第63話 初めての喧嘩 ~男女の行き違い~ Aパート

文字数 3,814文字


 雪野さんと帰ったものとばかり思い込んでいたからびっくりし過ぎて、私の方もまるで呼吸を忘れたかのように優希君を見つめてしまう。
 各部活動も終わって最終下校時刻までの間。
 今は二人きりで他のメンバーもいないからなのか、私を見つめる優希君の視線に熱がこもるのがはっきり分かる。
「どうして? 雪野さんは良いの?」
 湧き上がる色々な気持ちを悟られない様に靴を履き替えようとしただけなのに、私が優希君を放って帰ると思ったのか
「待って。僕と話をして欲しい。それに日曜日の約束もしたい」
 私に帰るのを待って欲しいと言ってくれる。
「今は靴を履き替えただけだよ」
 だから私は苦笑いをしながら遠回しに、途中まででも一緒に帰ろうと言うと、あからさまにホッとした表情を浮かべる優希君。
 私が靴を履き替えて下校している間、この一週間全くと言って良い程会話をしていなかったからか
「……」
 言いたい事、聞きたい事、喋りたい事がたくさんあったはずなのに、まるで始めて優希君とデートした時のように中々言葉が出てこない。
 一方優希君の方も私に熱のこもった視線を絶えず向けてはくれるけれど口は開いてくれない。それどころかさっきホッとしてくれていたのも束の間、今は落ち込んでいるようにすら見える。
「やっぱり愛美さん。機嫌、悪い?」
 恐る恐ると言った感じで優希君が私の気持ちを知ろうとしてくれるけれど、

私じゃこればかりはどうにもならない。
「このまま帰るのは私も嫌だから、広場の方に行こっか」
 それでも優希君と一緒にいたい私の気持ちをごまかす訳にもいかないから、校門から出た先を広場の方へと足を向けなおす。
 その道中でも、
「……」
 優希君は手を繋ごうとしてくれるけれどさっきのを見てしまうと、思い出してしまうとどうしても手を出す気にはなれない。
 そんな事を繰り返しながら広場に着いた時には諦めてしまったのか、優希君の方からは手を繋ごうとしてくれなくなってしまっていた。

 仕方なしに無言でベンチに座る時も隣じゃなくて、人ひとり分の隙間を開ける。
 私だってホントはもっと近くに座りたいのに、もっと近くにいたいのに、私の気持ちがそうさせてくれない。
「雪野さん。香水、付けてたんだ」
 優希君のすぐ近くまで行くとどうしてもわかってしまう。それは時間が経った今でもやっぱり消えていない。
 どうしても雪野さんの気持ちが分かってしまうだけに、私の気持ちが納得してくれない。
「優希君から雪野さんへ香水を辞めるように言うって言ってくれたのに」
 一人分離れると分からないけれど、これを少しでも詰めるとやっぱり鼻につく柑橘類の匂い。この中途半端さがまた嫌な気持ちを私の胸の内に広げてしまう。
「ごめん。雪野さん。中々聞いてくれなくて」
 悪いとか申し訳ないとかそんな表情じゃなくて、本当に落ち込んだ声音で話す優希君。
 彩風さんも初めは優希君も反対してくれてたって言ってた。それでも最後は雪野さんの意見に妥協する形で折れたとも教えてくれていた。
 優希君の妹さんは、私の嫉妬や、やきもちに対して私の事を知ることが出来て嬉しいと妹さんに優希君が話してくれてるってこの前は言ってたけれど、今はどうにもそんな感じにも見えない。
「ひょっとして僕に愛想尽かした?」
 手を握りもしない。近くに寄る事もしないとなると確かに私でもそう思ってしまう。それでも倉本君になびく訳がないのに、言外に意識しているのを感じる。
 でも私は香水が嫌なだけなのだ。それは前に私から優希君にも伝えてあるし、優希君自身も香水は駄目だって私に言ってくれていたはずなのに……それでも不安に思ってしまうのかな。倉本君との事を疑ってしまうものなのかな。
「そんな訳ないよ。私は前に優希君をそんな簡単に嫌いにならないって言ったよ?」
 それでも優希君の気持ちが分からない訳じゃ無い。
 私も一時(いっとき)とは言え私から気持ちが離れて雪野さんへ動いたのかなって落ち込んだ事もあったから。
 それに今でも毎日雪野さんと優希君の事を聞く度に、二人で仲良さそうに歩いているのを見る度に、私は自分の気持ちを落ち着けるのに必死にならないといけない。
 好きじゃなかったらこんな気持ちには絶対にならないと断言できる。
「良かった」
 私の気持ちを知らないからだと思うけれど、私の返事を聞いて心底安心した表情を浮かべる優希君。
「優希君の中の私って、そんな簡単に優希君の事が嫌いになるって思ってるの?」
 優希君が雪野さんと二人で仲良さそうに歩いているのを見ただけでどれだけ取り乱しているのかを知らないからそんな事聞けるんだよね。
 今日の香水の事だって、優希君が言ってくれるって前のデートの時に言ってくれたから、信じていたんだよ。
 その気持ち……分かって貰えてなかったのかな……。
「そう言う訳じゃ無くて……」
 私の悲しい気持ちなんてわからないからなのか、それとも私以外の人の事、妹さんとか雪野さんとの事を考えているのか、それともどこかを見ているのか。
 明らかに違う所に焦点を合わせて気まずそうに私から視線を外す優希君。
 どうして否定してくれないんだろう。
 私の心の中

