第7話 非日常の連続は、非日常を日常へと変貌させる
文字数 1,897文字
その日の放課後のことだった。
「もうちょっと、みんなに心を開いてもいいんじゃないか?」
遼太郎は言う。
「………………」
「四月くらいにクラスメイトに話しかけられても完全無視決め込んでただろ? まあ、あれは下心丸出しだったあいつらも悪いけど」
今、思い返せばあのクラスメイト少し馴れ馴れし過ぎた気もする。だからといって、むっつりと黙りこみ、ただの一言も言葉を交わそうともしないというのは、やり過ぎだと思うのだ。あの出来事のせいでクラス内で桐音はとっつきにくいという空気が生まれてしまった。
「余計な御世話だってのは解ってる。でも、少なくとも櫻子はいい奴だぜ。心を開いても大丈夫だ。それは俺が保障する」
「……私も」
桐音は不安げにうつむいて言う。
「もっと、色んな人と仲良くしたい……遼太郎君だけじゃなくて……」
「だったら――」
「でも、どんな風に話したらいいのか、心を開いたらいいのか、わからないから……」
「ともかく話してみればいい」
「え?」
遼太郎は言う。
「最初は誰だって話したことない奴と話すときはビビるんだよ。おまえだけじゃない。それは普通なことなんだ。でも、みんなビビりながらでも、頑張って話してるんだ。一言でも会話できれば、そいつがいい奴だって結構わかるもんだぜ。だから、とりあえずは勇気を出してぶつかってみろよ」
遼太郎は桐音の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「上手くいかなかったときは、俺が助けてやるから」
「遼太郎君が……?」
桐音の表情はやはり変わらない。その鉄面皮の下で一体どんなことを考えているのだろう。
そのときだった。
周囲の世界が一変する。
「――三日連続は異様っていう事でいいんだよな?」
隣に居た桐音はこくりと頷いた。
周囲は色を奪われた世界。周囲の田んぼや古い木造の民家もモノクロになっている。
目の前には、蜥蜴の様な姿をした化物。人間ほど大きさで、全身に無数のトゲの様なものが生えている。巨大な爬虫類というのは、哺乳類を原型とした化物と対峙したときとは違ったおぞましさがあった。トゲの生えた鱗は生々しく生理的嫌悪感を呼び起こす。そして、やはり瞳は狂気に燃えていた。
「『山蜥蜴』ね」
「やっぱり狙いは俺なのかよ……!」
いつもの時間帯や通学路に鍵がある可能性を考え、時間をずらして回り道をしたのだが無駄だったようだ。
「大丈夫。私が居る……」
「無茶はするなよ」
昨日の光景が浮かんでくる。両腕を失い、紅い血を流す桐音の姿。不甲斐ない自分を守るために、桐音が傷つく。もうそんな事には耐えられない。
「大丈夫。昨日の相手ほど不味い相手じゃない」
彼女の右手には刀が握られている。
おどろおどろしい叫び声をあげる怪物。その声に遼太郎の身体は竦む。ただの声でひるんでしまう自分が情けない。
桐音は流麗な動作で怪物の前に立つ。そこには恐怖感や緊張感という物は微塵も見受けられなかった。まさに自然体。力が入り過ぎず、かといって抜け過ぎもせず。そこに立つことが当然という空気を醸し出しながら、桐音は巨大な蜥蜴に対峙する。
瞬間、妖怪は縦に二つに引き裂かれていた。まさに一瞬の神業だった。
妖怪ははらはらとした塵となり、消滅した。紅い霧状になった化け蜥蜴は桐音の方へと吸い込まれていった。
「た、助かったぁ……」
『転界』も解け、世界は色を取り戻していく。
危なげなく勝利したとはいえ、遼太郎としては命の危機にあったことは間違いない。緊張で詰めていた息をふっと洩らす。
「ありがとな、桐音。お礼の言葉くらいじゃ足りないけど」
「……これは私の役目だから」
「『呪禁省』の退魔師とかいう奴か。いや、それでも俺が同じ立場で、同じ力を持っていたとしても、同じように出来たとは思えない。やっぱり、これは桐音だから出来る事なんだよ」
よく漫画に非日常を求める主人公が戦いに巻き込まれていくなんていう筋があるけれど、自分ならばやはり平和が一番だと感じる。もちろん、そんな風に思うのは、今まさに漫画の様な危機に直面しているからだ。やはり、町を守るために密かに戦い続ける等という真似は誰にでもできる類いのことではない。
「……遼太郎君も私には出来ないことをしてくれる」
「……え?」
「私は遼太郎君の言葉に励まされた。だから、戦っていける……」
