16
文字数 1,582文字
次に目ざめたのは、自分の部屋だ。セニとアレンの顔があった。
前にも同じことがあったっけ。
ぼんやりとアウルは考えた。つい昨日のこと。
身を起こそうとしたが、身体が重くてうまくいかなかった。セニがあわててアウルをベッドに押し戻した。
「お疲れがたまっているんですよ。しょっちゅう倒れて」
「二回だけよ、セニ」
「まったく、あの神官たちが来てから、ろくなことがない」
「ソーンは?」
「行方不明のままです」
「そう」
「とにかく、しばらくは休んでいただきます。今、滋養がつくスープを持ってまいりますからね。丸一日眠ってらっしゃったんですよ」
アレンを見ると、アレンは目にいっぱい涙をためてうなずいた。アウルは手を伸ばして弟の頭をなでた。
「もう大丈夫よ。心配しないで」
アウルは、グイン湖のほとりに倒れていたという。ライが見つけて、連れ帰った。
体力はなかなか戻らず、つづく一ヶ月、アウルはほとんど寝台の上で過ごした。
森に火の気があるわけはなく、火事の原因を作ったのは人間だろうというのが、おおかたの意見だった。館を出たソーンが、森で焚き火を起こし、それが燃え広がったのかもしれない。ソーンは、恐れをなしてどこかに逃げたか、焼け死んだのだ。
相棒として自分にも責任が及ぶことを怖れたジャビは、そうそうに館から去ることを申し出た。神の啓示には一言も触れなかった。焼け野原となった森に、王を引きつけるものは何もないと判断したらしい。アウルは喜んで彼を送り出した。
新しい神殿は、やがてメグンに建てられることになった。
一度、建設途中の神殿の前を通りかかった時、ふんぞりかえって指示しているジャビの姿を見たと、館の若い者が話してくれた。
森は耕地になった。
ダイの者たち総出で木の根を抜き、土を耕した。数年でみごとな畑や果樹園が出来上がった。作物はみな質がよく、いい値で売れた。葡萄酒などは絶品で王への献上品になるほどだった。
グイン湖の中島だけはそのままにした。新しい木々の芽が萌えはじめた日当たりのいい場所に、アウルは小さな精霊の祠を建てた。
中島の東の対岸には、手つかずの豊かな森が広がっている。精霊たちの多くはまだそこに棲んでいる。
二十歳になった秋の終わりに、アレンは結婚した。メグンの領主の三番娘で、気だてのいい可愛らしい少女だった。アレンに幸せな家族を与えてくれるだろう。
館を出ることは、アレンにだけほのめかしていた。アウルが部屋に呼んだ夜、アレンもそれなりの覚悟をしていたようだ。
自分の背丈をとうの昔に超してしまった弟を見上げ、微笑んだ。
「あとはよろしくね、アレン」
「ほんとうに行ってしまう気なの? 姉さま」
「ずっと昔から思っていたのよ。あなたが一人前になったらどこか自由な旅に出たいって。ダイばかりを見てきたけど、こんどは世界を見てみたい。もう安心してそれができる」
「セニたちが、悲しむよ」
「伝えておいて。どこに行っても好きだって」
「また帰ってきてくれるよね」
「そうね、アレン」
アウルはアレンの髪の毛をくしゃりとつかんだ。
「帰る場所があるから自由と言えるのよ。帰る場所がなければ、それはただの孤独」
アウルは窓辺に歩み寄り、閉めていた窓を大きく開いた。ひんやりとした風とともに、灰色の生きものが飛込んできた。
「ロー!」
アレンは膝をついてローの首を撫でた。
「ぜんぜん変わっていないね。長いこと会わなかったけど」
ローはアレンを見上げてニャアと鳴いた。
「迎えに来てくれたのよ、私を」
アレンはアウルを見やった。しかし、もうそこに姉の姿はなかった。
「姉さま・・」
気がつくと、ローも消えていた
アレンは呆然と窓の外を見やった。
