第94話 繋がる点と点 ~届かない思い 3 ~ Aパート

文字数 6,063文字

 蒼ちゃんを追いかけるようにして教室に入った時、午後の授業が始まる前にもかかわらず教室内が雑然としていた。
ただ私の方も時間が無いからと、特に気にする事もなく自分の席へと着いたところへ
「岡本ん所の後輩、ちょっと口の利き方がなって無いんじゃないのか? 今回はこっちで教育してやったけど、後輩の教育くらいはちゃんとしとけよ“愛先輩”」
「ちょっと待ちなって」
 ――愛先輩。私の事をそう呼んで慕ってくれる後輩は二人いる。そのうちのどちらかが私の事を尋ねに来てくれたのか。
「私を慕ってくれる可愛い後輩に何、したの?」
 私の雰囲気が変わったのが遠目からでも分かったのか、蒼ちゃんと実祝さんがそれぞれ心配そうに、申し訳なさそうにこっちを窺っている。
「別に? 岡本がクラスの男や会長様と浮気中って教えてやったら、生意気言いやがったから、こっちでビビらせてやっただけだって」
 そう言ってメガネ男子の方に視線を送る咲夜さんグループの女子の一人。
 それに対して私が口を開きかけた時、担当教科の先生が入って来てちゃんと話をすることが出来ないまま午後の授業が始まってしまう。


 結局午後の授業に関しては、どっちの後輩なのかが判断しきれなくて集中することが出来なかった。
 本当にこのゴタゴタがテスト明けのタイミングで良かったと思う。もしこれが試験前だったならテスト結果も成績も散々だったかもしれない。
 そして終礼の際
「初学期が終わるまで後一週間程だから、あと少し気を抜くなよー。それと何度もは言わんが月曜に話した噂の事も忘れるなよー。万一お前らが見聞きしたらその場で注意して止めるくらいの気持ちでかからないと、今回は学校側も本気だからなー」
「先生ー。私たちで注意って、今回は統括会では動かないんですかー?」
 嬉しそうに女子グループの一人が質問する。
「ああ。今回は噂通りなら暴力沙汰で傷害罪にもなるから学校側と言うか、大人が対応する。それに、現時点でいじめ防止法もあるから、いくら学校内と言っても悪質な場合は刑事責任と前科が付くからなー。そう言う判断も含めて学校側で行うから、今回に限って統括会は無しだ」
「分かりました」
 聞き方によっては内々で片付けるために、大人である教師側で全てを対応するつもりなのか。
 逆に大きな話になると情報を掴んでいるから、本当に大人でないと処理できない所まで来ているのか、先生の話を聞く限りではどっちとも取れる。
 それに倉本君の方も、昼間話していた通り内心では雪野さんの方に力を入れると決めていたのかもしれない。
 そして事の大きさに気付いていないのか、何を思ってなのかは分からないけれど私を見てほくそ笑むさっきの女子グループの一人。
「それと今日も二者面談をするから忘れるなよー。それじゃ解散!」
 最後は先生が私の方を見ながらの解散宣言となる。
 その視線を蒼ちゃんは無表情で先生の方を、実祝さんは心配そうに、不安そうに私の方を見ていた。

 私がお昼の続きを聞こうと、咲夜さんグループを呼び止めようとするも、何か用事でもあるのかそれとも今日は咲夜さんがいないからなのか、そのまま教室から出て行ってしまう。
 蒼ちゃんの方も今日は戸塚君の所に行ってしまうのか、その後ろ姿しか見ることが出来なかった。
 だったらばと午後の授業からこっち、ずっと気になっていた後輩の様子を確認に行こうと、面談が始まる夕方までの時間を使って二年の教室の方へと足を向ける。

