剣銃会議(テーマ:剣)

文字数 2,327文字

 某月某日、世界的な武器メーカーであるX社ロビーにて、大勢の記者を集めての討論会が行われた。
 X社は強力な新製品の開発に力をいれており、次に開発する予定の製品を、銃にするか、剣にするか、それを大々的な討議によって決定しようというのである。

「まったく、ナンセンスと言わざるをえない」

 全日本銃愛好会会長はカメラに臆することもなく、居並ぶ記者達の前でそう吐き捨てた。

「社の上層部は何を考えているのか。討議などせずとも、結果は明らかだと思うんだがね」
「と、いいますと?」

 最前列にいた記者の一人が、ガンマイクを掲げて先をうながす。

「銃が剣より優れているなんて、明らかだろうと言っているのだよ。銃を持って頭に羽飾りをつけたカウボーイと、剣を持って袴姿の浪人が戦って、はたして浪人が勝つとでも、君は思うのかね?」
「絵的にわけがわかりません」
「射程が全然違う。粗末なピストルでさえも、銃は二十五メートルも先の相手を撃ち抜くことができる。ちょうどプールの端から端まで。そんな距離があっても相手を瞬時に屠ることができるわけだ。剣でそんなことができるかね?」
「泳がないと無理ですね。クロールで」
「バタフライだ。そしてそんなことをしている間に、銃弾に蜂の巣にされてしまうだろう」

 銃愛好会会長は、一人でうんうん頷きながら続ける。

「接敵することなく相手を倒す。たとえ刃を如何に切れ味鋭くしようとも、近づけないのでは意味がない。銃にとって剣など恐るるに足らんものなのだ。新製品に銃を選ぶことは当然だと、そうは思わないかね?」

 記者は気圧されたようにこくんと頷いた。

「では、剣派の主張を」

 司会に促され、全日本剣協会会長は静かに壇上に上がった。かなり高齢なのだが、実際より若く見える。
 剣会長はじっと透きとおった瞳で記者達を見回すと、やがておもむろに口を開いた。

「皆さんはテレビゲームで、ロールプレイングゲームをやったことがありますか?」

 予期せぬ質問に、記者達がぽかんと口を開ける。
 だがやがて、思い思いに小さくうんうんと頷いた。
 剣会長は続ける。

「主人公の武器はなんでしたか?」

 場を一瞬の静寂が包んだ。
 じっと見つめられた記者の一人がおどおどと、「け、剣です」と呟いた。

「そうです剣です。主人公の武器は剣。勇者の武器は剣。これはもう、地球が太陽の周りを回っているのと同じくらい、確たる事実といっていいでしょう。当然です。危険を冒さず遠くからモンスターを一方的に射殺する、そんな主人公は実に興醒めですから」
「馬鹿なことを!」

 銃会長が憤怒の声をあげた。

「遠くから攻撃できることの何が悪い! 剣が近距離攻撃しかできないから僻んでいるだけだろう!」
「いいえ、剣だってものによっては遠距離攻撃が可能です。たとえば――」
 剣会長は小首を傾げて少し考えると、厳かに告げた。
「――いなずまの剣」

 会場中に、イオラだ、イオラだ、というざわめきが巻き起こった。

「さらに古来より、剣には伝説的な銘があります。名刀正宗、妖刀村正、秘剣電光丸、ダイの剣。職人が丹精こめて作るからこそのものです。機械で量産される銃に、こんな凄みがありますか?」
「そんなものは関係ない! 武器に必要なのは実用性だ! いかに短時間で、スマートに、敵を屠れるかどうかなのだ!」
「スマート……ですか」

 剣会長の瞳に、静かだが強い光が漲った。

「あなたは、それでいいと思うのですか」
「どういうことだ」
 銃会長はごくりと唾を飲んだ。
「……それが、武器というものだろう」
「武器は人を殺します。人の命を奪います。それがスマートに行われて、許されることだと思いますか」

 剣会長の言葉に、会場中が水を打ったような静寂に包まれた。

「剣で人を斬る。そこには生々しい感触があります。柄を持つ手は感じるでしょう。刃が肉を切り裂く感触を。骨にぶつかる触感を。相手の命が潰える、その瞬間の震えを。噴水のような返り血を浴びながら、刃にこびりついた血と脂を拭う。それが剣です」
「……」
「ですが銃は、銃口から放たれた弾丸は、殺しの感触を伝えません。離れていれば、苦痛に歪んだ相手の細かな表情もわかりません。返り血も浴びません。命が流れ出すのは小さく穿たれた目立たない穴で、それすら目を背けることが容易です。それが銃です」

 剣会長はマイクを持つ手をぎゅっと握り締めた。
 会場中の誰もが、身動きもせずにその言葉に耳を傾けている。

「確かに武器は人を殺めるものです。そのためのものです。……ですが、人の命を、一生を奪うからには、使う側もその重みを知らなければなりません。目を背けて見ないふりをしてはいけないのです」

 剣会長の言葉が、力強く会場に響き渡っていく。

「その重みを忘れさせないこと。戦場に生きる私達の愛しい子供達に、人間としての道を踏み外させないこと。……それが武器にとって何より大切なことだと、私は思います」

 深い沈黙の帳が下りる。

 ――やがて、パチパチと乾いた拍手の音が、場の沈黙を破った。拍手をしているのは銃会長だった。
 銃会長はそのまま壇上の剣会長に歩みより、静かに手を差し出す。威厳に満ちた態度だった。
 二人が固い握手を交わす。
 そこここでぽつぽつと拍手が起き、やがてそれは洪水のような歓声となって、会場を飲み込んでいった。


 数ヵ月後、世界的な玩具武器メーカーX社から新製品『ライトセイバー』(スイッチを押すと刀身が光ります)が発売され、小学生の子供を中心に好評を博した。
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