第92話 親友との喧嘩 ~ たゆたう心 ~ Bパート

文字数 5,007文字


 そのまま家に帰ったところで、今日は外でご飯を食べてくるようにメッセージを送ったからか、帰って来るのが遅いみたいだからと優希君に電話をするために、先にシャワーを浴びてしまう。
 そして早速優希君に電話をするけれど
『もしもし……』
 やっぱり優希君の機嫌が良くない。まあハッキリ倉本君と二人だけって言うのはどんな理由があったとしても嫌だって先に教えてくれていたのだから、相談しないで決めてしまった分も合わせて当然と言えば当然なんだけれど。
『ごめん。先にちゃんと相談するべきだった。でも倉本君とは雪野さん交渉の話をするだけで、もちろんそれは学校内だけだし、倉本君から絶対何も受け取らないし、私から何も渡さない。もちろん倉本君に触れもしない。優希君が雪野さんと一緒にいるのと同じ条件だから』
 話している間に思い出した雪野さんに会う時のお願いをそのまま私に当てはめて伝える。
『僕は倉本と二人きりは辞めてって言ったのに。大体なんで愛美さん?』
『彩風さんにも優希君にも雪野さんの事をお願いして、倉本君が独りになってしまうって気づいてしまったから……』
 自分で言っててもこれはチグハグだなって思えて仕方がない。
『僕は愛美さんと同じ考え方だったから喜んで協力したけど、愛美さんが倉本と一緒にいるくらいなら、雪野さんの話を聞くの辞める』
 そう言ってもらえるのは飛び跳ねたいくらいには嬉しいけれど、それだと雪野さんの回りに、自分の気持ちを吐き出せる人がいなくなってしまう。
『僕は優珠とも仲良くしてくれる愛美さんを、他の男に譲るつもりは無いから』
 私に対して全く隠すことなく気持ちを伝えてくれるようになった優希君。
『私だって優希君以外の男の人なんて考えてないし、考えられないって』
 だからって言うのも変だけれど、私も優希君の気持ちに応えたいって返事をする。
『……ごめん。どう考えても無理。僕の束縛が不愉快なのは分かるけど、愛美さんの事が好きだって分かってる男と二人だけは絶対に納得出来ない』
 私なりに男の人の独占欲みたいなのを理解しようとするけれど、やっぱり男と女では違うのか、どうにも分からない。
 でも分かりはしないけれど、私の事を考えてくれているのも分かるし、私に対する気持ち自体は嬉しい。
『ごめん。だったらこの話、倉本君に断るって言うか、無かった事にしてもらうよ』
 朱先輩を始め、色んな人から優希君が不安に思う気持ち、ハラハラする気持ちが分かるって言われているんだから、やっぱり駄目な気がしなくもない。
『……三人。いや、やっぱ良い。この電話の事はやっぱ忘れて欲しい』
 だけれど何やら考えていたらしい優希君が、今までの話を全部無かった事にすると言いだす。
『何で? 私ちゃんと倉本君に断るよ?』
『愛美さんの優しさと言うか、思いやりを消したくないと言うか、愛美さんに心の狭い男だと思われたくない』
 私が考えていなかった事を言い出す優希君。
『私そんなこと考えてないよ?』
 実際に優希君がハラハラする事、しているであろう事も、私は自由にさせてもらってるし、何より親友の事を第一にさせてもらってるんだから。これくらいの事で優希君に対する好きは変わらない。
『いや、そうじゃないんだ。愛美さんに僕が一番カッコ良いって思って欲しいんだ』
 なのにまだ言葉を重ねて来る優希君。いやもちろん嬉しいんだけれど。
『私、優希君が一番好きだし、カッコ良いって思ってるよ。それにそんな簡単に私、人を好きになったり嫌いになったりしないよ』
 でも私が何を言っても、優希君の中で男の人の何かがあるのか
『いや、良い。良くはないけど良い。僕はそう言う愛美さんを好きになったんだから』
 そしてそこからまさかの私の好きな所を上げてくれる優希君。
 そう言ってもらえるなら、私は優希君の気持ちをないがしろには出来ない。
『ありがとう』
『その代わり倉本には触れて欲しくないし褒めて欲しくもない。そしてさっき愛美さんが言ってくれた通りなんだけ会うのは校内だけで、二人で出かけるとかデートみたいな事は辞めて欲しい』
 そして私がお願いしたのと大体同じような事を言われる。
『もちろんだって。私だって倉本君とデートみたいな事するのは嫌だよ』
 その相手は彩風さんであるべきだし。
『分かった。じゃあ僕もそれで一応納得する――っと、家の人が帰って来たから、続きはまた明日で』
『うんありがとう』
『僕は愛美さんの事、好きだから』
 それだけを言って、私も、と言う前に通話が切れてしまう。

