第29話 相撲勝負

文字数 833文字

 奇山先生の言う通り竹林の中に土俵があった。
 天井のように茂った竹の葉がくり抜かれ、丸く日が射している。その他にはなにもない、もの静かな場所である。

 相撲をとるのなんて、いつぶりだろう。

 里にいた頃は空いた土俵を見つけて歳の近い仲間と取組をしていた。遊びでやるのは好きだったが、番付を競うのは苦手だ。おれは勝ち星をあげたことすらなかった。

 この少年はどうなのだろう。見たところまだ元服はしていない。背丈もおれより少し低いくらいだ。けれども河童相手に勝負を挑んできたのだから油断はできない。

「み、見あって、見あって……」

 掛け声は譲った。行司がいないので、どちらかが代わりをやらないといけない。にしても細い声だ。

「は、はっけよーい……、のこった!」

 飛び出したのはお互い同時だった。
 回しを取って四つで組む。そのまま下手を引いて投げを打つ。少年の足が浮く。どさっと音がして、少年が土の上に転がった。

 …………。

 勝ちはしたが、なんだか拍子抜けだった。相撲で河童を負かした村だから、てっきり住んでいる人間は軒並み強いと思っていたが、どうやらおれの勘違いだったようだ。

「ひぐっ……ひっ……」

 鼻を啜る音がする。手を着いて体を起こした少年は俯いたまま、土に涙が滴る。
 そして、少年は声をあげて泣き始めた。

 な、泣くほどのことなのか……!?

 だが考えてみれば、この少年にとって今の取組は村の田んぼを賭けた大勝負。それに負けたのだから、自分の力不足で村が潰えたと思っても仕方ない。
 少年はわんわんと泣く。涙は止まる気配をみせない。このまま泣かれて村人が寄ってきたら……、おれは焦った。

「な、泣くなよ。ほら、今日はこのくらいにしといてやるから。明日また勝負しないか。それでおまえが勝ったら、田んぼは取らないでやるから、な」
「……う、うん」

 少年は泣くのを堪えて頷く。堪えきれない涙が頬を伝って、土に汚れた体にぽたぽたと滴っている。

 その夜、おれは奇山先生が借りた空き家で眠った。
 


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