 私が二人の姿を探しながら二年の廊下を歩いていると、
「もうあーしには無理! 何で雪野にあそこまで言われないと駄目なんだって。もう愛先輩に言う」
「ちょっと愛先輩に言うって、その愛先輩に頼まれたからって中条さんが自分で言ってたじゃない」
 二人の言い争っているような声が聞こえる。
「愛先輩は良い人過ぎる。あーしがちゃんと本当の事を言って愛先輩の目を覚まさせる」
「良い人なのはアタシも分かってるけど、じゃあ冬ちゃんはどうするの?」
「良い人って……彩風は分かってない。今日愛先輩の教室に行ったんだけど酷かったんだって。愛先輩の気持ちも知らないで勝手な事ばっかり言いやがって」
 どうやら私のクラスに尋ねて来てくれたのは中条さんみたいだ。
 私はそこまで判断できたところで、開いていた教室のドアをノックして二人に私の存在を知らせる。
「声。廊下まで聞こえてるよ」
 教室の中にほとんどの生徒がいない事を確認して二人の方へ歩み寄る。
「あ。愛先輩!」
 そして私の姿を目に入れた中条さんが私の腕を取って彩風さんの元まで先導してくれる。
「彩風さんもお疲れ様」
「お疲れ様です――なんか愛先輩と中条さんって、仲良過ぎないですか?」
 彩風さんが不満そうに口を開くと、私が答えるよりも先に
「だってあーし。愛先輩とお昼してるもん」
 そう言った後、そうですよねって私に同意を求めて来る。
「今日のお昼も来てくれたんだってね。クラスの人から色々聞いて心配になって様子を見に来たんだけれど、大丈夫そう?」
「あーしは別に部活とかしてないんで何ともないんですが、何ですか? あのクラスの連中」
 そうやって聞かされたのが予想通りと言うのか、なんて言うのか、私が会長の倉本君と浮気してるとか、二年の女生徒の男に手を出している尻軽女だとか色々言われていたらしい。
「だいたい人の男に手を出してるのは雪野の方なのに、何で話がおかしくなってるんですか。今日だって平気で副会長の彼女面して昼一緒にしてるし。愛先輩はあんな雪野に腹立たないんですか?」
「愛先輩は副会長の事を信じてるんだから、そう言う余計な事は言わない方が良いって」
「それくらいの事はあーしだって分かってるんだって。あーしが聞きたいのはあれだけ好き勝手言ってる雪野に腹が立たないのかって話」
 そう言ってまた二人で言い争いを始めてしまう。
「思う事はたくさんあるけれど、雪野さんも私たちの大切なチームメンバーなんだから、あまり悪く言うのは中条さんもやめよう? でないと彩風さんがね」
 彩風さんがしんどいって言ってくれていた事を覚えているから、彩風さんの方に視線を送りながら一旦止めようと思ったのだけれど、
「愛先輩の気持ちも分からなくは無いですけれど、今朝いきなりあーしのクラスに来て“昨日の放課後にワタシの友達を怪我させたのは誰ですか”っていきなり喧嘩売って来たの、向こうですよ。何で雪野のフォローしてるあーしらが喧嘩売られないといけないんですか」
 中条さんの口から何の前触れもなく、聞き流せない言葉が出て来る。
「ちょっと待って。昨日の放課後、雪野さんの友達、怪我したの?」
 昨日の放課後と言えば、ちょうどこのくらいの時間の園芸部での事を思い出す。
 そして私の予想と言うか、仮説が正しい可能性が濃くなる。
「だからそう言う冬ちゃんの行動も含めてフォローするんでしょ」
 彩風さんは当初の私の目的をちゃんと理解した発言をしてくれているのだけれど、ちょっと待ったをかけさせてもらう。
「その雪野さんの友達ってどんな人? 男の人? 女の人? 何か部活の話とか聞いた?」
「いえ。そう言うのは何も。雪野がいきなり喧嘩を吹っかけて来たんで、そう言うのは何も聞いては無いんですが、何かあったんですか?」
「ちょっと今週頭から流れている噂の事でね」
 妹さんと御国さんの事があるから、その内容については一切口には出来ないからと、三年で当初流れていた噂の事と彩風さんから聞いた二つの噂の事を二人に説明しておく。
 当然二人は雪野さんが暴力を振るうタイプではないと分かっているからか、前回と同じ結論、その噂自体がデタラメと言う結論に落ち着くけれど昨日の現場を見ていた私は、このカラクリに気付いたかもしれない。
 最後に一つ雪野さんに確認をしないといけないけれど、そこが成立すると言う過程で仮説を立てる。
 まず金曜日。これに関しては昨日妹さんと御国さんに聞いた話だから間違いない。

