第97話 善意の第三者 4 ~ 怒りの矛先 ~ Bパート

文字数 5,744文字

 実祝さんの方も呼び出されていた咲夜さんを待っていたのか、教室に戻ったタイミングは計らずとも四人共ほぼ同時だった。
 その様子を例の2グループが警戒心をあらわにこっちを見ていたけれど、そのまま午後の授業が始まる。

 そして午後の授業が終わって、終礼までの短い時間。咲夜さんに先生と話が出来たかどうか聞こうとしたのだけれど、一足早く咲夜さんを咲夜さんグループが取り込んでしまう。
 最近はもう私のお願いと言うより自発的にも見えるけれど、私がお願いした通り、咲夜さんに対しては実祝さんも出来る範囲で寄り添ってくれたり話したりもしてくれているけれど、私同様実祝さんも強い“鎖”の前に、中々次の一手が取れない。
「……」
 それでも蒼ちゃんは咲夜さんの事を厳しい表情で見ている。
「蒼ちゃん。咲夜さんが少しずつ変わろうとしている事は分かってくれるよね」
 咲夜さんの気持ちを聞き知っているだけに、私にはそれが悲しくて辛い。
「じゃあ夕摘さんも同じ気持ちだって、愛ちゃんならとっくに気付いてるよね」
 そしてそのまま言い返されても、実祝さんの表情を見ていると私は言い返すことが出来ない。
 ただ幸い……とは間違っても言えないけれど、咲夜さんを使って私と優希君を潰そうと画策しているからか、最近は実祝さんが何かを言われたりとか、されたりしている姿は見ない。
 本当はお昼の事も、もう少し蒼ちゃんには話しておきたかったのだけれど、さすがにこの時間では短すぎるからと諦めて
「また時間のある時にお昼の事話すから、その時に優希君との事も決めておくね」
「分かったよ……」
 私が一声かけてから、蒼ちゃんのまだ何かを言いたそうな表情に少しの罪悪を感じながら、自分の席へ戻る。
 そして先生が来るまでの間に昼休みの2年の事を、反省も兼ねて思い返そうとして――そう言えばと携帯を手に取ってみると、

題名:喧嘩なら買う
本文:アンタ。メッセージにまでお兄ちゃんを出して来て、そこまでしてわたしに喧嘩を売りた
   いのね。とにかくアンタには返してもらわないといけない貸しがたくさんあるんだから、
   まとめてその喧嘩買うわよ。だから今日、放課後になってから30分後にいつもの公園で待
   ってるから。遅刻しないでちゃんと来なさいよ。あんたがいつもお兄ちゃんを待たせてる
   事は知ってるんだから。

 妹さんからのご機嫌斜めのメッセージを読み終えたところで短い終礼までの時間。咲夜さんグループも咲夜さんを解放したところで、先生は教室に入ってきてしまったから、結局咲夜さんからは何の話も聞けなかった上に、妹さんへの返信も出来ないまま終礼が始まる。


 ただその先生も朝の事があるからか、やっぱり元気が無い。私が朝に引き続いて何とか先生にも元気になってもらおうと、笑顔を作ったところで、
「やっぱり先生って岡本さんを見てる時が一番元気そうですよね」
 また私と先生の間に茶々を入れて来る。
「お前な。先生は大人だから別に良いけど、言われた岡本の事も少しは考えろよ。同じクラスの仲間だろ」
 それに対して今まで冗談として返していた先生が、この終礼では窘めている。
 その先生の対応で女子グループ2つの反応が変わる。と同時に何かを感じ取ったのか、何人かが咲夜さんの方を見やる。
「それと朝の件だけど、朝言った通り名前は言わんが逃げようとは思わないでくれよ。今回関与している

