第90話 手段と目的の入れ替わり ~見えない暴力~ Bパート

文字数 4,495文字


 私が優希君と仲良く歩いているのを見ていたのか、例の女子グループから
「後輩に男を盗られたからって、盗り返すとかマジひくわ」
 私に聞こえる声で挑発して来るけれど、今まで不安に思う事は確かにあったけれど、私は優希君の彼女で、優希君に私以外の彼女が出来た事はただの一度もない。
 だから私は、全く気にする事なく少しでも教室内の生徒が少ない間に、実祝さんとの約束を果たそうと、実祝さんの方へ足を向ける。
「……おはよう実祝さん」
「――っ?!」
 まぁ。私から喋りかけるとは思っていなかっただろうから、驚いたのだろうけれど、同じように教室内にも、私の行動に驚いている人がちらほらいる。
「……私は実祝さんとケンカしているだけで、友達を辞めるつもりは無いし、そんな事考えた事も無いよ。後、咲夜さんの事だけれど、正直不安に思う事もあるかもしれないけれど、咲夜さんの事は最後まで勇気を出して信じてみて欲しい」
「愛美――」
 本当は後半部分だけで良かったはずなんだけれど、実祝さんのあの深い悲しみをたたえた目を見てしまったら言わずにはいられなかった。
 それ以上(とど)まっていたら今までの分もまとめて喋ってしまいそうだからとその場を立ち去る。
“ありがとう”
小さく紡がれた感謝の言葉を背に。
 その直後に咲夜さんが登校して来て、実祝さんの姿を見にした咲夜さんの瞳が揺れる。その嬉しそうな咲夜さんの姿本来の咲夜さんだと思うのに、
「おい咲夜! 聞きたい事があるからこっちに来いって」
 友達だって言う咲夜さんグループは、どうして咲夜さんのあの表情をすぐに消してしまうのか。
 私は咲夜さんと、そのグループを注視しながら席について蒼ちゃんが来るのを待つ。
 こっちを見ながらヒソヒソ話をしている所を見ていると、私と優希君の話だとは思うけれど、咲夜さんが嫌そうな顔をしている所を見ていると、今度は何かを要求されているのかもしれない。
 その様子を時折私の方に“信じても大丈夫なのか”と言わんばかりの視線を向けながら、実祝さんが咲夜さんの方を強い眼差しで見ていた。


