第63話 初めての喧嘩 ~男女の行き違い~ Bパート
文字数 4,750文字
今日も普段通りに帰って来ていた慶に先にお風呂に入るように言った後、お母さんと二人で夕食の準備を進める。
「そう言えば慶の顔の傷、愛美が診てくれたんだってね」
お母さんが嬉しそうに言う。
「別に大したことはしてないよ。たまたま慶が救急箱を探していた物音がしたから気になっただけだし」
結局今だってそうだけれど、面と向かって慶と喋るような事はしない。
昨日の事は昔の慶の事が気になったからとか、昔の話を思い出したからとかの話なだけで、慶自身に対する嫌悪感が消えた訳じゃない。
「ありがとう愛美。お父さんが今の話を聞いたら喜ぶわよ」
ただ今日から週末の間は家にお母さんがいてくれるから、色々な事にまで気を回す必要が無いと言う事だけだ。
「そのお父さんだけれど、元気にしてる? 体壊したりしてない?」
あの時のお父さんとお母さんの様子が気になってちょっと探りを入れたのだけれど
「大丈夫よ。ただ今週は愛美の顔が見られないって泣き言を言ってたわね」
お父さんの姿を思い出したのか、思い出し笑いをするお母さん。
そんなお母さんにお父さんと喧嘩した事があるのかを聞こうとして――変に心配を掛けたくなくて辞める。
私が何かを聞こうとしていた事に気が付いたのか、私に何かを言いたそうにしていたけれど私がそれに気付かないフリをしている間に、慶がお風呂から上がって来たから、
「愛美。先に入って来て良いわよ。お母さんは気にしないから」
軽く息を吐くお母さんの言葉に甘える。
私の後にお母さんもお風呂に入ってからの三人での夕食時。
「そう言えば愛美。進路の話は先週したけど期末試験も、もうすぐなのよね」
「うん。私の所は再来週の7日の月曜日から4日間」
慶の前で優希君の話をするわけにもいかないから、時期的にもどうしてもテストの話になってしまう。
「愛美の成績なら選択肢も広いでしょうし、先週も言ったけど、お母さんたちに遠慮はしないで何でも相談して頂戴ね」
そして今日貰った進路希望調査の紙の事を思い出す。
「相談って言うかお父さんとお母さんには話さないといけない事だし」
国公立とは言えやっぱりお金はかかる。
「……」
私が小さかったころの記憶はおぼろげながらしかないけれど、生活は楽ではなかったはずだ。
「愛美の人生で、愛美の努力で今の結果なんだから変な遠慮はしたら駄目よ。特に愛美は経済的な事とか気にしてそうだから先に言っておくわね」
私の考えている事が分かったのか、しっかりと釘を刺される。
「今日学校から進路希望調査の紙を渡されて、テスト明けに提出なんだけれど、明日の夜か来週にでも話が出来たらなって」
あの担任の先生と二人だけでの面談は抵抗があるけれど、まずは明日朱先輩に会った時に水曜日の日に貰った電話の話を聞かせてもらえたらなって思う。
「分かったわ。じゃあ来週はお父さんと二人で帰って来るわね。それまでは家の事は考えなくて良いからじっくりと考えなさい。もちろん日曜日の夜までいるからお母さんで良ければいつでも話を聞くわよ」
「……」
私の事を真剣に応援してくれるお母さん……いや両親。
普段は家にいなくてもやっぱり両親の存在は私には大きく感じる。
一方慶の方はと言えば成績の話になると肩身が狭くなるからか、無口になる上に今回は元気もない気がする。
「この前、期末では取り返すって言ってたけど慶久の方はどうなの?」
お母さんの質問にこっちを横目で見る慶。本当は行儀、マナー上良くは無いけれど
「お姉ちゃん。二階行ってようか?」
いつも私と比べられて肩身が狭いからと思ったのだけれど
「別に。そんなんじゃない。期末では取り返す……」
そう言ってまだ何か言いたい事があるのか、こっちにチラチラと視線を感じる。