4

も全員分かってるからな。もし今日の放課後に来なかったら、明日朝礼で名前を言わないといけなくなるのと

なるからな。それじゃあ解散!」
 先生が元気なくそのまま放課後を宣言する。
 先生の今までの対応と全く違う事にも驚いたけれど、とにかく先生の元気が無い事が気になった私は、約束までの30分。少しだけでもと考えて先生の元へ向かう。
「先生、大丈夫ですか?」
 それに先生の笑顔が陰っている事が気になる。
「ああ。大丈夫は大丈夫って言うか、あいつがちゃんと職員室に来てくれるかどうかが心配でな」
 生徒に寄り添いたいと言ってくれている先生らしい不安だった。だから私は朝言った通り、先生ではなくてこれ以上は生徒の責任だと、先生だけが背負う事は無いと言おうとしたら、
「この問題。岡本は明日の統括会で耳にするとは思うが、かなり重い処分も出そうだ。岡本に聞きたいんだが、後輩二人を守った時、相手は何人いたんだ?」
「4人です。多分ですが全員3年だと思います」
 あの日は4人だったけれど、その4人の行動の理由となった男子生徒も……あれ。
「やっぱり岡本ならこれだけで気づくのか、気づけるのか。そう全部で5人だ。そのうちの一人が岡本からしたら後輩の2年だ」
 私は先生の顔を見て悟る。ひょっとしなくても学校側は何人か該当者から話を聞いて、そのほとんどを把握しているのかもしれない。
「俺らは岡本らを、特にこの学校の生徒を“ゆとり”と言うつもりはないけど、そこまで受験って大変か? 予備校で一人で孤独に勉強するって言うなら大変だろうけど、学校にはたくさんの仲間がいて、共に同じしんどさを共有出来るんだぞ?」
「……」
 私には答えられない。確かに大変な事も、そう思う事もあるけれどテストで結果が出ればそこで一つ達成感は得られるのだから。
「スマン。岡本に聞く事じゃ無かったな。じゃあ俺はあの生徒を職員室で待つから、岡本も気を付けて帰れよ」
 先生が職員室に戻るのを見送り終えるまで、私は何一つ返事が出来なかった。
 それにしても2年……か。あの火曜日の事を思う。ひょっとしたら学校側は雪野さんにまでたどり着いているのかもしれない。
 教室の中から私と先生が話し込んでいるのを2つのグループが見ていた事を一目確認してから、私は雪野さんの事を念頭に置いたまま優珠希ちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。


 先生と少し喋っていたから時間を食いはしたけれど、その時間までにはまだもう少しあったはずなのに、
「やっと来たわね。ハレンチ女」
 公園の入り口に設置してあるピコリーノに、御国さんはまだなのか腰掛けていた妹さんだけが、私を見るやこっちに歩み寄って来る。
「そのハレンチって言うの、やめて欲しいんだけれど。一応今日は御国さんからの感謝の招待って事で良いんだよね」
 何も知らなかった頃ならいざ知らず、妹さんの性格も口調もある程度分かって来ている上に、今朝の優希君からのメッセージで、妹さんの照れ隠しだって分かっているから、もう微笑ましくて仕方がない。
「アンタみたいなオンナなんてハレンチ女で十分よ。大体わたしのお兄ちゃんに所かまわず好き好き言わせるなんてどうゆうつもりなのよ」
 どう言うつもりも何も私が言わせているわけじゃない。優希君に

