第66話 信頼「関係」 ~信頼の積み木 2 ~ Bパート

文字数 6,996文字


 先週と同じ図書館で同じ席……とまでは行かなかったけれど、近い席に教材を広げていた優希君。
 私からのメッセージで急いで来てくれたことが伝わる上に
「あ。そのシャーペンって……」
 金曜日の日にあんなに気まずい別れ方をしたのに……
「学校でも授業中とか、たまに使ってるんだけどね」
 私の視線を追って少し照れ臭そうに言う優希君に、ふんわりとした温かな喜びが胸の内に広がる。
 今の雰囲気なら大丈夫かなと思って用意した教材のカバンを椅子の上に置いて、ポーチだけを手に話をしようと出口へ向かいかけたところに
「昼まではテスト勉強をしようか」
 少し緊張気味に優希君が言うから、
「分かったよ」
 仕方なく私も机に向かう事にする。

 一時間ほど机に向かって正午も回った図書館内。
 私の正面に座っている優希君が緊張しているのが、私の方にも伝わって来るから、正直私の方も全然集中出来ていない。
 と言うか私自身今日は優希君と話がしたくて、それが終わるまでは何をしても集中出来そうにない。
 しびれを切らせた私は
「優希君。私、休憩したい。外の空気吸いに行こっ」
 優希君の返事を待たずに、優希君の手首を取ってかまわずそのまま外に出る。
「こうやって優希君と二人きりでゆっくりするのは久しぶりだね」
 私は優希君の

でたいして凝り固まってはいない体を解(ほぐ)すように伸びをする。
 私はお互いの緊張をほぐす意味も込めて外に出たつもりだったのだけれど、優希君は緊張した空気を纏ったまま私の方に向き直って、
「雪野さんとの話を聞いて欲しい」
「分かった。じゃああそこのテーブル空いてるしあそこ座ろっか」
 長話になるのは分かっているから腰を落ち着けようと提案したら
「ありがとう愛美さん」
 優希君がほっとしたような、安心したような表情を浮かべて私の手を握ろうとしてくれるけれど
「……」
 ――空木先輩。

みたいにして下さいよ。ワタシあれ、落ち着くんですよ――
 雪野さんの言葉を思い出すと、雪野さんに幾度となく優しく触れたであろうその手に握られるのを、女心がどうしても邪魔をしてしまう。
 私の反応に落ち込みながらも私に彩風さんが言ってくれた事、薄い香水に代わったいきさつを話してくれる。
「愛美さんからのお願いを果たそうと、水曜日一緒に帰った時に香水を辞めてもらように言ったんだけど、“どうして岡本先輩に気を遣うんですか? ……優希先輩が嫌じゃないなら良いじゃないですか”って返された後は“どうしてみんなしてワタシのやる事に反対するんですか?”って口論みたいになって――」
 話の途中で私が視線を逸らしたからだろう、優希君が話を途中で一旦止めてしまう。
 金曜日の雪野さんの優希君への対応を聞いていると、優希君が否定してくれたのは分かるけれど、私はもうここから去りたくて仕方がない。
 そして自分で優希君の話を聞くって決めたにもかかわらず、悔しくて私の視界がにじむ。
「名前呼びだけはやめて欲しいって、それはちゃんと言ったのは理解して欲しい」
 優希君の言ってる事は分かる。他人から呼ばれるのは止めようがない事は分かるけれど、
「倉本君が私の事名前で呼んで、迷惑してるって言ったらそれで納得しちゃうの?」
 先週のデートの時、スカートは優希君以外の前では穿いて欲しくないと言ってくれた優希君が、納得してしまったら、それはそれで私はものすごくショックを受けるとは思うけれど
「……」
 私に向かって黙って今まで一度も見た事が無い表情をするけれど……ひょっとして怒って……くれてるのかな。
 そんな優希君の感情を感じ取っただけで、にじんでいた視界が少しずつ戻り始める。
 もう私は優希君に完全にハマっているんだと改めて認識させられる。
「先に言っておくけれど、呼ばれた事は無いからね」
 あらぬマイナス思考をしなくても済むように先に伝えておく。
「……」
 それと共に優希君の表情がさっきまでの緊張した表情に戻る。
 その表情を見てさっきの続きを話してくれると分かった私が再び聞く態勢に入ると
「――それでも何とか、雪野さんの気持ちを尊重しながら、僕と愛美さんのお願いを聞いてもらおうと説得を続けていたんだけど――」
 優希君が他人に優しいのも、それが優希君の良い所だって言うのも分かるけれど、どうして雪野さんにもそんなに優しいのかな。
 私に

