第62話 折衝組織・統括会 ~内外マネジメント~ Aパート

文字数 6,390文字


 どう言うつもりかは分からないけれど、私に腕を引かれて階段の踊り場まで来た咲夜さんは既に泣きそうな表情を私に見せている。
「さっきは実祝さんをかばってくれてありがとう」
 その上にさっきの咲夜さんグループの発言と、見なくても分かるさっきの私から外した視線の先。
 やっている事と言っている事がチグハグ過ぎて私にも意味が分からない。
「さっきのは一体何? 何がしたいの?」
 蒼ちゃんのクッキー事件の時から実祝さんに時々でも付いていてくれたんじゃないのか。
「あたしは知らない」
「知らないって……さっき咲夜さん自分のグループを見るために視線を逸らしたんじゃないの?」
「……」
「それにさっきのあの連携。いつの間にあのグループと仲良くなったの? 咲夜さんはどこまで知ってるの?」
「……」
 私の質問に何一つ答えられない咲夜さん。
 昼休みの時に向けられた失望の目を、今度は私が咲夜さんに向ける。
「私に実祝さんの事を助けてくれって、あれだけお昼に実祝さんの事について真剣に話してくれたのは一体何だったの?」
 それならなんでいつものグループへ視線を移す必要があったのか。
 その時に何のやり取りを無言の中でしていたのか。
「だからもうあたし一人じゃ無理だって言ったじゃん!」
 絞り出すようにして声を出す咲夜さん。
 加圧側、言い換えれば加害者側と、被圧側、言い換えれば被害者側の重圧が全く違う事に気づいたのかも知れない。
「同調圧力を受ける側、いじめられる側が圧倒的にしんどいのなんてあたりまえだって」
 自分の気持ちを表に出すのが得意でない人がターゲットにされやすい上、相手は集団で来るんだから、普通に気の強い人でもターゲットにされたらしんどいのは当たり前なのに。
「こんなのあたし一人じゃ無理だよ」
 その姿は昼休みの時、私に対して浮かべた不満の感情はどこにも見当たらない。
「もう一回聞くけれど、実祝さんに関して私に真剣になってくれた咲夜さんは一体何だったの? 私は咲夜さんを信じて良いの?」
 イラついた私はもう一回今度は圧を掛けて同じ事を聞く。
 ただ、今度は私の言葉が心外だったのか、
「そんな事言うけれど、愛美さんだってあたしに頼んだからってほったらかしじゃん! 親友だって言う蒼依さんの言葉ですら聞く耳持ってないじゃん!」
 泣きそうな表情はそのままにして、私に言い返してくる。
「言っとくけれど、私は、実祝さんの事どうでも良いなんて思ってないからね」
 なんかそこだけ聞いたら、私が実祝さんの事を本当にどうでも良くなってるって思ってそうな気がする。
「悪いけれど、愛美さんの行動を見ててもそんな感じには全く見えない」
「私はあの時、咲夜さんにちゃんと友達を辞めるのは私の覚悟だって言ったはずだよ。辞めるなんて一言も言ってないよ」
 正直もう実祝さんと喋らなくても良いと思った事があるのは本当だ。
 実際蒼ちゃんに前ではそれらしい事も言ってる。
 でもそんな私にお姉さんは言ってくれた。
 喧嘩している時って“もうこの人とは喋るもんか”って思う事もあるんだって事を。
 それを分かった上で、また私に親友・友達を連れて来て欲しいって言ってくれたのはお姉さんなのだから。
「それなら聞くけど、友達を辞めるって言うのが愛美さんの覚悟だって言うなら、どうして今日実祝さんをかばってくれたの?」
 咲夜さんの質問に、質問で返すのはマナー違反だって分かってはいるけれど、それでも咲夜さんの考えている事が知りたくて、逆に聞き返してしまう。
「じゃあ逆に聞くけれど、私が実祝さんの事をどうでも良いって咲夜さんが思ってるのなら、さっき咲夜さんが言ってた、私が実祝さんをかばった理由って何だと思ってるの?」
「……」
 逆に聞き返されると思っていなかったのか、本当に心当たりが浮かばないと言う表情をする咲夜さん。
「私は実祝さんが潰れる事なんて望んでないよ」
 何も言い返してこない咲夜さんが、少し前に言った言葉をふと思い出させる。
 ――どうして友達の為にそこまで真剣になれるの?――
 ――だったら喧嘩したらどうなるか分かんないじゃん。やっぱり―― 
 人付き合いが器用でうまく、また交友関係の広い咲夜さんは友達と本気のケンカをした事が無いのかもしれない。
 それにしてはさっきの自分のグループに向けた視線と言い、今にも泣き出しそうな表情に、前にも少し感じたチグハグさを感じないでもない。
「そうは言うけれどあの時の愛美さんの言葉、あたしが言われてたら間違いなくあたしは、潰れてたよ」
 あの言い方をされたら咲夜さんは自分で潰れていたと言う。
 逆に言うとそれだけの事を実祝さんは蒼ちゃんにしたって事を、咲夜さんに気付いて欲しい。
「今日の実祝さんはかばってくれたけど、あの時の言い方はもう潰れても良いって言う言い方にしか聞こえなかった。それに今までに同じような事があっても放っておいて……あたしには愛美さんが何を考えてるのか分かんないよ」
 咲夜さんが心の内をこぼす。
 私もあの日の夜までは自信が無かったけれど、あの日お姉さんが言ってくれた言葉で自信が持てたのも本当だからと、そのままを口にする。
「今日実祝さんをかばったのは、あくまでこれは私と実祝さんのケンカだから。だから勝手な理屈を作って私の