そうなると当然前の事があるから
「ちょっと慶久。お姉ちゃんばっかり見てないでお母さんの質問に答えなさい」
お母さんが心配そうに私を見ながら、慶に注意をする。
「分かってるって。期末はちゃんとする……それでねーちゃん」
お母さんへの返事もそこそこに私に口を開きかけたところでピンと来る。
そう言えば中間テストの時はしたのに、今回はそれどころじゃなくて約束すらしていない。
そしてこの子は蒼ちゃんに心酔しているのだから、その方がやる気が出るのかもしれない。
「その前に慶はテストいつ?」
「……7月10日~12日の3日間」
と言う事は、いざとなれば両親共に帰って来てくれると言うし、蒼ちゃんだっている。蒼ちゃんがいる手前なら慶でもそんな視線を向けては来ないと言うか、蒼ちゃんの方ばかり見ている気がすると考えると一番都合が良いのかもしれない。
「お母さん。来週の金曜日友達呼んで一緒に勉強するかも、慶と一緒に」
「愛美はそれでも良いの?」
色々な意味を込めて聞いてくる。
「蒼ちゃんに来てもらうし、その日はお母さんもお父さんも帰って来てくれるんだよね」
「もちろんよ――慶久。お姉ちゃんがせっかくこう言ってくれてるんだからしっかり勉強しなさいよ。でないと本当にお父さんお母さんみたいに後で苦労するわよ」
やっぱり勉強、成績の話になるとどうしても慶の肩身が狭くなる。
「もう分ったって。ちゃんとやるから」
さすがに慶も、うっとおしそうにする。
「慶の気持ちは分かったから。でも蒼ちゃんの都合を聞いてからだからまだ決まりじゃないよ」
「おう……おう?」
蒼ちゃんが来ることは慶の中で確定していたのか、少しおかしな返事になる。
蒼ちゃんだってあんまり良い人とは言えないけれど彼氏がいるんだから予定があってもおかしくはない。
慶のやる気を削ぐ訳には行かないから当然口には出さないけれど。
その後は調子のいい慶を横目に小さくため息をついて夕食を済ませてしまう。
夕食を終えて今日はお母さんが後片付けをしてくれるからって事で、そのまま自分の部屋で勉強していると
「愛美お母さんだけど今、少し良いかしら」
お母さんが私と喋りに来てくれる。
「開いてるよー」
だからそのままお母さんに入って来てもらう。
「今日は鍵してないの?」
一週間での変わりようにびっくりしたのだとは思うけれど、
「お母さんが帰って来てくれたし、それにどういう訳か前からだいぶマシだったのが更に言葉とか行動も落ち着いて来てるし」
これがお父さんだと多分鍵を閉めてしまってると思う。
慶はアレにしてもお父さんが悪いわけじゃない。でも一つ屋根の下で一度でもあの気持ちを経験してしまうと女として嫌悪感は強い。
一方で同じ家族に対してそう思うのも辛い。
「愛美に任せはするけど、そう言うのも何かあったらいつでも良いから連絡して来なさいね」
そう言ってからわざわざ部屋の鍵を閉めに行くお母さんの背中を見ていると
「ところで最近彼氏とはどうなの?」
ギアの入った咲夜さんが浮かべるような表情をしてこっちを振り向く。
「どうって、普通だって」
「でもこの前はハンサムだから色んな女の子から声を掛けられるって言ってたじゃない」
咲夜さんに負けないくらいキラキラしたした顔で娘と恋愛話をしようとするお母さん……ってどうなのよ。
それに言っている事はよく似ているようで少し違う。その言い方だと優希君が女たらしに聞こえなくもない。先週は確か
――色んな女の子から声を掛けられるくらいハン……人気が高い――
って話したと思うけれど、語順一つでその意味が完全に変わってしまうくらい印象が違う。
「それだと優希君が節操なしに聞こえるって」
優希君はそんなタイプじゃないと良いけれどな。
やっぱり優希君の事についてもまだまだ知らない事がたくさんある気がする。