の問いかけに当然答えてくれない優希君。
 こんなにも好きな人が目の前にいるのに寂しくて目にじわりと涙が浮かぶのが分かる。
「優希君。私を大切にしてくれるって言ったのに、その手はいっつも雪野さんとつないでいるし、今日も雪野さんの頭の上に自然に手を置いているし。私は優希君の手しか握った事無いのに……」
 雪野さんが原因で何で優希君との間の空気がこんなに気まずくならないといけないのかな。そう分かってはいても高ぶった私の感情はなかなか止まらない。
「私、香水は嫌ってちゃんと言ったのに、雪野さんには薄い匂いで妥協したんだよね? 彩風さんが教えてくれたよ。どうして私じゃなくて雪野さんに優しいの? 私が優希君の彼女で良いんだよね?」
「僕は愛美さんの事が好きだし、雪野さんの事は本当に何とも思ってないから。それだけは分かって欲しい」
 今度は間を置かずに言いながら、一人分空いている隙間を埋めようと優希君がこっちに寄って来てくれる。
 だから感じたくないのに、どうしても柑橘類の匂いが私の鼻についてしまう。
 優希君の近くにいたいのに、どうしてもその匂いが嫌な私は、体が勝手に距離を作ってしまう。
 つくづく感情って言うのは厄介だと思ってしまう。
「それに今週、私といる時間より雪野さんとの時間の方がずっと長いよね」
 過ごした時間の長さよりもその中身の方が大切だって言うのは、私は、自分の家族を通してもう知っているのだからその考え方自体は変わらない。
 でも、それを差し置いたとしても好きな人とは少しでも長くいたいって思うものなんじゃないのかな。
 だから私の両親は二人揃って家を空けているし、お母さんが私のために家に帰るって話になった時、お父さんの幸せが減ってしまう事に初めは反論できなかったんだろうし。
「……」
 私の言葉にまた動きを止めてしまう優希君。
 もちろん雪野さんとの時間については統括会で決めた事だし、納得は出来なくても現状雪野さん対策としては最良に近いんじゃないかとは思ってる。
 もちろんそこに倉本君の底意が見え隠れしているのも、もう分っている。
 だから私の方も絶対に受け入れないという意思表示として、倉本君とは二人きりにならない様に細心の注意も払ってる。
 でも、学校外となる登下校時、放課後の寄り道は納得できるわけ無いし、腕を組む必要も無いと思う。
 朱先輩は相手の女の子に腹立つって言ってくれていたし、私も実際そうだと思った事もあるけれど私は今雪野さんに対してじゃなくて、優希君に辛さと言うか悲しみと言うかやるせなさを感じている。
 私の方が優希君を信用出来てないのかな……
 今度は自分で自分の気持ちが分からなくなる。
「ごめん。今日は帰るね」
 優希君の落ち込んだ表情も見ていたくなくて、自分の気持ちも分からなくなってしまって、結局聞きたかった事の半分くらいしか聞けずに、日曜日の約束の話も出来ないまま私は家に帰る。
「……」
 何も言えなかった優希君を残して。


「ただいま……」
 私が言い過ぎたのが原因な気がしなくもないし、優希君に私の気持ちを知って欲しかったのもある。
「おかえりなさい。愛美」
 妹さんはああ言ってくれてはいたけれど、結局は気まずい雰囲気になっただけだし。
「……」
 自分から作り出してしまった雰囲気なのに、この隙に雪野さんが更に入り込んできてしまったらもっと面白くない展開にしかならない……事を想像すると、どこに向かおうとするのか、私の心がはやる。
 私が優希君に何でも良いからメッセージを打とうと――
「愛美どうしたの? 学校で何かあったの?」
 ――携帯を手にしたところで心配そうな表情を浮かべたお母さんが私の手を優しくつかむ。
「あ。ただいま――ううん。考え事してただけだから」
 そんなお母さんが心配しなくて済むように、笑顔を作って掴まれた手を解いて一度着替えるために自室に入る。
 部屋着に着替えた後、

 題名:ごめんね 
 本文:今日は言い過ぎた

 散々迷った挙句それだけを打ち込んで優希君に送信してからお母さんのお手伝いをするために、下へ降りる。

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