第96話 断ち切れない鎖 4 ~産声~ Aパート

文字数 6,733文字


 一時期私に対して殊勝な態度を見せていた慶は一体何だったのか。男子の反抗期ってそう言うものなのか、慶が不安定すぎる。
 私は慶に振り回されるのはごめんとばかりに、慶の事は同じ男同士、お父さんに任せる事にして、私は今日休んだ咲夜さんに電話する。
『咲夜さん?』
『……』
 電話には出てくれるけれどやっぱり元気が無い。
『咲夜さん。今日はどうしたの? 昨日の電話だと今日学校で顔、見られると思ってたのに』
 でもその事、理由には私からは触れない。もう一歩のところまで来ているのだからやっぱり自分の言葉で、自分の気持ちで言わないと、言葉にしないと駄目だと思う。
 あれほど気の弱かった蒼ちゃんが、私の前ですら自分の気持ちを、自分の意見を言えなかった、私のために担任の先生の盾となったり、私が断れないでいた倉本君からの誘いや、物を断ってくれたりと他人(ひと)に自分の意見を言えるようになっている。
 そう言う〈成功体験〉を経験していると、やっぱり自分の意見を人に言えるようになる、たった一人でも自分の気持ちを口に出来る人がそばにいてくれると言うのも、力強いのだと言う事が分かる。
 だから夜の帳の降りた小さな公園で、苦しくても、辛くても、しんどくても蒼ちゃんの言葉で、蒼ちゃんの口から言ってもらったし、咲夜さんにも同じ事を求めている。  (24話)

 そしてもっと言うなら、雪野さんが同じ状況に陥らないようにするために、雪野さんの心が潰れてしまわない様に今度は先手を打って優希君にお願いをしている。
 その上、今電話口で元気を無くしている咲夜さんの事も優希君にお願いしようとしている。優希君に甘えすぎ、負担をかけ過ぎかなとも思うけれど、優希君なら笑って許してくれそうな気がするし、私もどんどんそれに甘えてしまいそうな気がする。
 ……そう思ったら、ちゅ……キ……く、口づけくらいは良いのかもしれない。
 優希君だって男の人なんだから、そう言うのに興味が無い訳じゃ無いと思う。
 と言うか、私に向けてくれる視線を思い出せば、そんなの考えるまでも無い事のような気もする。
『……今日ね。月曜日に私の足を蹴った例の女子グループの一人が、私の友達にも暴力を継続的に振るっていた事が分かったんだけれど、色々あって先生にまでバレたよ』
 ただ今は元気の無い咲夜さんとの電話中。優希君との事はいったん置いておくとして、今日あった事、咲夜さんが早く自分の気持ちに気付けるようにと学校であった事を口にする。
『……友達って実祝さん? 蒼依さん?』
 そして咲夜さんの口から真っ先に出て来る二人の名前に、私の気持ちが嬉しくなる。願わくばこの会話を蒼ちゃんにも聞いて欲しい。
『違うよ。私を慕ってくれる可愛い後輩』
『後輩って、あの時々愛美さんを訪ねてくる子?』
 その変わった声のトーンで、誰の事を言って、どういう感情を抱いているのかが垣間見えてしまう。
 でも、今話をしている後輩はどちらでもない。
『咲夜さん。あの可愛い後輩は私の友達でもあるんだから、そう言うのは駄目だよ。それにその子じゃないよ』
『ごめん愛美さん。前も愛美さんからそう言われてた』