 結局今日も蒼ちゃんは欠席だった。
 その上もう日常の一部となりかけている女子グループからの雑言。人にはそれぞれ色んな付き合いがあるのだから、別の人とだって喋る事もあるはずなのに。
 咲夜さんグループによる咲夜さんの意思を完全に無視した囲い。
 こんな友達とも呼べない友達なら私はいらない。咲夜さんも、もう気付いているのかとても居心地が悪そうに見える。
 そんな教室内でお昼をしたくない気持ちと、何かあった瞬間に牽制してやろうかとここでお昼をしようか葛藤していたところに、
「岡本さん。お昼。一緒にお願い出来ないか?」
 昨日色々あったのに、その姿も話も見聞きしていなかった倉本君が何の前触れもなく私にお昼を誘いに来る。
「別に良いけれど何かあった? 何かとても疲れているように見えるけれど」
 別に倉本君に会いたかったわけでも話したかった訳でも無いけれど、なんだかとても疲れているように見える。
「ここじゃなんだから二人でも良いか?」
 いつもなら困って迷う所なんだけれど、どうにもそう言う雰囲気でもない。それに二年に二年の雪野さんを任せているのだから、こっちからは声を掛けない方が良い気がする。となると後は優希君なんだけれど、
「……分かった。じゃあ中庭の方へ行こう」
 倉本君と優希君を鉢合わせにすると、殺伐とした空気にしかならない気がする。
「ありがとう、岡本さん」
 そして“悪い笑顔”を浮かべた咲夜さんを筆頭に教室内からいくつかの視線を感じながら、二人で中庭の方に足を向ける。
「俺の誘いを受けてくれてありがとうな」
 疲れた表情はそのままに私の感謝を口にする倉本君。
「今日は本当に何か言いたい事があるんだよね」
「俺は管理者として色々考えてきたつもりだけど、向いてないのかもな」
 私は思ってもいなかった倉本君の弱音にびっくりする。
「突然どうしたの? 去年から会長職をやっていて全てを(こな)して来たじゃない。何かあったの?」
 倉本君とはそこまで良く喋る間柄じゃない……事も無いけれど、あくまで統括会メンバーとして喋りはするけれど倉本君の弱音を聞くのは初めてだ。
「俺は自分を含めてメンバー5人の事も理解できていなかったんだ。俺は自分が情けない」
 そう言って食べる手を止めて、顔をうつむけて頭を抱える倉本君。
 どうも私が口を挟むよりは、まずは倉本君の話を一通り聞いた方が良いのかもしれない。
「そんな事無いよ。雪野さんにしてもちゃんと分かるように、分かり易く言い聞かせようとしていたじゃない」
 普段は柔らかい雰囲気だし、私に対してはって言うのもあるけれど、倉本君の姿を見て優希君が私に対して“やきもち”を妬いてくれる程に倉本君の考え方がすごいなって思った事もあるのに。
「でも雪野は分かってくれたのか? 俺の言い方が悪かったから今、こんな事になってるんじゃないのか?」
 そう言って私の方を見た倉本君の目を見て何となく理解する。
「それを言うなら私だって、優希君だって、彩風さんだって、雪野さんに言っても全部が全部変わった訳じゃ無いんだから。それでも見えにくいけれど、少しずつ雪野さん自身も変わっては来てるよ」 
 倉本君は完全主義なんじゃなくて、責任感が強すぎるのかもしれない。
 ――俺が会長なんだから、俺が矢面に立つのは当たり前のことなんだ―― 
 そしていつかの言葉も思い出す。
「じゃあ俺は間違ってないのか?」
 倉本君が私を見続けるけれど、そもそも変な話なのだ。
「間違ってるも間違ってないも私たち5人で一つのチームだって倉本君が言ってたんだから、何の事にしても倉本君だけの責任になる事は無いよ」
 倉本君が雪野さんに説明する時に、誰か一人だけが悪い訳じゃ無いってちゃんと言ってくれていたのに、どうして自分の時にはそれが適用されないのか。
 やっぱり男の人って、一つの事に集中し過ぎると本当に周りが見えなくなるみたいだ。
「だとしたらあの教頭が言った事って言うか、教頭に言われた事は一体どういう事なんだ」
 そう言ってまた頭を抱え込んでしまう。
 だから倉本君のお弁当は昼休みが半分超えたとしてもほとんど減っていない。
 このまま聞き手に回っていると話は進まないどころか、倉本君がお昼を食べ損ねてしまいそうだから、私の方から話を切り出す事にする。
「教頭先生?」
 だから倉本君の口から出た言葉に聞き返すと、
「雪野議長一人も管理出来ていないのですから、こっち――今ある噂の方は学校側で対処します。それよりも今は7月22日の交渉に向けて今はもう一度足元をしっかりと見つめて下さい。だそうだ」
 色々とやり取りが行われていた事を知る。
 でも何となくではあるけれど、学校側は雪野さん続投の為の知恵を絞れと言っているような気がしなくもない。
「俺たちは出回っている噂の通り、雪野が手を出したなんて信じられませんって話をしたんだが、雪野の管理も出来ていないのに、どうしてそう言い切れるのかとも突っ込まれて、俺は切り返すことが出来なかった」
 ただ倉本君としては、雪野さんの事を信じて教頭先生と話をしたけれど、弾かれたみたいだ。
「ただ俺としては今まで通り、昨日から広がっている噂もどうにかしたかったけど、統括会のあるべき姿として雪野の事をまずはどうにかするように言われたんだ。噂をどうこうするにしても、まずはそれかららしい」
 でも倉本君は、今回の噂には口を出すな、手も出すなと言われたと取ったみたいだ。
 まあそう取れなくも無いけれど、
「そう言えば倉本君。雪野さんの件、どうやって交代阻止の話をするのか思いついた? って言うか考えまとまった?」
「いや正直昨日・今日とこの件で学校側と話をしていたから、正直考えられていない」
 そう言って三度項垂れる倉本君。やっぱり体全体を使って感情を表してくれる男の人は分かり易くて良いのかもしれない。
「じゃあ実際は倉本君が交渉するんだから、雪野さんの事に集中してよ。その代わり私たちは噂の方に集中するから」
「でもそれだと――」
 ――同じ仲間の、友達の悪い話を聞くのって、結構シンドイんですよ――
「大丈夫だって。金曜日の統括会の時にちゃんとこっちの進捗の話もするし、雪野さんと彩風さんは喧嘩してても名前で呼び合うくらいは“友達”なんだから、統括会なんて関係ないよ。友達が云われなき噂で困ってる。だから雪野さんの友達として雪野さんを助ける。それで良いと思わない?」
 だから二手に分かれるのは良手な気がする。
「じゃあまた岡本さんにお願いしても良いか? 今度は雪野の交渉の事で、今後は俺の力になって欲しい」
 私の説得と言うか、考え方に驚いたみたいで、頼もしそうな瞳を向けてくる倉本君。
 クラスの女子グループの事、今朝の妹さんの事、優希君の話もあるからとは思ったけれど、みんなで雪野さんにかかりきりになってしまうと、倉本君が独りになってしまう。
「……」
 倉本君と二人きりでの活動は良くないとは思うけれど、こういう弱い部分を見せられてしまうと独りにさせると言う事を私は、どうしても出来ない。
「分かった。教頭先生から言われているのなら、私は交渉の場には同席出来ないけれど、力くらいにはなるよ」
 だからチームの事を第一に考えると言う倉本君の力になる事にする。
「ありがとう岡本さん。岡本さんが俺の力になってくれるんなら、何とかなりそうな気がして来た。また改めて岡本さんには何かお礼をするから」
「い? 良いよ、良いよ。統括会のメンバーの為なんだからそう言うのは一切ナシで行こう。それよりももうすぐお昼終わるよ? 倉本君」
 そう言って無理やりお弁当の方へと話題を変えてしまう。
 統括会の為とは言え、倉本君と二人で雪野さんの交渉の話をすると言うのも、倉本君の私への気持ちを知っている優希君からしたら、面白くないって思ってもらえる事くらいはいくら恋愛初心者の私でも分かる。
 だからお礼までは前の手の平サイズの紙袋と一緒で、倉本君に変な期待を持たせる訳には行かないからこの一線だけは何があっても守らないといけない。
 だけれどそいう事に関しては分かり易い倉本君が目に見えて落ち込むから、
「その表情だと一緒に登校する彩風さんが心配するから、笑顔になろ?」
 私は倉本君にも笑って欲しくて、笑いかける。
「……」
 のを、驚いた表情で倉本君が私を見ていたのは不思議だった。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
        「……月森。後で少し、職員室に来てくれ」
              このまま崩れるのか
        「お前。女だからって調子乗ってんなよ」
               高圧的な言い方
              「ちょっと先輩!」
               目を剥く生徒

         「ほんまに優珠ちゃんは素直やないんやから」


       91話 善意の第三者 3 ~想いと想いのぶつけ合い~
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