第10話 ビン子現る。

文字数 1,976文字

「なーに?お兄ちゃん、今日はご機嫌じゃない」

 夕飯の支度をしながら妹の恵はニヤニヤが止まらない俺に聞いてきた。

「え~、そうか? そ、そんな事ないと思うけど」

 俺は慌てて自分のニヤニヤを隠そうとした。だが、これは徒労に終わる。

「そりゃそうじゃろ。なにせ20万円もパチスロで儲かったんじゃからな」

 隠そうとしていた事をしれっと言ってしまった女神様。

「20万円?! どうしたの、そんな大金?」

「いや~、たまたまだよ。たまたま」

「たまたまな訳なかろう、あの豪運寺なにがしという女のおかげじゃろうが」

「豪運寺って・・・、もしかして、紗栄子さん!? 元彼女の紗栄子さんの事なの!?」

 夕飯の支度の手を止めて恵は俺に詰め寄って来た。

「いや、まあ、そうなんだけど・・・」

「お兄ちゃん、紗栄子さんとは別れたって言ってたよね!? もう二度と会うことはないだろうって言ってたよね!?」

 次々とくる恵の質問攻めに俺はタジタジになっていた。

「別に良いではないか。金欠で昔の女に金の無心をするなどよくある話じゃ」

 そう言いながら今夜の夕飯のハンバーグに箸を伸ばす女神様。だがその箸はそれに届く事はなかった。

「いや、ダメだから! そんな最低男のような事しちゃ絶対、ダメ! バチが当たるよ!」

 そう言いながら女神様におあずけをするようにハンバーグを持ち上げる恵。
 今、二人の女、もとい一人と一神の女の間に火花が散った。
 と、その時。

ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴った。
 俺はこれ幸いにと火花を散らす二人を後に玄関に向かった。

ガチャリ

 俺は確かめもせず、玄関のドアを開けた。
 そこにいたのは、はだけた和装の服におかっぱ頭の可愛い女の子だった。
 俺は始めて見る顔に呆けているとその子が言った。

「あのあの、セトちゃん居ますか?」

「ええと、居るには居ますがどちら様で?」

 すると後ろからこちらの様子を伺った女神様から声があがった。

「ゲゲゲッ!!! お前はビン子! いったい何しに来た?!」

「あっ、あっ、セトちゃん。やっぱりこっちに来てたんだ。良かったあ」

 どうやら二人は知り合いらしい。

「あの、良かったら上がって行きますか?」

「ええっ!? ええっ!? 良いんですか? じゃあじゃあ遠慮なく上がらして貰います」

 俺は女神様の知り合いらしいおかっぱ頭の女の子を部屋に招き入れた。
 入って来た女の子は居間にちんまりと座った。
 すると女神のセト様がいきなりこちらに駆け寄って来た。

「おぬし、良いのか? こいつを家に上げてしまって」

そう耳打ちしてきたセト様はずいぶんと焦っているようであった。

「え? でも、女神様の知り合いということは、この方も神様なんじゃないんですか? 神様を玄関先で追い返すのもちょっと悪いかなと思って」

「神は神じゃがこやつが何の神か判っているのか?」

 俺は頭を傾け両手のひらを上に向けた。

「こやつはの、貧乏神じゃ」

 俺の顔から血の気が引いていくのが分かった。



「わあ、わあ、ハンバーグ。わたし大好物なんですう」

 ビン子こと貧乏神は俺のハンバーグを見つめそう言った。

「よ、良かったら召し上がりますか?」

 恵が気を使いそう尋ねるとビン子は言った。

「ええ、ええ、良いんですか? それじゃあ遠慮なく。いただきまーす」

 まずは俺のハンバーグが消えた。

ピンポーン

 また誰かやって来た。
 出るとこのアパートの大家さんで、今月分と来月分の家賃、しめて10万円を支払いさせられた。
 
バチン

 そう音を立て何故か部屋の電気のブレーカーが落ちた。

パリン

 そう音を立て何故か窓のガラスにヒビが入った。

 こいつはヤバい。本気でヤバい。
 パチスロでハマっている時の気分だ。
 このままではまずい。何とかしなければ。

「あの、ビン子さん、来ていただいて早々で申し訳ないのですがそろそろ帰って頂けないでしょうか?」

「なぜ?、なぜ? ビン子まだ来たばっかりで全然おしゃべりしてないよ」

「このままだとこのアパートが倒壊してしまいます」

「えと、えと、それが何か?」

 これはダメだ。話にならない。
 そう判断した俺は残ったお金10万円の半分、5万円をビン子に差し出した。

「どうかこれで、何とか勘弁して下さい」

 するとビン子はその金を受け取りしっかりと数を数えてから言った。

「うん、うん、まあ、こんなところかな」

 その後、ビン子は立ち上がり玄関口まで来ると立ち去り間際にこう言った。

「じゃあ、じゃあ、また来るね」

「いや、お願いだからもう来ないで!」

 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み