、無視されることなのだ。
シャアクは、なにもわかってはいない。
「どうしようもない親子だわ。あなたたちは」
ため息をついたアウルのかたわらに音も無く立ったものがいる。
「ロー」
「もうあなたには会わないつもりだったんですけどね」
人間の姿のローは悲しげに微笑んだ。
「しかたがない」
ローはソーンに歩み寄り、彼の腕をつかんだ。
「この愚か者を借りていきます」
「どうするつもりなの?」
「シャアクの所に連れて行くんですよ」
ソーンはローの手を振り払おうとしたが、ローの力の方が強いようだった。ソーンは引きずられるように立ち上がった。
「わたしも行くわ」
ローはちょっと眉をひそめ、うなずいた。
「いいでしょう」
ローはソーンの腕を掴んだまま、火の手の及ばない森の奥へずんずん進んで行った。シャアクが精霊の子供たちを連れて入った場所だ。
豊かに生い茂る木々は空気までも浄化してくれているようで、きな臭さはもう感じられなかった。このあたりに雨は降らなかったのか、地面は乾いたままだ。ついさっきまで見てきた光景を忘れてしまいそうになる。
精霊の棲む場所はまだ残っている。
アウルは安心した。森をすっかり滅ぼしてしまおうなんて、できもしないことを考えていたソーンが哀れになった。人間が増え、いずれ森は失われるとローは言ったが、それは気の遠くなるほどの未来の話に違いない。
灌木の茂みから、精霊の子供がひょっこり顔をつきだした。ローを見て、早く来いとでも言うように手招きする。ローは何も言わず、子供の後を追いかけた。
一本の大樹のまわりに、たくさんの精霊たちの姿があった。ローンがソーンを連れて近づくと、みな静かに脇へよけた。はりだした大樹の根にもたれかかって、シャアクが座っていた。
シャアクは顔を上げ、ローとソーンを認めた。
「ウインドリン、おまえはまたよけいなことを」
「あなたの望みをかなえただけですよ。最後にもう一度この馬鹿息子に会いたかったんでしょう」
「最後?」
アウルは思わず聞き返した。 ローは眉を寄せてうなずいた。
「いかにシャアクでも、あんなに大量の雨を降らせるなんて無茶すぎたんです。彼は、ほとんど霊気を使い果たしてしまった」
ローが手を放すと、ソーンはその場に膝をついてうずくまった。
シャアクはぐったりとすわったまま、ソーンを見てちらと笑った。
彼は、息子のすべてを許しているのだ。
シャアクの身体は、木の輪郭をかすかに透かしていた。投げ出された両足は、すでに草地に緑に溶け込んでいる。
伝書鳩から王への手紙を奪うために森を離れた時のローと同じだ。
「だめよ。消えないで、シャアク」
アウルはシャアクの前に座り込み、その手を取った。空気のように軽い感触。
「これも悪くはない」
シャアクはつぶやいた。
「言ったはずだ。私は長く生きすぎたと」
「いいえ」
アウルはソーンを見た。
ソーンは顔をふせたまま肩を震わせていた。
後悔している。どうしようもないほど。
シャアクを憎み、復讐しようと来たくせに、自分がどんなに父親を求めていたかを思い知ったのだ。
シャアクが消えてしまえば、ソーンはこれから先の長い時間、自分を責め続けて生きなければならないだろう。
ソーンが哀れになった。アウルはシャアクの手を握った。ローがアウルの霊気を取り入れて蘇ったように、シャアクにも霊気を与えることができるなら。
どうすればいいのかわからない。しかし、無我夢中だった。両手でシャアクの腕を抱え込み、思いをこめた。水が乾いた土に染みこむように、うなだれた草木が生気を取り戻し、陽の光に向かって伸びていくように。
シャアクは、はっと顔を上げた。
「やめろ」
「黙って」
シャアクはアウルの手をふりほどこうとした。アウルは負けじと彼に覆いかぶさった。
ただただ、シャアクを蘇らせるだけを考えた。自分の内にあるものを、シャアクに与え続けるのだ。
気が遠くなってくる。霊気が確かにシャアクに流れているせい?
