第100話  私が好きになった人 ~私を好きになってくれた人~ Bパート

文字数 4,884文字


 それから程なくして一限目終了間際に二人が戻って来る。
 そこで優珠希ちゃんの私への呼び方が変わっている事に対して、穂高先生は心底驚き、御国さんに至っては何となくでも分かってはいたのか、苦笑いを浮かべていた。
 その後、私にもう一度目元をごまかすためにお化粧をしてもらっている間もずっと、穂高先生が聞きたそうにしていたけれど、
「私と優珠希ちゃんの話なので、穂高先生じゃなくても誰にも喋りませんよ」
 私の一言で聞くのを諦めてくれる。

「それじゃあ一限目はありがとうございました」
 二限目から授業に出るために、保健室を後にする。っとその前に。
「優珠希ちゃん。さっきは本当にごめんね」
「わたしの方こそ。それとお兄ちゃんの事、一度だけちゃんと話を聞いて下さい。愛美先輩」
「分かったよ。どっちにしても今日の放課後には統括会もあるから、優希君とはちゃんと喋ってみるよ――それと穂高先生。ちょっと繊細な話なので余計な詮索はしないで下さいね。聞く時は優珠希ちゃんから聞いて下さい」
 優珠希ちゃんとの約束を確認して、穂高先生にしっかりと釘を刺してから最後、御国さんに手を振って、二限目からの授業に出るために教室へと向かう。
 今日はお母さんが帰って来てくれるから、家の事は何もしなくても良い分、時間一杯使って優希君と話せると考えながら。


 本当に巻本先生がうまく言ってくれたのか、穂高先生がうまく私の顔をお化粧でごまかしてくれたからか、二限目からの参加にも(かかわ)らず、周りからそこまで奇異な目で見られる事は無かったし、むしろいつもの女子グループが私の方に警戒と言うか、敵意をむき出しにして見て来ていただけで、他には何もなかった。
 ただ朝の私の事情を知っていた蒼ちゃんだけは、心配そうに私の方を見て、いつも通り咲夜さんと実祝さんは私の方を不安そうに気にしてくれていたのは伝わった。
 そんな中で迎えた昼休み、改めて朝の事を蒼ちゃんに説明しようと足を向けた時、ちょうど私の方へ不安な表情を浮かべながら足を向けていた咲夜さんと視線が交わるのを
「……」
 気付いた蒼ちゃんが厳しい表情で咲夜さんをけん制する。二人ともが以前のように仲良くして欲しいと願っている私が、どうしようかと足を止めたところで、
「おい咲夜。何してんだ。早く来いよ」
「愛先輩」
 咲夜さんを咲夜さんグループが引き込み、彩風さんが今にも泣きだしそうな表情で会いに来てくれたのを、
「……」
 蒼ちゃんは嬉しそうに、咲夜さんは嫌そうな表情をする。
 彩風さんがそんな顔をしていると言う事は、ひょっとして優希君と雪野さんの事を耳にしたのかもしれない。
「なんで彩風さんが泣きそうになってるの」
 取り敢えず考えるのは後にして、彩風さんをあやすように声を掛ける。
「だってこんなにも優しい愛先輩に、こんなにひどい事をするなんて――そう言う愛先輩もやっぱり……」
 そして顔はごまかせたとしても、腫れぼったくなってしまった目元はどうやってもごまかし切れない。近くまで来た私の目を見て、彩風さんの目が大きく潤む。
「取り敢えず、まだ雨も降って無いし外に出よう」
 私と彩風さんの後ろから蒼ちゃんが来てくれて、いつものグラウンド横の四人掛けの席の方へ移動する。

