第61話 断ち切れない鎖 1 ~悪意の交差点~ Aパート

文字数 5,566文字


 最近色々な事があって頭が疲れているのか、はたまた今月も憂鬱な一週間が始まって体がだるいからか最近布団に入ってからの記憶があんまりない。
 だからお姉さんが言っていた事を考える事も今日の用意も昨日に続いて何も出来ていない。ただ寝坊する事無くいつもの時間に目が覚めるのだけはありがたいだけだ。
 私は慣れた体のだるさを引きずるようにして今日の準備と、金曜日だからと言う事もあってお揃いのシャーペンを入れた所でふと気づく。
 色々な噂があったとはいえ、昨日は別れを切り出されるのが怖くて優希君とは会ってはいない。
 それだけじゃなくて優希君とやっと両想いになれたはずなのに、今週は一回もまともに喋っていない。雪野さんと一緒に歩いていたのを遠目に見ただけで、後は数回のメッセージのやり取りをしただけだ。
 本当なら今すぐに優希君の声が聞きたいし、今すぐ会いたい。そして一緒に登校もしたい。
 その一方で今週一週間、間違いなく例の女子グループの悪意もあるだろうけれど、二年にまで広がっている優希君との噂。万一既成事実になって優希君の口から別れ話が切り出されるのかと思うと、怖くて会えない。
 今日は統括会のある金曜日。どうやっても優希君と顔を合わせる事になるのも手伝って、余計に意識してしまう。
 優希君からのメッセージもなく、余計な事まで考えて勝手に落ち込んだ所で、今日の朝ごはんとお弁当を作るために下へ降りる。


 一通りの準備を済ませたところで本当に珍しく慶が早めに起きてくる。
「珍しいじゃない。こんなに朝早くにどうしたの?」
 時間的にはそこまで早い時間でも無いけれど、慶がこの時間に起きてくるなんて数えるほども無かった気がする。
 私の質問にやっぱり少し視線を逸らしながら、
「顔が痛くて目が覚めた」
 本当にどういう風の吹き回しか知らないけれど、ここ最近の慶の様子、雰囲気が明らかに変わりつつある。
 ひょっとして先週慶とお父さんが一緒の部屋で寝ていたってお母さんが言っていたけれど、その時に何かの話をしたのか。男同士で分かり合える何かがあったのか。
 普段なら寝起きで慶の機嫌も悪いはずなのだけれど、今は少しぶっきらぼうなだけの返事をする。
「顔に貼った傷テープ。取り替えたげるから顔。洗っといで。その間にご飯の用意をしておくから」
「分かった」
 私の言葉に特に悪態をつくわけでもなく、寝起きで不機嫌どころか大人しい慶がそのまま洗面台へ足を向ける。
 今までの慶をさんざん見て来ている私からすると別人かと思うほどの変わり様に驚きを隠せずにはいられなかった。

 そんな慶の一面を見たからかもしれない。そう言えば昨日慶も喧嘩をして顔に傷を作って帰って来たっけ。
「昨日喧嘩して帰って来たって言ってたけれど、お互い殴り合いみたいな喧嘩をしたら、今日はもうスッキリした気持ちでお互い仲直りってしてんの?」
 男子の喧嘩ってお互い殴り合いみたいなのをした後は、スッキリしてお互い後腐れ無くなるって聞くけれど実際はどうなんだろ。
 もしそれでスッキリするのなら、私と実祝さんもそうした方が良いのかな。
 ただ男子とは違って一時でも自分の体に傷や痣が出来るのは嫌だけれど。
「ねーちゃんが何を考えてんのかよく分かんねーけど、理由に寄るんじゃね? 好きな女を盗られたとかなら俺は一生口利かねーし」
 微妙に視線を逸らしながら答える慶。
 そう言えば一時期慶に気になる女の子がいるような話をしていた気がするけれど、その女の子の事はどうなったのか。聞きたい気もするけれど話題に全然上がらないって事は駄目だったのか、それとも気になっただけで本気にならなかったとかなのか。聞くのは藪蛇になりそうだから、辞めておくことにする。
「じゃあ喧嘩してスッキリして、明日から元通りって言うのは?」
 私の質問に小生意気な表情を浮かべて
「どこの世界の話だよ。そんなのあんまねーよ」
 私の質問に答えるけれど、男じゃない私に分かるかっての。
 やっぱり考え方が子供な慶に聞いても仕方なかったかと結論付けて
「はいはい分かったよ。朝ごはん食べ終わったら貼り替えたげるからさっさと食べなよ」
 慶が食べ終えるまでの間に他の準備を済ませてしまう。
 慶と会話をして気分が変わったのは初めてかもしれない。そんな実感を確かに持ちながら登校間際にもう一回今日はお母さんが帰って来る事を伝えてから学校に向かう。
 結局テープを貼り替えたのは、ご飯を食べ終えてそろそろ家を出る時間に差し掛かる直前だった。


