第11話 余りにもありふれたサービス回

文字数 15,847文字

「プールに行こう!」

 それはある日の昼休みの教室でのことだった。

 櫻子は桐音に向かって言った。

「実はうちのお父さんが、『神津潟ランド』のプールのチケットを会社の人から貰ったらしくて、私にくれたの。光ちゃんと行くんだけど、桐音ちゃんも一緒に行こうよ」

 桐音はむっつりと黙り込み、何も答えない。しかし、それはいつも通りのことであり、櫻子にとっても慣れっこになっていたのだろう。その程度のことでは櫻子はひるまなかった。

「絶対楽しいって。ウォータースライダーとか、流れるプールとか、温泉もあるらしいよ」

 桐音は助けを求める様にちらりと遼太郎の方を見た。遼太郎は言った。

「行ってきたらいいじゃねえか」

「でも……」

 そのときになって、遼太郎は桐音が何を気にしているのかに気がついた。桐音がプールで遊んでいる間に遼太郎が妖怪に襲われたときのことを案じているのだろう。『神津潟ランド』があるのは、花澄市の隣の神津潟市。同じ町内ならばともかくそれだけ距離が離れれば、万が一ということがあり得る。

 俺のことは気にするな、そう言ってやりたかったが、流石に遼太郎も自分の身は可愛い。いざというときに桐音が助けに来ないというのは流石に恐ろしい。

 とはいえ、これは櫻子が用意してくれた千載一遇の好機と言えた。これを機に桐音と櫻子の仲が更に深まれば、それに越した事はない。

 それに櫻子だけでなく、桐音と三条も仲良くなれればと思っていた。今、桐音と櫻子はそれなりの関係を築いているが、それは主に櫻子の努力あっての事だ。だが、この先、桐音が出会う人間が全て櫻子の様な相手だとは限らない。だから、桐音の成長を思うのならば、櫻子以外の人間とももっと仲良くなってほしいと思っているのだ。

 遼太郎は桐音のために出来る事ならば何でもしてやりたいと思っていたのだから。

 尚も言葉を濁し続ける桐音を見て、櫻子は言った。

「遼太郎君も来ればいいよ」

「え? いいのか?」

「うん、チケットは四枚あるし」

 ならば、櫻子、三条、桐音、遼太郎の四人で行けるということになる。それならば遼太郎が妖怪に襲われたとしても桐音がすぐに対応することができる。

「――だったら」

「ちょっと待ったぁ!」

 ぼそりとした桐音の呟きを遮る声。

 その声の主は高山だった。

「話は聞かせてもらったぜ……」

「盗み聞きやめろよ」

 遼太郎のツッコミを無視して、高山は言う。

「ずるくね?」

「は?」

「だって、櫻子ちゃんと三条と宍戸とおまえだろ。おまえ、ハーレムじゃん」

 確かにそう言われてみると男は自分一人だけ。それでプールに行くとなれば少し気まずい気がしないでもない。

 だが、遼太郎はあえておどけて言った。

「はっはっは、これが俺とおまえの実力の差だよ」

 遼太郎の素直な本心は「余計なところでしゃしゃり出るんじゃねえよ」だった。今、せっかく話がまとまりそうだったのに、この男のせいで台無しである。

 大前提として桐音と櫻子の友情を深めさせることが遼太郎の主目的であった。だが、だからといって、健全な男子高校生として女子とのプールという嬉し恥ずかしイベントをみすみす見逃すほど、枯れた男になり果てたつもりはなかった。

「俺は誘われた。おまえは誘われなかった。それが現実だ」

「あ、あの、だったら、わ、わたし、別に行かなくても……」

 消え入りそうな声で言ったのは三条光だった。

(こいつ、居たのか……)

 つい今し方まで傍に居た事に気がつかなった。桐音も大人しいタイプだが、それでも人目を引くクールな美人に見えるのに対して、三条は大人しすぎて周囲から認識されない、そういうタイプだった。

 おさげにした長い髪をもじもじといじりながら言う。

「わ、わたしが行かなかったら、四人になるし……」

「ダメだよ。そもそも、最初に光ちゃんと一緒に行く約束したんだから」

 櫻子が三条に向かって言う。

 そして、チケットが入った袋をいじりながら呟く。

「うーん、どうしたものか……そうだ!」

 櫻子は、何かを思い付いた様に叫んだ。

「今から男子二人に勝負してもらって勝った方にチケットをあげる。これでどうだ!」

「なっ?」

 遼太郎は動揺する。何を余計なことを言い出すんだ櫻子は。先に自分の方を誘ったからといって高山の申し出を断ればそれで済む話ではないか。それならば、桐音も共に行くことを了承し、女同士の友情を深め、その間、自分は女性陣の水着姿を堪能できる。それで万事解決だったではないか。

