第59話 すれ違い ~想いの交錯~ Bパート

文字数 3,635文字


「なんだかややこしいね」
 教室への帰り道、蒼ちゃんがぽつりと一言。ややこしいと言うよりかは
「倉本君が彩風さんの気持ちに気付けば変わると思うんだけれどね」
 たった一つの事でややこしく見えているだけのような気がしなくもない。
 少なくともこの年まで幼馴染をやっていて、お互いを下の名前で呼び合っている。
 近すぎて気づけないだけだと思っているのは、私の恋愛経験が優希君しかないからなのか。それとも異性の幼馴染と言えるほどの付き合いの長い男子がいないからか。
 ただ彩風さんのあのひたむきな気持ちはやっぱり報われて欲しいとは思う。
「蒼依の目にはやっぱり愛ちゃんには空木君の方がお似合いだと思うな」
「ありがとう蒼ちゃん」
 まあ考えが合わない、友達を大切にしてくれないと言う意味においては合う訳はないのだけれど。
 そんな雑談をしながら教室まで戻ってきたところで
「いっつも “姫” みたいにスカしやがって。どうせこっちが分からない事を内心で笑ってんだろ」
「いや逆に何も思って無いんじゃないの? ほら、機械みたいだし」
 静かに本を読んでいる実祝さんに罵詈雑言と言って良い程の言葉を浴びせる声が聞こえる。
 私が一つため息を吐いて放っておこうと決めて
「愛ちゃん。夕摘さんは?」
 蒼ちゃんがいつもより少し大きめの朱先輩のブラウスを摘まんで引っ張る。
 もうすぐ授業が始まるからなのか、それとも私が帰って来たからだろうか、実祝さんの回りにいた女生徒は全員自分の席に戻る。
 その実祝さんも授業が始まるまでのあと少しの時間、本を読み続けている。
 再度私が自分の席へ向かおうとして
「愛ちゃんってば」
 今度は少し強めに私のブラウスを引っ張る蒼ちゃん。
 諦めて振り返った先に予想通りの涙目の蒼ちゃんがいた。
 まだ授業が始まってはいない終わりかけの昼休み、ほんの一部の生徒が私たちのやり取りを意識している。
 まずは例のグループ。そして昨日も電話をくれた咲夜さん。更に当人である実祝さんは本に目を落としながら気配を窺っているのが伝わる。そして意外な事に咲夜さんがたまに参加している咲夜さんのグループ。
 私が一通り見ている間に
「愛ちゃん。あとで少しで良いから蒼依に時間頂戴」
 蒼ちゃんの一言を最後に、午後の授業が始まる。


 午後の授業が終わった終礼までの短い時間、
「今日から蒼依、放課後の間はしばらく戸塚君の所か、理科の先生の所にお手伝いに行くから、放課後一緒の時間が減っちゃうけど夕摘さんとはちゃんと話をしてね。じゃないと蒼依、悲しくて泣いちゃうから」
 昼休みの事で注意を貰う。
「また夜にでも電話するから、その時に色々聞かせてね」
 そして先生の視線を相変わらず感じながら、ほとんど内容の無かった連絡事項を聞いて放課後へと移る。
 辞めて欲しいって言ってるのにこっちをチラチラ見てくる先生。
 私はその視線を丸ごと避けるために、足早に教室を抜け出る。
 蒼ちゃんは何も言わなかったけれど、本当は咲夜さんの話だけでも聞ければ良かったと思いはするけれど、色々な事が起こり過ぎていて、ここ2・3日勉強がおろそかになっていた事もあって、咲夜さん、実祝さんと話をせずに私は図書室へとそのまま向かう。


 放課後の生徒の少ない試験前の今でも利用者は数えるほどしかいない図書室。
 今更ながらに気付くけれど、中間テストが明けて以来、実祝さんとは一緒に勉強していないし、あのクッキーの日以来会話すらしていない。
 私は実祝さんと二人で座っていた図書室の少し奥まったところにある