を傷つけようとしていたから今日はかばいに入っただけだよ」
 私は実祝さんが蒼ちゃんに対してした事に怒っているのであって、勉強を教えてくれないとか、愛相が無いとか実祝さんに “非の無い” 事で実祝さんの責任になるのはやっぱり変な事で、それはただのこじつけでしかない。
「じゃあ愛美さん、実祝さんとは……」
 私の言葉で安心からか咲夜さんの瞳に涙がたまるけれど、それとこれとはやっぱり別の話でしかない。
「誤解しないで欲しいんだけれど、これは私と実祝さんのケンカだから、他の誰にも首を突っ込ませる気が無いだけで仲直りをしたわけじゃないよ」
 これで解決って訳にもいかない。私は、まだ実祝さんから納得のいく説明を聞いていない。そしてあの時落とした私の甘さを誰も気づいてはいない、拾ってくれている気配すらない。
「じゃあ今まで放っておいたのはどうして? 今の理由だったらあたしの言った時に助けてくれても良かったじゃん!」
 確かに“姫”だとか“機械みたい”だとか言われているのは私自身も耳にしている。
 だけれど私だって伊達に統括会に身を置いているわけじゃないし、その時に聞いた朱先輩からの話にも意識をして行動しているのだ。
「私は咲夜さんを“信じて”実祝さんをお願いしたんだよ。私が一度“信じて”実祝さんを咲夜さんにお願いしたのに、私が自分でそれを反故にするの? それで咲夜さんは無理だって思っていた、負担になっていたモノが無くなって本当に嬉しいの? そのしんどい、苦しい思いをして来たから“夕摘さん”の事を

って呼ぶようになったんじゃないの?」
「――っ?!」
 私の言葉に、咲夜さんの肌に鳥肌が立つのが私からでも分かった。
 これは統括会に限らずに、その人にお願いをしたのなら頼られればもちろん助言くらいはするけれども、可能な限りその人に任せるようには意識をしている。
「どうして? どうしてそう言う事が自然に言えるの? 分かるの? あたしと愛美さんでどこが違うの?」
「答えになって無いかもしれなかもしれないけれど、私が統括会に参加する時に教えてくれた人がいたからだよ」
 私はいつでも朱先輩の言葉を意識して行動しているのだ。それは義務感や強制じゃなくて、自分でも納得できたから今じゃその考え方が自然になっている。
 そうでないと信頼関係も強くは出来ないだろうし、何よりその人の居場所を奪い取ってしまう事にもなりかねない。
 これは統括会に参加する際に朱先輩から言われた事でもある。
「……それって例の愛美さんがすごく信用してる人?」
「そう。何があっても私に秘密を作らせてもらえない、私に厳しい先輩だよ」
 私が横やりを入れるのは今日みたいに本当に切羽詰まった状態を“目の当たり”にした時くらいだと思う。
 咲夜さんと喋ってそこそこの時間が経っているはずで、統括会のメンバーは私以外全員揃っているとは思うけれど、私の

