第64話 喧嘩が与える影響 ~心の距離~ Aパート

文字数 4,442文字


 結局昨日は保留にしたままの優希君のメッセージが気になって、テスト対策に集中出来なくて時間がかかった分、眠い。その上に今日はいつもより体が重い。
 昨日返って来ていた朱先輩からの返信メッセージで今日も児童との課外活動がある事も分かったから一応動きやすい服装に結果的にはなるけれど、先週は確か男女別に別れたから今日はどうしようか。
 ただ来週にはテスト直前で参加することが出来ないだろうから、今日はみんなと一緒に体を動かしたい。
 そんな事を考えながら、今日も晴れている方の飲み物を用意しようと下へ降りる。

「おはよう。今日も出かけるのよね」
「おはようお母さん。今日は出かけるけれど来週はテスト直前だからどうしようかって迷ってるけれど」
 リビングに入ると朝ご飯を用意してくれていたお母さんと、軽い雑談を交わす。
「分かったわ。またどうするのか決めたら教えて頂戴ね」
 慶が起きて来ないゆったりとした朝の時間、朝の用意をしてくれているお母さんの横で、いつもの飲み物を用意する……いつもと違う水筒で。

「それじゃあ今日の夜ご飯もどうするのかまた連絡するから」
「ええ。愛美もお母さんがいる時くらいは家の事なんか気にせずに羽を伸ばしなさいね」
 お母さんと朝ののんびりした時間を過ごした後、昨日よりも慣れた体のだるさを感じた分、今日の活動に参加するために少し余裕を持って家を出る。


 私がいつもの公園に着いた時には、いつもよりも少し遅かったにも関わらず、珍しく朱先輩はまだ来ていない。もちろん今までが早すぎただけで、今日くらい遅くても私は普通に待っているつもりだったのだけれど、
「おはよう! 今日は一人?」
 その代わり二週間ほど前から声を掛けてくる男性が、私を見つけて駆け寄って来る。
「今は一人ですけれど、もうすぐ来ると思いますので」
 年上の男性と言う事がそうさせるのか、こうやって喋ると優希君と違って言葉に余裕があると言うか、言葉が柔らかいと言うか、何となく女性慣れしている気がしなくもない。
「せっかくだし一緒に組む?」
 だからなのか、それともこれが普通なのかは分からないけれど、気軽に押し込んだ会話を展開してくる。
 それにしても大人になるとこれくらい露骨なのが普通なのか……私に気があるのが分かる……気がする。
 ただ私には優希君がいるから、たとえ今気持ちがすれ違っていても優希君以外の男の人と二人は嫌だ。
「昨日の内にメッセージで約束もしてありますから大丈夫です」
 私は一歩距離を取るように後ろへ下がって返事を返すけれど、やっぱり慣れているのか、年上の男性と言う事が行動を大胆にさせるのか、はたまた私が男性慣れしていないのが原因なのか
「じゃあ来なかったら一緒どう?」
 私が下がった分を埋めるように、私の方へ二歩踏み込んでくる男性。
「その後ご飯でもどう? 俺が出すからさ」
「さすがにそれは

です」

って事はOKって事?」
 グイグイ迫ってくる上に、私は断りたいのに中々私の意図が分かって貰えなくてちょっと困る。
 しかもこの後ご飯なんて……その下心は私には怖い。
 こういう所をクラスのあの女子グループに変わって欲しい。
「いえ別の約束事もあるので無理です」
「じゃあ邪魔じゃ無ければ、そっちの用事にも付き合うよ」
 断りたいのに中々断れない。更に私が一歩下がると相手の男性は二歩こっちに詰め寄って来るから、結果として私の男性の間がなくなって来てるのが、私には怖い。
「――っ?!」
 その恐怖に私がもう一歩下がろうとしたところで、先に私の方へ踏み込んだ男性が私の手を握って来る。
 私が大人の男性の手にびっくりして固まってしまったところに
「わたしの大切なレディに何、してるんですか?」
 何やら重そうな紙袋を足元に置いて、ゴキゲンが斜めどころか真横に近いくらい悪いのか頬を真っ赤にした朱先輩に何人か気が付いたのか、こっちに注目が集まり始める。
「何って誘ってるだけですよ」
 周りの視線が集まったからか居心地悪そうにそう言って、握っていた私の手をさりげなく離す……その動作一つをとってもやっぱり女性慣れてしていると言うのは伝わる。
 その代わり、いつの間にか私の近くまで来ていた朱先輩が今度は私の手を包み込んでくれる。
「遅くなってごめんね」
 私の震えが、表に出してはいなかった恐怖心に気が付かない訳がない朱先輩が、まずは私の恐怖心を取ろうと手をさすってくれる。
「先ほど誘ってるだけって仰ってましたけど、誘うのにこのレディを怖がらせる必要。ありました?」
 いつまでも後ろを向いているわけにはいかないと思ったのか、朱先輩が私の手を握りながら男性に振り返って質問をする。
「怖がらせたならごめん。でももう知らない仲でもないんだし俺もちょっと傷つくなぁ」
 朱先輩の言葉にあくまでもひょうひょうと語る男性。
「――っ」
 私は朱先輩の背中に隠れさせてもらう。
「わたしのレディが怖がってますけど、誘ったんじゃなくて“強引に誘った”の間違いじゃないですか?」
 朱先輩から男性への追い打ちで回りからざわめきが広がる。
「あの、朱先輩。私はもう大丈夫ですから」
 みんなの視線を集めて気の毒に思えて来たから、私の手を握り続けてくれている朱先輩にそこら辺で止めてもらうように口を挟む。
 そんな私を今度は後ろから抱きかかえるように立ち位置を逆に変えて、繋いだ手とは反対側の手を私の頭の上に自然に置いて
「女性をエスコートする側の男性が、こんな可愛いレディに気を遣わせるなんて最低だと思いません?」
 言い切った朱先輩に男女合わせて周りから賛同の声がちらほら上がり始める。
 私は意識して体重を後ろにかけて朱先輩にもたれかかる。
「私がもっとはっきり断れば良かったかもしれないので……」
 私の言葉にまるで二面相みたいに朱先輩が上から、にっこりとのぞき込んで
「じゃあ今日もわたしと二人でする?」
「はい。今日はそうして――」
 いた表情からまた膨らみ始めた朱先輩の頬に言葉を止めると
「違うんだよ愛さん。今日