「なんでそうなるんだよ!」

 遼太郎は、ムキになって叫ぶ。

「おっやー、瀬戸川君は私に勝つ自信がないのですかなー」

 高山はあからさまに挑発していた。日焼けした引き締まった身体で遼太郎にすり寄り、ご丁寧に人を見下す様な非常にムカつく面のおまけつきだ。激しく殴りたい。

 高山にとっては何のリスクもないのだから、勝負をしたいと考えるのは当然だろう。

 自分は勝負を回避する方向に皆を説得すれば――

「おやー、このサッカー部エース候補の私に恐れをなしたんですかな?」

「誰がサッカー部にビビってるって!」

 だが、男にはゆずれない一線というものがある。

「元野球部としてサッカー部に負ける訳にはいかないな……」

「……俺から言い出しといてなんだけど、サッカー部になんか恨みでもあるの?」

「元野球部には、元野球部なりの意地があるんだよ!」

 ここまで言われては勝負を避ける訳にはいかない。正々堂々とこの男を打ち破り、自らの手で水着ハーレムを勝ち取ってやる。

 既に、女性陣の水着の方が主目的にすり替わってしまっている自分に気がつかないまま、遼太郎は叫び続ける。

「さあ、どんな勝負でもいいぜ! かかってこいや、サッカー部!」

「だから、何なの。そのサッカー部に対する謎の敵対心」

「何だ? ビビってるのかサッカー部!」

「はんっ、上等だ。勝負は俺が決めていいって言ったな。じゃあ、これだ」





 いつの間にか周囲には人だかりが出来ていた。噂し合う声が聞こえてくる。

「瀬戸川と高山の腕相撲対決らしいぞ」

「なんか知らんが買った方がハーレムらしい」

「まじかよ、俺も参加したいんだが!」

 不可解に増えたギャラリーを無視しながら遼太郎は考える。

 無理。勝てない。

 自分は野球部と言っても「元野球部」であり、高校に入ってからは帰宅部だ。筋トレなんて久しくやっていない。

 対して高山は現役バリバリのサッカー部。制服の上から見た目ではっきりとわかるほどに鍛え上げられている。これでは始める前から負けは見えている。サッカー部員に対する恨みから安易な勝負に乗ってしまった自分を責めても、もう遅い。

「流石サッカー部、やることが汚い……!」

「ほんとに何なんだよ、その対抗意識は……」

 勝負のときは刻一刻と近づく。

 そして、リング(二つの机を合わせた物)とレフェリー(櫻子)の準備が整う。

 二人は手をがっちりと握り合う。

 勝たなくてはならない。

 遼太郎はそう考えた。

 たとえ、どんな手を使ってでも……!

「レディー……」

 高山にだけ聞こえる様な小声で遼太郎は言った。

「今、負けてくれたら俺の例の秘蔵DVDをやる!」

「……な!」

「ゴー!」

 戦いの火ぶたは切って落とされた。





 例の秘蔵DVDとは、言うまでも無く男子高校生にとっては聖域である一八禁DVDのことである。そういった物の年齢確認は厳しい。簡単に手に入るものではない。まず、遼太郎はDVDショップのアダルトコーナーから出てきた客がレジに行くのを遠くから監察し続けた。数週間に及ぶ張り込みの結果、店員によって未成年のチェックの厳しさに違いあることを確認したのだ。しかし、その甘い店員の中でも波があり、きちんと年齢確認をすることもあるのだ。遼太郎はほぼ毎日その店に通い詰めた。その結果、店が就業間際になればなるほど、店員のチェックが甘くなることを発見した。しかし、問題はここからだった。流石に一度失敗すれば、もう二度と成功することはないだろう。だから、作戦はできるだけ夜が深まってから行われるのがふさわしい。だが、母親が遼太郎の深夜の外出を容認することはないだろう。そういう母親なのだ。ならば、母親が家を空けている日を狙うしかない……。

 Xデーは決まった。

 失敗が許されない。そのことがどれだけのプレッシャーなのかということを遼太郎は学んだ。出来るだけ大人に見える様な恰好を選んだつもりだった。それでも店員が本来の手順通りに年齢確認を行えば、一瞬で破綻する程度の脆い保険でしかない。

 遼太郎は自然な挙動を意識しながら、以前から目をつけていたDVDを何気なく手に取り、レジへと持って行った。

 気付かないでくれ……!

 店員はのっそりとDVDを受け取り、レジを通していく。本来ならばここで年齢確認がある……。

 遼太郎は神に祈った。神の存在をこれほどまでに信じたのは初めてのことだった。男子高校生を導く青春の神様。そんな神様がもしいるのならば、その力を発揮するのは、今この瞬間をおいてないのではないか。