優しくして欲しいのに……女の子なら誰にでも優しいのかな。
 私の中にまた、嫌な感情が広がる。
「――けど

その前日に雪野さんとクラスの子が香水の件で揉めてたみたいで……」
 そこでやっと彩風さんの話に繋がって来るみたいだ。
「愛美さんと僕のお願いを聞いて欲しかった僕に“香水か名前呼びかどっち選んで欲しい”と言われて僕も迷いながら統括会役員だからって言うのも理由に入れて、説得を試みていたんだけれど……」
 名前呼びをされて、それが私の耳に入って誤解されるのだけは嫌だったから、止む無く香水の方を取ったと言う。
 ただ、雪野さん交代の話があったから、あまり強い香水だけはやめるように言った結果があの金曜日の日に感じた近くまで行かないと分からない香りって事みたいだ。
 もちろん交代の話は本人には直接は言っていないけれど。とは優希君の話。
 こうして話を聞くと、雪野さんは頭が固いのだなって言うのを思い出す。
 彩風さんの時は当事者と雪野さんとの話し合いで、校則の観点から雪野さんが押し切ったって言う話だったけれど次の日、優希君に対しては、名前か香水かの選択を迫って押し切ったって言う。
 まあ、押し切られそうになった中でも薄い匂いにしてくれたのは、優希君の気持ちって喜んでも良いのかも知れないけれど。
 しかし彩風さんの話の裏と言うか、全体の流れにそんな選択とやり取りまであったなんて思いもしなかった。
「その事を前もって愛美さんには伝えたくて、木曜日愛美さんに電話したんだけど……」
 優希君が拗ねたような表情をする。一瞬そんな優希君が可愛いなって思ってしまったけれど、今はそんな場合じゃなくて、
「だって――」
 言い訳をしようとして
 ――そりゃ空木君が不安に思って当たり前なんだよ!――
 朱先輩の言葉を思い出して、
 私は言葉を変えて、素直って言って良いのか分からないけど謝る……けれど、
「僕もたくさん愛美さんを悲しませてしまったし、謝らなくても良いから、愛美さんが考えていた事を僕に教えて欲しい」
 優希君はそんな事よりも私の考えていた事を教えて欲しいと言う。
 これじゃあ朱先輩の言っていた通りの“秘密の窓”の話だ。
 何か私より朱先輩の方が優希君の事を分かっているような気がして面白くない。
「えっと……駄目だったりする? やっぱり」
 私が中々答えないからか、面白くない気持ちが表情に出ていたのか、優希君が引こうとするから慌てて
「ううん。ただ優希君が雪野さんとほぼ毎日仲良く登下校してるとか、雪野さんと仲良くお昼しているのを私も見てるし、それに雪野さんと手を繋いだり頭を撫でているのも実際見てるし……」
 二年の間で雪野さんと付き合っていると言う噂があるのは知っていたけれど、彼女の意地としてそれだけは口にはしなかった。
 それと今は優希君に手を握られるのは嫌だから、テーブルの上に置いていた手を引っ込めて、座っている両太ももの下に挟んでしまう。
「あの統括会での事だね」
 私の方を見てすぐに手を退けたのだからそりゃ思い当たるに決まってるか。
「あの雪野さんの口ぶりからして優希君。雪野さんの事を大切にしてるんだよね」
 優希君の困った顔が見たいわけじゃないけれど、女である私はどうしてもそう言うのが気になってしまう。
 優希君の方も言いたい事があるのだと思う。言おうか言うまいか迷っていたみたいだったから
「私もかなり嫌な事言っちゃってるから、優希君の考えてる事も教えてよ」
 優希君の二番煎じになってしまってるけれど、私は雪野さんと

