サプライズ一番!(テーマ:私の記念日)
文字数 1,412文字
結婚記念日当日の朝のことである。
玄関先で靴を履いていると、今日は何をプレゼントしてくれるのかと、妻がにこにこ訊いてきた。
がっかりである。
何ががっかりかというと、妻が結婚記念日を覚えていたことががっかりである。
この頃の妻は、お菓子をバリバリ貪りながら、太った太ったとぼやいてばかりの、半分オバサン状態だ。それでも女心は残っているらしく、こんなんじゃあなたに嫌われてしまうわねと不安がる日々。
私はあえて否定せずにおき、心離れの夫を演じる。そして今日、何の心構えも出来ていない妻に、
「馬鹿だな。太っても痩せても君が好きに決まってるじゃないか」
と後ろ手に手にしていた花束を差し出し……すると妻がようやく思い当たって私の胸にダイブイン、私の手が妻をキャプチャー、その後はベッドでキャンプファイヤー――そんな光景を夢想していたのに全ておじゃんである。がっかりである。
仕方なく、私は正直に、花束を贈るよとだけ答えた。
だがしかし、このままではサプライズが足りない。びっくり記念日計画が壊れた以上、花束くらい意表をついたチョイスにして、妻を驚かせないと気が済まない。
花屋で言った。
「弟切草の花束ください」
店主が答える。
「ちょ、、まっ、、弟切草の花言葉、恨み、、、」
動揺しつつも解説を忘れないプロ根性が素敵だ。
「結婚記念日に妻に贈るんです」
「他にいいのありますよ? 弟切草ですよ? 弟を切る草ですよ? いいんですか?」
「いいんです。それがサプライズなんです」
「何がサプライズなのかわかりませんが……。まあ世の中にはいろんな人がいるし、いいか……」
世の中いろんな人がいるし、で人生の困難のすべてを乗り切ってきたらしい店主。
そんな店主の包んでくれた弟切草の花束は毒々しく、これを贈るのかと一瞬自分の判断が躊躇われたが、そこはサプライズのためなら親をも殺すと言って憚らない我が人生である。
帰宅して妻に花束を差し出した。
「いつもありがとう。これ、感謝の気持ちだよ」
妻は花束を一瞥し、
「弟切草。オトギリソウ科オトギリソウ属の多年生植物。日本全土から朝鮮半島、中国大陸に自生。葉の表面の油点は、光作用性物質ヒペリシン」
博学すぎである。
「で、この花束であなたは何を伝えようというの」
「結婚記念日ということで、ちょっとしたサプライズを」
「残念だけど驚けないわ。あなたのそういう性格、私知り尽くしてるもの。弟切草か、さもなくばラフレシアでくると読んでた」
私をなんだと思っているのだ。でも正解だから文句も言えない。
なんだか私はまたがっかりした。どうしてこんなことになったのだろうか。素敵な花束を贈るつもりだったのに、弟切草など贈って、しかも驚いてももらえない。
ここ数日、妻の驚く顔をずっと楽しみにしていたのに。
驚かせて、喜んでもらいたかったのに。
消沈する私の耳元に、妻がそっと顔を寄せた。
実は――
その唇が離れていくときには、勝負はついてしまっていた。
悔しい。いま私はどんな顔をしているのだろう。この気持ちを妻に味わわせたかったのに。どうして私が引っ掛かっているのだ。
私の目線を辿った妻は、突き出た自分のお腹に手をやり、愛しそうに撫でさすりながら、ニヤリと笑った。
「太ったんじゃないわよ」
玄関先で靴を履いていると、今日は何をプレゼントしてくれるのかと、妻がにこにこ訊いてきた。
がっかりである。
何ががっかりかというと、妻が結婚記念日を覚えていたことががっかりである。
この頃の妻は、お菓子をバリバリ貪りながら、太った太ったとぼやいてばかりの、半分オバサン状態だ。それでも女心は残っているらしく、こんなんじゃあなたに嫌われてしまうわねと不安がる日々。
私はあえて否定せずにおき、心離れの夫を演じる。そして今日、何の心構えも出来ていない妻に、
「馬鹿だな。太っても痩せても君が好きに決まってるじゃないか」
と後ろ手に手にしていた花束を差し出し……すると妻がようやく思い当たって私の胸にダイブイン、私の手が妻をキャプチャー、その後はベッドでキャンプファイヤー――そんな光景を夢想していたのに全ておじゃんである。がっかりである。
仕方なく、私は正直に、花束を贈るよとだけ答えた。
だがしかし、このままではサプライズが足りない。びっくり記念日計画が壊れた以上、花束くらい意表をついたチョイスにして、妻を驚かせないと気が済まない。
花屋で言った。
「弟切草の花束ください」
店主が答える。
「ちょ、、まっ、、弟切草の花言葉、恨み、、、」
動揺しつつも解説を忘れないプロ根性が素敵だ。
「結婚記念日に妻に贈るんです」
「他にいいのありますよ? 弟切草ですよ? 弟を切る草ですよ? いいんですか?」
「いいんです。それがサプライズなんです」
「何がサプライズなのかわかりませんが……。まあ世の中にはいろんな人がいるし、いいか……」
世の中いろんな人がいるし、で人生の困難のすべてを乗り切ってきたらしい店主。
そんな店主の包んでくれた弟切草の花束は毒々しく、これを贈るのかと一瞬自分の判断が躊躇われたが、そこはサプライズのためなら親をも殺すと言って憚らない我が人生である。
帰宅して妻に花束を差し出した。
「いつもありがとう。これ、感謝の気持ちだよ」
妻は花束を一瞥し、
「弟切草。オトギリソウ科オトギリソウ属の多年生植物。日本全土から朝鮮半島、中国大陸に自生。葉の表面の油点は、光作用性物質ヒペリシン」
博学すぎである。
「で、この花束であなたは何を伝えようというの」
「結婚記念日ということで、ちょっとしたサプライズを」
「残念だけど驚けないわ。あなたのそういう性格、私知り尽くしてるもの。弟切草か、さもなくばラフレシアでくると読んでた」
私をなんだと思っているのだ。でも正解だから文句も言えない。
なんだか私はまたがっかりした。どうしてこんなことになったのだろうか。素敵な花束を贈るつもりだったのに、弟切草など贈って、しかも驚いてももらえない。
ここ数日、妻の驚く顔をずっと楽しみにしていたのに。
驚かせて、喜んでもらいたかったのに。
消沈する私の耳元に、妻がそっと顔を寄せた。
実は――
その唇が離れていくときには、勝負はついてしまっていた。
悔しい。いま私はどんな顔をしているのだろう。この気持ちを妻に味わわせたかったのに。どうして私が引っ掛かっているのだ。
私の目線を辿った妻は、突き出た自分のお腹に手をやり、愛しそうに撫でさすりながら、ニヤリと笑った。
「太ったんじゃないわよ」