 果たして、その祈りは聞きと遂げられた。

「三一五〇円です」

 店員は奥歯に物が挟まった様な声で言った。年齢確認をパスしたのだ。遼太郎は予め用意していた金を払うとほとんどひったくる様にして、その店を飛び出していた。

 遼太郎の胸には確かな達成感があった。

 ブツを手に入れたことは嬉しい。だが、それ以上にやり遂げたという思いがあった。遼太郎はこの日のことを一生忘れないだろう。

 本当に大切な何かをこの手に掴んだこの夜のことを。





 そんな走馬灯を見ている場合ではなかった。

 そうして手に入れたDVDをかつて高山に自慢したことがあったのだ。

 そのDVDは、遼太郎にとっては単なる一八禁DVD以上の価値があるものだった。

 それを売り渡す。それが遼太郎の覚悟だった。

 それほどの思いを持って、遼太郎は女子の水着姿が見たいと思ったのだ。

 遼太郎の言葉に心が揺れたのか、高山の腕には力が入っていない。今なら押し切れる。遼太郎が全身の力を右腕に集中させ、とどめを刺そうとした瞬間だった。

 遼太郎の右腕は一ミリも進まなくなった。文字通り後ひと押しで高山を倒せるというのに、そのひと押しが決まらない。

「なん……だと……?」

「確かに、それは魅力的な提案だ。だがな」

 高山は遼太郎が見たことが無いほどの真っ直ぐな目をして言った。

「それ以上にクラスメイトの女子の水着姿は重い!」

 まさに、一瞬。

 遼太郎の右腕は机の上に叩きつけられていた。

 じんじんと響く痛みが自分が今、敗北したことを告げていた。

「いつまでもおまえにばかりいい思いをさせている訳にはいかないんだよ……」

 高山は威圧的なオーラをびんびんに放出しながらそう言った。

「くっ、ラブコメにおける主人公の友達ポジションみたいな面しやがって……」

「何を言おうとも、今の貴様の言葉は負け犬の遠吠えに過ぎない」

 屈辱だった。遼太郎のプライドはずたずただった。憎み恨むべきサッカー部員に負けたのみならず、こんなモブキャラチックなキャラクターの男に負けたのだ。それが屈辱以外の何物でもあるはずもない。

 そして、何よりも女子とプールに行く権利を失ったということに血涙を流すほどの(流してはないが)悲しみを覚えた。

「ちくしょおおおおおおおっ!」

「あー、じゃあ、このチケットは高山君にあげるねー」

 櫻子は平然と言った。

 それでは、桐音は来ようとしないぞ、解っているのか。

「じゃあ、リョウ君は悪いけど、自分でチケット買ってね」

「あ、はい」





 その週末、遼太郎、桐音、櫻子、三条、高山の五人は『神津潟ランド』を訪れていた。

 よくよく考えれば、別に櫻子のチケットが無くても金さえあれば入園は可能なのだ。そのチケットだって高校生に払えないほどの物ではない。別にあそこまで必死になって奪い合うことはなかったのだ。

 男性陣はさっさと更衣を終え、既にプールサイドまでやってきている。

 プールサイドを見渡すとよく宣伝しているだけあってなかなか立派な施設だという事がわかった。流れるプールや派手なウォータースライダーはもちろん、本格的に泳ぐ人の為の五〇メートルプールまである。別の場所には温泉もあるというし、単純に遊ぶだけでも充分に価値がある場所だろうと思えた。もちろん、一番の目的は、水着……ではなく、桐音を自分や櫻子だけでなく、三条や高山とも普通に話せるようにさせる事だったのだが。

 しかし、女性陣はなかなかやって来ない。だが、女性陣の身支度に時間がかかるのは当然だろう。

 仕方なく高山と二人で駄弁り、時間を潰す。

 引き締まった上半身を晒した高山は言う。

「女性陣の中で誰が一番スタイルいいんだろうな? 予想つかねえ」

「は? 何言ってんだ、おまえ」

 遼太郎は驚きの声を上げる。

「おまえは『俺は見ただけで女性陣のスリーサイズがわかるぜ!』とか言っちゃうキャラじゃないの?」

「おまえの中での俺のキャラ認識について、一度しっかり話しあわねばならない様だな……」

 馬鹿な会話を交わしていると遂に女性陣が現れた。

「お待たせー」

(さあ、ショータイムの始まりだ……!)

 櫻子の声に振り返り、全てを目に焼き付けんとした遼太郎だったが、

「…………」

 その意気はさっそく挫かれた。

 女性陣は全員水着の上に服を着ていた。

 櫻子は上に黄色いTシャツ、下には青いサーフパンツを見につけていた。三条は水色のパーカーを羽織り、腰にはパレオを巻き付けていた。これでは肝心な部分が何も見えない。

 テンションが急落した遼太郎だったが、桐音の姿が見えない事に気がつく。

「桐音はどうした?」

「あれ? 今まで居たのに」

 四人で周囲を見渡すと、櫻子と三条の背後。リゾート感を出すために植えられたのであろうヤシの木の裏。そこから首だけ出している桐音の姿を見つけた。

 相変わらず無表情ではあったが、どこか様子がおかしいことは察せられた。

「あ、居た。なにしてるの、桐音ちゃん」

「いや……その……」

「ほら、早くおいでよ!」

 櫻子に手を引かれ、ふらふらと目の前に現れた桐音に、遼太郎は思わず目を剥いた。

(これは……!!)





