レギュラーにしますか? それともハイレグにしますか?(テーマ:夏)

文字数 2,139文字

「レギュラーにしますか? それともハイレグにしますか?」
「…………」
「あ」

 アルバイトらしい女の子は、しまった、という顔をした。
 ぼんやりしていて、言い間違ったらしい。
 しかし、特に訂正することはせずに、すぐに営業スマイルを取り繕った。
 僕は真顔で答えてみた。

「それじゃあ、ハイレグでお願いします」
「…………」
「ハイレグでお願いします」


 ――申し訳ありませんお客様、ハイレグではなくてハイオクでした――


 どうしても女の子に恥ずかしそうにそう言ってもらいたいと思ったのだ。
 自覚したことはなかったが、僕はSなのかもしれない。

「ええと……」
「ハイレグ満タンでお願いします」
「レギュラーではなく」
「ええ、ハイレグで」
「…………」

 僕が間違いを承知の上で言っていることを察したのだろう、彼女はムッとした顔で僕を睨んだ。
 それでもどうやらプライドが高いらしく、訂正をしない。意地でもこの男の思惑通りにだけは動いてやるものか、という並々ならぬ決意の波動を感じる。熱い。

「……かしこまりました。ハイレグ入ります」

 言うと彼女はスタンドの奥に引っ込んでいった。
 五分ほどして戻ってきた彼女は、脚のつけ根部分の切り込みの深い、際どいピンクの水着を着ていた。
 仏頂面で呟いた。

「ハイレグです」


      *


「バカだおまえは」

 その日の夜、友人に件の出来事を話すと、開口一番そう言われた。
 僕としては、ガソリンスタンドでハイレグを引き出すことができた戦果は、かなり満足いくものであったと自負している。口を尖らせた。
「どこがバカなんだ」
「すべてだ」
「確かにな」
「レギュラーかハイレグか訊かれてハイレグって答えるなんてな。おまえはバカだ。女の子が可哀想だよ」

 友人は人間ができている。

「そういうときは聞かなかったふりしてレギュラーって言ってやるのが男の優しさってもんだぜ。明日、俺が手本を見せてやるよ」

 いい友人を持ったものだなあ。


      *


 翌日。

「レギュラーにしますか? それとも――」
「レギュラーとハイレグを扱っているそうですが、レギュラー満タンお願いします」
「…………」

 黙り込む彼女に、友人は運転席の窓から手を出し、彼女に学校標準指定のスクール水着を差し出した。

「レギュラーで」
「……お、お客様――」


 ――実は、うちでは本当はハイレグをはじめ水着は扱っていないんです。
   レギュラーも標準指定のスクール水着のことではなく、レギュラーガソリンのことなんです……。


 そう言ってくれるかと僕は期待して見ていたのだが、彼女はそんな僕の期待の視線に気付くと、開きかけていた口を強引に押しとどめた。睨まれた。怖い。

「……かしこまりました。レギュラー満タン入ります」

 押し殺した声でそう言うと、スクール水着を手にしてスタンドの奥に引っ込んでいった。
 後姿を見送りながら、ハイレグよりもスク水がいいと俺は思う、と、友人が感慨深げに呟いた。訊いてない。
 五分ほどして戻ってきた彼女は、胸元に名札が縫い付けられた、紺色のスクール水着を着ていた。

「レギュラーになります」

 
      *


「ビキニ満タンはどうだろう?」
「いや、それはもはやまったくガソリンではない」

 その夜、僕らは次なる注文を何にしようかと話し合っていた。

「Tバック満タン、レオタード満タン……うーん、どれも駄目だよな。ハイレグとスク水以外にガソリンと関係のある水着はないものか」
「そうだな。ところで聞いて驚け」
「なんだ」
「実はハイレグもスク水も本質的にガソリンと関係がない」
「それは驚いた」
「ううむ、どうだろう。次回は、油種じゃなくて量を変えてみるとかは。満タンじゃなくて、満タンの半分に」
「半分。それはどういう半分だ」
「どういう?」
「下があって、上がないのか。それとも左があって、右がないのか。いろいろ夢が広がるだろう」
「あるいは生地の密度が満タンの半分」
「透けるのか。よし、それでいこう。今度の注文はハイレグを満タンの半分で」


      *


 翌日。

 ガソリンスタンドに車を停めたが、女の子は出てこなかった。
 バイトを辞めたのかと思ったが、覗いてみると建物の中には姿が見えた。
 カウンター内の椅子に座って、帳簿をつけている。

「ハイレグを満タンの半分ほど頂きたいんですけど」

 僕たちが呼びかけると、彼女は無言のまま立ち上がった。
 カウンターの奥からごそごそと水着らしきものを取り出すと……僕たちの手に押し付けてきた。
 広げてみると、ハイレグだ。
 男性用の。
 彼女は手をかざして、自動ドアの向こうを指した。
 ガソリンスタンドの立て看板に、シールが貼り付けてある。太字で書かれていた。


『セルフ』


「なるほど。セルフサービスになったのか」
「人件費削りか。時代の流れだな」
「だな」

 僕たちがうんうんと頷きあっていると、ハサミを取り出して彼女が言った。

「どの方向に半分になさいますか」
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