第14話 余りにもありふれた終わりの始まり
文字数 2,533文字
翌日、遼太郎は待ち合わせ場所である駅前を訪れていた。
(昨日はここで桐音と待ち合わせしてたんだよな……)
そして今日は、櫻子とである。これは客観的に見れば、女の子をとっかえひっかえするクソ野郎に見えるのではないだろうか。
待ち合わせの時間ちょうどに櫻子は現れた。
「ごめんごめん、待ったかい?」
「待った待った。超待った」
「マジですか。すまん」
「冗談だよ」
実際は自分もまさに今来たところだったのだが、「今来た所だよ」などという台詞は、それこそデートの代名詞の様な思いが、頭をかすめ、くだらない冗談で照れ隠しをしてしまう。
櫻子に、昨日の電話の歯切れの悪さはない。あれは自分の思いすごしだったのだろうか。それならそれで構わない。
「じゃあ、行こうか」
「そういや、今日は何の映画を見に行くんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そう言うと櫻子は二枚のチケットを遼太郎に突き付けた。
――『鮮血の学校』
「やめろぉおおおおおおおおっ!」
「大丈夫、すぐに楽になるよ。君も私達と同じ様に生まれ変わるんだ」
「離せ! 離せぇえええええええええ!」
そして、画面は鮮やか過ぎる血の色に染まった。
三条が断わったのは、用事があったからではないのではないだろうか。こんなホラー映画を三条が見たら卒倒しそうだ。というか普通の女子は、こんな物を見ない。
たっぷり二時間、R-15の映画を見せられて、遼太郎は少しげんなりした。
「リョウ君、ホラー苦手だった?」
映画館を出て、二人は近くのイタリア料理店に入った。高校生でも入りやすいリーズナブルなメニューが売りの店だ。休日という事もあって、店内は人でごった返し騒がしい。
「いや、そんな事ねえよ。ただ、櫻子があんなのが好きだっていうのが意外に思っただけだ。普通に楽しめたよ」
過剰すぎる残酷描写にはうんざりさせられたが、楽しんでいなかった訳ではない。
「あんだけバタバタ人が倒れていってたのに、最後がハッピーエンドになったのは意外だったよ」
舞台は、死霊に支配された学校。死霊は自らの血を撒き散らしながら人々を襲っていく。そして、その血を浴びすぎたものも同じく死霊になってしまうのだ。
「いやあ、まさか特効薬があるとはねー」
舞台となった学校そのものが死霊と呼ばれる生物兵器の実験場であり、パニックそのものが生物兵器の実験だったのだ。そのことを知った主人公が校内に保管されていたワクチンを見つけ、学校中に散布する事で皆を元の人間に戻したのだ。
「正直、御都合主義だな、とも思ったけど。あんな終わり方も有りかなと思ったよ。ホラー映画っててっきりバッドエンドばっかりだと思ってたからさ」
絶望的な物語だからこそ、希望を持てるエンディングが与えられた。そんな御都合主義があってもいい。
「そうだね。そういう意味では意外だった。そんな話がたまにはあってもいいのかもしれない」
絶望的な物語には、希望を。
ならば希望の物語には、絶望を与えるべきなのだろうか。
「まあ、しばらくは血みどろ映画は見なくてもいいかなってくらいには血は補給できたな」
遼太郎は真っ赤なトマトソースパスタを食べながら、そう呟いた。
食事のあと、二人は街を回った。櫻子が服を買うのに付き添ったり、遼太郎がゲームセンターでクレーンゲームにむきになって金を使いすぎたり。それはとても楽しくて、充実した時間だった。ずっと二人で居たいと、遼太郎には思えた。
帰りの電車の中での事だった。
「そういえば、今日の用事は大丈夫だったの?」
櫻子は言った。
「用事?」
遼太郎には身に覚えが無い。
「あれ? 私が最初に電話をかけた時、用事があるからって断ったけど、その後、すぐにかけてきてやっぱり行くって」
「俺がそう言ったって?」