「もちろん愛美の選んだ彼氏がそうとは思わないけれど、周りの女の子はそう言う男を放っておかないから気を付けないとだめよ」
何か私より気合が入っているのは私の気のせいじゃないよね。
私が気後れしたのが分かったのか
「良い? 女は度胸よ。いくら人気があろうが愛美が彼女なんでしょ? だったら彼氏にも周りの女の子にも遠慮なんかしたら駄目よ。女の子の恋は戦争なんだから、好きならちゃんと捕まえときなさいね」
さらりとお母さんの口からすごい言葉が出た気がするけれど、聞くのが怖いから聞かなかった事にさせてもらう。
それにしてもお母さんがそこまで情熱的だとは思わなかった。だから少し気になったところだけ聞く事にする。
「お母さんって今でもお父さんの事好き?」
「好きと言うより一緒にいるのが当たり前って感じかしらね」
それって倉本君と彩風さんみたいな感じなのかな。
その合間合間に彩風さんの辛そうな表情が浮かんで、それに引っ張られるように私まで更に少し気持ちが落ちる。
「もしお父さんが浮気したら、お母さんどうするの?」
私の質問にギョッとした表情をするお母さん。話す順番を
また
間違えた。「違う違う。優希君じゃなくて、私の友達がそれでしんどい思いをしているからって事だけだからね」
よく芸能ニュースとかだと夫婦熱が冷めたとか、別居、不倫、離婚ってよく聞くけれど、その辺りはどうなんだろう。
「お母さんなら二度と浮気なんてする気が無くなるまでお仕置きかしらね」
普段のお父さんとお母さんを思い浮かべて納得する。
「まあお父さんは他の女性から声を掛けられるほどハンサムでもないから、浮気したくても出来ないでしょうけど」
言葉だけを聞いていると散々だけれど、表情はとても優しい。
お母さんがお父さんの事を信頼しているのがよく伝わってくる。そんな表情だった。
そんなお母さんを見ているとなんだか安心する。
「話を戻すけど、本当に好きなら他の女の子なんかに負けたらダメよ。さっきも言ったけど女の子にとって恋は戦いだから。それに今の時代、女は愛嬌だけを振りまいていれば良い時代じゃないんだから」
そして驚く事にお母さんの情熱もまだ消えていない。
ホントこのお母さんの年はいくつなのか。お母さんの恋愛観に驚かされてばかりだ。
「それと愛美の笑顔は武器になるんだから愛嬌
以外
にも使い道があるはずよ」それだけを言い残して、勉強の邪魔をしても悪いからと散々お母さんの恋愛観を披露した挙句満足したのかそれだけを言い残して部屋を出て行く。
でも愛嬌
以外
の使い方って何だろう。本当ならこう言うのは咲夜さんに聞いてみるのが一番いい気がする。でもその前に蒼ちゃんに聞いてみても良いかもしれない。
首をかしげながら再び机に向かおうとしたところで、携帯のメッセージの新着を知らせるランプが光っていたから確認すると
題名:ありがとう
本文:今日は少しでも話せてよかった。でも今度はもっとゆっくり会って話したい
優希君からのメッセージだった。私だって優希君ともっとお喋りがしたい。
でも嫌な事も言ってしまいそうで今日のあの空気を思い出すと、どうしても迷いが出てしまう。私はいったん保留にして
題名:明日の活動
本文:明日も参加します。よろしくお願いします。
朱先輩に明日も参加する旨を伝えて、もう少しだけ机に向かう事にする。
―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
「じゃあ来なかったら一緒どう?」
愛さんに声を掛けるもう一人の男性
「さっき朱先輩が持っていた紙袋は何ですか?」
愛さんへの思いが詰まった紙袋
「あれ? それ、いつもの水筒と違う?」
朱先輩が気付かない訳が無くて
「私、頑張ってもう少し男性に対する耐性を付けようと思います」
64話 喧嘩が与える影響 ~心の距離~