優希君の意見、気持ちはちゃんと聞きたい。それでもしばらく迷った後
「妹を“安心”させるのに頭を良く撫でているからどうしてもその癖でつい」
 妹さんの話をする時に決まって浮かべる優しい表情……ではない、あの守りたくても守れなかった後悔の方の表情を浮かべる。
 もちろん納得は出来ないし、今はその手を繋ぎたいのに体が嫌がってしまってはいるけれど、妹さんの事、優希君の事を聞くにはまだ、今の私では信頼「関係」は足りないって、先週妹さんに言われたところだから、そこは涙をのんで我慢する事にするけれど、
「癖って言う割には私、優希君に頭撫でてもらった事無いよ?」
 もちろん頭を撫でてもらうのも今は雪野さんがちらつくから嫌だけれど、
「ごめん。決してそんなつもりじゃないんだけれど、愛美さんに嫌われたくないって言うか……よく優珠から“女の髪を気安く触るのは駄目よ”って言われ続けてたから、僕にとっても初めてな事ばっかりだから下手な事が出来なくて……」
 言われて同時に私もハッとなる。お付き合いを始める直前のデートの時に優希君にとってもここからは初めてだって言ってくれていた事に。
 それに昨日の女性慣れしたああ言う男の人は怖いって自分で感じていた事にも。
「私、暴力とか無理やりとかじゃなかったら、大体の事は大丈夫だよ。どうしても嫌な事は嫌って言うと思うし」
 だったら私はこの事でも優希君を怒れない。
「じゃあ手は繋いでもらえる?」
 怒れはしないけれど、女心もそんなに簡単に割り切れるものじゃない。それくらいには女心も複雑なのだ。
「だったら雪野さんと手を繋いだり、一緒に登下校するのはやめて欲しい」
 だから私なりの気持ちを正直に伝えてみるけれど、元々雪野さんと一緒にいるのは校内だけの話であって、登下校の話は倉本君もしてなかったはずだし。
「……」
 それでも優希君は返事をしてくれない。
「私と手を繋ぐより雪野さんと一緒に帰『違う! そんな事は無いけど……』――」
 口ではそう言ってても本当は雪野さんの方に気持ちが流れ始めてるのかな……尻すぼみになる優希君の言葉に、朱先輩の助言を思い出した訳じゃ無いけれど、どうしてもマイナス思考である不安がもたげてしまう。
「雪野さんは昇降口とか、校門の前で僕を待ってたりするから……」
 困り果てた表情で白状してくれる優希君。なるほど、好きな人を待つ彼女……か。
「じゃあ明日から手を繋ぐのはやめて欲しい。一緒にいても手を繋ぐ必要は無いはずだしそれくらいならしてくれるよね?」
 そこまでされたら優希君一人の意思ではどうにもならない。と言うか雪野さんのそれは半分ストーカーと変わりない気がする。
 逆にそこまで優希君の事を想ってるとも言えなくはないけれど……どうして雪野さんの影響で私たちがこんなにケンカと言うか、すれ違いをしないといけないのか。
 本当なら私が直接雪野さんとやり合えば良いんだろうけれど、今、統括会と言うチームがバラバラになると雪野さん交代の話なんかもあって本当に崩壊しかねないから私たちの関係を言えない……のが全ての原因のような気がする。
「分かった。それだけは気を付けるけど、香水は?」
 そっか。その事もあったのか。
「確かに名前呼びと香水なら仕方が無いとは思うけれど」
 そもそもこの話自体が変だったりするのだ。
 どうして雪野さんが提示した選択肢の中からしか選べないのか。
 私からしたらそれも気に入らなかったりする。
「だったら香水の匂いが付いていたら優希君には近寄らない。雪野さんと手を繋いでいるのを見てしまったら手を繋がない。優希君、私を大切にしてくれるんだよね?」
 誰に何と言われようとも私はやっぱり嫉妬深いのだ。優希君はそれでも良いって言ってくれたと思ってる。
 あの時、人差し指を私の唇に当てて、私の言葉を止めてくれたんだから。
 だから好きな人にはやっぱり私を一番に想って欲しいし、私の事をたくさん考えて欲しいのだ。
 なのにどうして優希君はそんなに嬉しそうなのか。いや、私の嫉妬を見てやっぱり嬉しいのか。
 妹さんにはきつく言われたけれど、未だにこの辺りの男の人の考えている事がよく分かんない。
「僕の彼女が愛美さんで良かった。雪野さんの事は何とかするよ。でも、電話には出て欲しい」
 それを言われると私は何も言い返せない。
「分かった。気が付かなくても後でちゃんと折り返すようにするよ」
 ちゃんと優希君の気持ちを聞かないといけないし、優希君からの電話は私にとっても嬉しい事には変わりないのだから。
「それと優珠の事もありがとう」
 そして、確かに雪野さんの話をしていたはずなのに、どうして妹さんの事でお礼を言われるのか。
「役員室の椅子って優珠だよね」
 私の浮かんでいた疑問に答えてくれる優希君。一瞬あの時の会話と言うか、やり取りが優希君の耳に入っていたらどうしようかとも思ったのだけれど、よく考えたら今日の優希君を見てそんな気配は微塵も感じない。
「まあ、そうなんだけれど」
 結局妹さんの事も、私にはあれだけ言って優希君には本当に何も言ってないみたいだし……妹さんの考えてる事もイマイチ分からない。
「優珠って機嫌悪いと大変だと思うけれど、優珠に何もされてない?」
 ――今日からわたしはアンタに手を出せない―― 
 優希君に聞かれるまで完全に忘れていた一言。
 そっか。これがあるから妹さんは一連の会話を言えなかったのかもしれない。  
「うん私は大丈夫だったよ。ただイスは蹴飛ばしてたけれどね」
 私自身が蹴られたとしても、ケガもなんともないのだから大丈夫だったと言う言葉は嘘じゃない。
 それに、妹さんが優希君に分かれるよう言ってないのなら私も女同士の話として黙っていようと思う。
「私自身も妹さんとお話が出来て良かったよ」
 言い方とか言葉とか態度とかは並の男子よりもキツイし悪いけれど、言っている内容は朱先輩とある程度一緒だったりする。
「愛美さんがそう言ってくれて嬉しいよ。これからも優珠と仲良くしてくれると僕も嬉しいかな」
 そんな妹想いの優希君に心の中でそっとヤキモチを焼きながら、
「優希君がそう言ってくれるなら頑張るよ」
 妹さんは私とは仲良くする気はないとか、私の事は嫌いだとか言っていたけれど、私は優希君の気持ちに答えようと返事したのに
「そう言えば優珠とは私服で会おうとしたの?」
 さっきまでとは違う笑みを浮かべる優希君。さっきので終わりじゃなかったのか、これは私をからかおうとしている時の笑顔だ。
「校門で待ち合わせをしたんだよ」
 ここでからかわれたら後が締まらないからと強気の態度で出たのだけれど、優希君の笑みは崩れず