私への気持ちの言葉に意味なんて無いし、そう言うのは優希君の口からは聞きたくない。ただ、優希君が私に対して純粋に心から想ってくれている、私に対して溢れた想いを言葉にしてくれていると分かるから、私は嬉しくて幸せな気持ちに浸れるのだ。
「私は言わせていないよ。それどころか私をごまかす時にいつも私への気持ちを口にしてくれるから、私の方こそいつも悔しい思いをしているんだけれどな」
 でもそんな事は優珠希ちゃんには教えてあげない。これはあくまで私と優希君だけの話なのだから。
 だから私は少しの“ヤキモチ”といつも優希君にごまかされているからと、優希君がいつもその言葉で私をごまかそうとしている事には、気付いた上でごまかされているんだと、その分の仕返しも少しだけ込めさせてもらう。
 さすがに私の気持ちがこもっている事にまで気付かなかった妹さんが、
「アンタお兄ちゃんのせいにするのね。じゃあ今の話お兄ちゃんにゆっといてあげるけど良いわよね」
 私の方を嬉しそうに見て来る。
「もちろん良いよ。優希君がそれで私をごまかせていると思っているんだったら大間違いなんだから」
 分かってはいても好きな人から言ってもらえる “好き” と言う言葉。目の前で言われたらやっぱりごまかされるに決まっている。
「――! アンタまさか初めからそのつもりで?」
 だったら私たちの関係を知っている数少ない妹さんから言ってもらうのが一番だと思っての私のその一言で、意図に気付いたのか、一瞬私に驚きの表情を見せたかと思ったら、私の意図にすぐに気付けなかった事が悔しかったのか、表情が変わる。
「どうかな? 私はそんなつもりは無かったんだけれどな」
 でも、いくら頭が良くても私より年下で私の大好きな人の妹さん。仲良くしたいから匂わすだけにしてハッキリと言うのは避ける。
「アンタのそうゆうところ。ほんっと大っ嫌い。何でお兄ちゃんもこんなハレンチなだけじゃなくて、腹黒オンナが良いのよ」
 それでも頭の回転の速い妹さんには分かってしまったのだろうけれど、
「ちょっと待って。腹黒ってどういう事? それって私の事を言ってるんだよね?」
 まさかの一言が優珠希ちゃんの口から出て来る。腹黒って言うのはあの穂高先生みたいな人間の事を言うんじゃないのか。間違ってもあんな先生と一緒にしないで欲しい。
「アンタ。それ本気でゆってるの?」
 いや、何で妹さんにそこまで驚かれないといけないのか。むしろ私の方が驚きたい。
「アンタ。わたしがどれだけアンタの言葉を額面通りに受け取って、酷い目に遭わされたと思ってるのよ」
「酷い目って何よ。私、優珠希ちゃんに何かした?」
 大体妹さんをそんな目に合わせたら、そのまま黙って無き寝入るような子じゃないと思うんだけれど。
「まず、わたしのお兄ちゃんがアンタと付き合いだしてから顔がだらしなくなった。アンタが所かまわずわたしのお兄ちゃんに、あの手この手で恥ずかしい事を口にさせようとする。そして極めつけは……お兄ちゃんの名前を出せば、わたしが何でも言う事を聞くと思ってる……最後に……お兄ちゃんが最近唇、くちびるって、毎回、ほぼ毎日近くで聞かされるわたしの身にもなってみたら分かるんじゃない?」
 言いながら妹さんの顔がいつもよりほんの少しだけ朱に染まる。のがとても上品でかわいい。
 そう言う上品な姿を見る度に、上品な所作を見る度に、妹さんの普段と言うか、その制服の着崩し方との乖離が際立つ。
 そう言えば優希君も、家での優珠希ちゃんの服装は全然違うって言ってたっけ。私がびっくりするような格好だって言ってたっけ。どうビックリするのか知りたくもあるけれど、今はこれ以上は突っつくの辞めておくって言うか、私が腹黒だって言う事の訂正の方が急務だったりする。
 万一これが優希君の耳に入るのだけは避けたい。
 まあ私は違うのだから当たり前ではあるのだけれど、妹さんのそれは幸いないな事に腹黒と言う範疇じゃない。
 ただ私と優希君の間でいつもしている“好き”のやり取りだ。ただそれを他人の人から言われると恥ずかしいし、私から他人に言うのはもっと恥ずかしい。
 特にく……口づけなんて私もまだした事が無いのだから、恥ずかしいに決まっている。いや、何回しても恥ずかしいかもしれないけれど。
 なのに優希君は妹さんに言ったのか。興味があるのは私への視線で分かるけれど、それを妹さんに言うのはちょっと頂けない。私の彼氏なのだから私だけにその気持ち
はぶつけて欲しい。
 だからちょっとだけ優希君にいたずらをしようかな。なんて考える。
「それって腹黒いんじゃなくて、ただ私に対して“好き”を表現してくれているだけだよね」
「じゃあアンタはさっきわたしを通して、お兄ちゃんに何をゆおうとしてたのよ」
 あの優希君から直接好きって言われてしまうと、何でも良くなってしまうからって思った時の言葉の事なのかな。
 あれを腹黒と言うのもなんか納得が行かない。
「あれは私からの恥じらいだって……」
 自分で言ってて恥ずかしくなる。
「あ、アンタ……そう言えば天然だったわね」
 妹さんの言葉に更に反論したかったのだけれど、自分がさっき口にした言葉が恥ずかしすぎて
「そう言えば御国さん遅いね」
 話題を変えてしまう。
「……アンタ一度ならず二度までもわたしからのメールを読んでないの? 佳奈はわたしたちをお客さんとして迎える為に、先に帰って準備してるわよ」
「……」
 じゃあ今までの会話は一体何だったのか。
「この前わたしを待ちぼうけさせた時と言い、お兄ちゃんの言う通り本当に時々天然が入るのね」
 そう言って今更私が私服で学校まで行ってしまった事を持ち出す優珠希ちゃん。そして一番に最後に話をひっくり返してしまう同じく優珠希ちゃん。こう言うところは兄妹揃って似なくても良いと思うんだけれど。
「まあ、アンタがお兄ちゃんの名前を出して、わたしを手玉に取ろうだなんてまだまだ早いわよ」
 余程事あるごとに優希君の名前を出していた私に対して鬱憤が溜まっていたのか、優希君と同じように、いやそれ以上にスッキリした表情を浮かべる妹さん。
「それじゃあそろそろ行くわよ」
 私の不満そうと言うか、私の納得の行かない表情を見た優珠希ちゃんが更に機嫌良さそうに、なんと私の手を取って、御国さんの家へ案内してくれる。
「そうそう。これに懲りたらお兄ちゃんの名前を出すのは辞めた方が良いわよ。アンタ天然なんだから。それとこれで今までの借りはある程度返したから、アンタが優位とかそんな事も無いから勘違いはしない事ね」
 私は優希君だけじゃなくて、妹さんにもこの力関係だとどうにも良くないと言う思いを更に強くしながら、妹さんと手を繋いで案内してもらう。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
             「中に入れば分かるわよ」
            敢えて言葉を濁す優珠希ちゃん
           「アンタ。結構お子様な味覚なのね」
             同じく勝ち誇る優珠希ちゃん
        「どうしてあの店の中であの話を持ち出したのよ」
        かと思えば、少しの敵意を見せてくる優珠希ちゃん

           『あたし。もう疲れた……』

         98話 断ち切れない鎖 5 ~ 花会話 ~
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