 子供の頃の話だ。

 遼太郎には父親が居なかった。その理由はよく知らない。ただ、死別したという訳でも離婚したという訳でもないらしいことは察していた。どうやら、母親は初めから一人で遼太郎を育てるつもりであったらしい。

 そうなると当然、母親が働きに出ざるを得なかった。幸い、とある商社でバリバリのキャリアウーマンとして働いていた母親の稼ぎは決して悪くなかったから、片親だからといって金銭的な不自由を、遼太郎は感じたことはなかった。

 唯一不満だったのは、子供の頃、母親にろくに遊びに連れて行ってもらえなかったことだった。母親は仕事が忙しく、同時に家事もこなさなければならなかったため、それは仕方が無かったことなのだということは今では理解できている。しかし、小学生に上がりたての子供にそんなことが理解できるはずもなく、同級生から遊園地に行っただとか、海に行ったなどという話を聞かされる度に、遼太郎は小さな不満の種をくすぶらせていたのだった。

 そんなある日のことだ。具体的なきっかけは今となっては思い出せない。だが、遼太郎は、母親に向かって溜まりに溜まった不満を全てぶちまけた。どうして、お母さんはどこにも遊びに連れて行ってくれないのか。友達はみんな色んな所に遊びに行っているのに。こんな家に生まれなければ良かった。そんなことを支離滅裂に遼太郎は喚き散らした。

 そして、夜にも関わらず、遼太郎は家を飛び出した。

 何かあてがあるわけでは無かった。ともかく、こんな家から出来るだけ遠くに逃げてやろう、そんなことしか考えていなかった。

 これで家に帰らなかったというなら、まだ格好もついたのだが、家を飛び出した遼太郎はすぐに不安になり、泣きながら家に帰ってしまった。僅か数十分の家出であった。そして、遼太郎を探しまわっていたのであろう母親が、息を切らして家に帰ってきた。そして、遼太郎を見て言った。

「遊びに行くぞ」

 元々子供ながらに破天荒なところがあると感じていた母親だったが、流石にこれには遼太郎も驚いた。

「でも、もう夜だし……」

「その夜に飛び出して行ったのはどこのどいつだ」

「あした、学校あるし……」

「母さんだって、明日仕事だ。しかも、めっちゃ大事な商談のな」

「じゃあ……」

「ごちゃごちゃ言うな、とっとと仕度しろ」

 母親は昔からこうだった。一度決めたことは滅多なことでは曲げようとしない。母親というよりは乱暴な姉貴分のような人だった。部屋着にジャンパーだけをはおって、二人は小さな白い自家用車に乗りこんだ。

 季節は十一月。切る様な寒さが肌を撫でていた。なかなか暖まらない車内で、白い息を吐きながら遼太郎は何も言えなくなっていた。

 こんな時間帯から一体どこへ行くというんだろう。

 車は迷うことなく進み、少しずつ山奥へと進んで行くようだった。花澄町はもともと山を切り開かれて作られた町だったから、町の中心部を少し外れれば、そこにはもう山しかない。

 そして、山奥にある駐車場に車は止まった。真夜中の時間帯では、他に車や人影などあろうはずもない。

「行くぞ」

 母親は、遼太郎の手を引いて、簡素な舗装がされた山道へと入って行った。

「……どこに行くの?」

「すぐわかる」

 言葉少なく、二人は山道を踏みしめていく。

 どれくらい登っただろうか。子供だった遼太郎には山道はきつく、息を切らしながら必死で母親についていく。いつしか空は白み始めていた。

 もうダメだ。遼太郎が、その場にしゃがみこもうとしたときだった。

「着いたぞ」

 そこはいわゆる展望台の様だった。木で囲われた柵の向こう側は切り立った崖。そして、その下には遼太郎達が住む花澄の町が広がっていた。遼太郎の家である小さなアパート、いつも通っている学校、普段遊ぶ公園、近所のホームセンター、滅多に使うことがない駅。そんな光景を遼太郎は見下ろしていた。

 そして、その先には驚くべき光景が広がっていた。

「見ろ」

 朝日だった。

 朝日が向かい側にある二つの大きな山の向こう側からゆっくりと登って来ていた。

 光は町を少しずつ照らし出していく。それはまるで町に命の灯を灯しているようだった。あの光を浴びて、人々は動きだすのだ。

「すごい」

 その光景は絶景で遼太郎の心の奥底に確かに刻み込まれた。

「ここくらいしか思いつかなかったからな」

 母親は、髪の毛をがしがしと掻き上げながら呟いた。

「……そのうち、考えとくよ。遊びにいくところ」

 遼太郎はただ黙って大山の向こう側から登ってくる朝日を見つめて、目を細めていた。





「ダブルマウンテン……!」

 いや、そんな回想はどうでもいいのだ。その後、母親は結局どこにも連れて行ってもくれなかったし、言うほどいい話でもない。そんなことは、もう本当にどうでもいいのだ。

 大事なのは今、目の前にあのとき以上の大山がそびえ立っているということなのだ。

「いや……そのあんまり見ないで……」

 桐音の身体はすごかった。いわゆる出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。まさに大方の男性が想像する理想的な体型だと言えた。

 とりわけ、胸部にある二つの山は、遼太郎の想像の範疇を遥に超えていた。黒のビキニからはちきれんばかりのそれは、周囲の男性の視線を一点に集めていた。もちろん、遼太郎とてその例外ではない。

「上に服着ていいとか知らなかったし……」

 桐音はいつも小さな声を更に潜めてもじもじとしている。

(恥じらいもグッドだ……)

 そう、ただのマウンテンではない。恥じらいを持った『恥じらいマウンテン』なのだ。

(こいつはヤバイぜ……!)