 題名:はぁ? 
 本文:待ち合わせは図書室って伝えたのに何で私服なのよ? 相変わらず抜けてる
    わね。今度はわたしの方からあのオンナに会いに行くってゆっといて。
 
妹さんからのメールを見せてくれる。
「優希君ってホント私にイジワルだよね。もっと私に優しくしてくれても――っっ?!」
 優希君への抗議の途中で私のお腹が鳴る。何で優希君の前でばっかり私は恥ずかしい失態ばかりしてしまうのか。
 確かに話している間にお昼の時間は大きく回ってはいるけれど、何も優希君に聞こえるほどの大きな音でお腹が減ったと主張しなくても良いのに。
 あの優希君のあの温かい目が、余裕のある表情がほんっと納得いかない。
「お腹空い――」
 優希君の言葉を止めようと、私は優希君の横腹を軽くつねってから、優希君の手、じゃなく前腕を両手でつかむ。
「今日だけは特別だからね。明日からはさっきの約束通りだからね。だからこのまま何も言わずにつれて行ってね」
 恥ずかしすぎて顔を上げられない私は、うつむいたまま優希君の腕に連れられる形で、優希君はお弁当を持ってきてるからと私の分のお弁当を買いに行く。
 ホント何でこんな時でもそつなく隙なくお弁当を持ってきてるのか。
「ごめん。愛美さんが来るまで一日待つつもりだったから」
 そして私の考えてる事がまた分かったのか、照れくさそうに答えてくれる優希君。
 これって私の事ばっかり丸裸にされてるよね。どうしてお付き合いを始めてもこの関係が変わらないのか。
 私は優希君の恥ずかしい所なんてまだ全然知らないのに。
「やっぱり愛美さんって可愛いね」
 優希君は聞こえないように小声で言ったつもりなんだろうけれど、これだけ近かったらバッチリ聞こえてるんだから。
 それにこんなので可愛いって言われてもさすがに嬉しくないよっ。
 恥ずかしいだけなんだから。

 その後の事は想像がつくと思うけれど、恥ずかしすぎるから今日の事はここでお終いね。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
           「さすがねーちゃん。恩に着るぜ」
                調子の良い弟
          「……愛美さんは優しいのに厳しいよ」
           その厳しさと優しの向かう先は……
         「ううん。愛ちゃんは気にしないで良いよ」
             蒼ちゃんだけが気が付いた

               「待ちなさいっ!」

       67話  断ち切れない鎖 2 ~ 悪意と優しさと ~
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