 私がいつも通り教室へ入ると
「そんなに一人だけ優等生ぶって先生に褒められたいのかよ」
「もう相手にすんのはやめなって。自分さえ良ければそれで良い奴なんだって。ソイツは」
 朝一から嫌な光景を目にする。
 部屋で誰にも知られないように一人泣いていると教えてくれたお姉さん。
 昨日布団に入って考えようとしてそのまま寝てしまったから、私が皆の気持ちを受けて、私自身どう行動したら良いのかも、考えすらも何もまとまっていない。
 なのにどうしてこう周りの状況は何も、誰も待ってはくれないのか。
 咲夜さんの視線は感じるし、期待しているであろう行動も分かるけれど、私の心の折り合いもつけさせて欲しい。
「……」
 私は咲夜さんの視線に気づかないふりをして自分の席に着いたところで、何の前触れもなく一時期話しかけて以来、眼鏡の男子が私の目の前まで来る。
 何を言われるのか、私に何か用事があるのか。口を開きかけた時、
「岡本さんがそんな乱暴な人だとは思わなかった。だからこの前俺が言った事は忘れて欲しい」
 それだけを言って何事もなかったかのように、自分の席へ戻って行くメガネ男子。
 クラスの約半数が私の方を窺っている。そりゃ惚れた腫れたの話が割と飛び交う私たちの年代。
 朝から耳目を集めるのも分かるけれど、さすがにちょっと待って欲しい。
 なんか私が全く好きでも何でもないメガネ男子にフラれた形になってるのは何でよ。
 実祝さんへの興味が無くなったのはこの際良い事かもしれないけれど、よりにもよって私が乱暴な人って……私は昨日の事を確かめようと例の女生徒を探していると、両手で頭を抱えた咲夜さんの姿が目に入る。
 咲夜さんに関しては恐らくは実祝さんの件だと思うけれど、さっきの視線の事と合わせて昼休みに問い詰めるとして、今は教室の隅で例のグループの中に隠れているつもりの彼女に昨日の事を確認しに行く。
 例のグループのリーダーが私の目的を分かったのか
「副会長に続いてクラスの男子にまでフラれて、こっちに八つ当たりか?」
 私を煽って来るけれど相手をしてしまった時点で自分から優希君との関係をバラしてしまうのと同じだと言い聞かせる。
 そして私が昨日の放課後の女生徒の所まで行って
「話。あるから。廊下まで一人で来て」
 みんなにバレない様に軽く足を蹴る。
「……っ」
 それでも動かないクラスメイトに対して昨日と同じ二オクターブ下げた声で
「今か、放課後か選ばせてあげる」
 選択肢を与えたら、私の後についてきた。

「聞きたいんだけれど昨日の事言ったの? まさか昨日のこと忘れたわけじゃないよね」
 朝の忙しい時間。前置きなしで直入に聞く。
「い。言ってないっ! 昨日の事は何にも言ってないっ」
 昨日の事は……ね。
 なんでも良いけれど、クラスメイトと廊下で話をしてるだけなのになんでそんなに怖がるのか。そりゃ今日から体がだるい分、ちょっとイライラ気味ではあるけれど、怖がるなんて失礼な気がする。
「じゃあ聞き方を変えるけれど、メガネ男子に私がフラれたみたいになってるけれど、あの男子に何か言った?」
 万一この事が優希君の耳に入ったら、私が浮気したみたいな既成事実が出来上がりかねない。
 それだけはどんな手を使っても止めさせてもらう。
「そっちのは本当に何にも知らない。喋った事も無いっ」
 ただ本当に何も知らないのか、知らない、知らないと繰り返すクラスメイト。
 だからあと一つだけにする。
「昨日の事を本当に言ってないって言うなら、蒼依にした事。本当にバラして欲しくないって事?」
 私の質問に無言で首を縦に振る女生徒。
「じゃあそれだけまずい事をしたって言う自覚はあるんだ」
 返事をしてはいけなかった事が分かったのか、私の追加の質問に固まる女生徒。
 蒼ちゃんが相談してくれたら迷わず統括会としても動けるし、保健の先生にも相談出来るのに。
 さすがは女同士。自分の体の傷に関して話を広めて欲しくない、知られたくないって言う女の弱点を完全に突かれた形になってる。
 完全な証拠も、取った言質も無いから今は歯噛みするしかない。
「分かった。一旦はやめておくけれど、今聞いた事実と違えばバラして欲しくない蒼依の痣の事調べるから。その時、隠したって事であんたも同罪にするから」
 それだけを言い残して残り少ない朝の時間、
「お昼聞きたい事、出来たから。咲夜さんの方も何か言いたい事あるんだよね」
「……分かった」
 それだけを言ったところで、担任が入ってきて朝礼が始まる。


