第39話 十二様

文字数 1,023文字

「——その三上山の大百足はね、昔、胴が長すぎて三つ隣の吾野山に跨がってしまって、その山に棲む鬼と大喧嘩したのよ」

 大百足の方が図体は大きいのでは?

「ええ、そうよ。でも大百足は図体が大きくても小心者でね、吾野山の鬼が得意の大声で脅すと逃げ帰ってしまったの。以来、他所の山を跨がないように、三上山でとぐろを巻いているのよ」

 図体が大きいのも考えものなのですね。他にはどんな妖怪がいるのですか。

「そうね。裏見滝の天狗と大白鹿は会えば禅問答をして知恵比べをしているわ。例えば——」

 垂れ布で顔を隠したまま女性は山に棲む妖怪について語ってくれた。
 どこそこの山にはなんという妖怪がいて山ひとつを牛耳っているという。けれども、山の数だけ力ある妖怪がいて争いは起きないのか。奇山少年が尋ねると、女性は笑ってある名前を挙げた。

「十二様が目をかけられている山で無用な争いは起きないわ」

 十二様とは誰です。
 奇山少年は矢継ぎ早に訊いた。

「山の神さまであり、今しがた話した妖怪たちの母君であらせられる方よ」

 つまり、十二の山を束ねられているお方なのですね。

「見方によってはそうなるわね」

 どんな方なのですか。お顔を拝見しとうございます。

「それは……きっと十二様は()いとは言われないわ」

 なにゆえですか。
 訊くと女性はやや間を置いて答えた。

「十二様はとても力のあるお方だけれども、とても内気な性格でもあらせられるの。いつもは御簾(ぎょれん)の奥にいらして、外に出られるときも扇や垂れ布でお顔を隠されているのよ」

 そうなのですか。しかし、なぜあなたはそこまで十二様に詳しいのですか。もしや、お会いになられたことがあるのですか。

「あらあら、好奇心旺盛な坊やね。直接謁見(えっけん)したことはないけれど、木々が噂しているのを聞いたの。十二様の寝殿(しんでん)の周りは寡黙(かもく)な木ばかりだけど、他の所に立つ木は意外とお喋りなのよ」

 奇山少年はすぐそばにあった木に耳を押しあてた。
 なにも聞こえず、乾いた木の皮の手触りだけがある。他の木でも試してみたが声は聞こえず、女性は口元を隠して笑った。

「無理に聞こうとしても駄目よ。木はあくまで十二様に言伝があるときに喋るの。でも噂好きな木は多いから、運がよければ声を聞けるかもしれないわ」

 枝葉の隙間から斜陽が差してきて、奇山少年は目を細めた。

「また明日、ここへ来なさい。そうしたら続きを話してあげる」

 だから今日はもうお帰りなさい。
 帰りたがらない少年を、女性は優しく諭した。
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