 その後少し遅い時間だからと迷いはしたけれど、昨日からの咲夜さんの事が気になって、続けて電話を掛ける。
『愛美さん……』
 電話にはすぐ出てくれはしたけれど、やっぱり元気と言うか、覇気がない。
『ごめんね電話遅くなって』
 私の方も蒼ちゃんと喋ったりとか、優希君との話とかで遅くなったけれど、本来は咲夜さんの方が約束としては早かったと思う。
『ううん。それよりもありがとう。実祝さんにこんなあたしでも信じて欲しいって話してくれたんだ』
 今日の朝の事と放課後の事はもう咲夜さんの耳に入ったのか。
 まああの先生に呼び出された後、教室で一人本を読んでいた実祝さんの姿を見ていれば、分からない話じゃ無いけれど。
『こんなあたしでも。じゃないよ。私、ちゃんと咲夜さんとも友達だって言ったよ』
『でもあたしは愛美さんに酷い事ばっかりしてたり言ったりしてるのに』
 今まで聞いた事のないくらい咲夜さんの声が弱々しい。
『……酷い事って?』
 今までは聞かないと言っていた。でも私はやっぱり咲夜さんとも友達だから。咲夜さんの、友達の苦しんでいる姿を見続ける事はどうしても出来そうにない……私は甘いのかもしれない。
『……良いの? 聞いてくれるの? あたし喋っても良いの?』
 私が散々今は聞かないって言い続けていたから、咲夜さんも戸惑いを覚えているのだと思う。
『ただし一個だけ。一個しか聞かないけれど、一個だけ聞く。それで実祝さんの事、ちゃんとお願いできる?』
 もう自分でもグダグダになるんだろうなって思う。でもそれほどまでに咲夜さんの置かれた環境は厳しいんだと思う。
 蒼ちゃんは咲夜さんの事を許すつもりは無さそうだけれど、私は咲夜さんの心の変化、移ろいを少しずつでも分かってしまう分、やっぱり甘さが出てしまうのかもしれない。
『……もしかしたらあたし、副会長に……』
 でも咲夜さんから出た言葉は、今までの懺悔の話じゃなくてこれから先の話みたいだ。
 そう言う細かい一つ一つを取ってみても、やっぱり咲夜さんはちゃんと正面から向き合おうとしているんだと感じる事が出来る。
『……優希君に?』
 だけれど、その後の言葉が続かない。相当言いにくい話なのは間違いなさそうだ。
『あたし……』
 咲夜さんが、言いよどむ。それでも私に伝えたい、一つだけ選んで聞いて欲しい事と言うのなら、私は辛抱強く待つだけだ。
『咲夜さんが?』
『……』
 もうその迷いだけで咲夜さんの気持ちは十分伝わるし、何を言おうとしているのかが分かって来る。
『告白するかもしれないっ』
 そして最後はほとんど泣き声で打ち明ける咲夜さん。
 そこまでさせたらもうイジメと同じだと思う。好きでもない人に告白をさせる。
 もうそれは自分だけじゃなくて、相手にとっても失礼な話でしかない。
『良いよ。しても。私は怒らない』
 もしそれで相手の男の人に良いように、悪意を持って返事をされるかもしれないなら止めはするけれど、優希君に限ってそれは絶対にない。
 それに私って言う彼女がいるんだから、何より私にカッコ良いって思って欲しいってさっき電話で話してくれた優希君が、私を悲しませるような事はしないって言い切れるから、私から怒るような事は何もない。
『――っ! 何でっ! 何であたしを叱ってくれないのっ! 愛美さん副会長の事

