第91話 善意の第三者 3 ~想いと想いのぶつけ合い~ Aパート

文字数 5,236文字


 倉本君に付き合った私も教室に戻るのは遅かったけれど、教室から出て行く時とは違って、どうしてかは分からないけれど、実祝さんと咲夜さんが不安そうに私の方を見ていた。
 にもかかわらず、例の二つのグループからは全くこっちを見て来る気配は無かった。
 まあ、あんまり私を怒らせない方が良いと言うくらいは分かったのか、それとも昨日耳打ちしたから蒼ちゃんの事でも私に対する警戒感が高まっているのか……
 まぁどっちにしても蒼ちゃんの事に関してはこのまま黙っているつもりは全く無いけれど。
「……」
 昨日筋肉痛の私の足を蹴った女子グループの一人を睨みつけて午後の授業が始まる。


 形がどうあれ、現状がどうあれ進学校の受験生。身につく内容に差はあれど授業中はみんなまじめに集中していた。
 だから教室の中で1席だけ空いている蒼ちゃんの席。今も先生が終礼中の連絡事項を伝えているけれど何とも思わないのだろうか。
 今更私があの担任に口を開く事は無いけれど、気にすらも、もうしてはくれないのだろうか。
「昨日に引き続き今日も二者面談を行うから、今日予定の生徒は悪いがどこかで時間を潰してくれー。その間に先生の方も今日面談予定の生徒の準備をするからなー」
 ただ先生なりの行動なのか、気持ちの変化なのか、今日は私よりも実祝さんを意識しているのは見ていても分かる。
 ただそれを黙って見ている女子グループじゃない。
「先生ー。岡本さんから夕摘さんに浮気ですかー? オトコの浮気はオンナの敵ですよー」
 先生をからかっているだけとも取れるし、実祝さんに対する嫌がらせとも取れる言い方をする女子グループ。
 変な言い方だけれど、

が明らかに上手くなっている気がする。
 ――加害者はいくらでも言い逃れをする―― 
 もしそうならこれは本当に困難じゃないのか。
「お前なー受験でストレスが溜まるのも分かるけど、教師をからかうのも程々にしとけよー。でないと二者面談が長くなるぞー」
 私の懸念を裏付けるように先生がそのまま冗談として取ってしまう。
 実祝さんの気を遣い始める一方で、震源である女子グループには冗談で済ませてしまう。
 先生がどうしたいのかが分からない。
「せ、先生。え……岡本さんが怒ってます」
 私が先生の実祝さんに対する対応の中途半端さに呆れていると、咲夜さんがそれだけを言って、机に顔を突っ伏してしまう……のを実祝さんが寂しそうに見る。
「……月森。後で少し、職員室に来てくれ」
「……はい」
 明らかに本心からでも、楽しんで言った訳でもない事が先生から見ても分かったのか、咲夜さんには何も注意はしなかった先生。
 そして自分たちは何も関係無いとばかりに視線を散らす例の咲夜さんグループ。
「じゃあ早く面談を始めないと後が遅くなるからこれで解散!」
 そして微妙な教室の空気の中で放課後を迎える。


 先生の後について行く咲夜さんを見送った後、昼休み自体がギリギリまで倉本君と話していたと言う事もあって時間が無かったからと

題名:雪野さん交代の話
本文:優希君に秘密を作りたくないし、こう言うので喧嘩になるのは嫌だから先に伝えておくけ
   ど、雪野さん交代の中身について、私が倉本君に協力する事になった。でもそれだけだか
   ら。毎日って訳でも無いし、倉本君に触れるとか、倉本君に物を貰うとかそう言うのは絶
   対にしないから、安心って言うか信じて欲しい。

 話が拗れる前に先に優希君にメッセージでだけでも伝えておく。
 そしてメッセージも打ち終わって、朝優希君と話した通り園芸部の方へ向かおうとして
「……」
 ほとんどの生徒が部活か、帰宅かでいなくなった放課後の教室内で実祝さんが文庫本を広げる。
 私がいるからなのか、別の目的でもあるのか、呼び出された咲夜さんのカバンはそのままに、二つの女子グループ共いなくなっていた。
 何となく実祝さんの目的が分かった私は少しだけ心を軽くして、
「……咲夜さんとちゃんと話をして、そして信じてあげて。それを言葉じゃなくて行動で見せて。それが私からの条件」
 ほとんどの生徒がいなくなった放課後の教室内。私は実祝さんが座っている席の後ろから決して視線を合わせずに“甘い”一言を掛けてから、改めて園芸部に向かう。
「愛美……本当にありがとう」
 本当に久しぶりにハッキリと私に向けられた言葉を背に。


