メロスとぼく(テーマ:走れメロス)
文字数 1,390文字
こんな夢を見た。
ひさしぶりにメロスと会ったので、居酒屋で安酒を呑んでいたら、メロスの奴がいきなり頬を出して、
「セリヌンティウス。私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」
と言ってきたのでとりあえず殴ってやった。
メロスの魂胆はわかっている。
僕がメロスを殴れば、今度は僕が、
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ」
と言ってくれると期待しているのだ。
僕が気付かないふりしてまた酒を呑み始めると、メロスは、あれ? と呆けた顔をして、また言った。
「セリヌンティウス。私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱」
擁する資格を得られたくもなかったので、途中で殴ってやった。
メロスは殴られた頬をさすって、物欲しそうな目でこちらを見つめてくる。
僕は気付かないふりをしてまた安酒で喉を潤した。
不思議そうな顔で目をぱちぱちさせたメロスは、どうして僕がきちんと返礼をしないのか、腹を立てたようだ。
腹立ちで、より、僕を殴りたい気持ちが強くなったらしい。
けれど殴れと言われないまま殴るのは、正直者なメロス的に、我慢がならないらしい。
今度こそちゃんとやれよ、と言いたげに僕をにらむと、唇を尖らせ、また言った。
「セリヌンティウス。私を殴れ。力いっぱいに頬を」
殴ってやった。
拳に小気味良い感触がして、なんとなくうっとりしてしまう。
メロスは縋るように僕を見るのだが、僕はあくまで気付かないふりをして酒を呑んでいた。
「セリヌンティウス。私を殴れ」
殴った。
「セリヌンティウス」
殴った。
「セリヌ」
蹴ってみた。
メロスが涙目になってきたので、さすがに悪いかと思い始めた。
「メロス」
僕が言うと、メロスは即座に拳を構えた。
宙にジャブを繰り出して、イメトレをはじめる。
「メロス。僕はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生まれて、はじめて君を疑った」
うんうん、とメロスは頷いている。
「ほんとに疑った。やたら疑った。疑って疑って疑いまくった。君がロリコンだったり痴漢だったりするのではないかと、そんなことまで疑った」
メロスは拳を固めたまま、僕が自分を殴れと言うのを待っている。
「それどころか、もはや君はクズだと思った。ゴミだと思った。存在価値がなく、地球上で最低の人間じゃないかとすら思った。いいや人間ではない。ゴキブリ以下だ。キモイ汚い最低だ。もはや死ぬべき生き物だ。そう思った」
メロスは拳を震わせながら、言葉を待っている。
「だから、僕は、君と抱擁できない」
「……それで?」
「終わり」
メロスはしばらく考えてから、
「ひょっとして、貶された上に拒絶されただけじゃね?」
と言った。
「ありがとう、友よ」
と言うと、なんとなく二人でひしと抱き合って、嬉し泣きにおいおい泣いた。
メロスは汗臭くて不潔だったので、二度と抱擁することはないだろう。
ひさしぶりにメロスと会ったので、居酒屋で安酒を呑んでいたら、メロスの奴がいきなり頬を出して、
「セリヌンティウス。私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」
と言ってきたのでとりあえず殴ってやった。
メロスの魂胆はわかっている。
僕がメロスを殴れば、今度は僕が、
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ」
と言ってくれると期待しているのだ。
僕が気付かないふりしてまた酒を呑み始めると、メロスは、あれ? と呆けた顔をして、また言った。
「セリヌンティウス。私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱」
擁する資格を得られたくもなかったので、途中で殴ってやった。
メロスは殴られた頬をさすって、物欲しそうな目でこちらを見つめてくる。
僕は気付かないふりをしてまた安酒で喉を潤した。
不思議そうな顔で目をぱちぱちさせたメロスは、どうして僕がきちんと返礼をしないのか、腹を立てたようだ。
腹立ちで、より、僕を殴りたい気持ちが強くなったらしい。
けれど殴れと言われないまま殴るのは、正直者なメロス的に、我慢がならないらしい。
今度こそちゃんとやれよ、と言いたげに僕をにらむと、唇を尖らせ、また言った。
「セリヌンティウス。私を殴れ。力いっぱいに頬を」
殴ってやった。
拳に小気味良い感触がして、なんとなくうっとりしてしまう。
メロスは縋るように僕を見るのだが、僕はあくまで気付かないふりをして酒を呑んでいた。
「セリヌンティウス。私を殴れ」
殴った。
「セリヌンティウス」
殴った。
「セリヌ」
蹴ってみた。
メロスが涙目になってきたので、さすがに悪いかと思い始めた。
「メロス」
僕が言うと、メロスは即座に拳を構えた。
宙にジャブを繰り出して、イメトレをはじめる。
「メロス。僕はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生まれて、はじめて君を疑った」
うんうん、とメロスは頷いている。
「ほんとに疑った。やたら疑った。疑って疑って疑いまくった。君がロリコンだったり痴漢だったりするのではないかと、そんなことまで疑った」
メロスは拳を固めたまま、僕が自分を殴れと言うのを待っている。
「それどころか、もはや君はクズだと思った。ゴミだと思った。存在価値がなく、地球上で最低の人間じゃないかとすら思った。いいや人間ではない。ゴキブリ以下だ。キモイ汚い最低だ。もはや死ぬべき生き物だ。そう思った」
メロスは拳を震わせながら、言葉を待っている。
「だから、僕は、君と抱擁できない」
「……それで?」
「終わり」
メロスはしばらく考えてから、
「ひょっとして、貶された上に拒絶されただけじゃね?」
と言った。
「ありがとう、友よ」
と言うと、なんとなく二人でひしと抱き合って、嬉し泣きにおいおい泣いた。
メロスは汗臭くて不潔だったので、二度と抱擁することはないだろう。