の話もやっぱり大切だから、統括会メンバーには悪いけれど、もう少しだけ時間を掛けさせてもらう。

 そして今度はすべての言葉を完成させた状態で、冒頭の質問をもう一度する。
「私が咲夜さんを“信じて”咲夜さんの出来る範囲でって話だったとしても、実祝さんの事を自然に名前で呼ぶようにまでなったのに、さっきの実祝さんへの行動は一体何? せっかく一緒にお茶もして名前で呼ぶような仲にまでなってくれたのに、咲夜さんは

何がしたいの?」
 何度も言うように咲夜さんの気持ちを強制するつもりはない。
 咲夜さんが迷っている事も分かっている。その迷いがこのチグハグさを生んでいる事も分かってはいるつもりなのだ。それだけ揺れているって事だと思う。
 その中でも実祝さんの事をちゃんと考えてくれている。
 でないと名前呼びまでは中々しないと思う。それに蒼ちゃんのクッキーに込められた想いも、全部じゃなくても一部でも咲夜さんには届いてるはずなのだ。
 あの時のメッセージの文面からしてもそれは間違いないはず。
 何となくだけれど、今の行動、気持ちが咲夜さんの答えな気がする。
 だけれどもそれは自分で見つけるものであって、私から強制するものじゃないと思う。
 ただ私は咲夜さん自身が勝ち得た実祝さんとの信頼「関係」は壊して欲しくないと思うのだ。
「あたし一回ちゃんと聞いてみる。もう一つのグループとも何かあるのか」
 私の事なら自分から言い出した手前甘んじて受け入れはするし、咲夜さんに文句は言わない。
「それと、実祝さんのとの事、任せても良いの? 私は咲夜さんを信じて良いの?」
 さすがに軽はずみな返事は出来ないと思ったのか、十分な間を空けて考えてから
「ありがとう愛美さん。それと今日ひどい事言ってごめん。実祝さんの事はあたしに任せて欲しい」
 そう言って顔を上げた咲夜さんの表情から、涙の色は完全に消えていた。
「じゃあ私も今から統括会に行くから、実祝さんの事。よろしくね」
「わかった」
 私たちが話しているからと遠慮した生徒が迂回したのか、階段を静かに上る生徒の足音を聞きながらカバンを取りに帰るために一度教室へ戻ってお手洗いに寄ってから部活棟三階へと向かう。


