第62話 折衝組織・統括会 ~内外マネジメント~ Bパート

文字数 6,337文字


「ところで雪野、霧華。今週一週間はどうだった?」
 早速倉本君が先週からの二年の様子を伺うと言う事は、あれ以来学校側から何かあったのか。私は議事録とお揃いのシャーペンを手に準備を済ませる。
「ワタシ達の方は何もなかったですよね? 空木先輩」
 倉本君は二年の二人に聞いたはずなのに、どうして三年である優希君に聞くのか。
 ……何となく全ての原因がこの辺りのような気がする。
「何もなかったって言って良いのかな?」
 優希君が本当は何かあったのか、困った表情を浮かべる。
「それは冬ちゃんが勝手に思ってるだけでしょ。二年じゃあの時をきっかけに副会長と冬ちゃんが付き合い始めたって定着しつつあって、今その誤解をアタシと中条さんで解いてます」
 それでもまるでイタチごっこみたいですけどね。と肩を落とす彩風さん。
 彩風さんの話を聞いて中条さんまで動いてくれてるって聞いて、私の心が温かくなる。でもそれに対して気に入らなかったのか
「中条さんってあの校則違反の?」
 抗議をするような口調になると
「雪野。俺が先週言った事考えて来てくれたか?」
 倉本君の声に少しだけ厳しさが混じっている事に気付く。
 もう話の進展と言うか、展開があったのは間違いなさそうだ。
「校則は全員が守るからみんなが気持ちよく学校生活を送れるんじゃないんですか?」
 雪野さんの言ってる事は間違いじゃない。でもそれは普通の学校の風紀委員みたいな考え方で各種委員会の無いこの学校での「統括会」はその性格を大きく変えている。
 だから呼び方も慶の学校みたいに「生徒会」とは言わない。
 その事は倉本君が何度も説明して来てくれているはずなのに、それが雪野さんになかなか伝わらない。
 優希君が地頭は良いって言っていたから理解が出来ないって事は無いはずなのに。
「何でそうなるの? アタシたちは生徒を縛るんじゃなくて生徒が過ごしやすくするために活動するんだって会長が何度も言ってくれてるじゃない」
 私の気持ちを代弁するかのように彩風さんが説明するも
「じゃあ生徒の為って言えば、今話しているバイトの事や服装チェックなんて全く意味ないじゃないですか」
「雪野さん。生徒の為って言うのと、だらける、甘やかすって言うのは少しずつ違うんだって」
 優希君がそう言って、宥めるだけだって、それ以外の意味なんて無いって思いたいのに、優希君の手を自然に頭の上に置いてもらえる雪野さんに嫉妬してしまう。
 もうその行為自体が恋人同士にしか見えない。
 ただ今日は私の方を比較的長く見つめてくれている優希君が、それに気づかない訳が無くて
「空木先輩。

みたいにして下さいよ。ワタシあれ、落ち着くんですよ」
 優希君がすぐに手をどかしてくれたところで、自然に

明らかに私の方を意識しながらお願いしてくる。
「ちょっと冬ちゃん。今は会議中なんだから“けじめ”つけてよ」
 それに対してすかさずたしなめる彩風さん。
 言っている事は普通の事なのに、言葉が少しキツイ。
「雪野。正しいからって押し通したらこの前みたいに喧嘩の原因になるだろ。俺たちは仲裁する立場なんだからな」
「バイトにしても服装にしても注意したら揉めるに決まってるじゃないですか」
「それをうまく説得して納得してもらうのが僕らの活動の大半だって」
 先週の事があるからか、みんなで雪野さんに説明するけれど中々分かって貰えない。
 私も書記として記録には取っているけれど、内容が内容なだけに本当は良くは無いんだけれど、一部をぼかして記録を取っている。
 その問答を何回か繰り返したところで
「なんか冬ちゃんの話を聞いてたら、ルールさえ守ってたら後は何をしても良いように聞こえる」
「だから昨日の放課後にあった事は問題にならなかったんじゃないんですか」
 昨日の話が出て、私が当事者だった分ヒヤッとはしたけれど、話はそのまま流れて行ってしまったからホッとしたのだけれど
「……」
 何となく優希君にはバレたような気がしなくもない。
「その為のルールじゃないですか」
 半分匙を投げたような彩風さんに対しても、さも当然のように答える。
「大体そのルールを守らないから中間テストの時、園芸部にペナルティが出たんじゃないですか」
 本当なら特例のサッカー部の事を出して、雪野さんのその考え方をへし折りたいところではあるけれどサッカー部の事は将来の才能と言う事で、学校側と統括会側で

