第94話 繋がる点と点 ~届かない思い 3 ~ Cパート

文字数 5,984文字


 私が自分の教室に戻ってきて、中に声を掛けた時にはもう誰もいなかったのか、すぐに中に招き入れられる。
「スマン遅くなったな。今日はもう岡本で最後だからゆっくり話が出来れば俺も嬉しい」
 私が教室に入った時、面談用紙を渡した時と同じような事を口にする担任の巻本先生。
「今日は進路の話をするんですよね。家の事もしないといけないので私の方は無制限にとはいかないです」
 だから私の方も先に言う事は言わせてもらう。
「……」
 私の一言に先生が肩を落とすけれど、あの腹黒教師も気にしていた通り、悪戯に広めるべきではないし、ましてや口の軽い先生には間違っても打ち明けられない。
 それでも先生なりに思う所もあるのか、最近は実祝さんをよく気にかけてくれているのは伝わる。
 そして広い教室内、先生と二人だけの面談が始まる。
「とは言ってもこれ。誰かに相談したのか?」
「はい。一人で調べたり考えたりするには時間も知識も無かったので、相談しました」
 恐らくは誰もが知っている有名な学校なら知ってはいるだろうけれど、私の第二志望の遠い国立の事や、地元でも私立の学校なんて、朱先輩からのレットや意識して調べるまでは知らなかった学校がほとんどだ。
「正直よく調べて、考えて書いてあるのが分かるから先生から言う事はあんまりないんだが、この第一志望って岡本の成績ならこっちの方でも良いんじゃないのか?」
 そう言って隣の県の公立を勧められる。
「ここにも社会福祉科はあるし、岡本の志望にも合ってると思うぞ」
 先生もまた私の事を考えて、私の学力に合った学校を勧めてくれている事は理解できるのだけれど、
「出来れば家から通える所で考えていたので、こっちにしました」
 やっぱり独り暮らしに抵抗を感じるから、他校を勧められたとしてもなかなか興味をそそられない。
「まあ女子の一人暮らしは、本人が嫌がったり、両親が駄目だっていう場合も多いからな」
「そうなんですか?」
 どうしてかは分からないけれど、一人暮らしを嫌がっていた私に、そう言う女の子、一人暮らしを許さない親も多いと聞いて、自分だけじゃないと分かったからか、心が軽くなった私は少し意外な話に興味がそそられる。
「先生はこういう職だからもちろん何とも思わないが、やっぱり親元を離れてまで学校に行かせる事自体に首をかしげる親御さんも多いし、やっぱり女学生を狙った犯罪なんかも後を絶たないから、自分の娘が心配だって親御さんもかなり多いぞ」
 女子生徒の岡本に言う事でも無いかもしれないけどなっと屈託なく笑う先生。
 そんな先生を見ていると、本当に教師になりたくて夢をかなえたのかなって思えて来る。
「それと岡本のこの第二志望は、ご両親も納得済みなのか?」
 朱先輩から、私の学力なら十分に狙えると言ってもらえた一人暮らし前提の国立。そして私の両親も
「はい。私のしたい事、夢があるのなら遠慮なく言って欲しい。何でも協力するって言ってくれています」
 目を潤ませて応援するって言ってくれていたその時の姿を思い出す。
「そうか。岡本にとっては良いご両親なんだな」
「はいっ! この家の娘で良かったなって思います」
 普段は色々と思う事も多い担任だけれど、やっぱり自分の大好きな両親の事を褒められて嬉しくならない訳がない。
「先生は先生になりたくて先生になったんですか?」
 先生が先生を目指して先生になったのだと思うから、自分の夢が叶うって、現実になるって言うのがどう言う感覚なのかが知りたくて先生に聞くと、少し迷うそぶりを見せた後、
「……岡本に本当の事を言うなら、そんなに良いもんじゃない。もちろん嫌になるとか飽きるとかそう言う単純な話じゃなくて、夢が現実になるって言う事は、今まで見えていなかった嫌なところも見えてくる分、どうしても辛くてしんどい思いをする事が多くなる。それに周りの人間関係とか、うまく行かない仕事なんかも多い。だから岡本もひょっとしたら一度くらいは聞いた事があるかもしれないが、“夢は夢のままで仕事にしない方が良い。趣味は趣味のままで職にはしない方が良い”と言う言葉もあるくらいだ」
 先生の言葉に驚く。
「じゃあ夢をやりたい事にはしない方が良いって事ですか?」
 まさかの答えだったから私もそのまま先生に訊き返してしまう。
「いや、そうじゃない。そう言う風にしか聞こえないだろうけど、そうじゃないんだ」
 先生がすぐに否定してから、その後に続く言葉を紡ぐ。
「夢を仕事にするとしんどい事も多いし、夢だった分、そのギャップと言うか落差を目にした時、確かにダメージも大きい。だけど自分の夢、あこがれだった場所に自分が立っているわけだから、辛くてもしんどくても頑張れるんだよ。もちろん岡本がこの先進む学科・(みち)によっては、頑張りすぎるのは駄目だって言うのが当たり前の考え方の世界もありうるのだが、自分の夢を手に掴むことが出来れば、その分、人より頑張れるのは確かだ。それでも辛かったら