 私が園芸部の活動場所に足を向けた時、何か言い争う声が聞こえたからと足を速めると、
「お前が隠れてやってんのは知ってるって言ってんだろっ!」
「――っ」
 そう言いながら手近な植木鉢を蹴り上げる男子生徒と、それに怯えてしゃがみ込んでいる生徒の姿がって
「ちょっとそこの男子っ! 何してんの!」
 私は大慌てで駆け寄る。
 まさか放課後の部活が始まってそこそこ時間が経った頃合い、誰かが現れるとは思っていなかったのか狼狽しているようにも見える。
「ちょっと大丈夫? ケガしてない?」
 ただ、今はそんな男子生徒よりも御国さんの状態確認の方が先だ。
 しかも所々って言うか制服全体と言うか、髪にまで土がついている。ホントこの男子、女の子の髪になんて事をするのか。いや女の子相手に何て事をするのか。
「……岡本先輩。ごめん……なさい」
「分かった。無理に喋らなくても良いから」
 言いながらポーチからハンカチを取り出して、後頭部から背中、お尻の部分にまでかかっていた砂を順にはたき落としていく。
「また。あの時の先輩ですか。俺、今そいつと話してるんでそこ退いてもらえます?」
 ただですら女の子にこんな乱暴をして怒り心頭だってのに、何を自分の都合の良い事を言い出すのか。
「話? これがあんたの言う話?」
 女の子を砂まみれにして、園芸部が大切にしているであろう手近な植木鉢を蹴り倒して、これのどこが話し合いと言うのか。
「そうですよ。“生徒会”がバイト禁止の呼びかけをしてるから、俺も協力してるだけですよ」
「せやからウチはそんなんしてへん」
「ハァ? この期に及んでまだシラを切るのかよっ!」
 そう言いもって私

に向かって砂を蹴り上げる男子生徒。
 なのに目の前の男子生徒は悪びれる事も無く、これが話し合いだと言い切る。
「悪いけれど“統括会”ではこんな手荒な真似をする生徒に協力をお願いする事なんて無いんだけれど。それに今、私にも砂がかかったんだけれど? 後輩としてなんか言う事無いの?」
 私が盾になったから、御国さんにはかかって無いとは思うけれど、まあ実際そう言う問題でも無いか。
「それは先輩が一度ならず二度までも俺の話を邪魔するからですよ」
 そして今度はそれを私の責任にしようとする男子生徒。女の子のせいにするなんてちょっとカッコ悪いにもほどがあるんじゃないだろうか。
「話し合いって言うんなら植木鉢を倒す必要も、女の子に砂をかける必要も無いんじゃないの?」
 私が見てしまった以上は勝手な事は言わせない。
「御国さん。他の園芸部員たちは?」
 私は男子生徒から視線を切らずに、背中越しに御国さんに尋ねる。
「……先輩らは基本的にほとんど来ません。基本二年のウチら2・3人で活動してます」
「三年の先輩と一年は?」
「それが……三年の先輩が怖い言うて、春先までで全員来なくなりました」
 一つ質問しただけで驚きの話が飛び出してくる。
 でも確かに今まで御国さんや妹さん以外の生徒が、ここで何かをしているのは見た事が無い。
「えっとそれって、殆ど来ていない三年を怖がって今ほとんどの部員が幽霊化しているって事? その事顧問の――」
「――あの。俺の事無視すんの辞めて頂けますか? いくら先輩でも考えがありますよ」
 一体園芸部がどうなっているのかちゃんと情報を整理して確認したいのに、目の前の