「えっと彩風さんはどこでその話を?」
 私は今朝、優希君から聞かされるまで知らなかった。そして保健室で妹さんから聞いた話だと、その行為自体は昨日の放課後の話のはずなのだ。
「昨日の放課後、クラスの友達が偶然目にしたみたいで、今朝文句を言われて初めて知りました」
「文句?」
 何で見た友達が、雪野さんじゃなくて彩風さんに文句を言う事になるのか。
「……アタシと中条さんで、副会長の彼女は冬ちゃんじゃ無いって言ってたのを嘘だと思ったみたいで……」
 そう言えば二年では優希君と雪野さんが恋人同士だって事で話が落ち着いたんだっけ。
 それを目の前の可愛い後輩ともう一人、私を慕ってくれる可愛い後輩が訂正に回ってくれているって言う話を思い出す。
「ねえ愛先輩。もう冬ちゃんに統括会降りてもらいましょうよ。こんなに優しい愛先輩が泣かないといけないなんてどう考えてもおかしいですって」
 心情的には彩風さんの言っている事はとても嬉しい。でも私の感情としてはそれは受け入れたくは無いのだ。
「駄目だよ。雪野さんには統括会を続けてもらう」
 そうでないと本当に雪野さんは一人になりかねないし、色々な事があり過ぎてもう誰が言ったかはっきりとは覚えていないけれど、ここで雪野さんを辞めさせたら下手をしたら学校自体を辞めてしまいかねない気がする――
 と言う気持ちも確かにあるにはあるけれど、私と優希君の中を散々引っ掻き回した挙句、勝手に悲劇のヒロイン気取りはさせない――
 と言う私個人の気持ちもある。それに――
 入り乱れる思考。もう私の中でも何が本音なのか、分からなくなってしまっているのかもしれない。
「なんでそこまで冬ちゃんに優しくするんですかっ! 今のお昼だって、副会長から二年の教室まで来てるんですよ! 蒼先輩だって愛先輩の事、一番大切な友達じゃ無いんですか!」
 私の返事に気持ちを高ぶらせた彩風さんが声を震わせる。
 本当に妹の優珠希ちゃんと言い、目の前の可愛い後輩と言い、みんな私のために涙を流してくれる良い子ばかりだ。
 まさか、こういう形で人の泣き顔を見て喜べることがあるとは想像もしていなかった。
「そうだよ。彩ちゃんの言う通り、蒼依にとって一番大切な親友だから愛ちゃんがとっても乙女だって事は分かるよ」
 そう言いながら私の方に、あの“しょうがないなぁ”の視線を向けて来る。
 ――蒼ちゃんのたった一言で、迷子になってしまっていた私の本音が見つかる。
 ……まぁ、これが乙女な思考かどうかは分からないけれど、蒼ちゃんにはこの話を一度もした事が無いはずなのに、どうして分かってしまうのか。
「あのね、私個人の感情も入っていて彩風さんには申し訳ないなって思うけれど、私と好きな人である優希君とは、雪野さんを解任しないって意見で一致しているの『――っ』だから私は雪野さんを辞めさせない。最後まで優希君と同じ反対の意見で通すよ」
 どっちかがどっちかの意見に寄せた訳じゃ無い。お互いに個人の意見として考えた結果、同じ意見になったのだから二人の共通の意見を恋敵の雪野さんの為に変えたいわけがない。その考え方まで同じだったら良かったけれど、そうはならなかった。
 お互い意見をすり合わせてはいない、自然と考え方は似通っていた、答えだけは同じだった、それが何よりの証拠であり私にとっては大切な事なのだ。
「ね。これが愛ちゃんだから。だからさっきみたいな愛ちゃんを傷つけるような酷い事、わざわざ言っちゃダメだよ」
 そしてしたり顔で彩風さんに注意する蒼ちゃん。
「何で? 何でこんな優しくていじらしくて、可愛い愛先輩が泣かないといけないんですか! アタシが男だったら愛先輩だけを見て、愛先輩だけを大切にするのにっ……」
 ――どうして愛ちゃんは女の子なの? 愛ちゃんが男の子だったら蒼依、絶対幸せになれたのに―― (51話)
 いつか背中越しに言われた蒼ちゃんの言葉を思い出す。私が男の人の役割に変わる事もあるけれど、ホント私って同性ばかりに好かれている気がする――
 でも、
 ――蒼依なら蒼依にすごく優しくしてくれる人なら、
               蒼依の方から好きになっちゃうよ―― (58話)
 蒼ちゃんは自分を好きになってくれた人だからと言っていたけれど、私は……いや蒼ちゃんもだろうけれど、そんなにたくさんの男子から好かれたくはない。ただ、一人だけで良いから私が好きになった人、優希君だけに私を好きになって貰えたら、大切にしてもらえたらそれ以上は私にはやっぱりいらないのだ。