「その先の夢?」
「そう。例えば俺だったら学校の先生を辞めて自分で個人塾を開くとかだな」
 気付けば先生の話に聞き入っている自分がいる。
 思えば先生とこうやってじっくり話をするのはいつ以来か。そこに近くて遠いような時間の感覚を感じる。それが今の私と先生の間に出来てしまった隙間だと思うと、胸をかきむしりたくなるような感覚が私を襲う。  ※郷愁ね
「……なぁ岡本。もう俺に話してくれる気はないか? 間違っても俺が一人前の教師だって胸を張って言えない。それに、俺自身が理想とする教師にも程遠い。でも俺にだって生徒とちゃんと向き合いたいっていう気持ちはあるんだ」
 そう言って私に頭を下げてくる先生。この先生もまた本当に不器用なんだなって思う。それでもまっすぐに、ともすれば愚直(ぐちょく)に自分の夢をかなえるために、先生の理想とする姿を重ねるために取り組んで来たのかと、先生の震える声を耳にして思う。
 先生の中にそこまで秘めた気持ちがあるのなら、本当にどうして一番初めにあんなあしらい方をしてしまったのだろうと、私の方が悔いる気持ちを持ってしまうほどに。
「じゃあどうして、先生はあの時……私に冷たくしてしまったんですか?」
 だから聞かずにはいられない。あの時の先生の気持ちを。
「私、先生なら本当に何でも話せるし、相談にも乗ってくれる優しい先生、頼りになる先生だなって、あの時までは本当にそう思っていたんですよ」
 そして私の気持ちを正直にさらけ出さずにはいられない。
「そうか……俺自身も気づかなかっただけで、理想に近かった先生が出来ていた時もあったんだな……」
 そして私の想いを、気持ちをぶつけた時、先生の目にうっすらと涙が溜まっている事に気付く。
「……すまん。もう言葉で言っても取り返しは付かないが本当にすまなかった。正直あの時、岡本の話がそこまで深刻な話だとは捉えていなかった。そしておそらく俺が気が付いた今、もうどうにもならない所まで来ているのかもな」
 そして先生の口から出るあの時の気持ち。それに悔いる先生の声……
「正直。今の先生は信用できません。でも、今の先生の気持ちも分かるし、やっぱり私の中に頼りになる先生・気軽に相談できる先生のイメージは残ったままなんです。そのイメージは私の中からどうしても消えてくれないんです」
 誰だっていきなりされる話が、そこまで大げさだとは思わないだろうし、言い換えればその時まで先生にとっては、ちゃんと私もクラスの中の一生徒だったわけで……
「先生。私に向けた視線、あれは何だったんですか? 蒼依が気を付けてってよく言ってるんですが、そう言う意味なんですか?」
 でも今日は教室に二人っきりだけれど、一度もそう言う視線は感じていない。
 蒼ちゃんの言う通り気付いていないだけかもしれないけれど、私は、全く今日は感じていない。
 そして先生と今は誰もいない二人きりの教室内。先生が本音を喋ってくれているのなら、私もまた今まで聞きたくて聞けなかった先生の本音を聞こうと、一歩踏み込む。
「……すまん。本当にすまん……今は言えない。岡本が卒業するまでは言えない。岡本ならもう分ってるかもしないが、俺の口からそれを言ってしまうと、教師を続けられなくなる。ただ、俺の気持ちは遊びじゃなくて本気だった。それだけは誤解しないで欲しい」
 そう言って深々と頭を下げる先生。
 言葉にしなくても、もう分ってしまう。分かってしまったけれど、不思議と抵抗は無い。
 もちろん優希君がいるからそれ以外の男子の視線とか、気持ちは困るし、不愉快でしかないけれど、私の中でやっぱり先生は先生なんだって、完全に別の視線だから、そう言う思考に至らない。
「分かりました。もちろん私も先生からハッキリ聞いたわけじゃないので、憶測で話は出来ません」
 だからこれは私が口外しなければ、これで話はお終いなのだ。
「もう俺の本音と言うか、気持ちは岡本には伝えてしまったから隠すことなく全部話すが、先生だって一人で先生が出来るわけじゃない。生徒がいるから俺も先生になれると思ってる。それと同じで俺の理想とする先生にはやっぱり生徒が必要だし、厚かましい話だが、もう一度岡本が俺を岡本の思う理想の先生にして欲しい」
 そんな私に、言い換えてしまえば独りよがりな先生にはなりたくない、先生の目標とする先生にはちゃんと生徒が必要だと言ってくれている。
 先生の気持ちは分かる。まだ意味の分からない所も多いけれど、先生なりに