「今までだって戦っていたんだろ」
「…………」
桐音は黙り混んだまま、何も答えなかった。
「もうちょっと、みんなに心を開いてもいいんじゃないか?」
遼太郎は言う。
「………………」
「四月くらいにクラスメイトに話しかけられても完全無視決め込んでただろ? まあ、あれは下心丸出しだったあいつらも悪いけど」
今、思い返せばあのクラスメイト少し馴れ馴れし過ぎた気もする。だからといって、むっつりと黙りこみ、ただの一言も言葉を交わそうともしないというのは、やり過ぎだと思うのだ。あの出来事のせいでクラス内で桐音はとっつきにくいという空気が生まれてしまった。
「余計な御世話だってのは解ってる。でも、少なくとも櫻子はいい奴だぜ。心を開いても大丈夫だ。それは俺が保障する」
「……私も」
桐音は不安げにうつむいて言う。
「もっと、色んな人と仲良くしたい……遼太郎君だけじゃなくて……」
「だったら――」
「でも、どんな風に話したらいいのか、心を開いたらいいのか、わからないから……」
「ともかく話してみればいい」
「え?」
遼太郎は言う。
「最初は誰だって話したことない奴と話すときはビビるんだよ。おまえだけじゃない。それは普通なことなんだ。でも、みんなビビりながらでも、頑張って話してるんだ。一言でも会話できれば、そいつがいい奴だって結構わかるもんだぜ。だから、とりあえずは勇気を出してぶつかってみろよ」
遼太郎は桐音の目を真っ直ぐ見ながら言った。
「上手くいかなかったときは、俺が助けてやるから」
「遼太郎君が……?」
桐音の表情はやはり変わらない。その鉄面皮の下で一体どんなことを考えているのだろう。
そのときだった。
周囲の世界が一変する。
「――三日連続は異様っていう事でいいんだよな?」
隣に居た桐音はこくりと頷いた。
周囲は色を奪われた世界。周囲の田んぼや古い木造の民家もモノクロになっている。
目の前には、蜥蜴の様な姿をした化物。人間ほど大きさで、全身に無数のトゲの様なものが生えている。巨大な爬虫類というのは、哺乳類を原型とした化物と対峙したときとは違ったおぞましさがあった。トゲの生えた鱗は生々しく生理的嫌悪感を呼び起こす。そして、やはり瞳は狂気に燃えていた。
「『山蜥蜴』ね」
「やっぱり狙いは俺なのかよ……!」
いつもの時間帯や通学路に鍵がある可能性を考え、時間をずらして回り道をしたのだが無駄だったようだ。
「大丈夫。私が居る……」
「無茶はするなよ」
昨日の光景が浮かんでくる。両腕を失い、紅い血を流す桐音の姿。不甲斐ない自分を守るために、桐音が傷つく。もうそんな事には耐えられない。
「大丈夫。昨日の相手ほど不味い相手じゃない」
彼女の右手には刀が握られている。
おどろおどろしい叫び声をあげる怪物。その声に遼太郎の身体は竦む。ただの声でひるんでしまう自分が情けない。
桐音は流麗な動作で怪物の前に立つ。そこには恐怖感や緊張感という物は微塵も見受けられなかった。まさに自然体。力が入り過ぎず、かといって抜け過ぎもせず。そこに立つことが当然という空気を醸し出しながら、桐音は巨大な蜥蜴に対峙する。
瞬間、妖怪は縦に二つに引き裂かれていた。まさに一瞬の神業だった。
妖怪ははらはらとした塵となり、消滅した。紅い霧状になった化け蜥蜴は桐音の方へと吸い込まれていった。
「た、助かったぁ……」
『転界』も解け、世界は色を取り戻していく。
危なげなく勝利したとはいえ、遼太郎としては命の危機にあったことは間違いない。緊張で詰めていた息をふっと洩らす。
「ありがとな、桐音。お礼の言葉くらいじゃ足りないけど」
「……これは私の役目だから」
「『呪禁省』の退魔師とかいう奴か。いや、それでも俺が同じ立場で、同じ力を持っていたとしても、同じように出来たとは思えない。やっぱり、これは桐音だから出来る事なんだよ」
よく漫画に非日常を求める主人公が戦いに巻き込まれていくなんていう筋があるけれど、自分ならばやはり平和が一番だと感じる。もちろん、そんな風に思うのは、今まさに漫画の様な危機に直面しているからだ。やはり、町を守るために密かに戦い続ける等という真似は誰にでもできる類いのことではない。
「……遼太郎君も私には出来ないことをしてくれる」
「……え?」
「私は遼太郎君の言葉に励まされた。だから、戦っていける……」
「今までだって戦っていたんだろ」
「…………」
桐音は黙り混んだまま、何も答えなかった。