の男子が、私の事を嫌悪感の覚える目で見ながら一歩ずつ私の方へ近づいて来る。
「先輩がウチらの為にそこまでせんでもええですから――ウチがバイトした事にしたら、もうこんな酷い事しいひんって約束してくれる?」
「御国さん。そんなの気にしなくて良いよ。やって無いんならやってないで良いんだって。後、私は“統括会”の人間だから、このくらいは生徒の為にさせてよ」
「黙って聞いてれば……なに勘違いしてんのかは分かんねぇけど、これは“生徒会”への協力であって、別の話に決まってんだろ。それにこんな意味ない事するより、ボール蹴って体動かしてる方がよっぽど建設的で、将来の役に立つに決まってるじ――っ?!」
「――っ!!」
 言いながら男子生徒が、植木鉢をもう一つサッカーボールを蹴るようにしてひっくり返した時、私の怒りが爆発した。
「お前。女だからって調子乗ってんなよ」
 私が砂を蹴り返した途端に男子生徒の声と雰囲気が変わる。
「調子乗ってんのはそっちでしょ。その植木鉢一つでも大切な命だと思うけれど」
 だけれど毎度のように私には気になる程じゃない。
「それにそっちからじゃないの? 砂を蹴り上げても植木鉢を蹴り倒しても話し合いだって言ったのは」
「先輩。ウチの事は良いですから。園芸部・植物にとっては砂や土も大切なもんですから、優しく扱って下さい」
「お前がバイトしてる事を早くに認めたら、騒ぎも話もこんなに大きくならずに済んだは――んぐぇっ」
 私をなだめようと御国さんが後ろから説得しようとしてくれるも、サッカー部後輩が御国さんを怒鳴りつけようとしたところで、見なくても機嫌が悪い優珠希ちゃんが姿を見せる。
 いや、その雰囲気は最悪と言っても良いくらいの空気を纏いつつ、男子相手なのにスカートの中が見える事なんてお構いなしに、無言で男子生徒の横腹を蹴りつける優珠希ちゃん。
 当然どこにあるのか、基本的にかなり力の強い優珠希ちゃんが機嫌の悪い状態で蹴ればその相手はどうなるのか。
 つま先が横腹にめり込んだように見えるけれど、サッカー部なんだし大丈夫だよね。
「ちょっと優珠ちゃん! 暴力はあかん言うて先週の金曜に約束したばっかりやろ」
 蹴られた男子生徒がくずおれる形でおなかを抱えてその場にうずくまる。
「佳奈。何回蹴られた?」
 そんな男子生徒の事は全く気に止めずに、いつもより

2

オクターブ

低い声で御国さんに向き直る妹さん。
 と言うかどこから、いやいつの間にいたのか。そしてどこから見ていたのか。
「ウチは言わへんよ。前にも暴力はあかん言うたばっかりやし」
 さっきの男子学生よりも今の優珠希ちゃんの雰囲気の方がよっぽど怖いと思うけれど、優珠希ちゃんには全く物怖じせずに言い返す御国さ――。
「ちょっと優珠ちゃん!」
 御国さんが答えないと分かると、次は振り向きざまに私も太ももに一発蹴りを貰う。
「アンタも土。一回蹴ったんでしょ。それで、あのゲスは何回蹴ってたの?」
 ただその蹴り自体はわずかに残る筋肉痛の足でも、少し痛みが走る程度の力でしかなかった。
 そして答えようかどうしようか少しの迷いはあったのだけれど、
「たか……女……風情が、調子乗ってんじゃねーぞ! ベットの上で鳴かしてやるっ」
 部活で鍛えた賜物なのか、意味の分からない事を言いながら、もう立ちあがろうとしていたから
「私が

四回」
 私が確認した回数を優珠希ちゃんに伝える。
「ちょっと先輩!」
 私があっさり口にした数字を耳にして目を剥く御国さん。
 一方その間に妹さんの方は、立ち上がりかけたサッカー部の男子生徒の背中に回り込んで踏みつけるようにして力いっぱい一回。そして再びうつ伏せになった所で、今度は両ふくろはぎに踵で一回ずつ。初めの一回と合わせて合計四回。
 きっちりと蹴りを入れて、後は目もくれずに御国さんに向き直った妹さんが、
「佳奈。金曜日にあんなことがあったばかりなのに、どうして一人で来たの?」
 さっきまでとは全く違う、まるで別人みたいなよく通る綺麗な声で話し始める。
「ウチの言う事聞いてくれへん優珠ちゃんなんか知らへん」
「じゃあわたしに親友がひどい目に遭ってても、知らないフリをしろってゆうの?」
 妹さんが御国さんの両肩を掴む。
「そう言う事言うてるんと違うんやけど」
 そう言って妹さんから視線を外す御国さん。
「良い? 佳奈の言う事も分かるけど、佳奈は何も悪い事はしてないの。それに初めに手を出したのはあのゲスなんだから、わたしたちは正当防衛になるの」
 言いもって御国さんの頭や、まだ制服についていた砂を花柄のハンカチではたいていく妹さん。
「せやけど優珠ちゃんのアレはいくらなんでも過剰防衛や」
 言い返しながらも嬉しそうに、でも倒された植物を元に戻すために移動しながら答える御国さん。
「そうゆっても佳奈も怖い思いしたんでしょ。あのゲスはわたしがあれだけやっても全くビビってもいなかったわよ」
 そして二人で手際よく植木鉢に植物を戻して、周りを整えて行く。

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