で非公開って言う事で一応は決着がついているから言うに言えない。
「あの時も岡本先輩が頑張ってくれたからそのペナルティーも半分に出来たのに先輩に失礼だって」
 そう言いながら彩風さんがこっちを見てくるけれど、
「私の事は良いけれど、その部活禁止期間のポスターはどうする?」
 このままだとなかなか話が進まないからと、先々週からのポスターの事を倉本君に確認してしまう。
 すると彩風さんが気持ち嬉しそうにしながら、鞄の中からA4くらいの大きさの紙を取り出す。
「これ。会長と作ってみたんですけどどうでしょうか」
 そう言って下書きされた絵と下の方に書かれたペナルティの説明が書かれた紙を見せてくれる。
「うん。良いんじゃないかな。どうせならみんなに分かりやすい絵の方が良いに決まってるし」
 残念ながら絵心の無い私でも、ぱっと見でバイトをすると学校の方を像が押して行って生徒から離れて行ってしまうのが分かる。
 私は倉本君と彩風さんが作ったと言う下書きを、優希君と雪野さんに渡そうと
「それで問題無かったら美術部に――」
 近づいた瞬間に鼻につくこの匂い。
「なんで……この匂いって……」
 近くにまで寄らないと分からなくなっただけで、言ってくれたわけじゃないのかな……思わず声には出てしまったけれど表情だけは出来るだけ出さない様に気持ちを落ち着けながら懸命に取り繕って再び自分の席へ戻る。
 優希君からの視線を当然感じるけれど何も言ってくれない。
 優希君から匂いの事については雪野さんに言うって先週のデートの時に言ってくれたのに。
「――ん」
 優希君の事を信じたいのに、不安で信じきれない。
「岡本――って」
 これでもやっぱり私が妹さんに言われるのか。
 でもさすがにこれに関しては私も言いたい。
「岡本さんってば!」
「――っ?!」
 心配そうにこっちを見つめる彩風さんと倉本君。何かを話したそうにじっとこっちを見る優希君。
 そして余裕の表情を浮かべる雪野さん。気が付けばみんなの視線が私に集まっている。
「えっと、みんなどうしたの?」
「いやどうしたのって。まあ今日の統括会はこれで全部だけど、岡本さんから何かある?」
 倉本君が苦笑いをしながら私に確認を取って来る。
「ううん。私からは大丈夫かな」
 言いたい事は統括会としてじゃなくて、個人としてだし。
「分かった。今週の話はここまでで。バイトのポスターは俺と霧華で行くから。それと先週の話の続きをしたいから悪いが岡本さんと霧華はこのあともう少し時間をくれ」
「じゃあ空木先輩。今日もよろしくお願いします」
 会長の号令で先週と同じように二人で帰ってしまう前に、倉本君が雪野さんを呼び止めて
「今度は折衝と仲介の事を考えてくれ」
「それは来週までですか?」
「そうだ」
「……分かりました」
 倉本君の言葉に不服そうな表情を浮かべて今度こそ出て行く。結局今日も優希君とはまともに会話できなかったなと見送ったところで、会長が大きなため息をついて、両手で頭を抱える。


