第7話 告白

文字数 1,752文字

 神戸の空襲でうちの両親は亡くなった。
 終戦間際の六月五日。その日、父は看護婦の母と二人で往診に行ってた。その先で空襲に遭ったんよ。うちはまだ二歳やったから覚えてないけど、夫が戦死してうちに居候してた伯母と二人だけ取り残されてん。終戦までは三宮におったけど、焼け残った医院も住まいも借地やったし、戦争が終わって何もせずに長くそこに留まることは出来なくなって、遠い親戚を頼ってここに来たんよ。焼け野原に建ったバラックみたいな木造二階建てやったけど、伯母はここを気に入って借りてん。三宮に比べたらずっと安かったし。でも何かせんと食べていかれへんし、伯母は料理が得意やったから一階を改修して小さな料理屋を始めてん。

 地元の小学校に通う頃はうちもごく普通の子供やった。ただ『あんたは別嬪やさかい、これからいろいろ手伝うて貰うわ』って伯母が言ってた意味がそのときはようわからんかった。
 中学に上がるちょっと前、伯母に留守番を頼まれたんよ。よく店を手伝ってくれたお兄ちゃんと二人。その人は伯母の愛人やった。最初は優しかったけど、どんどん強引になって。うちも抵抗したんよ……でも諦めた。それが最初の人。そやからうちに結婚して幸せになる資格なんてあらへんのや。
 その日以来、夜遅くなると店のお得意さんを二階に案内するようになってん。
 下から「しげちゃん、頼むわ」と言われたらそういうことなん。酒臭い男の相手をさせられて、十三の時に流産して、十四の時には赤ちゃんが出来て中絶。それでも次の日には伯母のために働かされた。ただ、二階に案内された客の中に一人だけ何もしない人がいたんよ。その人の前では服を着たままで良かったし。それが富田のおっちゃん。その人は話をするだけ。空襲で奥さんと娘さんを亡くして、その子がうちと同い年やった。

 その頃からこの辺りもどんどん変わっていって。うちが十五になる直前に売春防止法って法律が施行されて、何軒か検挙されたって噂が流れとった。富田さんは『しげちゃんもじきに自由になれる』って励ましてくれたんやけどな。

 でもその日、二階に来たおっちゃんはいつもと様子が違った。
「大事なものだけ持って逃げるんや。すぐ近くの店に取り調べが入って連行されたから、ここも危ないで」 
 そこに刺身包丁を持った伯母がものすごい形相で駆け上がってきたんよ。
「あんたにこの()は渡さへんで」って。
「みえさん、いい加減に目ぇ醒ませ。こないなこといつまでも続かへんで」っておっちゃんは諭してくれた。
「何言うとるん。この()がいなかったらうちはやっていかれへんのや」
 それが伯母の本性やった。
「この子にはこの子の未来があるやろ!」っておっちゃんは怒鳴ってな。
「十二で男を知ったこの()に未来なんかないわ」って伯母は笑ったんよ。その顔見て鬼やと思った。
「ここは通さへん」っておっちゃんが立ちはだかってな。二人は掴み合いになって、そのまま階段の下に転げ落ちてん。急いで駆け下りたら辺り一面血の海やった。包丁は伯母の胸に刺さってた。
「わしが刺したんやない」っておっちゃんは首を振った。「落ちた拍子に……」って。
 うちは咄嗟に「おっちゃん、逃げて」って言ったんよ。急いで二階に上がって、箪笥の引き出し引っ張り出して、部屋を滅茶苦茶にして、売上金を自分の下着の中に入れた。お金が欲しかったわけやない。泥棒を偽装したんや。
 階段を駆け下りて伯母を見たら、もう息もしてなかった。そこにちょうど近所から通報受けたお巡りさんがやってきたから、「黒ずくめの男がお金を盗って逃げていきました」って嘘ついてん。警察でもうちは嘘の証言した。

 おっちゃんは自首するつもりで戻って来たんやて。そんとき近所の人が『物取りに刺された』って噂してたの聞いて、うちのことが心配になって警察まで来てくれたんよ。「自分が自首したらおしげちゃんは施設に預けられることになる」って心配してくれて。それで、うちはおっちゃんのところに引き取られてん。
 それ以来毎日毎日本当のことが分かったらどうしようって。いつかバレるんとちゃうかって気が気じゃなかった。でも、うちはおっちゃんにこう言ってん。「おっちゃんはなんも悪うない。悪いのは全部みえさんやし、その次に悪いのはうちやから」って。
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