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文字数 2,177文字
半月後、神官たちはやって来た。
ロバに乗った二人づれ。三頭目のロバには、背中いっぱいに旅の荷物や伝書鳩の籠を積み込んでいた。
アウルは広間で二人に対面した。渡された王印をたしかめながらを観察する。
ずんぐりむっくりした中年男がジャビ、長身の若い男がソーン。どちらも髪を短く切りそろえ、ひげをそり、質素な灰色の長衣に腰帯がわりの荒縄をしめていた。神官を見たことがない者でも、彼らが普通の民人でないことは一目でわかる。
ついたのが夕刻だったので、視察は明日ということになった。
たまの来客とあって、セニは、はりきって夕食の準備をととのえていた。めずらしくはないが、質のいい食材を使った料理がならぶ。野ウサギの香草シチューや揚げ魚、こんがり焼いた骨付きの鶏。ビールや葡萄酒もたっぷりと。
アウルとアレン、ライとおもだった数人の家臣が神官をかこんでテーブルについた。
「ここは、のどかでよい領地ですな」
ジャビは、ビールを満足げにのみほした。よく飲み、よく食べる男だった。
「それに、領主さまも若くて美しい」
アウルはお世辞をほほえんで受け流し、
「ダイの他にも、どこかお立ち寄りに?」
「おとなりのメグンに寄ってきました。広々としたよい土地がありますな。領主どのも協力をおしまないということでした」
アウルは心の中で鼻を鳴らした。どこの領主も考えることは同じというわけだ。
「〈大陸〉のことは、よく知りません」
アウルは尋ねた。
「クリシュラの神殿とは、どのようなものなのですか」
「それはそれは美しいものですぞ」
ジャビは、身振り手振りで説明した。
「この世にありながら、人々は天上界を知るのです。天に向かって高く高くそびえ立つ塔。天上の〈神〉に、我らがどれほど〈神〉を求めているかわかっていただくためですな。内部の窓には、天上界の様子をあらわした色ガラスがはめ込まれます。
我らを天上に導くクリシュラの像は神殿の中心に。クリシュラの偉業をたたえる壁画も描かれるでしょう。帝国では数々の神殿が建ち、朝夕参拝する人々で切れ目ありません。しかし、わが王国に建つ神殿は、そのどれよりもすばらしいものになるはずです」
「ジャビどのは、〈大陸〉に?」
「いやいや」
ジャビはたるんだ頬をふるわして首をふった。
「もう十年若かったら行ったところなのですがな。しかし、ソーン師が」
若い神官の方をしめし、
「昨年、〈大陸〉から帰ったばかりです。様々なことを学び、一番新しい〈大陸〉を知っています」
アウルはソーンに目を向けた。相棒のジャビと違って物静かな男だった。黒い髪に、整った顔立ち。
ソーンは伏せていた顔を上げた。間近で見るその目は、底知れず黒かった。ひややかな黒水晶。その奥に何があるのか、見極めてみたくなる。
足首をひっかかれて我にかえった。
「ニャア」
「ロー」
緑色の目がテーブルの下でアウルを見上げている。
「ずっとここにいたの。気がつかなかったわ」
「ごめんなさい、姉さま」
アレンがあわてて言った。
「今日はお客様がいるからおとなしくしているようにいったんだけど」
「悪い子ね」
アウルは魚のかけらを下に落とした。
「おとなしくしているのよ」
ローは一口でそれを食べ、満足げにうずくまった。
アウルはほっとした。ローがいなかったら、あのままソーンから目が離せなくなるところだった。
なんて奇妙な瞳だろう。こんな人間に会うのは初めてだ。
「ソーン師は、どのくらい大陸に?」
「かれこれ二十年ほどです」
低く、深みのある声でソーンは答えた。
「ずいぶんお若い頃から行かれたのですね」
アウルはいささか驚いた。まだ二十代だと思っていたが、ソーンは見かけより年をとっているらしい。
「あちらに骨を埋めるつもりでしたが、結局帰ってきました」
「クリシュラのありがたい教えを王国に広めるためなのです」
ジャビが口をはさんだ。
「ソーン師も、神の啓示を受けたのですよ」
ソーンはかすかに唇を動かした。微笑なのか、歪めただけなのか、アウルには分からなかった。
ジャビはクリシュラについてとうとうと語り始めた。都の名だたる貴族の家に生まれた自分が、いかにクリシュラの啓示を受け、入信したかまで。行きつく先は、なにひとつ不自由のない暮らしを捨てて人々を導く神官になったという彼自身の自慢話だ。
アウルはいいかげんうんざりしてアレンの足先にじゃれているローを眺めていた。
ソーンは慣れっこになっているようで、静かに葡萄酒をすすっていたが、つと顔を上げて、
「明日は森に行きたいと思います」
「森?」
「見た限り、ここには森を切り開く以外に神殿を建てる場所はありません」
アウルは眉を上げた。
「道すがらでは、おわかりにならないでしょう」
「いえ」
ソーンは首をふった。
「地図も見ました。狭い土地であることは承知しています」
むっとしたものの、返す言葉はみつからなかった。
「神殿だけ建てればいいというわけではないのですよ。領主どの」
脇からジャビが口をはさんだ。
「神官の宿舎や神学校も必要です。それなりの広さがなければ」