一緒にする。なんだよ」
 そう言って私の瞳を横からのぞき込む。
「はい。今日

よろしくお願いします」
 私が改めて朱先輩に返事をしたところで、主催者の所に二人で用具を借りに行こうとしたところで
「あの。俺と一緒にするって言う話は――」
 男性がまだ何かを言っていたから、改めて私が断ろうと足を止めようとしたら、それ以上に朱先輩が私の手を強く握って、そのまま通り過ぎようとする。
 ただ今度は周りが放っておかなかった。
「何を厚かましい事を言ってんだい。

を口説くのにマナーがなっちゃいないよ! 出直してきな」
 参加していた他のおばさんが男性を追い払ってくれる。
 今度はその女性にお礼を言おうと二人ともが足を止めると、追い払った男性を見届けたおばさんがこっちを振り返って、
「大丈夫だったかい? 全く最近の若い男と来たら見境なくさか『おばさま? さっきは助かりましたけど、愛さんの前でそれ以上は駄目。ですよ』」
 何かを言いかけたおばさんの言葉を朱先輩が遮ってしまう。
 それでも特に気にした様子の無いおばさんは
「あらやだ。あたしも

なんだから気を付けないとね」
 そう言って笑いながら主催者の所へ足を向けるおばさん。
 本当に色んな年代で、色んな人がいるんだなって実感しながら
「さっき、どうしてあのおばさんの言葉を止めちゃったんですか?」
 朱先輩に聞くと
「愛さんは気にしなくて良いんだよ。それじゃあわたしたちも始めるんだよ」
 答えたくないのか一波乱はあったものの、そのまま活動が始まる。


 活動の途中で初めに持っていた紙袋の中身を聞く。
「さっき朱先輩が持っていた紙袋は何ですか?」
 手に持っていたから廃品回収にでも出すのかとも思ったのだけれど、さっき自転車のカゴに入れてしまうのを見ているとどうもそうでもないみたいだ。
「あれは愛さんの学校案内なんだよ」
 私の質問に事も無げに答える朱先輩。
 今日は体が本調子じゃない事もあってゴミを集める勢いも弱い。
「学校案内って、あの袋全部ですか?」
 そこまで重いものを持って来なくてもちゃんと朱先輩の家にお邪魔するのに。
「そうなんだよ。少しでも早く愛さんに見せたくて持って来たんだよ」
 今は町の美化活動の時間で、この後は児童との活動でゆっくり見ている暇なんてないはずなのに。
「なんか愛さんが笑ってる気がする」
 進路に関しては担任の先生と面談しないといけなくても、とても今はそんな気になれない中
「違いますよ。これは朱先輩の気遣いが嬉しいからですよ」
 両親と話すのにこれ以上力強い物なんてない。
「その割には“はぁ”ってため息をついた気がするんだよ」
「私が喜んでいるのを、朱先輩は信じてくれないんですか?」
 朱先輩の真似をして目尻を少し下げる。
「なんか愛さんがだんだん悪い子になってる気がする」
 私は朱先輩の真似をしてるだけなのに。
「私。悪い子になってますか?」
「そんな事無いんだよ。わたしは愛さんの事がとっても大好きなんだよ」
 私の質問とは違う答えを返す朱先輩。多分ごまかしたかったのかもしれない。
 それでも朱先輩が言ってくれるならと無条件で聞き入れてしまう。
「それと朱先輩。少し急ぎませんか?」
 朱先輩と喋っていて気が付けば周りには袋を持っている人がほとんどいない。
「ほんとなんだよ。河川敷まで急ぐんだよ」
 私たちはゴミ拾いも程々にみんなに追いつくようにと移動する。


 余り遅れる事無く追いつきはしたものの、先週に引き続きあまりゴミの回収は出来なかった。それでもゴミトラックにゴミを積む時、主催者の人が私たちの元へ来て
「他の参加者の方からお伺いしました。せっかくのご厚意で参加頂いておりますのに、ご迷惑をおかけいたしました」
 頭を下げる。
「主催者さんの責任ではないです。私がちゃんと断らなかったのもあると思います」
 あの時は確かに怖かったけれど、結果的には何もなかったし、朱先輩も来てくれたからもう大丈夫だと伝えて穏便に行きたかったのだけれど、
「何言ってんだい! せっかくこれからって言う若者が参加してくれているって言うのに、アンタらが気を付けないでどうするんだい」
 さっきのおばさんが文句を言い始める。
「お気持ちはわかりますが、相手の方もご厚意でご参加いただいてますので――」
「そんな事はどうだって良いんだよ。あたしはそれをどうにかするのが役所じゃないかって言ってるんだよ。全く最近の役所は市民から税金をふんだくっておいて、いざとなったら何の役にも立ちゃしない」
 そしてひとしきり文句を言ったところで私の方へ向き直って
「良いかい。また同じような事があったらあたしに言うんだよ! びしっと言ってやるからね」
 言いたい事を言って満足したのか、おばさんがそのまま帰って行く。

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