第11話  ドキ・沖

文字数 4,671文字

 俺と女神様は、パチスロの開店前に列をなして並ぶ人々の間にいた。パチンコ屋の正面の自動ドアから建物にそうように30人位の並びが出来ている。俺と女神様は丁度その中間位に並んでいた。
 パチンコ屋の並びには多く人が集う時とそうでない時がある。簡単に言うとイベントがある時は多く人が集まり、イベントがない時はそんなに人は集まらない。ではイベントのある時どのくらいの人が集まるかというと有名な大型店舗では1000人以上集まる事もある。
 まあ、俺の行きつけの店はそんなに超優良店ではないのでイベント時でも300人位。今日にいたっては平日でイベント日でもないので30人少々だ。顔ぶれもいつもの面子で常連客がほとんどだった。
 俺の後ろに並んでいた美しくも背の低いの女神様がふと俺の袖を引っ張った。気付いた俺が振り返ると黒髪と金髪を分けた女神様が俺の顔を見上げながらこう言った。

「今日は何をするんじゃ?」

「えーと、そうですねえ。今日は朝一ですし客足も少ないので『ドキ・沖』のカニ歩きでもしてみようかと思います」

「ドキ・沖? カニ歩き? なんじゃ、それは?」

「えーとですね、今日狙っているドキ・沖という機種は朝一番にリセットがかかっていると大当たりし易いモードに入っていることがあるんです。ここの店のドキ・沖は朝一に全台リセットかけてるんで大当たりし易いんですよ。そこで、その大当たりし易いモードに入っているかどうか0ゲームから少しだけ打って、ダメなら隣の台に移るという動作を繰り返すんです。大当たりし易くなっている台を目指して横に横にと移動する様がカニの横歩きに似ているので『カニ歩き』って言われています」

「ふむふむ。その大当たりし易いモードに入っているかどうか少しだけ打って確かめて、ダメなら隣の台に移動してまた同じ事をすると言うことじゃな」

「そういう事です。それと、朝一に大当たりした台は次回大当たりした場合、大連チャンする可能性がすごく高くなります。大連チャンする事を天国モードと言うのですが、そのモードに移行する確率が格段に高くなるんです」

「え? どういう事じゃ?」

「まあ、簡単に言うと朝一番に当たった台は次の当たりで連チャンし易いので狙い目と言うことです」

「うーむ、よくわからんがまあ良い。とにかく当たったら次の大当たりまで打ち続ければ良いってことかの?」

「はい、その通りです。それから・・・。
 あっ、自動ドアが開きました。もう開店の時間みたいです。後は打ちながら説明しますね」

 見ると、パチンコ屋前の並びの先頭では自動ドアが開き客を招き入れていた。その流れに沿って俺と女神様はパチンコ屋の中に入って行った。俺はそのまま歩いて目標とする機種が並ぶ島に女神様を連れて行った。

「女神様、ここです。ここに並んでいる機種が今日の目的の『ドキ・沖』になります」

 そこには液晶はなくシンプルだが南国風なデザインをした筐体が10台程、真横に並んでいた。俺達以外には、ひとりだけ客がついていて、もう何ゲームかを回しているようだった。

「では、この端っこの台からカニ歩きしてみましょう」

 そう言うと俺は島の一番端の台に女神様を座らせドキ・沖を打つように促した。

「良いかの。行くぞよ」

 女神様はそう言うと左拳を振り上げ本日の一打目を徐に繰り出した。
 そのまま、50ゲーム程回したもののその台はうんともすんとも言わなかった。

「うーん、ダメですね。この台は大当たりし易いモード(チャンスモード)に入っていないみたいです。これだけ打って当たりが出なければ諦めて隣の台に移りましょう」

 俺がそう言うと女神様は素直に隣の台に移動し、また、リールを回し始めた。すると、今度は20ゲーム回したところで筐体上部に設置されたハイビスカスの花を形どったランプがパタパタと赤く点滅した。

「あっ! 当たりました。これで<777>と数字が揃います」

 女神様はそう言われリールに描かれたピンク色の7のマークを狙い、左、中、右と7を揃えた。その途端、大音量で南国風の楽しげな音楽が流れた。そこから大当たり状態になり、台の指示通りにリール停止ボタンを押すと下皿にメダルが貯まり始めた。(ART状態)
 メダルは200枚程出たところで大当たり(ART状態)は終わった。

「なんじゃ、もう当たったのか。簡単じゃのう」

「そうなんです。チャンスモードにさえ入っていれば朝一番は当たり易くなっているんです。
 でも、肝心なのはこの後の当たりです。チャンスモード以降はモードB以上が確定しているので天国モード、つまり大当たりが連チャンする状態に移行する可能性が高いんです。天国モードに移行した場合、ART終了後、32ゲーム内に再び大当たりが必ずきます」

「モードB? ART?
 何を言っておるのか良く分からんが、とにかく次の当たりで大当たりが連チャンする可能性が高いと言うことで良いのかの?」

「はい。その通りです。
 兎に角、次の大当たりするまで回してみて下さい」

 そう聴いた女神様は、ドキ・沖に向き直り再び大当たり後0ゲームからパチスロを回し始めた。
 すると、早くも8ゲーム目に再びハイビスカスが煌めいた。

「うおっ! 32ゲーム以内の当たりなのでこれは天国モード濃厚ですね。これ以降は転落しない限り大当たりし易くなっているはずです」

 そう言われた通り、その後、32ゲーム以内の大当たり連チャンが続き、その回数は10連を過ぎてメダルも2000枚を越していた。

「うひゃひゃひゃひゃ。あっと言う間にメダルがこんなに貯まったわい。もしかして、ワシはパチスロの才能があるのかもしれん。このまま行けば、あっと言う間に億万長者じゃ」