「2、3、5、7……」

 遼太郎は素数を数えはじめていた。意識を他に集中しなければ――

「持って行かれちまう……!」

 ちらりと横目で高山の方を見る。

「17、19、23、27……」

 奴も同じな様だった。そして、27は素数ではない。

「………………」

 その姿は滑稽極まりなく、遼太郎はやっと冷静になった。人の振り見て我が振り直せである。

「ちょっと、男子ー、桐音ちゃん見過ぎー」

 明らかにふざけた調子で言うのは櫻子。

「しかし、気持ちはわかる!」

 櫻子は桐音の後ろに素早く回り込み、二つのマウンテンを鷲掴みにする。

「ひゃあっ!」

 桐音が聞いたこともない様な声を上げ、櫻子は芸術品の出来を確かめようとする鑑定士の様な目で言った。

「こいつは、上物だ……」

「やめてよ!」

「ああ、ごめんごめん」

 そういうと櫻子はあっさりと手を離し、桐音に向きなおる。

「うう……だから嫌だったのに」

「大丈夫だよ! 別に悪いことしてるわけでも、恥ずかしいことしてるわけでもないんだから」

「でもぉ……」

 桐音は頬を染め、声を震わせ、明らかに恥ずかしがっている。いつも無表情な彼女がここまでの感情を表に出している光景を、遼太郎は初めて見た。

「そいやぁぁぁっ!」

 突然だった。

 櫻子は勢いよく水着の上に着ていたTシャツとサーフパンツを脱ぎ棄てた。それらがまるで風の煽られた旗の様に宙を舞う。

「さあ、これで私も仲間だ! 恥ずかしくない!」

「櫻子ちゃん……」

「ていうか、桐音ちゃんと並んだ私の方が恥ずかしい……」

 櫻子は、はっきり言うと――

(……平野)

 櫻子は桐音以上に無表情の死んだ目になって呟いた。

「格差社会……」

「い、いや、ありだと思うよ……」

「お、おう、そういうのも需要あるしな」

「取ってつけた様なフォローは無用だ」

 目から光を失った櫻子は、遼太郎と高山の言葉を一蹴する。

 櫻子の水着は水色のセパレート。確かに胸こそ無かったが、スタイルそのものは悪くない。細身好きにはたまらない体型だろう。

「はあ、もうこの話はやめだ!! 準備体操してさっさと遊ぼう、光ちゃんも」

 そう叫ぶと、櫻子は桐音と三条の手を引いて歩きだした。





 それからは本当に楽しい時間だった。

 皆でビーチボールで遊んだり、桐音がクロールで物凄いスピードで泳いだり、調子に乗って胸の話に触れた高山が櫻子にプールに叩きこまれたり、遼太郎はその時間を心から楽しんだ。

 桐音と櫻子も本当に仲良くなれたようだった。遼太郎には、桐音の無表情の奥にある感情がなんとなくわかる様になっていた。

 二人はきっと本当に友達になれたのだろう。

 本当に良かった。

 問題は三条の方だった。





 昼時に、櫻子は桐音を引っ張って売店の方へ行った。高山もその手伝いに駆り出された。遼太郎は三条と共に五人分の席を確保することになった。

 三条の水着は地味なワンピースタイプだった。恥ずかしいのか水に入るとき以外はすぐに上にパーカーとパレオを身につけていた。

 二人きりになると三条は黙り込んでしまう。もともと寡黙な奴なのは解っていた。しかし、彼女はどうにも桐音のことを避けている様に、遼太郎には思われたのだった。

「あのさぁ、三条」

「は、はい」

「敬語じゃなくていいのに」

「い、いえ、私はこの方が話しやすいので……」

 三条は相変わらず落ち着きなく視線を空に彷徨わせている。その顔は真っ赤だ。思い返すといつも顔を赤らめているような気がする。もともとそういう体質なのかもしれない。

 遼太郎は単刀直入に切り出すことにした。

「勘違いだったら悪い。三条は、桐音のことが苦手なのか?」

「い、いえ。そ、そそ、そういう訳では……」

 明らかな動揺の色が顔に現れる。

(こいつは隠し事できないタイプだな……)

