第8話 非日常は非日常であるが故に、非日常足りえる
文字数 1,402文字
帰宅すると、珍しく母親が家に居た。
母親は平然と言い放った。
「遼太郎、飯」
遼太郎の母、鑑はいつもこんな調子だった。父親の居ない瀬戸川家で、唯一の親たる母親は、実年齢に反して若々しい見た目も合わせて、乱暴な姉の様な存在だった。バリバリのキャリアウーマンとして働く母がこんなに早い時間帯に家に居る事は少ない。ソファに身を投げ出し、長い髪を乱暴に掻き掻き上げながら言う。
「遅かったじゃねえか。女でもできたか?」
「……ちげえよ」
遼太郎も我ながら、ぐれていない自分を褒めたい。
とはいえ、金銭面で不自由した事はなかったし、家事だってしてくれない訳ではない。今日は、遼太郎の食事当番の日というだけの事だ。母親としての最低限の仕事はしてくれていると思う。
「あんまり遊び回り過ぎんなよ。テストも近いんだろ。ちゃんと知ってるんだぜ」
「わぁーってるよ」
遼太郎は、ぶっきらぼうに返事をした。
母親と二人で夕食をとり、今度のテストの事について釘を刺されると俄に日常に回帰したという気分になり、さっきまでの非日常がまた信じられなくなる。
自室のベッドに寝そべり、白い天井を見ながら考える。
ごく普通の家庭に育った、ごく普通の少年。それが瀬戸川遼太郎だった。家が神社で特別な血を引いてるとか、空から降ってきた謎の石に触れたとか、そんな心当たりは一切無い。
例えば、物心がつく前に何かがあって、それが今になって関係してきたとか……。
どちらにしても憶測に過ぎない。専門家である桐音にもわからないとなると、後は自分の過去の記憶から心当たりを探すしかないと考えたのだが。もしあるとするならば、桐音にも話したストーカーの件くらいしかない。
「妖怪に狙われる心当たりか……」
そのとき、不意に何か大切なことを忘れているという思いが頭をよぎった。妖怪に襲われるのは、今回が初めてではないような気がしてきたのだ。
記憶の糸を手繰る手が、何かに触れそうに鳴った瞬間、
ジリリリリリ。
携帯電話のベルが鳴った。
ベッドから身を起こし、携帯電話の画面を見る。登録されていない番号からのものだった。一瞬迷ったが、電話に出る事にした。
「もしもし?」
「あ、もしもし、リョウ君?」
「その声は櫻子か?」
「私も遂に携帯デビューだよ」
「おお、遂にか。でも、この番号は?」
「桐音ちゃんに番号教えてもらって」
「桐音とメアド交換したのか」
「昼休みの後の体育の着替えのときにね」
「そっか。是非仲良くしてやってくれ」
「もちろん、そのつもり。今日はその事でかけたの。桐音ちゃんとの間を取り持ってくれてありがとう、って言いたくてさ」
「大したことはしてないよ」
事実、自分は一緒に昼食をとる機会を作っただけだ。桐音と仲良くなれたのなら、それは櫻子の力だ。
「それでも、ありがとう。じゃあ、また学校でね」
遼太郎は、桐音にも、もっと友達ができればいいと思う。まずは、櫻子だ。次は櫻子と仲がいい三条あたりだろうか。あとは、バカな奴だが高山みたいな男子とも普通に話せる様になってほしい。
お節介かもしれない。それでもそうしたいと思った。
桐音だって好んで孤独でいる訳ではないのだ。今度は自分が彼女を助けてやりたいと思うのだった。
母親は平然と言い放った。
「遼太郎、飯」
遼太郎の母、鑑はいつもこんな調子だった。父親の居ない瀬戸川家で、唯一の親たる母親は、実年齢に反して若々しい見た目も合わせて、乱暴な姉の様な存在だった。バリバリのキャリアウーマンとして働く母がこんなに早い時間帯に家に居る事は少ない。ソファに身を投げ出し、長い髪を乱暴に掻き掻き上げながら言う。
「遅かったじゃねえか。女でもできたか?」
「……ちげえよ」
遼太郎も我ながら、ぐれていない自分を褒めたい。
とはいえ、金銭面で不自由した事はなかったし、家事だってしてくれない訳ではない。今日は、遼太郎の食事当番の日というだけの事だ。母親としての最低限の仕事はしてくれていると思う。
「あんまり遊び回り過ぎんなよ。テストも近いんだろ。ちゃんと知ってるんだぜ」
「わぁーってるよ」
遼太郎は、ぶっきらぼうに返事をした。
母親と二人で夕食をとり、今度のテストの事について釘を刺されると俄に日常に回帰したという気分になり、さっきまでの非日常がまた信じられなくなる。
自室のベッドに寝そべり、白い天井を見ながら考える。
ごく普通の家庭に育った、ごく普通の少年。それが瀬戸川遼太郎だった。家が神社で特別な血を引いてるとか、空から降ってきた謎の石に触れたとか、そんな心当たりは一切無い。
例えば、物心がつく前に何かがあって、それが今になって関係してきたとか……。
どちらにしても憶測に過ぎない。専門家である桐音にもわからないとなると、後は自分の過去の記憶から心当たりを探すしかないと考えたのだが。もしあるとするならば、桐音にも話したストーカーの件くらいしかない。
「妖怪に狙われる心当たりか……」
そのとき、不意に何か大切なことを忘れているという思いが頭をよぎった。妖怪に襲われるのは、今回が初めてではないような気がしてきたのだ。
記憶の糸を手繰る手が、何かに触れそうに鳴った瞬間、
ジリリリリリ。
携帯電話のベルが鳴った。
ベッドから身を起こし、携帯電話の画面を見る。登録されていない番号からのものだった。一瞬迷ったが、電話に出る事にした。
「もしもし?」
「あ、もしもし、リョウ君?」
「その声は櫻子か?」
「私も遂に携帯デビューだよ」
「おお、遂にか。でも、この番号は?」
「桐音ちゃんに番号教えてもらって」
「桐音とメアド交換したのか」
「昼休みの後の体育の着替えのときにね」
「そっか。是非仲良くしてやってくれ」
「もちろん、そのつもり。今日はその事でかけたの。桐音ちゃんとの間を取り持ってくれてありがとう、って言いたくてさ」
「大したことはしてないよ」
事実、自分は一緒に昼食をとる機会を作っただけだ。桐音と仲良くなれたのなら、それは櫻子の力だ。
「それでも、ありがとう。じゃあ、また学校でね」
遼太郎は、桐音にも、もっと友達ができればいいと思う。まずは、櫻子だ。次は櫻子と仲がいい三条あたりだろうか。あとは、バカな奴だが高山みたいな男子とも普通に話せる様になってほしい。
お節介かもしれない。それでもそうしたいと思った。
桐音だって好んで孤独でいる訳ではないのだ。今度は自分が彼女を助けてやりたいと思うのだった。