 昼休み咲夜さんと話をするけれど、蒼ちゃんもどうかと誘うと蒼ちゃんの方は理科の先生の所で模試対策をするって言って教室を出て行ってしまったから
「咲夜さんはお弁当?」
「ううん。購買で買ってからでも良い?」
 咲夜さんがお惣菜とおにぎりを買うのに付き合ってから、たまに蒼ちゃんと一緒に食べる保健室が見える場所へ今日は咲夜さんと足を運ぶ。
 心なしか咲夜さんの元気が無いような気がする中、今日は久しぶりに咲夜さんとお昼をする。
「咲夜さんが朝言いかけてた事は実祝さんの事?」
 私の話は事が事だけに話の流れによってはこの時間で収まりきらないから、先に当たりの付けられる咲夜さんの話から聞く事にする。
「そうだけど。夕摘さんの事はもう良いの?」
 さっきまでの元気のない咲夜さんとは反対に、私への不満をありありと浮かべてくる。
「もう良いって事は無いけれど、どうしたら良いのか私も正直迷ってるよ」
 みんなは実祝さんを放っておくなって言うけれど、実祝さんの一番の理解者であるお姉さんは思いっきり喧嘩したら良いと言う。その結果私にも実祝さんにも得られるものが必ずあると言う。
 昨日そのまま寝てしまってまだ考えはまとまっていない。
「迷ってるって……愛美さんこそ、雨降って地固めようとしてないじゃん! 

、愛美さんに謝りたいって言ってたんだよ」
 さっきと心情、気持ちが違うのか、無意識の範疇なのか咲夜さんの言葉に驚く。
 お姉さんが言っているのはこの事かもしれない。だったらやっぱり私の気持ちを通しても良いのかも知れない。
「私は、実祝さんにあの時謝れなんて言ってないよ。蒼ちゃんに対してした事の説明をしてって言ったつもりだけれど」
 そうは言っても実祝さんが一人部屋で泣いていたというお姉さんの言葉に、私の心はまた迷いを見せる。
「あんな言い方して答えられるわけないじゃん! あの時あたし同じ事言ったじゃん! 実は愛美さん実祝さんの事どうでも良いと思ってるんじゃないの?」
 咲夜さんが私に真剣に怒っている気がする。だったら私もやっぱり真剣に答えないといけない。
「じゃあ逆に聞くけれど、蒼ちゃんが実祝さんともっと仲良くなりたいって、ただそれだけを願って作ったクッキーを投げつけた事は別にどうでも良いの?」
「愛美さんの気持ちも分かるよ。あたしだってそう思う所もある。でも愛美さんのいない所で実祝さんかなり言われてるよ。それでも蒼依さんにした事を根に持つの?」
 いつものあの雰囲気じゃない。こんな咲夜さんを久しぶりに見た。
「だったら――ううん。私はそのために実祝さんを咲夜さんにお願いしたの」
 だからって私の方もそれに釣られたわけじゃないけれど、自分で咲夜さんの気持ちが変わるのを、強制せずに待つって決めたにも拘らずもう少しで言葉にしてしまう所だった。
「お願いしたらそれで終わりなんだ。昨日も実祝さんを放って蒼依さんと一緒に帰って、昨日の夜にも何回か電話したのに全然繋がらなかったし」
「昨日の事は蒼ちゃんからも言われた。念のために言っておくと昨日の夜は蒼ちゃんと電話してたわけじゃないからね」
 このままだと蒼ちゃんにも矛先が向いてしまいそうだったから、先手だけは打たせてもらう。
「愛美さんが(みずか)ら親友って言ってる蒼依さんの言葉にも耳を貸さないなんて、実祝さんの事どうでも良いって思ってるのと一緒じゃん!」
 咲夜さんの目に失望の色がにじみ出る。
 時間的に昼休みも短くなってきてる。
 私が朝の眼鏡の男子の事を聞こうとした時、今一番目にしたくないモノを見てしまう。それと共に周りのガヤと音が一斉に消えてしまう。
「あ……」
 その中で鮮明に届く誰かの “声” 。
 そして声だけが残って聞こえる中、私と優希君の視線が絡まる。隣で仲良さそうに手を繋ぐ雪野さんの姿も一緒に映して。
「副……会……長?」
 それに何故か咲夜さんまでが動揺しているように見える。
 私の知らない所で優希君と咲夜さんに何かの関係があるのか
「愛美さん」
 でも優希君は咲夜さんの方を全く気にする素振りすらなく、一心に私だけを見てくる。
「優『行きましょう、空木先輩』――っ」
 私の言葉を雪野さんが遮ってしまう。
「ちょっと愛美さんっ!」
 私はそれ以上二人を見ていられなくて、広げたお弁当の事も忘れてその場から逃げ出してしまう。
 色々な噂を耳にして、クラスの女子たちが言っていた事が今更になって全て私にのしかかって来る。

        ――私……そこまで何か悪い事したのかな――

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