 三条は顔を伏せたままぽつりと呟いた。

「ただ、ちょっと怖くて……」

「怖い?」

「宍戸さんって、いつも周りを寄せ付けないようなオーラを放ってるっていうか……ああ、悪口とかじゃないんです、すいません……」

「いや……わからないでもない」

 確かに桐音は決して友好的なタイプではない。実際、彼女に話しかけた人間は今までだっていたのだ。それをすげなく切り捨てたのは彼女の方だ。三条の様なタイプが気後れしてしまうのも仕方が無いことだろう。

「櫻子ちゃんとか、瀬戸川君はすごいと思います……」

「俺が?」

「私は、積極的に誰かに関わるなんてできないんです……櫻子ちゃんと仲良くなれたのだって、彼女が私に話しかけてくれたからだから……」

 確かにクラスの中で、三条が櫻子以外の人間と会話しているのはあまり見たことが無い。桐音ほど極端では無くても、どちらかというとクラスの中では浮いているタイプではないだろうか。

 三条と桐音。この二人は似ているのかもしれない。

「よっしゃ、俺に任せろ」

「え?」

 おせっかい野郎、瀬戸川遼太郎としては、こんな相手は放っておけないのだ。





「鬼ごっこをしよう」

 皆で昼食を取り終えた後、遼太郎は言った。

「鬼ごっこ?」

 櫻子は疑問の声を上げる。

「単純な鬼ごっこだよ。でも、プールでやるのはなかなか面白いぞ。水の中を移動するのは地面を走る回るのとは感覚が違うからな」

「へえー、いいかもね」

「おお、やろうぜ」

 高山もあっさりと乗ってくる。

「二人もいいか?」

 遼太郎は桐音と三条に向かって言う。

「別に構わない」

「は、はい……」

 桐音は静かに、三条はいつもの様におどおどとしながら了承した。

「よし、まずはじゃんけんで鬼を決めよう」





「負けちゃった」

 最初の鬼は櫻子になった。

「よし、範囲はこの流れるプールの中な。三十秒数えろ」

 ここの流れるプールはなかなかの規模だ。まず全体の構造は円形。その外縁部にそって水は流れている。そして、その中心部には流れがない円形のプールもある。内部の円形プールへ侵入する通路は東西南北四か所ある。つまり、ただ一方通行で流されるだけでなく、真ん中の円形プールを経由して、相手の背後に回ることもできる構造になっている。

 円形プールの中心部で櫻子がカウントを始める。

 まずは、遼太郎は外縁部に出て、流れに乗ることにした。

 そこに高山が追いかけてくる。

 鬼ごっこだからといって常に全力で泳ぐ必要はない。鬼が来たら逃げればいいのだから。流れるプールの壁際に立ち、二人は会話し始める。

「おまえの作戦は読めてるぜ」

 高山は眉を吊り上げ、にやりと口元を歪める。そんな典型的な小悪党と言った表情で言った。

「何の話かな?」

 遼太郎は、澄ました顔でそれに応じる。

「おまえは、鬼ごっこに乗じて――女子の身体に触れようとしているな」

「……ふっ。大した男だ」

 そう、「鬼ごっこ」を提案した遼太郎の狙いはそこにあった。地上の鬼ごっことの最たる違い。それは身体を覆っている布面積が圧倒的に小さいということにある。つまり、タッチするときには自然、素肌に触れざるを得ないということになる。

「おまえほどじゃあねえよ」

 二人の男の間には、一種の一体感が溢れていた。今、ここでは二人の至上命題は一致している。少なくとも敵対する理由はありはしない。

「あばよ」

 そして、高山は去って行った。男二人で固まっていることには、何のメリットもないからだ。

「あ、居た!」

 そして、遼太郎の元には鬼である櫻子が現れた。

「ちっ、見つかったか」

 と口では言ったものの、あえて見つかったのだ。

 遼太郎の作戦を実行する為には自分が鬼になる必要がある。鬼である櫻子にタッチしてもらわなければそれは叶わない。

 遼太郎はある程度逃げて、そして、捕まった。前に人が多くて逃げ切れなかった振りをしたのだ。

「さあ、次はリョウ君が鬼だ」

 そして、櫻子は去って行った。

「ちくしょう、やられたぜ」

 などと口でいいながら、遼太郎は

(遂に俺の時代が来た……!)

 そう考えていた。

 狙うべき相手は――

(三条はどこだ?)