ながら、迷いながら解答が分からないなりに、実祝さんの事を気にかけてくれているのも見ている。
 そして間の

にその姿が、同じく迷って

、懊悩している咲夜さんと重なってしまう。
 だけれどもう蒼ちゃんの事、先生に一番初めに相談しようとした事はもう口には出来ないし、する気もない。
 そこには蒼ちゃんの女の子なら誰にも見せたくない、知られたくない腕の事。
 私にどう思われても良い、何があっても証拠が欲しいと口にした保健の穂高先生の想い。そして優珠希ちゃんたちの噂。もしあの日の事が明るみになるくらいなら誹謗中傷を訂正しなくても良いから秘密にして欲しいと願った二人の親友。
本当にたくさんの想いと気持ちが絡んでいるのだから……。
 一方で鼎談(ていだん)の時に担任の先生は通さなくても良いと言った教頭先生。目の前の担任に知られる事を

してくれた保健の先生。
 その片鱗を繋ぎ合わせただけでも、自分から私の話をあしらったとは言え、辛い立場なのだと思う。
 そこまで考えが至ってしまったのなら、たとえ私に想いを寄せてくれていた先生だったとしても、いや思いを寄せてくれる程に同じ人間なのだから、年齢や立場が違っていたとしても私には放っておく事は出来ない。
 ……保健の先生は、蒼ちゃんと実祝さんの件は全く別物だと言っていた。気にしなくても飛び火する事は無いと言っていた。だとしたらこの件はお願いしても良いと判断する。
「先生にあの時の話をする事はありませんが――」
 私の言葉を聞いて先生がうなだれる。でも私の言葉はまだ続く。むしろ本題はここからなのだ。
「――実祝さん――夕摘さんと、今日休んでいる咲夜さん――月森さんの事、ちゃんと気に留めてあげて下さい」
 最近実祝さんの事を気遣ってくれている、昨日咲夜さんと話したであろう先生なら気付いているかもしれないし、例の女子グループの発言を冗談取ってしまうくらいには気づいていないかも知れない。
 でもそこから先は先生に自分で気づいて欲しい領分だ。それが先生を先生にするって事だと、先生が再び自分に自信が持てるようになるための再スタートだと私は、信じる事にする。
 そしてこれらが最後に全て繋がって蒼ちゃんの話にたどり着くのならば……
「分かった。明日からは二人の事はちゃんと気に留めるようにする。ありがとう岡本」
 二者面談で生徒に頭を下げる先生は他にはいないんじゃないだろうか。でもその姿が不器用な先生なりの誠意の見せ方なのかもしれない。
 私の周りにいてくれる親友や友達の姿を思い浮かべてみても、自分も含めて本当にこの世界には不器用な人ばかりが多い気がする。
「先生の口ぶりからすると心配は無いとは思いますが、私の時みたいに露骨な視線だけは辞めて下さい。女子は本当にそう言う視線には敏感なんです」
 そして私の時のようにはならない様に、先に女子としての助言だけはしておく。
「分かった。岡本以外にそんな視線を送る事は無いが、気を付ける――そして、話がだいぶそれてしまったが、この第一志望の公立と、第三志望の私立なら、まだ今学期の成績は出ていないから何とも言えないが、今までの岡本の成績なら、

から“推薦”を出せるがどうするか、一度考えてみてくれ。“推薦”は“推薦”でも“指定校”じゃ無いから、通ったら必ずそこに行かないといけない訳じゃ無い。ただ第三志望の私立に関しては、試験日程が11月下旬と少し早くなるだけなのと、公立の方は共通テストと面接に試験が変わる。もちろんこの共通テストの出来次第ではと言うところもあるが、岡本の成績ならその心配もないだろ」
「分かりましたけれど、それって期限はいつまでですか?」
 出来ればそう言うの朱先輩や両親と相談したい。
「ああ、それは9月末までとまだだいぶ先の話だからゆっくり考えてくれたらそれで良い」
 試験が早いからと一瞬構えたけれど、思った以上に期間が長くて安心する。
「それじゃあ今回の面談これくらいだな。今日は待たせてすまんかったな。それと本当にありがとう岡本。先生は岡本に打ち明けた事は後悔はしてないぞ」
 そう言って少しスッキリした表情を浮かべる先生。
「私の方も、先生の気持ち、色々な話を聞かせてくれてありがとうございました」
 私は先生の不器用だけれど、思った以上にまっすぐだった心を胸に、二人だけの教室を後にする。
 そして“推薦”の事を改めて両親と朱先輩に相談しようと心に決めて、昨日のサッカー部の言葉が気になっていた私は、その足で園芸部に向かう。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
      「これは何? どういう事? どうなっているの?」
             何がどうなっているのか
      「今はこのままで良いわよ。それよりアンタも――」
          そしてどう言う展開になっているのか
          「それ。聞いてどうするんですか?」
              聞かれると不都合な事

  「ほんまにごめ――ありがとうな。いつもウチの親友をやってくれてて」

         95話 お礼参り ~ 大切な親友の為に ~
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