「わかりました」
アウルは、しぶしぶうなずいた。
「明日は森へ」
ロバに乗った二人づれ。三頭目のロバには、背中いっぱいに旅の荷物や伝書鳩の籠を積み込んでいた。
アウルは広間で二人に対面した。渡された王印をたしかめながらを観察する。
ずんぐりむっくりした中年男がジャビ、長身の若い男がソーン。どちらも髪を短く切りそろえ、ひげをそり、質素な灰色の長衣に腰帯がわりの荒縄をしめていた。神官を見たことがない者でも、彼らが普通の民人でないことは一目でわかる。
ついたのが夕刻だったので、視察は明日ということになった。
たまの来客とあって、セニは、はりきって夕食の準備をととのえていた。めずらしくはないが、質のいい食材を使った料理がならぶ。野ウサギの香草シチューや揚げ魚、こんがり焼いた骨付きの鶏。ビールや葡萄酒もたっぷりと。
アウルとアレン、ライとおもだった数人の家臣が神官をかこんでテーブルについた。
「ここは、のどかでよい領地ですな」
ジャビは、ビールを満足げにのみほした。よく飲み、よく食べる男だった。
「それに、領主さまも若くて美しい」
アウルはお世辞をほほえんで受け流し、
「ダイの他にも、どこかお立ち寄りに?」
「おとなりのメグンに寄ってきました。広々としたよい土地がありますな。領主どのも協力をおしまないということでした」
アウルは心の中で鼻を鳴らした。どこの領主も考えることは同じというわけだ。
「〈大陸〉のことは、よく知りません」
アウルは尋ねた。
「クリシュラの神殿とは、どのようなものなのですか」
「それはそれは美しいものですぞ」
ジャビは、身振り手振りで説明した。
「この世にありながら、人々は天上界を知るのです。天に向かって高く高くそびえ立つ塔。天上の〈神〉に、我らがどれほど〈神〉を求めているかわかっていただくためですな。内部の窓には、天上界の様子をあらわした色ガラスがはめ込まれます。
我らを天上に導くクリシュラの像は神殿の中心に。クリシュラの偉業をたたえる壁画も描かれるでしょう。帝国では数々の神殿が建ち、朝夕参拝する人々で切れ目ありません。しかし、わが王国に建つ神殿は、そのどれよりもすばらしいものになるはずです」
「ジャビどのは、〈大陸〉に?」
「いやいや」
ジャビはたるんだ頬をふるわして首をふった。
「もう十年若かったら行ったところなのですがな。しかし、ソーン師が」
若い神官の方をしめし、
「昨年、〈大陸〉から帰ったばかりです。様々なことを学び、一番新しい〈大陸〉を知っています」
アウルはソーンに目を向けた。相棒のジャビと違って物静かな男だった。黒い髪に、整った顔立ち。
ソーンは伏せていた顔を上げた。間近で見るその目は、底知れず黒かった。ひややかな黒水晶。その奥に何があるのか、見極めてみたくなる。
足首をひっかかれて我にかえった。
「ニャア」
「ロー」
緑色の目がテーブルの下でアウルを見上げている。
「ずっとここにいたの。気がつかなかったわ」
「ごめんなさい、姉さま」
アレンがあわてて言った。
「今日はお客様がいるからおとなしくしているようにいったんだけど」
「悪い子ね」
アウルは魚のかけらを下に落とした。
「おとなしくしているのよ」
ローは一口でそれを食べ、満足げにうずくまった。
アウルはほっとした。ローがいなかったら、あのままソーンから目が離せなくなるところだった。
なんて奇妙な瞳だろう。こんな人間に会うのは初めてだ。
「ソーン師は、どのくらい大陸に?」
「かれこれ二十年ほどです」
低く、深みのある声でソーンは答えた。
「ずいぶんお若い頃から行かれたのですね」
アウルはいささか驚いた。まだ二十代だと思っていたが、ソーンは見かけより年をとっているらしい。
「あちらに骨を埋めるつもりでしたが、結局帰ってきました」
「クリシュラのありがたい教えを王国に広めるためなのです」
ジャビが口をはさんだ。
「ソーン師も、神の啓示を受けたのですよ」
ソーンはかすかに唇を動かした。微笑なのか、歪めただけなのか、アウルには分からなかった。
ジャビはクリシュラについてとうとうと語り始めた。都の名だたる貴族の家に生まれた自分が、いかにクリシュラの啓示を受け、入信したかまで。行きつく先は、なにひとつ不自由のない暮らしを捨てて人々を導く神官になったという彼自身の自慢話だ。
アウルはいいかげんうんざりしてアレンの足先にじゃれているローを眺めていた。
ソーンは慣れっこになっているようで、静かに葡萄酒をすすっていたが、つと顔を上げて、
「明日は森に行きたいと思います」
「森?」
「見た限り、ここには森を切り開く以外に神殿を建てる場所はありません」
アウルは眉を上げた。
「道すがらでは、おわかりにならないでしょう」
「いえ」
ソーンは首をふった。
「地図も見ました。狭い土地であることは承知しています」
むっとしたものの、返す言葉はみつからなかった。
「神殿だけ建てればいいというわけではないのですよ。領主どの」
脇からジャビが口をはさんだ。
「神官の宿舎や神学校も必要です。それなりの広さがなければ」
「わかりました」
アウルは、しぶしぶうなずいた。
「明日は森へ」