第18話:北海道旅行と熊本地震

文字数 1,708文字

 夕飯は、近くの函館ラーメンの店に行って夕飯を食べて、ホテルに帰り、風呂に入って、早めに床についた。翌日は最初に車でトラピスチヌ修道院へ行き見学してから、函館の海側の立待岬へ行き石碑を見て、ここから眺めて内地から来た人達が本州を望郷の念を持って、見たであろう事が容易に想像できた。その後、曲がりくねった道を上って函館山に到着して、夜景ではないが素晴らしい景色を眺めた。

 そして多くの写真を撮りまくった。その後、通りの標識に谷地頭温泉と書いてあったのでその方向へ向かうと日帰り温泉施設があり温泉にゆっくりつかって昼食に、そこの食堂のかき揚げそば、エビ天そばを食べた。その後、青函連絡船記念館・摩周丸を見学し、レンガ倉庫を散策して、レンタカーを返してきて、ホテルに戻った。その後、駅近くのレストランで夕食をとって、ホテルに戻った。

 今日の観光の雑談をして床についた。翌朝はホテルをチェックアウトし函館空港行きバスに乗った。函館を飛び立ち14時近くに羽田に到着。高速バスで15時には新横浜の自宅へ帰った。その後、池添幸夫さんが、貸会議室が空いたら貸して欲しいと言うと現在はないので、もう少し待ってくれと言われた。6月過ぎ東日本大震災の影響か事務所を貸す会社で、7月に出て5件も空いたと聞かされた。

 そこで、一番良さそうな部屋を月10万円貸してくれることになった。その後、株投資教室の日程表を作って事業を開始することになったが仕事を持ちながら勉強したい人が多く土日、木曜、夜6時以降の時間帯に集中した。そのため1回最大20名に授業することになり7月1日から株式勉強会を開始し得た授業料で家賃を賄った。やがて秋になり、池添夫妻は、毎週、新横浜のカルチャースクールへ通った。

 そこでダンスをしたり温水プールに出かけ元気に充実した生活を送った。2014年10月16日、朝、美紀さんから絹恵さんにパーク24株を1580円で買い指示があり1万株ずつ買いを入れ1580万円で購入。株勉強会の仲間には1600円で買いを入れるように指示。2015年6月2日朝、美紀さんと絹恵さんがヒロセ電機を成り行き売りを指示、全株売れと連絡が入り、税引き後利益が1958万円となった。

 2015年12月7日、朝、美紀さんから絹恵さんへ、日本触媒を9700円で全株売りの指示があり全株売れ税引き後利益が1918万円となった。2015年に美紀さんと絹恵さんが2千万円を東日本大震災のヤフーネット募金で2千万円を送金。2016年2月16日、朝、美紀さんから絹恵さんに日本電産株を6407円で成り行き買いで3千株ずつ買おうと連絡があり買いを入れて1922万円ずつ購入した。

 2016年4月14日に熊本県熊本市益城町で21時半に震度7の大地震が発生。その後も連続して大きな地震が起き熊本城の屋根が落ち城壁も崩れ南阿蘇地区では道路が寸断され山崩れで大きな被害が出た。午後2016年4月14日21時26分にゴーという不気味な音とともに震度7の大きな揺れがホテルを襲った。その後、3日間にわたり、7回も大きな地震が頻発した。内訳は以下のようだった。

4月14日21時26分(1回目)マグニチュード6.5、最大震度7、
4月14日22時07分(2回目)マグニチュード5.8、最大震度6弱。
4月15日00時03分(3回目)マグニチュード6.4、最大震度6強、
4月16日01時25分(4回目)マグニチュード7.3、最大震度7、
4月16日01時45分(5回目)マグニチュード5.9、最大震度6弱、
4月16日03時55分(6回目)マグニチュード5.8、最大震度6強、
4月16日09時48分(7回目)マグニチュード5.4、最大震度6弱、

 一連の地震で倒壊した住宅の下敷きになったり土砂崩れに巻き込まれるなどして、熊本大震災によって直接亡くなった人が熊本県で合計50人。50人のうち37人は家屋の倒壊、10人は土砂災害、1人は火災、1人は塀の下敷きよる死者だった。土砂災害による死者10人はいずれも南阿蘇村で被災していた。家屋倒壊死37人のうち、7人は前震で、30人は本震で死亡している。
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