 櫻子は今まで鬼だった。鬼だった相手にタッチし返すことはできない。そういうルールだ。そして、桐音は先程も見たが驚異的な運動能力を持っている。遼太郎も運動音痴という訳ではないが、彼女には到底追いつくことは叶わないだろう。筋肉野郎である高山をわざわざ狙う理由はどこにもありはしない。ならば、後は三条を狙うしかない。

「さあ、どこに居るのかな?」

 遼太郎は舌舐めずりしながら、周囲を見渡した。プールの内部にはたくさんの人が居る。そう簡単にはターゲットを補足することはできないだろう。





「居ないじゃねえか……」

 三条を探し始めて既に五分近くが経過していた。他のメンバーはちらほら視界に入るのだ。人が多いとはいえ、プールには隠れる場所は多くない。すぐに手が届く位置には居なくても、櫻子や桐音を見つけることは出来た。しかし、三条は影も形も見えなかったのだ。

 三条がルールを破ってプールから上がっている可能性も考えたが、あいつがそんな真似をするとも思えなかった。

「もー、何やってんのさぁ」

 櫻子が無警戒に近付いてくる。櫻子にタッチし返すことはできないのだから当然なのだが。

 鬼ごっこで五分以上鬼が動かないというのは、非常にだれる。それは遼太郎も理解している。だが、目当ての三条を見つけられないのだから仕方が無い。

「あー、ちくしょう! 三条はどこに居るんだよ!」

「あ、す、すいません」

 その声に遼太郎はばっと振り向く。

 すると手が届きそうなほど目の前に三条が居た。

「……嘘だろ?」

 こんなに近くに居たのに、今まで気がついていなかったというのか?

 しかし、それ以外には考えられない。とはいえ、ターゲットはようやく補足できた。

「へっへっへ、ようやく見つけたぜ」

「はひぃ!?」

 遼太郎は、手をわきわきと動かしながら、一歩ずつ三条の方へと近付いていく。

「さあ、触らせてもらおうか……!」

「こ、怖いです!」

 おびえる三条に、遼太郎は嗜虐心を狩りたてられる。こうやって見ると三条もなかなか可愛い顔立ちをしている。小動物系とでも言うのだろうか。決して人目を引く容姿ではないものの、磨けば光る原石の様な魅力があった。

追い詰められた彼女は、いつも赤い頬を一層赤く染め、涙目になっている。

「うおおおおおおおっ!」

 全身全霊をかけて遼太郎が三条に触れようとした瞬間――

「何してるの……」

 伸ばした手を何者かに横から掴まれる。

「あ……え……」

 それは桐音だった。相変わらず顔面の筋肉はピクリとも動いていない。だが、遼太郎はその無表情の向こうにある感情をおおよそ読み取れる様になっている。

 そこに見えた感情。

 圧倒的な怒り。

 人間は自分の力を凌駕する存在に対峙したときには身がすくむものだ。何か行動を起こさなければいけないことは解っている。だが、その理解が行動に結びつかない。遼太郎の身体は完全に硬直してしまっている。

 掴まれた右手に込められた力が一層強くなる。ぎりぎりと骨が軋んでいる。遼太郎の全身からばっと嫌な汗が噴き出す。

「あれ……桐音さん……」

「三条さんが嫌がってるよね……?」

「いや、これはそういうゲーム……」

「嫌がってるよね……」

「ああ、はい!」

 桐音に握られた右腕に激痛が走り、思わず悲鳴を上げる。

「遼太郎君、調子に乗り過ぎ……」

「本当にすいませんでした!」

「私に言ってどうするの」

「すいませんでした! 三条さま!」

 遼太郎は心の底から叫んだ。

 それでやっと万力の様な桐音の右手から解放されたのだった。

 明確な怒りの気配を放っていた桐音は、そこで俄かにその勢いを失った。

「あ、あの……」

 桐音はきょろきょろと落ち着きなく目線を泳がせながら言う。

「だ、大丈夫……?」

 遼太郎はそれが自分に向けられた言葉で無いことに気がついた。

 桐音は今、挑戦しようとしているのだ。以前に遼太郎は言った。知らない人に話しかけるのは誰だって怖い。ビビっている。でも、みんな、そうやって生きている。

 もしも、それが上手くいかなかったときは、俺が助けてやる。遼太郎は約束した。

 だから言ってやる。

「だってよ、三条」

「え?」

 桐音は目線は伏せたまま三条に向きなおって言った。

「だ、大丈夫……?」

 遼太郎は二人が会話をする所を、初めて見た。

 三条の方はいつも赤い顔を更に赤らめている。表情も硬い。ぎゅっと縮こまっている。

「あ、ありがとう……」

 小さな声だったが、その声は確かに桐音に届いた様だった。遼太郎は二人の間に何かが通じ合うのを見た。それは本当に細くて短い糸なのかもしれない。しかし、確かにそこにあった。もしも、千切れてしまいそうになったときは、自分が繋ぎ直す手伝いをしてやればいい。

 そのときだった。

 遼太郎の頭ががっと掴まれた。

「よし、調子にのったリョウ君へのおしおきターイムだ!」

「は?」

 遼太郎の頭を掴んでいるのは櫻子だった。

 振り返ると櫻子は満面の笑顔。だが、その笑顔の裏に、遼太郎は確かに「鬼」の存在を見た。はは、なるほど、今は鬼ごっこ中だったか――

「あんまり調子にのっちゃだめだぞ」

「……はい」

 その後、遼太郎は息が続く限界まで水中土下座を強要されたのだった。





 ひとしきり遊んだあとは、男女に別れて温泉に入ることになった。温泉はいわゆるスパリゾートだった。打ち付ける滝や泡風呂に電気風呂、炭酸風呂なんていうものまである。その一つの檜風呂につかりながら、高山は言った。