 さすがに私自身も含めて一息入れた方が良いと考えて、取り敢えず飲み物の用意を始めると彩風さんも慌ててついてくる。
「すいませんいつもいつも。なんでアタシって気が回らないんだろ」
 用意をしている最中彩風さんが自己嫌悪をこぼす。
「でも窓を開けたり他の事はやってくれたんでしょ」
 手を止めずに女の子同士の会話。
「そうですけれど、女の子っぽさが足りないから清くんも岡本先輩に気持ちが流れて行っちゃうのかなって」
 水が沸騰するまでの間、倉本君の視線を感じながら
「私には彩風さんは魅力的な女の子に見えると思うけれどな。それに気持ちが流れているんじゃなくて近すぎて彩風さんに気が付いていないだけじゃないかな」
 二人を見ていてもお互いの存在は居て当たり前になっている。
 彩風さんの頭を少し乱暴に撫でる倉本君。それを自然に受け入れてる彩風さん。
 男の子はどうか知らないけれど、髪が短かろうが長かろうが、女の子は基本そんなに気安く他人に髪は触らせない。
「近いって、アタシたちの事知ってるんですか?」
 沸騰したお湯をカップに注いでいく。
「お互いが言いたい事をちゃんと言える幼馴染なんだよね。優希君から聞いたよ」
 そして女の子同士の会話も一回終わり。
 それでも紅茶の準備を終えて元の席に戻る際に、彩風さんに一言だけ。
「前にも言ったけれど、彩風さんと倉本君はお似合いだと思うし私は応援するからね。行こっ」
「愛先輩……ありがとうございますっ」
 そして一息ついたところでもう一つの話が始まる。


「雪野さんにあれだけ言ったって事は、学校側から何か言われた?」
「やっぱりわかるか。分からないようにうまく言うのって難しいな」
 私の質問にあっさりと答える倉本君。
「学校側から雪野交代の要望が正式にあった」
 今までに前例があったかどうかは知らないけれど、本当にそうなってしまったら大変な事になりそうだ。
「学校側の理由は?」
「……要望を出してからの一週間、雪野の生活態度や言動を見てはいたけれど、そもそも統括会としての行動が相応しくないって言う理由だった」
 会長の理由を聞いてそれまで黙っていた彩風さんが口を開く。
「あれだけ副会長にベッタリだったら誰だってそう思うし、それに冬ちゃん香水の件でも今週一回揉めてるから」
「香水で?」
 優希君も何も言ってなかったのに。いやひょっとして木曜日の日にそれを言おうとしてくれたのかもしれないけれど。
「はい。冬ちゃんのクラスにあの匂いが駄目な子がいて、口論になったらしいんですが結局その時も校則には違反して無いって押し切ったそうです」
「どうしたら雪野は分かってくれるんだ」
「だからアタシ言ったのに。冬ちゃんと副会長をセットにしても同じだって」
「じゃあどれが一番良かったのか言えるか?」
「そんなのどの組み合わせも駄目に決まってるって。冬ちゃん自分の責任なんだからこれ以上は面倒見切れないって」
「面倒見切れないって……俺たちは一つのチームだっていつも言ってるじゃないか」
「じゃあワガママ言った方の言う事を、なんでも聞くのがチームなの?」
 気が付けば喧嘩みたいになってる。
 お互いの意見を言い合えるって言うのは、時として喧嘩を産む事もあるとは思うけれど、これはどっちも悪くないだけに不毛な気がするから
「彩風さんも落ち着こう? 倉本君も彩風さんが悪い訳じゃないんだからそんな言い方したら駄目だって」
 一旦止めさせてもらう。
「どっちにしてもあの感じだと倉本君の言葉はまだ届いてないって状態かな」
 そして再び口論にならない様に、何でも良いから結論みたいなのを出してしまう。
 それでもまだ言い足りなかったのか、彩風さんがさっきの続きを口にする。
「それでも気が収まらなかったのか、その事を翌日に副会長に話したら副会長も反対したらしいんですが冬ちゃんとの話の中で、結局香水は薄いのでって言う事で話はまとまったって水曜日の日だったかな? 冬ちゃんが言ってました」
 私は香水の匂いは嫌だってちゃんと言ったのに、薄い匂いで妥協したんだ……なんでそんなに雪野さんに甘いのかな。私の中に再び嫌な感情が広がる。
「ねぇ、冬ちゃん交代してしまおうよ。清くんも岡本先輩も言ってるのに冬ちゃん全然気にしてないって。ハッキリ言って副会長との噂もそうだけれど、二年じゃ冬ちゃんの印象良くないよ。だから今のうちに学校側の要望を受け入れるのも冬ちゃんの為だと思うけど」
 同じ二年だからこそ耳にする話もあるんだと思う。彩風さんがちゃんと理由を付けて自分の立場と気持ちをハッキリさせる。
「岡本さんはどう思う?」
 自分の気持ちは口にする事無く私に聞いてくるけれど、先に確認したい事がある。
「交代になった人の代わりはどうやって決めるの?」
 一応ルール上には補欠選挙をする事とはなってはいるけれど、実際はどうなのか。
「時期にもよるが基本は補欠選挙からの選出だ」
 じゃあ雪野さんの交代は全校に告知するのと同じなのか。
 それだと色々まずい事しか想像つかない。
「私は