深い夜が、ただひろがっているばかりだった。
前にも同じことがあったっけ。
ぼんやりとアウルは考えた。つい昨日のこと。
身を起こそうとしたが、身体が重くてうまくいかなかった。セニがあわててアウルをベッドに押し戻した。
「お疲れがたまっているんですよ。しょっちゅう倒れて」
「二回だけよ、セニ」
「まったく、あの神官たちが来てから、ろくなことがない」
「ソーンは?」
「行方不明のままです」
「そう」
「とにかく、しばらくは休んでいただきます。今、滋養がつくスープを持ってまいりますからね。丸一日眠ってらっしゃったんですよ」
アレンを見ると、アレンは目にいっぱい涙をためてうなずいた。アウルは手を伸ばして弟の頭をなでた。
「もう大丈夫よ。心配しないで」
アウルは、グイン湖のほとりに倒れていたという。ライが見つけて、連れ帰った。
体力はなかなか戻らず、つづく一ヶ月、アウルはほとんど寝台の上で過ごした。
森に火の気があるわけはなく、火事の原因を作ったのは人間だろうというのが、おおかたの意見だった。館を出たソーンが、森で焚き火を起こし、それが燃え広がったのかもしれない。ソーンは、恐れをなしてどこかに逃げたか、焼け死んだのだ。
相棒として自分にも責任が及ぶことを怖れたジャビは、そうそうに館から去ることを申し出た。神の啓示には一言も触れなかった。焼け野原となった森に、王を引きつけるものは何もないと判断したらしい。アウルは喜んで彼を送り出した。
新しい神殿は、やがてメグンに建てられることになった。
一度、建設途中の神殿の前を通りかかった時、ふんぞりかえって指示しているジャビの姿を見たと、館の若い者が話してくれた。
森は耕地になった。
ダイの者たち総出で木の根を抜き、土を耕した。数年でみごとな畑や果樹園が出来上がった。作物はみな質がよく、いい値で売れた。葡萄酒などは絶品で王への献上品になるほどだった。
グイン湖の中島だけはそのままにした。新しい木々の芽が萌えはじめた日当たりのいい場所に、アウルは小さな精霊の祠を建てた。
中島の東の対岸には、手つかずの豊かな森が広がっている。精霊たちの多くはまだそこに棲んでいる。
二十歳になった秋の終わりに、アレンは結婚した。メグンの領主の三番娘で、気だてのいい可愛らしい少女だった。アレンに幸せな家族を与えてくれるだろう。
館を出ることは、アレンにだけほのめかしていた。アウルが部屋に呼んだ夜、アレンもそれなりの覚悟をしていたようだ。
自分の背丈をとうの昔に超してしまった弟を見上げ、微笑んだ。
「あとはよろしくね、アレン」
「ほんとうに行ってしまう気なの? 姉さま」
「ずっと昔から思っていたのよ。あなたが一人前になったらどこか自由な旅に出たいって。ダイばかりを見てきたけど、こんどは世界を見てみたい。もう安心してそれができる」
「セニたちが、悲しむよ」
「伝えておいて。どこに行っても好きだって」
「また帰ってきてくれるよね」
「そうね、アレン」
アウルはアレンの髪の毛をくしゃりとつかんだ。
「帰る場所があるから自由と言えるのよ。帰る場所がなければ、それはただの孤独」
アウルは窓辺に歩み寄り、閉めていた窓を大きく開いた。ひんやりとした風とともに、灰色の生きものが飛込んできた。
「ロー!」
アレンは膝をついてローの首を撫でた。
「ぜんぜん変わっていないね。長いこと会わなかったけど」
ローはアレンを見上げてニャアと鳴いた。
「迎えに来てくれたのよ、私を」
アレンはアウルを見やった。しかし、もうそこに姉の姿はなかった。
「姉さま・・」
気がつくと、ローも消えていた
アレンは呆然と窓の外を見やった。
深い夜が、ただひろがっているばかりだった。