なんじゃないのっ!』
 だけれど、叱って欲しかった咲夜さんは私に涙声で叫ぶ。
『私、咲夜さんのこと信じてるから本当の事話しておくね。私、もう優希君とお付き合いをしているから。だから他の女の人がどうこうしても、私は優希君を信じるだけだよ』
 だから私は信頼の気持ちとして、咲夜さんに今まで秘密にしてきた優希君との関係の変化を伝える。
『――っ?! あたし……あたしっ』
 なのに引っ掻き回す咲夜さん自身の気持ちが咎めて仕方ないんだと思うけれど、また声を上げて泣きだしてしまう。
『大丈夫だよ。咲夜さんでは私と優希君の仲は壊せない。それが分かるくらいには私に咲夜さんの気持ちは伝わってる。そして悪いけれど、この事は先に優希君に言ってうまく対応してもらうから、咲夜さんは思いっきり優希君に告白しても良いよ。それで咲夜さんが同じグループの女子からの圧力が少しでも軽くなるのなら、私たちの事は気にしなくても良いから。その代わりあの二つのグループには私と優希君の事はまだ、言わないでね』
 今の咲夜さんならもう大丈夫だとは思うけれど一応念を押しておく。
『分かった言わない……でも愛美さん優しいのにやっぱり厳しすぎるよ』
 最近咲夜さんの涙声しか聞いていない気がする。
『でも、ありがとう。実祝さんとも話をしてくれてありがとう。あたし、愛美さんには嫌な事ばっかりしてるのに、愛美さんからは感謝する事しかしてもらってないや』
『別にそれで良いんだって。だって友達なんだから。私は、ギブアンドテイクである必要は無いと思うよ』
 社会人になったらまた違うのかもしれないけれど、いまだ学生の身でそんなこと考えたくないし、実祝さんのお姉さんも今の友達は一生の宝物になる事もあるって言ってもらってる。だからそんな事まで考えなくても良いと思うのだ。
『後、気づいていると思うけれど、蒼ちゃんはあんまり咲夜さんの事良く思って無いけれど、そっちは私が何とかするし今は気にしなくて良いから。まずは実祝さんとちゃんと話をしてね』
 今の咲夜さんは恐らくガラスよりも繊細だと思うから、伝えられる事は先に伝えておく。
『うん。愛美さんのその気持ちだけは裏切りたくない』
『それから。もしこの事が全部片付いたら、私と優希君の話、少しならしてあげる』
 少しでも咲夜さんが頑張れるように、少しでも咲夜さんが勇気を持てるように、ほんの少しでも明るくなれるように私は、お母さんと同じように恋バナが好きな咲夜さんを鼓舞する。
『それ。あたしが聞いても良いの? これだけ迷惑かけてる――』
『――咲夜さん。聞くのは一つだけ。だからそれ以上は駄目だよ』
 もう咲夜さんの頭の中はそれで一杯なんだと思う。でも一つだけ。これは最低ラインとして今は、まだ踏み越えない様に気を付ける。
『……ごめん。そうだった。愛美さん優しいし、ちゃんと話も聞いてくれるからすごく嬉しくて』
 友達だったらそんなの当たり前なのに。
『また何かあったら夜に電話くれても良いし、放課後に話も出来るよ』
 本当はまだまだ喋りたい。でももう時間もかなり遅い。
『あしたまた学校でね』
『うん……今日は短くても話せて良かった。本当にありがとう愛美さん』
 だから後ろ髪を引かれる思いではあったけれど、明日もあるのだからと言い聞かせて通話を終える。


 気づけばもう十分深夜と言っても差し支えのない時間。明日は蒼ちゃんと登校するからと、いつの間にか慶が帰って来て、お風呂に入っている事を確認して、顔を合わせる事無く
「明日はご飯家でちゃんと作るからー」
 慶に一声だけかけて、早めに布団にもぐりこむ。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
        『ああごめん愛美さん。電話切れてないかな?』
                不安気な優希君
        「愛ちゃん。視線が男の人みたいになってるよ」
                起こる言葉滑り
       「ハァ? 嘘の噂を流してる奴をシメに行くんだよ」
      真実は何なのか、意図は何なのか、みんなが翻弄される噂話
             「そうか、雪野の良い所か……」
            議長交代阻止の話もしないといけない

      「愛ちゃん。好きな人の前でだけは意地を張ったらダメだからね」

          93話 近くて遠い距離 4 ~親友・幼馴染~
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