おばあちゃんのお庭(テーマ:土)
文字数 1,964文字
「真希ちゃん、ひまわり好きだったよね?」
鎌を片手に、おばあちゃんが笑った。
タオルで汗を拭きながら、庭の一角の雑草を、二人で一緒に刈っているのだ。
おばあちゃんの家の広い庭には、色とりどり、いろんなお花が咲いていて、私はベランダからそんな花畑をながめるのが大好きなのだ。
「今度はひまわり植えてくれるの?」
「うん。パパとママの好きなのはもう植えたから、今度は真希ちゃんの番だよ」
「やったあ!」
おばあちゃんの家は、私の家のすぐ近くにある。
体の弱くなってきたおばあちゃんのために、家族みんなで引っ越してきたのだ。
本当は一緒に住もうとさそったのだけれど、おばあちゃんはこの家が好きだからと、にこにこ首を振った。
お袋、気をつかってるんだろうな、とパパはいつも残念そうに言っている。
「お花を育てるコツはね、いい土なの。肥料をうんとやって、たくさん栄養と愛情を与えてやるの。そうすれば土はどんどんいい土になってくれて、おばあちゃんに素敵なお花をたくさんくれるのよ」
そんなふうに私に教えてくれるおばあちゃんの横顔は、なんだかいつも、すこしさびしそうだ。
おばあちゃんにはたくさん子供がいて、私も小さい頃よく遊んでもらったのだけれど、一人、また一人と疎遠になっていって、もうパパ以外からはなんの連絡もなくなってしまったらしい。
(ったく、どうしてるんだか。親に受けた恩くらい、返さないでどうするんだ)
兄弟の話が出ると、パパはいつもぷんすか怒っている。
そうすると、おばあちゃんはいつも、いいのよ、もう十分、かえしてもらいましたから、とさびしそうに笑う。
私はそんなおばあちゃんに元気になってほしくて、毎日学校帰りにおばあちゃんの家にかよっている。
ママにはいつも「真希は本当におばあちゃん子ねぇ」と言われっぱなしだ。
「大切なのは、たっぷりの栄養と愛情なのよ。そうすれば、土は絶対にきれいなお花を咲かしてくれるの」
おばあちゃんの庭の土は、魔法をかけたみたいにやわらかくて、とてもいい香りがする。
この花畑があれば、きっとおばあちゃんもさびしくないだろう。
私はおばあちゃんと一緒に、草刈りに精を出した。
「お父さん達、遅いねぇ」
リンゴの皮を剥きながら、おばあちゃんが心配そうに言った。
お父さんもお母さんも、遠くの友達の結婚式に出かけている。
帰りの時間はとっくに過ぎているのに、まだもどってこない。
一人で留守番していると、おばあちゃんが、うちに来なさいと言ってくれた。
おばあちゃんと一緒に夕食をとり、テレビを見て、でも零時を過ぎてもパパ達はまだ帰ってこない。
二人でならんで布団に入ったけれど、私は心細くて、ちっとも寝付けなかった。
おばあちゃんは先に寝てしまったみたいで、すうすうという寝息が聞こえてきた。
私は寝床から起き上がった。おばあちゃんを起こさないようにしずかに部屋を出て、ベランダに向かった。月明かりに照らされる庭は、昼間とはまたちがった華やかさがあって、みとれてしまう。
ベランダから降りて、夜の庭に踏みだした。
広い庭の一角には、ママの好きなカサブランカと、パパが恥ずかしそうに、「そうだなぁ……」と挙げたガーベラが植えてあって、小さな新芽が顔をのぞかせている。
私はうれしくなって、かがみこんで、じっと小さな新芽をみつめた。
「……?」
異臭が鼻をついた。
なにかが腐ったような匂いがする。
考えてみれば、どうして芽吹いたばかりの新芽から、花の香りがするのだろうか……。
妙に思って、すぐそばに置いてあったスコップをとって、地面を掘りはじめた。
しばらく掘っていると鈍い感触がしたので、私はかがんで、穴の暗闇を覗きこんだ。
たくさんの芳香剤の中、茶色く濁った人の指が、地中から突き出ている。
土にまみれたマネキンみたいなその指は、薬指に、ママと同じ指輪をはめていた。
おばあちゃんの広い庭には、たくさんの花が咲き乱れている。
ママの好きなカサブランカ、パパの好きなガーベラ、叔父さんが好きだった紫陽花に、伯母さんが好きだったブーゲンビリア。
そして目の前には、私の好きなひまわりが植えられるスペースがある。
見るとそこには、横長の、深い穴が掘ってある。
がらがらとガラスの滑る音がして、私は振り向いた。
ベランダから、おばあちゃんがじっとこちらを見つめている。
「どうしたの? 真希ちゃん」
栄養たっぷりの柔らかい土。
「真希ちゃん? ねえ、真希ちゃん?」
いい匂いのする草花。
「真希ちゃん、ひまわり好きだったよね?」