●部活解禁の金曜日の日に、三年の例の女子グループの友達である普段はめったに来ない園芸部
 員が来て、部活禁止期間と分かっていたにもかかわらず、妹さんと御国さんに難癖をつけた
 上、二人に向かって雑草と“石”を投げた。そしてその石が御国さんの頬に当たり、妹さんがキ
 レた。

 これが月曜の朝、例の女子グループから聞いた事の真相で、本当に病院送りになったかどうかは知らないけれど、これが一連の流れで間違いないと思う。
 そして二つ目が昨日の火曜日から今日15日、水曜日の話だ。これも私が昨日その場に居合わせた事だから、間違いない。

●御国さんがバイトしていると思った。いやこれも何かの難癖かも知れないけれど、何を持って
 かも分からないけれど、バイトをしている事を突き止めた。そして雪野さんの友達であるサッ
 カー部の男子が、わざわざ誰もいないであろう時間と言うか、合間を縫って御国さんに自白を
 強要させようとした時に、私が来て言い合いになる。そこに妹さんが乱入って言ったら怒られ
 そうだけれど、サッカー部の男子に蹴りをかました。

 当然雪野さんの友達だったらその日のうちに耳に入ってもおかしくはない。
 だとすると今朝、中条さんの所に喧嘩を吹っかけに行ったのにも頷ける。
「あの。愛先輩どうしました?」
 気が付けば二人ともが私の方を不思議そうに見ている。
「中条さん。一つだけ確認なんだけれど、このクラスにバイトしている人はいないんだよね」
 本当はこのクラス御国さんがいるのかどうかを聞きたかったのだけれど、昨日の放課後に繋がりそうな話は迂闊には出来ないからと質問を変えてしまう。
「はい。いませんけどそれがどうかしました?」
「今、愛先輩が集中してるからちょっと待って」

