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文字数 1,409文字

「シャアクが皆に命じましたよ」
 ローは言った。
「森を出ても、命を奪うまで人の霊気を取ってはならないと」
 アウルが館で目ざめた三日目の夜のこと。ローはふらりとアウルの窓辺に現れたのだ。
「あなたへの、せめてもの償いだからって」
「償いなんて求めていないけど、そうしてくれて嬉しいわ」 
「言わせてもらえば」
 ローは肩をすくめた。
「無茶でしたよ、アウル。自分の命とひきかえにシャアクを助けるつもりだったんですか」
「シャアクが消えてしまえば、ソーンが苦しむだろうと考えただけ。彼を放ってはおけなかった」
「あなたが死んだら、ソーンやシャアクは今以上に自分を責めたでしょうし、アレンがどんなに悲しむか」
 非難めいた口調でローは言った。
「そこまで考えなかったんですか」
「夢中だったの」
 アウルはくすりと笑った。
「馬鹿ね」 
「まったくです」
「でも、こんどはあなたが助けてくれた」 
 ローはため息をついた。
「馬鹿なのはわたしです。あなたに、取り返しのつかないことをしてしまった」
「知ってるわ。わたしはもう、人間ではないのでしょう」
「あなたは、からっぽになってしまった」
「ええ」
「だからわたしは、あなたにいただいたものを返したんです。あなたの霊気でありながら、精霊の霊気に変化してしまったものを」
「わたしは、ソーンと同じね」
 アウルは、つぶやいた。
「人間でもあり、精霊でもある」
「そうなりますね」
 ローは、うつむいた。
「あなたにとって、本当によかったのかどうか、わたしにはわからない」
「ソーンはどうしてるの?」
「どこかに行ってしまいました」 
「また戻ってくるわよね」 
「まあ、気持ちが落ち着いたらね。いつになるかわかりませんが」
 アウルは微笑んだ。
「アレンが大きくなったら、ソーンを探しに行こうかしら」 
「その時は」
 ローは、あきらめたように微笑み返した。
「お供をしますよ、アウル。わたしたちは自由で、時間はたっぷりある」


      



 淡い緑が目に心地いい初夏の昼下がり、アレンは庭の木陰に置いた長椅子でうたた寝をしていた。
 領主の勤めは、数年前から息子にゆだねた。今では妻とともに、のんびりと余生を楽しんでいる。
「おじいさま」
 可愛らしい声が聞こえ、目を開けた。アレクがこちらに駆けて来る。
 一番下の孫だった。館にいる三人の子供も他の孫たちも、濃淡の違いこそあれ金色の髪をしていたが、アレクだけはダイの赤毛を受けついでいた。あちこち飛び跳ねた赤い癖毛は、アレンにいつも懐かしい人を思い出させる。
「今日はどこで遊んできたんだね」
 アレンはやさしく言った。
「グイン湖のところで兄さんたちとかくれんぼしてたんだよ」
「ずいぶん遠くまで行ったものだ」
「ぼくが茂みに隠れていたらね、きれいな赤い髪の女の人が来た。見たことがあるような、ないような」
 アレンはちょっと眉を上げた。
「ぼくの髪をくしゃってつかんで笑ったよ。森の方に行っちゃった。あれは、精霊だったのかな」
 アレンはゆっくりと身を起こし、孫の頭に手をのせた。
「そうだな」
 ひと呼吸間をおいて、アレンは森の方へ、もっと遠くの方へ目をはせた。
「ダイは、昔から精霊の故郷なんだよ」

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