鎌を片手に、おばあちゃんが笑った。
鎌を片手に、おばあちゃんが笑った。
タオルで汗を拭きながら、庭の一角の雑草を、二人で一緒に刈っているのだ。
おばあちゃんの家の広い庭には、色とりどり、いろんなお花が咲いていて、私はベランダからそんな花畑をながめるのが大好きなのだ。
「今度はひまわり植えてくれるの?」
「うん。パパとママの好きなのはもう植えたから、今度は真希ちゃんの番だよ」
「やったあ!」
おばあちゃんの家は、私の家のすぐ近くにある。
体の弱くなってきたおばあちゃんのために、家族みんなで引っ越してきたのだ。
本当は一緒に住もうとさそったのだけれど、おばあちゃんはこの家が好きだからと、にこにこ首を振った。
お袋、気をつかってるんだろうな、とパパはいつも残念そうに言っている。
「お花を育てるコツはね、いい土なの。肥料をうんとやって、たくさん栄養と愛情を与えてやるの。そうすれば土はどんどんいい土になってくれて、おばあちゃんに素敵なお花をたくさんくれるのよ」
そんなふうに私に教えてくれるおばあちゃんの横顔は、なんだかいつも、すこしさびしそうだ。
おばあちゃんにはたくさん子供がいて、私も小さい頃よく遊んでもらったのだけれど、一人、また一人と疎遠になっていって、もうパパ以外からはなんの連絡もなくなってしまったらしい。
(ったく、どうしてるんだか。親に受けた恩くらい、返さないでどうするんだ)
兄弟の話が出ると、パパはいつもぷんすか怒っている。
そうすると、おばあちゃんはいつも、いいのよ、もう十分、かえしてもらいましたから、とさびしそうに笑う。
私はそんなおばあちゃんに元気になってほしくて、毎日学校帰りにおばあちゃんの家にかよっている。
ママにはいつも「真希は本当におばあちゃん子ねぇ」と言われっぱなしだ。
「大切なのは、たっぷりの栄養と愛情なのよ。そうすれば、土は絶対にきれいなお花を咲かしてくれるの」
おばあちゃんの庭の土は、魔法をかけたみたいにやわらかくて、とてもいい香りがする。
この花畑があれば、きっとおばあちゃんもさびしくないだろう。
私はおばあちゃんと一緒に、草刈りに精を出した。
「お父さん達、遅いねぇ」
リンゴの皮を剥きながら、おばあちゃんが心配そうに言った。
お父さんもお母さんも、遠くの友達の結婚式に出かけている。
帰りの時間はとっくに過ぎているのに、まだもどってこない。
一人で留守番していると、おばあちゃんが、うちに来なさいと言ってくれた。
おばあちゃんと一緒に夕食をとり、テレビを見て、でも零時を過ぎてもパパ達はまだ帰ってこない。
二人でならんで布団に入ったけれど、私は心細くて、ちっとも寝付けなかった。
おばあちゃんは先に寝てしまったみたいで、すうすうという寝息が聞こえてきた。
私は寝床から起き上がった。おばあちゃんを起こさないようにしずかに部屋を出て、ベランダに向かった。月明かりに照らされる庭は、昼間とはまたちがった華やかさがあって、みとれてしまう。
ベランダから降りて、夜の庭に踏みだした。
広い庭の一角には、ママの好きなカサブランカと、パパが恥ずかしそうに、「そうだなぁ……」と挙げたガーベラが植えてあって、小さな新芽が顔をのぞかせている。
私はうれしくなって、かがみこんで、じっと小さな新芽をみつめた。
「……?」
異臭が鼻をついた。
なにかが腐ったような匂いがする。
考えてみれば、どうして芽吹いたばかりの新芽から、花の香りがするのだろうか……。
妙に思って、すぐそばに置いてあったスコップをとって、地面を掘りはじめた。
しばらく掘っていると鈍い感触がしたので、私はかがんで、穴の暗闇を覗きこんだ。
たくさんの芳香剤の中、茶色く濁った人の指が、地中から突き出ている。
土にまみれたマネキンみたいなその指は、薬指に、ママと同じ指輪をはめていた。
おばあちゃんの広い庭には、たくさんの花が咲き乱れている。
ママの好きなカサブランカ、パパの好きなガーベラ、叔父さんが好きだった紫陽花に、伯母さんが好きだったブーゲンビリア。
そして目の前には、私の好きなひまわりが植えられるスペースがある。
見るとそこには、横長の、深い穴が掘ってある。
がらがらとガラスの滑る音がして、私は振り向いた。
ベランダから、おばあちゃんがじっとこちらを見つめている。
「どうしたの? 真希ちゃん」
栄養たっぷりの柔らかい土。
「真希ちゃん? ねえ、真希ちゃん?」
いい匂いのする草花。
「真希ちゃん、ひまわり好きだったよね?」
鎌を片手に、おばあちゃんが笑った。