 咲夜さんと話していて遅くなったからと役員室の前まで急いできたところで、中から言い争うような声が聞こえて来たから
「遅くなってごめん!」
 会話を切る意味でも少し大きめの声で入室する。
「お疲れ様です! 愛先輩」
 私の姿を見て一番に挨拶を返してくれる彩風さん。そう言えばあの時の電話から、愛称で呼ぶって言ってたっけ。
 私はやっぱりむず痒さを感じながら彩風さんに挨拶を返す。
「ごめん。だいぶ遅くなったよね」
「……」
 今は優希君と手を繋いでいないにしても相変わらずそこが自分の定位置だと言わんばかりの立ち居振る舞いをする雪野さん。
 昼休みの事があって、伸ばせば手が届きそうな距離にいる優希君と視線を絡める事すらできない。そんな近くて遠い存在に寂しさを感じていると、
「何かトラブル?」
 倉本君が私の方に一歩近づいてきて、また私に不要な気遣いをしようとしているのが分かったから
「ちょっとクラスの子の話を聞いてただけだから、そんなに大げさな話じゃないよ」
 倉本君にこの話をする必要は無いと思うって言うかこれは誰であれ、部外者にする話じゃない気がする。
「それより外にまで話声が聞こえていたけれど何かあったの?」
 むしろこっちの方が気になる。
 私は前半部分は倉本君に、後半部分は彩風さんに聞く。
「アタシは愛先輩が来たらすぐに始められるように座っていてって言っただけです」
「だからその椅子を霧ちゃんじゃないなら誰が蹴ったのかって聞いてるんです。椅子一つでも学校の備品じゃないんですか?」
 二人の話を聞いてすぐにピンと来て頭を抱えそうになるけれど、その行きつく先は妹さんだと寸前で思い至って二人に気付かれる前に冷静さを取り戻す……所を優希君にずっと見られていた。と言うか今日は時おり私に熱い視線を感じる……ような気がする。
 私が優希君を意識している間に二人が教えてくれた概要はこうだ。
 まずは彩風さんが役員室に入り、窓を開けて換気をする。そこにいつも通りと言うか優希君が雪野さんと一緒に入ってきて雪野さんがカバンを置こうとして気付いたらしい。
 もちろん優希君は雪野さんをなだめたらしいけれど、それを雪野さんが聞くわけもなく、二人が再び言い争いを始めた時に倉本君が来たのは良いけれど、倉本君もまた何も知らないから何も言えず、結局椅子を蹴飛ばしたのは雪野さんの中では彩風さんと言う事になっているらしい。
「……」
 さっきから感じる優希君とチラッと視線を合わせると、妹さんが来たことを分かっているかのような何とも言えない優しを浮かべているのが目に入る。
 本当これだけ想ってもらえる妹さんにどうしたってやきもちを焼くに決まってる。
「……」
 そうかと思えば表情を変えてもまだ私の方に視線を向けてくれる。まるで私とちゃんと話がしたいと言ってくれているように。
 けれどこれ以上は多分みんなにバレるからどうしようかと思った所で、優希君の方から視線が外される。
 私の気持ちを理解してくれているようなタイミングに、私はやっぱり居心地の良さを感じる。
 優希君を見ていると噂では色々聞くけれど、私が優希君の彼女なんだって思える。
 蒼ちゃんからも何回かそう言ってもらってる。
 なのに雪野さんがいつも近くにいるからどうしても気持ちがざわつく。
「どうして学校の備品の事なのに誰も知らないんですか? 先週ワタシたちが先に出たんですから、残りの三人の内の誰かじゃないんですか? 空木先輩もそう思いますよね?」
「……」
 当然自分の妹さんがやったかもしれないと思っているから、返事が出来ない優希君に対してそのまま同意したとして話を進めようとする雪野さん。
 たとえ好きな人の話だとしても聞かないのはそのままみたいだ。
 思わず戸塚君を思い出してしまう。そう言えばあの男子も蒼ちゃんの言う事なんかまるで聞いてなかったような気がする……好きな人の話を聞かないのが普通なのか……私の恋愛経験だと何とも言えないけれど私はそんなの嬉しくもなんともない。
 優希君は人の意見を聞かない人になんか気移りしないと信じたい。
 だったら私の彼氏である優希君にちょっかいを掛けてくる雪野さんは不愉快でしかない。
 それに椅子を蹴ったと決めつけるのも、学校の備品だと言うのに自分だけは関係ないって言うのは気に入らない。そしてこのままこのまま妹さんの方へ話が行ってしまうかもしれないのはもっと気に入らない。
「ごめん。ひょっとしたら先週帰る時にカバンを引っ掛けて椅子を倒したかもしれない」
 嘘も方便。だから私が倒してしまった事にすれば、話が一番早い気がする。
 ただ案の定、妹さんから話を聞いているかもしれない優希君を含めた、雪野さん以外の全員が驚いている。
「岡本先輩。椅子一つでも学校の備品なんですから大切に使って下さい」
 一方雪野さんは驚く周りの様子に気付く事もなく、私の言う事をそのまま鵜呑みにしてしまう雪野さんに以前覚えた危うさを感じてしまう。
「ごめん。次からは気を付けるよ」
 私の言葉に対して真意はバレているのか、私に対して優希君が表情を崩した所で改めて今日の統括会が始まる。


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