 調子にのっていた女神様。
 だが、連チャンも11回目を目指しているとき、32ゲームを越しても大当たりが来なかった。

「女神様! 32ゲームを越してしまいました。これは天国モードを抜けてしまったという事です。止め時です。撤収しましょう」

「嫌じゃ嫌じゃ! せっかく調子にのって来たんじゃ! まだまだこれからなんじゃい!」

「いやいや、通常時から天国モードに上げるのは本当にしんどいので止めた方が良いですよ。朝一番だから良かったんです。メダルが出ている時が止め時ですって」

「ぐぬぬぬぬ。まだまだ出したいのに。
 まあ、ええわ。確かにこの山盛りのメダルが無くなってしまうのは忍びない。名残惜しいが止めるとするか」

 そう言って女神様は止める事を承諾した。
 持ち玉のメダルを換金するとお金にして4万円ちょっとになった。

「わっはっは! 見たか? あっと言う間に4万円じゃ。パチスロなんて簡単じゃ。このままプロにもなれようぞ!」

 パチンコ屋の前で4万円をかがけて調子にのる女神様を見て俺は半笑いをしつつ少し引いていた。

「おい、わたる! 明日もこの調子で朝一番で『ドキ・沖』じゃ。
 分かっておるじゃろうな?」

 目を輝かせて訊ねる女神の圧力に俺はコクコクと頷いた。

  ー 翌日 ー

「さあ、今日もたくさんメダルを出してやろうかの」

 朝一番からやる気満々、興奮気味の女神様はもうすでにドキ・沖の前に座っていた。
 しかし、気持ちとは裏腹に中々大当たりに恵まれなかった。
 カニ歩きも1台2台とスルーして今はもう5台目。

「なんじゃい! 当たらないではないか? 朝一番は当たりやすくなっているんじゃないのか?」

「まあ、当たりやすくなっているとは言っても3分の1の確率でチャンスモードに入る計算ですから。これくらいのスルーは良くある事です。
 あっ、そう言っている内に、女神様。当たりましたよ」

 見ると女神様の打っている台上部のハイビスカスのLEDが赤く点滅していた。

「ウハハハ。これで、また、連チャンじゃな。楽勝、楽勝」

 しかし、今度はそうとも簡単には行かず大当たり後のゲーム数はあっさり32ゲームを越えた。

「なんじゃ? 当たらんぞ?」

 女神様は不満そうに俺の顔の方に顔を見上げた。

「天国の32ゲームを越えてしまいましたね。と言うことは残念ですが天国モードには入らなかったみたいです。
 ですが、恐らくチャンスモードからの当たりなのでモードBにいます。つまりは、次の大当たり後は連チャンの可能性大です」

「フムフム。ではこのまま打ち続けて連チャンさせれば良いんじゃな」

 そう言うと女神様はウキウキした表情を取り戻し、また、ドキ・沖を回し始めた。
 しかし、昨日とは違い、次の当たりは中々来なかった。
 大当たり後100ゲーム、女神様の顔は少し不服そうに変わった。
 大当たり後300ゲーム、眉間に皺をよせさらに不機嫌な顔になる。
 大当たり後600ゲーム、体全身からイライラが表れ顔はさらに険しい顔になる。
 大当たり後900ゲーム、もはや体の周りから不吉な雰囲気を漂わせ、青ざめた顔には怒りの表情が表れていた。

「なんじゃい、これは?! ちっとも当たらんではないか! この機械、故障しているのではないか?!
 昨日勝った4万円がもうパアになったぞ!」

 そう怒鳴る女神様に諭すように俺は応えた。

「ま、まあまあ、女神様。そんな怒らずどうか落ち着いて下さい。次、連チャンさせればきっと元は取り返せますから。
 それに、ここまでくれば、もう天井の1000ゲーム間近です。そこまで行けば必ず当たりますから」

「ぐぬぬぬぬぬ・・・」
 
 言葉とは言えない怨差のうめき声を上げて女神様は再び台を打ち始めた。
 そして、大当たり後1000ゲーム。天井を迎えた台はやっとハイビスカスの花を点滅させ大当たりを示した。

「やっと当たった・・・」

 女神様はホッとしつつもその顔からは辛辣な疲弊が滲んだ。
 しかし、次にはその目に光を取り戻し何とか言葉を絞り出した。

「さあ、これからじゃ。これから何連させてやろうかの」

 だが、その言葉虚しく、大当たり後32ゲーム間に当たる事はなかった。つまり連チャンしなかったのだ。
 俯き、暗く沈み込むかのように見える女神様。その表情は下を向いているため確認は出来ない。

「あの、女神様・・・」

 声をかけた瞬間、女神様は椅子ごとぐるっと180度回転し、ひょいとそこから飛び下りてそのまま、ずいっと俺の前に立ち尽くした。
 唖然とする俺。
 すると女神は下を向いたまま右足を後ろに振り上げた。

ガン!

 そう音が鳴ったように気がした。
 女神様の右足はその瞬間、蹴り上げ、俺の股間にめり込んでいた。

「ぐぉぉぉぉぉ・・・」

 痛みに耐えかねてうなり声をあげてその場に沈み込む俺。

「連チャンしないではないか! この大嘘突き!!!」

 そんな俺に涙目になった女神様はこう罵倒を浴びせたのであった。



 所は変わって、ちょうど回胴わたるが女神のセトに股間を蹴り上げられた場面。それを、一台のディスプレイモニターが斜め上から見たように映し出していた。
 そして、そのモニターの前にひとりの人影がその様子を伺っている。

「何故、こんな場所に貴様がおるのだ・・・」

 その人影はセトを見ながら呟くように自問したのであった。

 

 








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