席に腰掛けて、今は空席の正面に目をやる。
 あの次の日、蒼ちゃんは学校を休んだにもかかわらず、今の実祝さんを見て会話をして欲しい、友達の力になって欲しい、絶対に友達を辞めたらダメだって言う。
 自分がどれだけ辛い思いをしても相手の気持ちを分かろうとする蒼ちゃんと親友である事には胸を張れる。そんな親友の泣き顔なんて二度と見たくない。
 本音のところこのまま実祝さんと疎遠になっても良いと思った。
 言い易い人、自分よりも気弱な人に筋違いな事を言って、友達だって言っていたはずの私には何も言わないで、何もしてこないで。
 そこまで考えた所で、見回りの先生だろうか。扉を開け閉てして去って行く足音だけが聞こえる。
 蒼ちゃんの事だから私の気持ちに気付いている気がする。
 そして事あるごとに実祝さんの名前を出してくる咲夜さんもまた無意識で気づいているのかもしれない。
 咲夜さんには他の誰にも私たちの喧嘩に巻き込む気は無いと “だけ” 伝えてある。
 一方でお父さんの事を思い出す。一時(いっとき)だけではあったけれど、お父さんの声を聞くのも顔を見るのも嫌だった。
 でも、そんな時に今着ているブラウスをくれた朱先輩が私の心を守ってくれた。
 お父さんの事を嫌いにならなくて済むように守ってくれた。
 結果私は、お父さんを嫌いにならなくて良かったし、今ではお父さんに前よりかは心を開けられてる……ような気がしなくもない。
 今回は蒼ちゃんと咲夜さんが私に実祝さんとの仲を取り持つようにと声を掛けてくれている。

 本当に私はどうしたら良いのだろう。たとえ蒼ちゃんに

、泣き顔を見ずに済むのなら迷いなく選べそうなのに、蒼ちゃんに

なら、それも出来ない。
 私の中で蒼ちゃんの存在はそれほどまでに大きい。
 私は迷いながらも実祝さんのいない机で、図書室の中で昨日からの分を取り戻すように机に向かう。

「カナ。明日から一緒にテスト勉強するわよ」
 しばらく集中していると、優珠希(ゆずき)ちゃんの声が聞こえる。
「ウチの為に時間取らせてごめんな」
「カナ。謝るのは駄目ってゆったじゃない。わたしたちは親友。そんなに水臭い仲じゃないでしょ」
 図書室の机か、カウンターかに本を置く重そうな音がする。
「せやけど、期末で結果出せへんかったら優珠(ゆず)ちゃんに悪いし」
「結果が出るようにこの土日も図書室で一緒に勉強するわよ。もちろん週末の部活も一緒にね」
「それで優珠ちゃんの成績は落ちひん?」
 そして新しい本を借りるためか、奥の本棚へ移動したのか声がくぐもる。
「大丈夫よ。今回も学年――取って、カナも――避で行くわよ」
「それやとウチは安心やけど、お兄さん家に一人残して大丈夫なん?」
「大丈夫よ。それに日曜日は――、って言って――てるし」
 借りる本が決まったのか、カウンターに戻ってきて再びよく通り綺麗な声が図書室内に聞こえるようになる。
「お兄さんにも幸せになって貰わんとな」
「それはそうなんだけど、こればっかりはあのオンナの協力も必要だから」
 妹さんの口から私の名前が出てきて、悪い事だとは分かってはいるけれど、シャーペンを持つ手を止めて聞き耳を立てて盗み聞きみたいなマネをしてしまう。
「優珠ちゃん。そんな言い方したらあかんよ。ウチもちゃんとは知らへんけど、あの先輩多分良い人やで」
「良い人って……あのオンナと喋った事あるの?」
「いやあらへんけど、たまたま盗み聞きみたいになって聞いてしもうた時にそう思ったんや」
「駄目よ。あのオンナは何もわたし達の事知らないから」
 にべもない妹さんの言葉に、私の事を見損なったと言われたあの日を思い出して、目に涙が浮かぶ。
 ひょっとしたら私の知らない間に優珠希ちゃんが優希君に言ってしまったのかもしれない。だから優希君は今日改めて話がしたいと言ったのかもしれない。
「またそんな事言うて」
「何よ。その笑顔は」
「ホンマはそんな事思ってへんやろ? ホンマに優珠ちゃんがアカン思うたら口も利かへんし、目線も合わせへんやん」
 笑いを含んだ “カナ” って子の声に
「カナ。あのオンナの前で余計な事ゆうと怒るわよっと――もしもしお兄ちゃん? どうしたの?」
 窘めようとした妹さんの携帯に優希君からの電話なのかな。
「分かったわよ。じゃあ今から昇降口に向かうから」
「悪いけどお兄ちゃんと一緒に帰る事になったけど、良い?」
「もちろんウチはかまへんよ」
 確認だけし合った二人が優希君と帰るために図書室を出て行く。
 そう言えば今日は優希君は雪野さんとは一緒に帰らないのか、それが分かっただけでも幾分気持ちは楽になっている事に気付く。
 私は間違っても鉢合わせにならない様に、もう少しだけ勉強をして、十分に時間を空けてから帰る支度を始めた。



―――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――
          「これ全部国立大の入試過去問?」
              さすがは学年一位
            「私の親友に何か用事?」
            たまたま現場を見た愛ちゃん
          「ねぇ蒼ちゃん。私たち親友だよね」
         通じ合っていたとしても不安になる気持ち

           『愛美ちゃんは今、学校楽しい?』

         60話 近くて遠い距離~思いやりの交差点~
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み