 つまり雪野さんは、いや、雪野さんとサッカー部の男子生徒

は、このクラスの生徒の誰かがバイトをしていると思っている。
「次に彩風さんに聞きたいんだけれど、このクラス以外で他の生徒から、いや、他の生徒からじゃなくても良いけれど、そう言う話やトラブルはあった?」
「いえありませんね」
 つまり彩風さんとやり合った時も、あの雪野さんと友達なのが濃厚なサッカー部の男子だった。
「愛先輩すごい集中力」
「中条さんは知らないかも知れないけれど、統括会の愛先輩もすごいんだから」
 私は後輩二人に目をやる。
「……」
 私の事をまっすぐに見返してくれるこの可愛い後輩二人は、雪野さんの暴力は真っ先に否定してくれている。
 もちろん私たち統括会のメンバーはそれは無い、と即答できる。そして優希君からは
「“ワタシってそう言う目で見られてるんですね”」
 とショックを受けていたと聞いている。もちろんこれも優希君からの話なのだから疑う訳がない。
 それに前の服装チェックの時も、香水の件もそうだけれど、小さい違反者に対しても、見逃さなかったあの頭の固い雪野さんが暴力なんて大きなことを見逃すはずが無いと思うのだ。
 なのに今日も頭ごなしに喧嘩を売ったと言う雪野さん。その上で友達の言う事を信じると言い切った雪野さん。
 あの時も危ういと感じたけれど、これは本当に危ういんじゃないのか。この事、雪野さんの友達=サッカー部男子だと仮定すればだけれど、この話。全部繋がったら雪野さん本当に苦しくなるんじゃないのか。
 雪野さんの友達が、あの日の昼休みに彩風さんにした事から、昨日の園芸部での暴力、乱暴の事まで何も知らないんじゃないのか。
 その上、当事者なんだから今の二年で上がっている噂
「“雪野さんがバイトしている生徒に直接暴力を振るった”」
 も当然知っているはずなのに、
「二人ともに聞きたいんだけれど、二人が雪野さんのフォローに入ってくれている間に、この二年に広がっている噂の火消しをしている人、他にもいるの見たり聞いたりしたことは?」
「そんな物好きいないと思いますよ。雪野の事良く思ってない人の方が多いんですから」
「中条さんは言い過ぎですけど、アタシも聞いた事無いです」
 二人に聞く限り訂正もせずにほったらかしみたいだ。
 本当に周りの人たちの関係を目にするほど、耳にする程、友達って、親友って人の繋がりって何なのかなって分からなくなってしまう。
「雪野さんのフォローに入ってくれている二人に先に話しておくけれど、今回のバイトの件と言うか、暴力に関する一連の騒ぎに関しては雪野さんはほとんどの可能性で被害者、被害生徒だよ。だから中条さんの気持ちも分かるけれど、雪野さんの事、何とかお願いできないかな?」
 当然そうなると金曜日の騒動の事も“友達がケガをした”以外の事の成り行きは何も知らない。だから出回った話に関しても身に覚えが無いとなっているのだと思う。
「愛先輩の優しさは分かりますが、どうして雪野が被害者なのか、せめて理由を言って下さい。本当なら無実の事を吹聴されているあーしらの方が被害者のはずなのに」
 その上バイトの件で揉めたのが昨日、火曜日の放課後なのに、雪野さんとバイトを関連付ける噂は月曜日には出回っている事を考えると、ここにも誰かの悪意が介在しているのかもしれない。
「その説明も本当はしてあげたいんだけれど、もう一つ確認してからでないといけないから、今はごめんね。その代わりって言うか、金曜日の統括会の時には何らかの形で伝えられると思うから、少しの間我慢してもらえると嬉しいかな」
 それでも昨日の妹さんとの話があるから、どこまで話せるかは分からない。
「分かりました。愛先輩がそう言って下さるなら金曜日までは待ちます。でも副会長が雪野相手に浮気したら、あーしが副会長の顔の形が変わるまで殴るのは変わりありませんから」
「アタシはそこまではしませんが、副会長の彼女は冬ちゃんじゃなくて愛先輩だって周りに伝え続けます」
 形や言葉は違えど二人の優しさが見えて伝わるから、本当にこの二人の後輩は可愛くて仕方がない。
「ありがとう二人とも。雪野さんの事、これからもお願いねっ」
「――っ!」
 私が二人に対して嬉しさを隠さずにお礼とお願いをしたら、昨日の倉本君と同じような表情をする。
「二人ともどうしたの? 何か昨日の倉本君も同じような顔をしていたけれど」
 この話にあのグループも間接的だとしても絡んでいるのだから、蒼ちゃんや咲夜さんに繋がる何かが出て来る、シッポを掴めると思ったけれど、匂いがするだけで足がかりになりそうな、手掛かりは何もつかめてはいない。
 私は、一番の親友である蒼ちゃんの手掛かりが欲しくて、この一件にしても片が付いたらあのサッカー部の男子生徒を問い詰めようと考えていると、
「倉本君もって……ちょっと愛先輩! その笑顔はむやみに人に見せたらダメだってあーし、言いましたよ」
「……」
 猛然と私に注意してくる中条さんと何故か私に恨みがましい視線を向けてくる彩風さん。

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