での交代は反対かな。だってそれって私たちの指導力不足を全校生徒に教えるようなもんじゃない。私はみんな頑張ってるのを見ててその記録もちゃんとつけてる。その上で何も知らない他の生徒からそう思われるのは、倉本君の努力も彩風さんの想いも優希君の行動も無かった事になるのも同じだから嫌かな。それにそんな事になったら今後の統括会も立ち入らなくなるような気もするし」
 私は

の方の理由を口にする。
 ただこっちも私の本音だから嘘と言うわけでは決してない。
 ただ本音を喋る機会はない方が良いに決まってる。
「岡本さん……」
 私が頭の中で考えをまとめている間に倉本君が私に熱っぽい視線を向けてくるけれど、ホントなんでよ。
「倉本君は?」
 その視線は彩風さんに向けるもので、優希君外から向けられても私としては困るだけでしかない。
「俺の意見は立ち場や打算、保身にしかならないから俺は今回の件に関して、意見を言うつもりはない。後は空木の意見を聞いて三人の意見と四人での話し合いで決めようと思ってる」
 つまり雪野さんがどうなるにしても、倉本君に何かしらあるって事か。
 それとも組織運営として自分の都合の良いようにはしないで下の意見を聞くって事なのか……判断が付きにくいし、そもそも違うかもしれない。
 ただ何となくだけれど私が想像した通りなら、倉本君はすごい指導者になる気がする。
 さすが先輩を差し置いて

会長を任されているだけの事はあると思う。
 でも私はお金や将来性、名誉で人を好きなる訳じゃ無い。
「だから今度は空木の意見も聞いて一度みんなで考えよう。それじゃあ遅くなったけど今日は解散!」
 私は私を大切にしてくれる、私が欲しい気遣いを見せてくれる人に惹かれるのだから。


 会長と視線を合わせると何となく何を言ってくるのか分かっていたから、議事録をまとめるフリをしながら
「じゃあ清くん帰ろう」
「あ、ああ……」
 彩風さんが声を掛けるのを待ってから議事録から顔を上げる。
「戸締りはこっちでやっておくから」
「岡本先輩! ありがとうございます」
 私の意図を分かったのだろう、彩風さんが嬉しそうに倉本君の腕を引きながら下校していく。
 二人を見送った私は役員室内を片付けて、戸締りをしてから念のためにトイレに寄って下駄箱へ向かうと
「良かった……やっと愛美さんに会えた」
「……優希君?」
 雪野さんと仲良く帰ったはずの優希君が下駄箱の所で私を待っていた。




―――――――――――――――――次回予告――――――――――――――――――
        「このまま帰るのは私も嫌だから、広場の方に行こっか」
              二人だけでの話し合い
             「ごめん。今日は帰るね」
                  ……
         「愛美お母さんだけど今、少し良いかしら」
               女同士の親子の会話

          「ところで最近彼氏とはどうなの?」

          63話 初めての喧嘩~男女の行き違い~
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