「おまえも大変だな」

「何がだ」

「何でもねえ」

 二人にしては珍しく言葉少なに温泉を楽しんだ。女性陣も仲良くやれているだろうか。





「今日は……ありがとう……」

 その帰り道だった。駅前で櫻子、三条、高山と別れ、桐音と二人きりになったときだった。住宅街の線路沿い。向こうで踏切の音が聞こえる。結構遊んだつもりだったが、まだ日は沈みきっていない。夏の太陽は働く気力に満ちている。

「何の話だ?」

 遼太郎は答える。

「遼太郎君、私と三条さんに会話させる為にあんなことしたんでしょ?」

「………………」

 それは半分は正解だった。もちろん、単純な男子高校生としての健全な欲求の発露の結果であったことは否定しない。しかし、それ以上に櫻子以外に常に一歩引いている三条ともっと歩み寄れればと思い、あんなくだらない行動を取ったことは確かだ。桐音が止めなければ、「なーんてな」などと、馬鹿におどけてお茶を濁すつもりだった。それで三条が怒れば御の字。関わり合いになろうとしない状況より、嫌われたりしている状態の方が、まだ心を開くとっかかりは掴める。謝るというアクションを起こす事は関わるということだからだ。そうやって三条の方の心を動かせれば、桐音と三条を結び付けるチャンスも増える。

「そりゃあ、俺を買い被り過ぎだ」

 けれど、遼太郎は桐音の言葉を否定する。実際、これほど上手い展開になるとは、読めなかった。

「あれは、桐音が頑張った結果だよ」

 あのとき、桐音が動いてくれたことは本当に嬉しかった。それは初めて桐音が自分から人に歩み寄ろうとした瞬間だったからだ。桐音が人とのつながりを作ろうとビビりながらも勇気を出したこと。それは本当にすごい進歩だった。

「でも、ありがとう……」

 そのときだった。

「今、笑った?」

 桐音の表情がほんの少し緩んだ様な気がした。いや、それは正確には笑顔と呼べるようなものでは到底無かった。顔の筋肉がぴくりと動いた。その程度のものだろう。しかし、どんなときでも無表情の桐音を見続けてきた遼太郎にとってはそれが桐音の精いっぱいの笑顔に見えたのだ。

「……笑ってない」

 桐音はまたいつもの固い顔に戻ってしまう。

 二人の横の線路の上を電車が走っていく。その音と振動が二人の間を駆け抜けていく。

「あと一つ言っとくけど……」

 桐音はやはりいつも通りの無表情で遼太郎を見つめて言った。

「女の子にデレデレしないで……」

「はあ?」

 遼太郎は桐音の言葉の真意が掴めず、疑義の声を上げる。

「櫻子ちゃんや三条さんに手を出さないでって言ってるの」

「……何言ってるの?」

 なぜ桐音にそんなことを注意されねばならないのだろうか。

 遼太郎は頭に疑問符を浮かべながら呟く。

「俺が誰にデレデレしようが関係なくない?」

「関係ある」

「なぜ?」

「関係あると言ったらあるの」

 桐音の言葉を噛み砕き、脳内で整理し、その真意を読み取ろうとする。

 そして、一つの可能性に辿り着く。

(まさかこいつ俺が好き、なのか……)

 遼太郎の経験(九割が漫画の知識)に照らし合わせて考えるとこれは、嫉妬しているという奴ではないだろうか……。

(まあ、ないか……)

 桐音はやっと人に心を開くことを覚え始めた様な奴だ。こと人間関係に関して言えばその経験値はきっと幼稚園児並に違いない。そんな人間が恋をするとも思えない。よしんば、そうだったとしてもそれは、生まれたばかりの雛が目の前に居る人間を親だと思っている様なものだ。

「やっぱり、おまえは俺を買い被りすぎだよ」

 そんな物が恋であるはずが無い。

 遼太郎はそんな風に思って、空を見上げた。太陽は山の向こうに消えていた。
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登場人物紹介

瀬戸川遼太郎


男子高校生。軽薄なところもあるが、熱い性格で困っている人間を放っておけない。

ある日、突然「バケモノ」に狙われるようになる。

宍戸桐音


女子高生。無口で眉一つ動かさない美人。

正体は『呪的犯罪対策官』、通称『C3』と呼ばれる退魔師で「バケモノ」に襲われるようになった遼太郎を守護する役目を買って出る。

鹿島櫻子


女子高生。明るい性格で抜けているようにも見えるが、人一倍周囲を見ている気遣い屋。

遼太郎を通じて、桐音と友達になろうとする。

三条光


女子高生。引っ込み思案な性格で、影が薄く、周囲に居ても気が付かれないことが多い。

櫻子と仲が良い。

高山


男子高校生。遼太郎のクラスメイトで、明るいお調子者。

サッカー部に所属していて、ガタイが良い。

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