 まあ、それだけ実祝さんの事を想ってくれていると言う裏返しにも取れなくは無いから、これ以上は辞めておく。
『だから明日は学校来てよ。少しずつだけれど変わって来るとも思うし、それに……担任の先生も味方だから』
 その代わり少し迷いはしたけれど、巻本先生の事を伝えておく。
『先生も味方って……あの先生信じて良いの? あたしが言うのもなんだけど、愛美さんに向ける視線。普通じゃなかったよ?』
 昨日を含めて、今までの事は言わされただけなんだと丸分かりだった。
『大丈夫。あの先生は不器用だけれど良い先生だよ。明日からは咲夜さんと実祝さんの力になってくれる』
 だから私も安心して、三人を三人とも任せておけるのだ。
『愛美さんがそう思えた理由。聞いても良いの?』
 恋バナ好きの咲夜さんが食いついて来る。でもこれは私と先生だけの話だ。先生から私に向けられた純粋な気持ち。
 ましてや先生の方もハッキリ言葉にしたわけじゃない。だから私は憶測で言うべきじゃない。
『聞いても良いけれど。咲夜さんが皆の前で自分の気持ちを言えるようになったらね』
 でも優しい嘘。それ自体はありだと思う。もし恋バナが大好きな普通の女の子が、冷やかしながらも応援してくれる。そんな優しい咲夜さんの何かのきっかけに、原動力になると言うのなら、私は喜んで悪者になろうと思う。
『分かった。あたしを信じてくれた愛美さんが言うんだったら、あたしも先生のこと信じてみる』
『ありがとう咲夜さん。それと今日実祝さん、とても心配そうだったから明日ちゃんと声かけてあげてね』
『ありがとう愛美さん。明日は頑張って登校するから』
 頑張って……か。私は電話を終えたあと少しだけ耽る。
 本当。何からこんな事になってしまったんだろう。自分の友達を追い込んでそんなに楽しいもんなんだろうか。
 人の笑顔が大好きな私としては、どうしてもわからない考え方なのだ。
 テストが終わってからバタついていて、あまり机に向かえていなかったという事もあって、少しでも机に向かおうとしたところで、
『もしもし朱先輩? どうしたんですか?』
 本当に珍しく、何の前触れもなく――
『愛さんに彼氏さんが出来てから、わたしに対して冷たすぎるんだよ』
『朱先輩?! ごめんなさいって言うか、私が朱先輩に対して冷たくするわけないじゃないですか』
 ――でもないのか、朱先輩が悲しそうに鼻をすする。
『いくら待っても、愛さんから言ってくれた電話が来ないんだよ』
 大急ぎで朱先輩に約束していたらしい電話の内容を思い出そうと――ああっ。思い出したって言うか、本当に忘れていた。
 そう言えば朱先輩と話した次の日、優希君とのデートの時に男性慣れの話をして、自分から連絡するって確かに言った。
『あのぅ、朱先輩?』
 しかもあの時は日曜日に聞いて連絡するとだけ言って、今日は水曜日。言い訳をするにはかなりしんどい。
『わたしは怒ってはいないんだよ。ただとっても悲しいんだよ。さっきまで愛さんが忘れていた事はもう分ってるんだよ』
 そしていつも通り、気が付けば何もかも看破されていた。
 だから決して朱先輩をないがしろにしたわけではないという事を分かって貰うために、今週頭から色々な事があり過ぎて抜けてしまった色々の部分