それはおかしい。遼太郎は櫻子からの誘いにその場で乗ったはずだった。
「そんな記憶はないんだが……」
「あれ? あれれ?」
櫻子は腕を組んで首をひねっている。そして、ぐるりと首を回して言った。
「私の勘違いかな?」
「そうじゃね?」
「私って天然だからさー」
「自分から天然って言う奴は、天然じゃないんだ」
「じゃあ、私、養殖だわ」
「天然の反対って養殖なのか……」
そんな馬鹿な会話をする二人を乗せて、電車は静かに揺れていた。
地元の駅前。時間は夕方。傾きかけた太陽はまだその役目を全うしている。そんな時間帯、駅前はまだ閑散としていた。
「送ってくよ」
遼太郎は言った。
「いいよ。リョウ君の家、逆方向じゃん。まだ日も沈んでないし大丈夫だよ」
櫻子は言う。
「今日は楽しかったよ」
「俺もだ」
「また遊びに行こうよ、二人で」
「ああ」
「あのさ」
「うん」
そこで気がつく。櫻子は、いつになく真剣な表情をしていた。まるで何かを決意している様な、そんな目をしていた。
「あのさ」
「うん」
「……あのさ」
「うん」
櫻子は何かを言い掛けてはやめ、言い掛けてはやめ、そんな素振りを繰り返した。
結局、そのまま櫻子は黙り込んでしまう。
沈黙が二人を包んだ。そうなると駅前の雑踏がいつもよりも余計に大きな音に聞こえる。五月蠅い、静かにしていろ。今はきっとそういう瞬間なんだ。それでも、町並みは騒ぐ事を止めない。
遼太郎は自分の心音が大きくなっている事に気がつく。緊張しているのだ。心臓は普段静かな癖にこんなときだけ自己主張する。心はこの場所にあるのだと。
どれくらい時間が経ったのか。永遠とも思える時間の後で、櫻子は言った。
「私……」
「………………」
「桐音ちゃんのこと、友達だと思ってる」
「………………」
「本当は今日言おうと思ってたけどやめる。ごめん、意味不明な事言って」
「……いや」
そして、櫻子はいつもの様な太陽の笑顔で言った。
「明日、言うね。今日、言おうとしていた事」
(昨日はここで桐音と待ち合わせしてたんだよな……)
そして今日は、櫻子とである。これは客観的に見れば、女の子をとっかえひっかえするクソ野郎に見えるのではないだろうか。
待ち合わせの時間ちょうどに櫻子は現れた。
「ごめんごめん、待ったかい?」
「待った待った。超待った」
「マジですか。すまん」
「冗談だよ」
実際は自分もまさに今来たところだったのだが、「今来た所だよ」などという台詞は、それこそデートの代名詞の様な思いが、頭をかすめ、くだらない冗談で照れ隠しをしてしまう。
櫻子に、昨日の電話の歯切れの悪さはない。あれは自分の思いすごしだったのだろうか。それならそれで構わない。
「じゃあ、行こうか」
「そういや、今日は何の映画を見に行くんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そう言うと櫻子は二枚のチケットを遼太郎に突き付けた。
――『鮮血の学校』
「やめろぉおおおおおおおおっ!」
「大丈夫、すぐに楽になるよ。君も私達と同じ様に生まれ変わるんだ」
「離せ! 離せぇえええええええええ!」
そして、画面は鮮やか過ぎる血の色に染まった。
三条が断わったのは、用事があったからではないのではないだろうか。こんなホラー映画を三条が見たら卒倒しそうだ。というか普通の女子は、こんな物を見ない。
たっぷり二時間、R-15の映画を見せられて、遼太郎は少しげんなりした。
「リョウ君、ホラー苦手だった?」
映画館を出て、二人は近くのイタリア料理店に入った。高校生でも入りやすいリーズナブルなメニューが売りの店だ。休日という事もあって、店内は人でごった返し騒がしい。
「いや、そんな事ねえよ。ただ、櫻子があんなのが好きだっていうのが意外に思っただけだ。普通に楽しめたよ」
