自販機前のバルタン星人(テーマ:エッセイ)

文字数 1,335文字

 缶ジュースの自動販売機というのは、同じ種類のものがたくさん並んでいることが多い。
 アクエリアスが四つ、コーラが三つ、午後の紅茶が二つ、きりりが二つ……。人気のある商品が品切れを起こさないように、そうなっているのだろう。
 僕には、そんな風に同じのが並んでいると、どうしても全部のボタンをいっぺんに押してしまうという癖がある。
 二つなら指をピース型にしてポンと。
 三つなら、さらに左手の人差し指を加えて。
 四つになると、自動販売機のボタンを押すバルタン星人の図が出来上がってしまう。

 こうなったのには理由がある。
 まだ小学生のころ、暇潰しに姉の持っていた少女漫画を読んでいたのだが、その中で、次のようなシーンがあった。


 なにかいいムードの男女が、暑いからジュースでも飲もうかということになる。
 ところがポケットの中には小銭が、ジュース一本分しかない。
 ダメだねという女の子に男は首を振り、金を入れると、とんとん、とボタンを二度連打する。
 すると、がこがこっ、と二本のジュースが落ちてくるのである。
 驚く彼女に、男は得意げにジュースを差し出し、オレの手は魔法の以下略。


 なるほど、と思った。こうすれば一本分の金で二本のジュースが飲めるのか。
 これは小学生でお小遣いも少ない自分にとって、かなり貴重な情報であった。

 それから僕は、自動販売機のボタンを押すとき、とんとんっと二度連打するようになった。
 だが、いつ試してみても、一本しか出てこない。
 自分が下手なのか、自動販売機の機械が進歩したのか、そもそも漫画が嘘だったのか。
 さまざまなことを思いつつも、別に損するもんじゃなし、とりあえず連打してみる。

 あるときそれを見ていた友人に、なにしてんだオマエ怪しいぞ、と、至極当然のツッコミを食らった。
 で、二本同時獲得の夢を話すと、こういうやり方もあるぞ、ということで教えてもらったのが、複数ボタンの一気押しなのである。

 これは結構、理にかなった方法なのではないかと思う。
 自動販売機の機械は、排他制御を使っているだろう。つまりはボタンを一つ押し、その信号が処理装置に届いたらまた金を入れるまではボタンを押しても信号を発しないようにする……あるいは信号が来ても無視するようにする。
 だが二つ同時に信号が来た場合――寸分の狂いもなく同時だった場合、排他制御はその処理を行えない。無効にしている暇がないからだ。
 なので単純な構造の機械だったら、もしかしたら二本同時に出てくることもあるんじゃないかなあと思うのである。


 ということでもう十年近くもの間、自動販売機を使うときはいつも試しているのだが、残念ながら今まで一度も二本落ちてきたことはない。
 でも両指を寸分違わぬタイミングで押し出す緊張感や、失敗してもどっちの指が先だったのか調べて自分の傾向を知ったりと、微妙に面白い。なにより、もしかしたら二本落ちてくるかも、という思いは、退屈な日常のちょっとしたスパイスたりえるのではなかろうか。なりませんか。

 今日も午後ティーで失敗した。
 一生のうちに一度くらい二本出てきてくれないかなあ、と、思う次第である。
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