①私が親友の蒼ちゃんと初めて喧嘩をした事
②私を慕ってくれる可愛い後輩と、優希君の妹さんが私のクラスメイトを含む同学年女子からか
 なり長期間にわたって暴力を含む嫌がらせを受けていた事
③そのクラスメイトから私自身も軽暴力を受けた事

 などを包み隠さず伝える。
 ただ、クラス内の同調圧力やメガネ男子から受けたセクハラまがいな事、担任の先生とのアレコレを打ち明けるのはまだ止めておく。
『分かったんだよ。それだけの色々な事があったなら仕方ないし、全部気になって仕方ないんだけど、まずは空木くんがなんて言ったかだけはわたしもちゃんと知りたいんだよ』
 だけれど朱先輩としては、何よりも私の男性慣れの件が一番みたいだ。
『日曜日のデートの最後に思い切って優希君に相談したら、倉本君の

に男慣れするのは辞めてって言われて、私の心が納得したんです。そして優希君が他の女の人、特に雪野さんで女性慣れしたら私がどういう気持ちになるのかを私の心に教えてくれたんです』
 あの時口にされただけで、ものすごく嫌な気持ちが瞬く間に体中を駆け巡った。
 同時に優希君も同じように想ってくれている事が伝わって来た。
『空木君が愛さんの事をちゃんと見てくれてる、分かってくれてる証拠なんだよ』
『そう、ですね。優希君がどうしても男慣れするなら、優希君自身で慣れて欲しいって、優希君以外の男の人に慣れる必要ないって、そう言う不器用なところも含めて私らしさだって言ってくれました』
 あの大学生っぽい男の人も、女の人と遊び慣れているというのか、私に対する、女の人に対する扱いにすごく慣れている気がして、私は良い気がしなかった……まあ優希君以外は誰であっても同じような感想にはなりそうだけれど。
『空木君は愛さんの事が大好きなんだよ』
 私の話を聞いて喜んでくれている朱先輩。
『はい。私にもそれは伝わります。私だってありのままの私、男の人に不慣れな私、面倒くさい私でも良いって言ってくれた優希君。私の笑顔が可愛いと言ってくれた優希君の事、好きになって本当に良かったって思ってるんですから』
 だけれど本心だったとしても優希君相手に、そのままを伝えるにはまだまだ恥ずかしいから、でも私の心からの気持ちをどうしても口にしたくて、朱先輩に打ち明ける。
『愛さんの幸せな話を聞けてわたしは、とっても嬉しいんだよ。そうしたら男性慣れは?』
『もう言いませんし、する気も無いです』
 他の誰でもない、優希君がそう言ってくれたのだから、それ以上の何かは必要無いと思う。
『良かったんだよ。本当に良かったんだよ。だったら愛さんと空木君を応援する意味でもあの男の人は愛さんに絶対近づかせないんだよ』
 そして電話口からでも伝わって来る、入れ直したらしい朱先輩の気合いを感じながら
『じゃあ今日はもう遅いからお休みなんだけど、さっきの話もじっくり聞きたいから今度は他の人……特にあのおばさまに浮気しないでちゃんと聞かせて欲しいんだよ』
 いや浮気って……
『分かりました。ちゃんと土曜日話しますから』
 それだけを言って通話を終える。最後まで電話口で“絶対なんだよ”という朱先輩の言葉を耳に。
 そして、今日改めて、私に対する優希君の気持ちを再確認できたところで、幸せな気持ちのまま布団に入る。


 翌朝、昨晩朱先輩と優希君の話をしていたからか、何となく良い夢を見ていた気がするのだけれど、目が覚めた時には、その残り香と言うのか残滓と言うのかをわずかに感じられるほどの感覚しかなかった。
 結局昨晩は全く机に向かう事は無かったけれど、昨日の放課後の件で今日は念のため早い目の登校を言われていたからと気持ちを切り替えて急ぎ身支度を整える。
 そして一応慶の分も合わせた朝ごはんと、自分の分のお弁当を作り終えたところでメッセージ受信の知らせが届いている事に気付く。

題名:早く寄こしなさいよ
本文:ホントアンタってわたしを逆撫でするのが好きなのね。本当に不本意だけど佳奈が昨日の
   お礼にってアンタを家に招待したいんだって。用事があるならわたしから断ってあげるけ
   ど、どうするのよ。メッセージも返せないくらい忙しいならわたしから断っておくわよ。

題名:昨日はありがとう
本文:優珠と佳奈さんを助けてくれたって優珠から聞いた。優珠も喜んでたから、改めて僕から
   もありがとう。それと倉本からデートに誘われた? 愛美さんを疑ってる訳じゃ無いけど
   愛美さんと話したい。それと友達の話って言うのも聞きたい。

 兄妹揃っての私宛てのメールにびっくりする。
 でも、妹さんのメッセージの後に優希君のメッセージを読むと、なんて言うかすごく微笑ましい気持ちになる。
 妹さんも私みたいにもっと“素直”になれば良いのになって思う。

題名:お誘いありがとう
本文:せっかくの妹さんと御国さんからの感謝のお誘い、喜んで受けさせてもらうね。
追伸:優希君からも優珠希ちゃんが感謝していた、喜んでくれていたってメッセージ送ってくれ
   ていたよ。私からもありがとう。じゃあ私も準備するね。

 だから少しだけ皮肉を込めて返信させてもらう。
「……」
 ただ優希君の方が問題だったりする。
 咲夜さんの事もお願いしたいのに、よりにもよって倉本君。デートの話を優希君にしたのか。どうして倉本君自身の本気の気持ちを私自身じゃなくて優希君に言ってしまうのか。私としては困る以外の感想が出て来ないのだけれど、その気持ち自体は私本人にぶつけるものじゃないのか。それとも男の人はその辺りの考え方も違うのか。

題名:昨日三人でお昼した
本文:初めは言い回しがよく分からなくて気付かなかったけれど、私の親友の蒼ちゃんも一緒に
   断ってくれた。その時に一緒に物も渡してくれようとしたけれど、一緒に断ってる。もち
   ろん今後も倉本君と一緒に出掛ける事なんて考えてないから信じて欲しい。そこは蒼ちゃ
   んにも注意された。それと蒼ちゃんが一回優希君と喋りたいって言ってくれているから一
   度会って欲しいのと、この前の友達の話もちゃんとしたいから、私も一回優希君とゆっく
   り話したい。