過剰すぎる残酷描写にはうんざりさせられたが、楽しんでいなかった訳ではない。
「あんだけバタバタ人が倒れていってたのに、最後がハッピーエンドになったのは意外だったよ」
舞台は、死霊に支配された学校。死霊は自らの血を撒き散らしながら人々を襲っていく。そして、その血を浴びすぎたものも同じく死霊になってしまうのだ。
「いやあ、まさか特効薬があるとはねー」
舞台となった学校そのものが死霊と呼ばれる生物兵器の実験場であり、パニックそのものが生物兵器の実験だったのだ。そのことを知った主人公が校内に保管されていたワクチンを見つけ、学校中に散布する事で皆を元の人間に戻したのだ。
「正直、御都合主義だな、とも思ったけど。あんな終わり方も有りかなと思ったよ。ホラー映画っててっきりバッドエンドばっかりだと思ってたからさ」
絶望的な物語だからこそ、希望を持てるエンディングが与えられた。そんな御都合主義があってもいい。
「そうだね。そういう意味では意外だった。そんな話がたまにはあってもいいのかもしれない」
絶望的な物語には、希望を。
ならば希望の物語には、絶望を与えるべきなのだろうか。
「まあ、しばらくは血みどろ映画は見なくてもいいかなってくらいには血は補給できたな」
遼太郎は真っ赤なトマトソースパスタを食べながら、そう呟いた。
食事のあと、二人は街を回った。櫻子が服を買うのに付き添ったり、遼太郎がゲームセンターでクレーンゲームにむきになって金を使いすぎたり。それはとても楽しくて、充実した時間だった。ずっと二人で居たいと、遼太郎には思えた。
帰りの電車の中での事だった。
「そういえば、今日の用事は大丈夫だったの?」
櫻子は言った。
「用事?」
遼太郎には身に覚えが無い。
「あれ? 私が最初に電話をかけた時、用事があるからって断ったけど、その後、すぐにかけてきてやっぱり行くって」
「俺がそう言ったって?」
それはおかしい。遼太郎は櫻子からの誘いにその場で乗ったはずだった。
「そんな記憶はないんだが……」
「あれ? あれれ?」
櫻子は腕を組んで首をひねっている。そして、ぐるりと首を回して言った。
「私の勘違いかな?」
「そうじゃね?」
「私って天然だからさー」
「自分から天然って言う奴は、天然じゃないんだ」
「じゃあ、私、養殖だわ」
「天然の反対って養殖なのか……」
そんな馬鹿な会話をする二人を乗せて、電車は静かに揺れていた。
地元の駅前。時間は夕方。傾きかけた太陽はまだその役目を全うしている。そんな時間帯、駅前はまだ閑散としていた。
「送ってくよ」
遼太郎は言った。
「いいよ。リョウ君の家、逆方向じゃん。まだ日も沈んでないし大丈夫だよ」
櫻子は言う。
「今日は楽しかったよ」
「俺もだ」
「また遊びに行こうよ、二人で」
「ああ」
「あのさ」
「うん」
そこで気がつく。櫻子は、いつになく真剣な表情をしていた。まるで何かを決意している様な、そんな目をしていた。
「あのさ」
「うん」
「……あのさ」
「うん」
櫻子は何かを言い掛けてはやめ、言い掛けてはやめ、そんな素振りを繰り返した。
結局、そのまま櫻子は黙り込んでしまう。
沈黙が二人を包んだ。そうなると駅前の雑踏がいつもよりも余計に大きな音に聞こえる。五月蠅い、静かにしていろ。今はきっとそういう瞬間なんだ。それでも、町並みは騒ぐ事を止めない。
遼太郎は自分の心音が大きくなっている事に気がつく。緊張しているのだ。心臓は普段静かな癖にこんなときだけ自己主張する。心はこの場所にあるのだと。
どれくらい時間が経ったのか。永遠とも思える時間の後で、櫻子は言った。
「私……」
「………………」
「桐音ちゃんのこと、友達だと思ってる」
「………………」
「本当は今日言おうと思ってたけどやめる。ごめん、意味不明な事言って」
「……いや」
そして、櫻子はいつもの様な太陽の笑顔で言った。
「明日、言うね。今日、言おうとしていた事」