「アウル!」
ローが、駆け寄り、意識が途切れた。
「これで満足?」
怒りをこめてアウルは言った。
「ごらんなさい。森はあなたの心のようにすさんでしまった」
ソーンは顔をそむけた。
苦しげに歪んだ表情で、アウルは彼が自分がしてしまったことを後悔しているのだと知った。
もう遅いのに。
火をつける直前まで、ソーンはシャアクが止めに来るのを待っていたのだろうか。だがシャアクは現れなかった。息子の怒りをそのまま受け入れたのか。
子供にとって一番辛いのは、無視されることなのだ。
シャアクは、なにもわかってはいない。
「どうしようもない親子だわ。あなたたちは」
ため息をついたアウルのかたわらに音も無く立ったものがいる。
「ロー」
「もうあなたには会わないつもりだったんですけどね」
人間の姿のローは悲しげに微笑んだ。
「しかたがない」
ローはソーンに歩み寄り、彼の腕をつかんだ。
「この愚か者を借りていきます」
「どうするつもりなの?」
「シャアクの所に連れて行くんですよ」
ソーンはローの手を振り払おうとしたが、ローの力の方が強いようだった。ソーンは引きずられるように立ち上がった。
「わたしも行くわ」
ローはちょっと眉をひそめ、うなずいた。
「いいでしょう」
ローはソーンの腕を掴んだまま、火の手の及ばない森の奥へずんずん進んで行った。シャアクが精霊の子供たちを連れて入った場所だ。
豊かに生い茂る木々は空気までも浄化してくれているようで、きな臭さはもう感じられなかった。このあたりに雨は降らなかったのか、地面は乾いたままだ。ついさっきまで見てきた光景を忘れてしまいそうになる。
精霊の棲む場所はまだ残っている。
アウルは安心した。森をすっかり滅ぼしてしまおうなんて、できもしないことを考えていたソーンが哀れになった。人間が増え、いずれ森は失われるとローは言ったが、それは気の遠くなるほどの未来の話に違いない。
灌木の茂みから、精霊の子供がひょっこり顔をつきだした。ローを見て、早く来いとでも言うように手招きする。ローは何も言わず、子供の後を追いかけた。
一本の大樹のまわりに、たくさんの精霊たちの姿があった。ローンがソーンを連れて近づくと、みな静かに脇へよけた。はりだした大樹の根にもたれかかって、シャアクが座っていた。
シャアクは顔を上げ、ローとソーンを認めた。
「ウインドリン、おまえはまたよけいなことを」
「あなたの望みをかなえただけですよ。最後にもう一度この馬鹿息子に会いたかったんでしょう」
「最後?」
アウルは思わず聞き返した。 ローは眉を寄せてうなずいた。
「いかにシャアクでも、あんなに大量の雨を降らせるなんて無茶すぎたんです。彼は、ほとんど霊気を使い果たしてしまった」
ローが手を放すと、ソーンはその場に膝をついてうずくまった。
シャアクはぐったりとすわったまま、ソーンを見てちらと笑った。
彼は、息子のすべてを許しているのだ。
シャアクの身体は、木の輪郭をかすかに透かしていた。投げ出された両足は、すでに草地に緑に溶け込んでいる。
伝書鳩から王への手紙を奪うために森を離れた時のローと同じだ。
「だめよ。消えないで、シャアク」
アウルはシャアクの前に座り込み、その手を取った。空気のように軽い感触。
「これも悪くはない」
シャアクはつぶやいた。
「言ったはずだ。私は長く生きすぎたと」
「いいえ」
アウルはソーンを見た。
ソーンは顔をふせたまま肩を震わせていた。
後悔している。どうしようもないほど。
シャアクを憎み、復讐しようと来たくせに、自分がどんなに父親を求めていたかを思い知ったのだ。
シャアクが消えてしまえば、ソーンはこれから先の長い時間、自分を責め続けて生きなければならないだろう。
ソーンが哀れになった。アウルはシャアクの手を握った。ローがアウルの霊気を取り入れて蘇ったように、シャアクにも霊気を与えることができるなら。
どうすればいいのかわからない。しかし、無我夢中だった。両手でシャアクの腕を抱え込み、思いをこめた。水が乾いた土に染みこむように、うなだれた草木が生気を取り戻し、陽の光に向かって伸びていくように。
シャアクは、はっと顔を上げた。
「やめろ」
「黙って」
シャアクはアウルの手をふりほどこうとした。アウルは負けじと彼に覆いかぶさった。
ただただ、シャアクを蘇らせるだけを考えた。自分の内にあるものを、シャアクに与え続けるのだ。
気が遠くなってくる。霊気が確かにシャアクに流れているせい?
「アウル!」
ローが、駆け寄り、意識が途切れた。