 変に隠すくらいならお互いちゃんと話をしようって言っていたのを思い出して、出来るだけありのままをメッセージに乗せて優希君に伝える。
 気が付けばそろそろ出かけた方が良い時間になっていたから、昨日も起きていると言って出て来なかった慶を放っていつもより早い目に学校へ向かう。


 教室に着いた時、咲夜さんの姿を見て今日は出席している事に安心して席に着いたところで
「おい岡本。昨日はよくもカマしてくれたな」
 先生からの呼び出しとは言え、せっかく朝の早い時間に気持ち良く登校したのに私の机をあいさつ代わりに蹴って来る昨日の女子生徒。
 私もあんまり人の事は言えないけれど、私の足を蹴ったり、今も私の机を蹴ったりと、中々に足癖が悪いんじゃないだろうか。
「昨日って何の事よ」
 せっかく登校して来てくれた咲夜さんと、実祝さんの表情が不安げな物へと変わってしまう。
「この件。統括会は嚙まないんじゃなかったのか? 学校の犬」
 私の机を蹴った後、私の肩と言うか、首に手を回して来て威嚇みたいな事をしてくる昨日の女子生徒。二人の事は秘密にして欲しいと言っていたから口にするか迷っただけなのに、それをどう勘違いしたのか、
「学校側で対処するって、岡本の愛しの担任が言ってたのにあの場にしゃしゃり出て来た岡本の立場はどうなるんだろうな」
 私を強請(ゆすり)にかかっているつもりなんだろうけれど、自分で色々な事を暴露している事に気付いていなんだろうか。
 まあこれでこっちのカードを切らずに済むようになったのだから、私としてはそれに便乗させてもらうだけだ。
「昨日の件と巻本先生を結び付けるって事は、あんたらの事、私が先生に言えば停学になるって事で良いの?」
 噂だけだったら停学までだっけ。だとしたら停学にならない場合もあるのか。
 いやでも昨日みたいな暴力も絡んでるのなら、停学以上もあり得るのか。
「ああ。でも蒼依にしている事がバレたらいじめ防止法かなんかで前科が付くんだっけ」
 だから私は余裕を持って女子生徒に返す。
 一方私を強請(ゆす)って本来なら余裕のはずの女子生徒の方が、教室の中にもかかわらず私に敵意をむき出しにしてくる。
「岡本! この貸しは高くつくぜ。絶対潰してやるからな――おい咲夜。こっち来い」
 ただ私の気遣いと言うか、忠告に対して気付くはずのなかった足癖の悪い女子生徒が、直接私に何かすると宣言した直後に咲夜さんを呼びつける。
 咲夜さんが前もって電話で何をするつもりなのかを教えてくれているから、何をどうするつもりなのかが丸分かりになってしまう。
 だから私は私で優希君に少しでも早く咲夜さんの事をお願いしないといけないと考えていたのだけれど、
「何してんだよ咲夜。早くこっちに来いよ。昨日休んでたから心配してたんだぞ」
 見え透いた咲夜さんグループの嘘の言葉を耳にしても動かない咲夜さんに、私だけじゃなくて実祝さんも驚いている。
「……別にあたしがどこで誰と喋ろうが、勝手じゃん」
 そう言って実祝さんの方へ足を向けかけた時、例の女子グループの一人が咲夜さんの側まで行って、
「――た――本に――言ぅぞ。――更――なぃ――」
 時折こっちを見ながら何かを耳打ちする。
 また私に関する事でロクでも無い事を言っていると当たりを付けた私は、
「そんなコソコソしていないでハッキリ言えば?」
 咲夜さんと女生徒に向かって言葉を投げる。
「今みたいにして無理やり岡本に何かを言わされたりしてるのか?」
 すると今度は打って変わって普通の声量で咲夜さんの味方のフリをする。
「……」
「分かった。岡本が怖いんならこっちで何とかしてやる」
 そして何も言わない咲夜さんの言葉をまた勝手に作り上げて、自分のグループに引きずり込んで行くのを
「……」
 実祝さんは瞳を揺らして、いつの間にか来ていた蒼ちゃんは無表情で見ていた。

―――――――――――――――――――Bパートへ―――――――――――――――――――

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み