「彩風さんの質問の答えにはないっていなと思うけれど、今日統括会が終わったら優希君とゆっくり話してみるよ」
 学校側からの今週の暴力騒動、雪野さん残留の為の交渉やその方法、さらに終業式の時のスピーチと雪野さん謝罪問題。もちろんこれに関しては無効だし、私はそんな事をさせるつもりは毛頭ない。ただ頭の固い雪野さんをどうなだめるのか。今の私の気持ちでそれが出来るのか……期限が迫る中、山積する問題。どう考えても荒れるのは必至だし、私も冷静でいられる自信が無いし、時間も遅くなると思う。その中でもなんとかして優希君とちゃんと話をする時間が欲しい。
「分かりました。愛先輩のお気持ちに応えるためにも、何が何でもお二人だけのお時間を作ります」
「ありがとう。彩風さん」
 私の気持ちをなんだかんだ言いながらも、理解して汲んでくれる可愛い後輩。その後輩の気持ちに応えるためにも、ここでただ泣いて可哀そうな女の子を演じるんじゃなくて、私も含めたみんなが笑顔になれるように頑張ろうと思う。
「だから彩風さんも、倉本君の事、絶対あきらめたらダメだよ」
 笑顔と言えば、彩風さんの想いも倉本君に届けて受け取って貰わないといけない。
「……」
 と思ったのだけれど、この話になると彩風さんの元気が無くなってしまう。
「アタシ、清くんとはずっと幼馴染のままでも良いかなって……」
 そしてそのまましゃくりあげてしまう。
「最近の清くん。愛先輩の事ばっかりで全然アタシの事見てもらえなくて……」
 聞いているうちに、彩風さんの言葉が嗚咽に変わって続かなくなる。
 そう言えば朱先輩も、倉本君が段階を踏んで私の事をどんどん好きになっていってる。みたいなことを説明してくれていたっけ。ひょっとしてそれに合わさるように倉本君は、彩風さんの話を聞かなく、見なくなってしまっているのか。
 そして私が倉本君に対して溜息をついたところを、蒼ちゃんにジト目で見咎められる。
 私の話ばかりと言う事は、私をデートに誘ったとかそんな話をしていてもおかしくはない。
 好きな男の人から他の女の人の話を聞かされる辛さは、男の人には分からないのかもしれないけれど、彩風さんの前で彩風さんを見ないと言うのはあんまりにもあんまりじゃないのか。
「私、優希君の事が好きで、今でもどうしようもないくらい好きだから、倉本君がどれだけ彩風さんに私の話をしたとしても関係ないからね。統括会として協力する事はあってもそれ以上の事は絶対にないから。だから彩風さんにも自分が好きになった人。倉本君の事を諦めて欲しくないよ」
 私の可愛い後輩に対して、ここまであんまりな態度を取るのだったらこっちも断りにくいとか言っている場合じゃない。
 私は、女の子として女の子の味方をするに決まっている。
 こんな時いつだって涙するのは女の子側なのだ。
「愛ちゃん。次は一人で断れそう?」
 私の気持ちの変化を感じ取ってくれたのか、短く聞いてくる。
「私の大切な後輩を涙させてるんだから、次からは全部断るよ。でも前みたいに気付かないと言うのは問題だから、出来れば蒼ちゃんにも横でついていて、ちゃんと見ていて欲しい」
 そうでもしないと大前提である、倉本君との二人きり、倉本君に期待をさせないようにすると言う条件が満たせない。
「分かった。蒼依も彩ちゃんと会長さんの応援もするし、また色々考えてみるから頑張ろう」
 そして最後には蒼ちゃんが私と彩風さんを励ましてくれる形で、曇天の中でのお昼を終える。

―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
      「ああ。岡本さんと二人で話したくて、先に来て待ってた」
           それでも愛ちゃんだけを見ている会長
             「……お待たせ、しました」
             そしてもう一人、渦中の人物
             「いい加減にしろっ霧華!」
               再度声を張る会長……

「それについては、来週月曜日に公表になる学校側の処分を先に俺の方から伝える」

          101話 善意の第三者 終 ~責任の取り方~
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